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第四章
274 遅々として
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現在トゥッチェの野営地では夜に備えていた。ただでさえ人手が足りていないのに大半の女性は戦いに赴いているため必然的に居残った男が家事をあくせくこなしながら、
『まだ帰ってこないのか。いい加減帰ってきてくれ。飯の準備があるんだがなあ』
などとのんきに構えていた。
その数キロ先では大地を血で汚しているとは夢にも思っていなかった。さしもの遊牧民でも数キロ先の戦闘音を聞くというのは不可能で、戦いそのものを目視することもまた、不可能だった。
だが、見えるものもある。土煙である。
視界を閉ざす策として土煙を上げたが、それは数キロ先からでも見ることができた。もっともこの地方では天候などが原因で砂煙が上がることなど珍しくないため、誰も気にしてはいなかった。
だがただ一人だけその土煙を見逃さなかった男がいた。
ウェングである。
ヤギの番をしていた彼がふと地平線を眺めると、土煙が立っていた。
それを見た瞬間、ぐらりと体がかしぎ、地面に膝をついた。予知が発動した。
より正確には、一方的に惨殺される家族の顔が克明に見えた。
「な……んだよこれ」
吐く息は荒く、思わず右手で顔を抑えるが震えは止まらない。悪魔に声でもかけられたようだ。
土煙という情報から戦闘を予想し、そこから戦局が不利であると推測し、このまま何もしなければどうなるかを予想した。理屈立てて今の現象を説明すればこうなる。しかしこれほどはっきり見えたということは……?
「放っておけば必ずこうなるってことか……?」
今までの経験上確率の高い未来ほどはっきり見えやすい。猶予はない。そう確信すると走り出した。
「だから! 言ってるだろ! あの土煙は怪しいって!」
「気にしすぎだよウェング。チャーロ様や族長はすぐに帰って来るって」
先ほどから何人も声をかけているが誰もかれも同じような反応だ。まともに取り合おうとしない。誰も自分たちの勝利を疑っていない。
ウェングとしては破滅の未来は目の前に迫っていることを実感できている。しかしその感覚を他人に伝えるすべがない。他人と心を通じ合わせることが難しいなどといくらでもわかっているはずなのに。今だけはその困難を成し遂げなければならない。
多少学のある人間ならカサンドラ、そうつぶやいただろうがあいにくウェングには知らぬ事だった。
「それでもちゃんと確認しなきゃダメだろ! 手遅れになってからじゃ遅いんだ!」
どれほど言葉を叩きつけても渋面は変わらない。イライラが募り、その限界点に達しようとしたとき、背後から声が聞こえた。
「どうしましたかお兄様」
義理の妹、サイシーだった。
思わず顔を見合わせる大人たち。今の話をしていいのかどうか逡巡している様子だった。その隙を見て取ったウェングはこれまでの経緯、そしてすぐに様子を見に行った方がいいことを話した。
話を聞き終わるとサイシーは決然として命令を下した。
「では偵察を頼みます。お兄様の言う通り何かあってからでは遅すぎます」
「わかりました」
あれほど言っても聞かなかった大人たちは態度をあっさり翻した。俺よりも年下の子供の言葉で。
やるせない気持ちが去来する。これがこの世界での男と女の差。即ち、このトゥッチェの正当な後継者と目されているサイシーと決して後継者にはなれない自分の差。
一体何が違うのか。どう考えたって自分の方が優秀なのに?
「お兄様?」
「あ、ああ。ありがとうなサイシー。おかげで信じてもらえた」
ぎこちない笑みを浮かべる。サイシーが自分を慕ってくれるのが幸福なのだろうか。いっそのこと――――嫌な考えがよぎったところで首を振った。
「サイシー。落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
その眼には自分に対する信頼しか見当たらない。その気持ちに応えたいという願いは嘘じゃない。
「俺も偵察に加わる。でも事態はきっと想像よりひどくなっていると思う。だからお前は何とかして逃げる準備を整えていてくれ」
しかしサイシーはふるふると首を振る。
「お兄様。逃げるならみんな一緒です。私だけ助かっても意味はありません。お兄様も無事に戻って、お母さんも、チャーロさんも一緒です」
じわりと胸の奥が暖かくなる。そうだ、この期待は裏切れない。
「わかった。ならできるだけすぐに逃げられる準備をしておいてくれ」
「はい」
うなずくとすぐにサイシーは仲間に警告するために走っていく。
「俺もすぐに行かないと」
馬にまたがって野営地の外に向かう。
ウェングの予知能力はあくまでも本人が知りえた情報に基づく予測で、未来を決定しているわけでもなければ未来を正確に読み取っているわけではない。
つまり、本人が決して知らないことに予知は発揮しない。もしもここで空を、上空を飛ぶ鳥を見上げていたら未来を見てしまったはずだ。。
味方を空から襲う、悪意を。
『まだ帰ってこないのか。いい加減帰ってきてくれ。飯の準備があるんだがなあ』
などとのんきに構えていた。
その数キロ先では大地を血で汚しているとは夢にも思っていなかった。さしもの遊牧民でも数キロ先の戦闘音を聞くというのは不可能で、戦いそのものを目視することもまた、不可能だった。
だが、見えるものもある。土煙である。
視界を閉ざす策として土煙を上げたが、それは数キロ先からでも見ることができた。もっともこの地方では天候などが原因で砂煙が上がることなど珍しくないため、誰も気にしてはいなかった。
だがただ一人だけその土煙を見逃さなかった男がいた。
ウェングである。
ヤギの番をしていた彼がふと地平線を眺めると、土煙が立っていた。
それを見た瞬間、ぐらりと体がかしぎ、地面に膝をついた。予知が発動した。
より正確には、一方的に惨殺される家族の顔が克明に見えた。
「な……んだよこれ」
吐く息は荒く、思わず右手で顔を抑えるが震えは止まらない。悪魔に声でもかけられたようだ。
土煙という情報から戦闘を予想し、そこから戦局が不利であると推測し、このまま何もしなければどうなるかを予想した。理屈立てて今の現象を説明すればこうなる。しかしこれほどはっきり見えたということは……?
「放っておけば必ずこうなるってことか……?」
今までの経験上確率の高い未来ほどはっきり見えやすい。猶予はない。そう確信すると走り出した。
「だから! 言ってるだろ! あの土煙は怪しいって!」
「気にしすぎだよウェング。チャーロ様や族長はすぐに帰って来るって」
先ほどから何人も声をかけているが誰もかれも同じような反応だ。まともに取り合おうとしない。誰も自分たちの勝利を疑っていない。
ウェングとしては破滅の未来は目の前に迫っていることを実感できている。しかしその感覚を他人に伝えるすべがない。他人と心を通じ合わせることが難しいなどといくらでもわかっているはずなのに。今だけはその困難を成し遂げなければならない。
多少学のある人間ならカサンドラ、そうつぶやいただろうがあいにくウェングには知らぬ事だった。
「それでもちゃんと確認しなきゃダメだろ! 手遅れになってからじゃ遅いんだ!」
どれほど言葉を叩きつけても渋面は変わらない。イライラが募り、その限界点に達しようとしたとき、背後から声が聞こえた。
「どうしましたかお兄様」
義理の妹、サイシーだった。
思わず顔を見合わせる大人たち。今の話をしていいのかどうか逡巡している様子だった。その隙を見て取ったウェングはこれまでの経緯、そしてすぐに様子を見に行った方がいいことを話した。
話を聞き終わるとサイシーは決然として命令を下した。
「では偵察を頼みます。お兄様の言う通り何かあってからでは遅すぎます」
「わかりました」
あれほど言っても聞かなかった大人たちは態度をあっさり翻した。俺よりも年下の子供の言葉で。
やるせない気持ちが去来する。これがこの世界での男と女の差。即ち、このトゥッチェの正当な後継者と目されているサイシーと決して後継者にはなれない自分の差。
一体何が違うのか。どう考えたって自分の方が優秀なのに?
「お兄様?」
「あ、ああ。ありがとうなサイシー。おかげで信じてもらえた」
ぎこちない笑みを浮かべる。サイシーが自分を慕ってくれるのが幸福なのだろうか。いっそのこと――――嫌な考えがよぎったところで首を振った。
「サイシー。落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
その眼には自分に対する信頼しか見当たらない。その気持ちに応えたいという願いは嘘じゃない。
「俺も偵察に加わる。でも事態はきっと想像よりひどくなっていると思う。だからお前は何とかして逃げる準備を整えていてくれ」
しかしサイシーはふるふると首を振る。
「お兄様。逃げるならみんな一緒です。私だけ助かっても意味はありません。お兄様も無事に戻って、お母さんも、チャーロさんも一緒です」
じわりと胸の奥が暖かくなる。そうだ、この期待は裏切れない。
「わかった。ならできるだけすぐに逃げられる準備をしておいてくれ」
「はい」
うなずくとすぐにサイシーは仲間に警告するために走っていく。
「俺もすぐに行かないと」
馬にまたがって野営地の外に向かう。
ウェングの予知能力はあくまでも本人が知りえた情報に基づく予測で、未来を決定しているわけでもなければ未来を正確に読み取っているわけではない。
つまり、本人が決して知らないことに予知は発揮しない。もしもここで空を、上空を飛ぶ鳥を見上げていたら未来を見てしまったはずだ。。
味方を空から襲う、悪意を。
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