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秋葉夕雲

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第四章

259 声を聴かせて

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「追い付いてきたのか!? 動かせるな!?」
「できる」
 返事は短く、仕事は早く。まさしくワーカーと呼ぶべき手順の良さで仕事を進め、虫車を出発させる準備はすぐにできた。
 しかし全ての準備が終わる寸前に、黄色っぽい光が後方の地面をさらう。すると地面はざらりと滑りやすくなっていた。
 そこにいたのは巨大な顎を持つ魔物。
「アリジゴクかよ! 千客万来にも程があるだろ!? まさかこいつらも――――」
 鵺の部下なのか。そう続けようとしたところでそれは違うと確信した。奴らがその大あごを振るったのはネズミたち。どうやらただ漁夫りに来ただけらしい。結果的にはオレたちの天敵がオレの手助けをしてくれた。
 しかしそうしている間にも地響きは迫ってくる。そして、虫車にはここにいる全員を乗せる余裕はない。
「すまん、殿を任せる」
「わかった。早く逃げて」
 軋む車体。それでも力強く車輪を回して虫車は進む。道なりに進み、車に追突するネズミが少なくなる。
 どうやら白鹿よりも強い手駒はいないみたいだ。こっちの逃走経路を予想していたのではなく、あくまでも手下たちに巣を取り囲ませていただけらしい。
 なんつーか微妙に雑な作戦だ。強引にスペックで押し切るというか……洗練されていない感じがする。頭がよくないとかそんなんじゃなくて、そもそも戦術を理解していない……?
 いやまあ野生動物がそんなものを理解しているはずもないけど……そもそもあいつ一体どこから湧いてきた? この樹海はほぼ完全にオレたちが掌握している。もちろん樹海は広いから探索しきっていないし、すべての魔物の動向を把握することなんて不可能だ。それでもあんな魔物が勢力を伸ばしていたなら見逃すはずはない。
 ならこっそり力を蓄えていたかと言われるとこの雑さを見る限りそうとも思えない。となると……急激に部下を増やしたりしたのか?
 どうやって? どんな力で?
「突然変異か何かか……? それとも別種の魔物同士が交雑したのか?」
 あんな魔物や魔法は見たことがないのでそう考えるのは不自然じゃない。とはいえそんな都合よく突然変異が超強力な性質を持つだろうか?
 突然変異はその名の通り急に形質が変異すること。どんな変異が起こるのかはわからないしわかってしまっては意味がない。
 誰にもコントロールできないからこその突然変異で、だからこそ多様性の維持に一役買っている……はず。
 ただ魔法と遺伝の関係はまだはっきりとしていない。エルフの手記にあった別の種類の魔物が交配すれば魔法が変化するという仮説はあるけど実証できたためしはない。
 思っていたよりも魔物同士の交雑は簡単じゃないらしい。ならなおさらのこと、あの鵺の両親は何なのか? そもそも何故オレを狙うのか? 疑問がいくらでも湧いてくるがこれという答えはない。せめて会話ができればな。

「紫水。こちらは無事だ。そちらは大丈夫か?」
「千尋か。ちょっとまずかったけど何とか逃げ切れそうだ。それと念のために聞きたいんだけどあの魔物はしゃべってたか?」
「いや? 妾は何も聞いておらぬし、聞こえた様子はなかったぞ」
「そうか。ひとまずこの先の巣で合流しよう」
 とりあえず危機は乗り切ったけど……くそう。ここまで追いつめられたのは久しぶりだ。ここで負けるのはしょうがないけどせめて最後に情報収集をしないと……あれ? 殿の連中とテレパシーがつながらな……あ、鵺の魔法の効果範囲内に入ったのか。情報すら渡してくれないなんてケチなやつだ!
「……あ……」
 ん? あれ? え、テレパシーがつながった!? 何で? いやラッキー!? 
「おい! 聞こえているか!?」
 返事はないけど感覚はつなげる! その視界に飛び込んできた光景は――――
「え?」
 意外過ぎる。
 鵺が顔をいくつもある腕で覆い、のたうち回る姿だった。そして鵺に立ちふさがっているのはあのアリジゴク。
「おい、何があった?」
「アリジゴクの魔法が当たったらああなった」
「は? え、あれ攻撃用の魔法じゃないだろ」
 アリジゴクの魔法は土、多分ケイ素を分解する魔法だ。生物に使っても効果はないはず。……いやあれはテレパシーを阻害するんだっけ。テレパシーだけじゃなくて精神に関わる魔法になら効果はあるのか?
 つまり敵の目を見えなくする魔法の効果がなくなってしまってそれでテレパシーの妨害がなくなったのか? やるじゃんアリジゴク。
 苦しんでるのはあれか? 魔法が解除されてフィードバックみたいなものが発生したとか?
 しかしこんなところで足止めされたのならもう逃げられるのは確定だ。ありがとうなアリジゴク。殿と一緒に逃げていいぞ!
 もちろん。
 そんな甘い目論見を見逃す鵺ではない。
 見た目だけは可愛い猫のまま、恐ろしい形相で蟻とアリジゴクをにらみつける。火炎のような怒気を漲らせ、辺りの空気を無くそうとするかのように大きく、大きく息を吸う。
 来る。間違いなく今までで最大の咆哮が来る。今までの経緯を見る限りだと、鵺は咆哮によって相手を傷つける魔法を使う。
 つまり、息を吸うということは、獲物を狩ろうとする肉食獣が足に力を溜めていることと同義だ。音よりも速く走れない限りは、逃げられるはずもない。
 だからせめて何か会話ができないかとあがく。
「ちょ、ちょっと待て! お前何が目的だ! どうしてオレたちを襲う!?」
 答えはない。その答えの代わりに死を招く鵺の咆哮が轟く。聞こえてきた声は――――



「ワン!」

 犬の鳴き声。
「お前顔だけはネコ科だろうがあああ! せめてにゃーにしろやああああああ!」
 もちろんオレの憤慨には誰も耳を傾けず、視界はブラックアウトした。
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