264 / 509
第四章
257 逃れ者
しおりを挟む
「クッソが! 何がどうなってるんだよ!」
謎の魔物……ひとまずは多数の動物が複合した姿から鵺と呼ぶことにするか。日本の色々な動物が融合したような妖怪の名前だな。
鵺の攻撃によって被害を受けているのは間違いない。連絡が行われてないことからフェネックみたいにテレパシーを妨害する方法があるのかもしれない。最近テレパシーメタ多くないか!? テレパシーが使えないとオレの存在意義が揺らぐからやめてほしいんだけどな!
ええい愚痴っても意味ない。
「千尋! お前は今どこにいる!?」
「巣の中! 出口の近く! そこで連絡を受け取った!」
どうやら騒ぎを聞きつけて外に出ようとしたらしい。こういう状況だとオレと働き蟻の中間の指揮官を務められる千尋がいてくれるのはとてもありがたい。だからこそ千尋を失うわけにはいかない。
「お前は外に出るな! そこで状況の把握と報告! とにかく偵察を送り出して何が起こっているのか探ってくれ! オレは他に連絡が取れる奴がいないか聞きまわる!」
「うむ!」
魔物の習性と呼ぶべきなのかどうかはわからないけど、魔物は自分の魔法が使えないと途端に落ち着きを失ってしまう。例えばスマホを落とすと半狂乱に陥る人がいるように、テレパシーが使えないと途轍もなく不便であることにいやおうなく気付かされる。
幸い巣の内部にいる蟻には問題なく連絡を取れるから効果範囲は確実に存在する。その辺りの隙間を潜り抜けて統制を取り戻しつつ情報を集めないと。
「紫水。まず魔物に襲われておる。それはいいな?」
千尋からの連絡は突然来た。もちろん文句は言わない。
「うんわかってる。ちらっと相手の姿も見えた」
「我々を襲っている魔物は複数いるようだが、中心になっておる巨大な魔物がいる。連絡が取れなくなったために個々人で応戦を始めたようだ。そしてどうも、その巨大な魔物の近くに行くと目が見えなくなるらしい」
「目が見えなくなるって……うっとおしいなその魔法。テレパシーが使えないのはその魔法の優先順位が高いせいか?」
女王蟻の長距離多種族用テレパシーも魔法の一種。精神に関わる効果だから同じく精神に影響を与える魔法が発生していると通じなくなることがある。
ということは、物理的に暗くするのではなく、脳に影響を与えて視覚を閉ざす魔法か?
「偵察としてその魔法の効果が届かないぎりぎりの場所で待機するように命令した。そ奴と感覚を繋げろ」
「おっけー、いい判断だ」
多分テレパシーが届かなくなった蟻は脅威だと感じた敵に対してしゃにむに突撃を繰り返していたんだろう。目が見えないこともそれに拍車をかけていたのかもしれない。こういう時エコーロケーションが使えるラプトルがいてくれるとありがたいけど……残念ながらいない。奴らはできる限り高原に送り込んでいたからだ。
そして千尋が偵察に送り込んだ働き蟻に感覚共有すると、確かにあの魔物――――鵺がいた。
何度見ても生き物をごちゃ混ぜにして強引に縫い付けた悪趣味な生き物にしか見えない。一体何をどうしたらこんなものが生まれるのか。そして鵺は整備された道路を猛進している。
働き蟻たちはなんとか食い止めようとしているが、戦況は芳しくない。目が見えていなければ弓矢のような飛び道具は巨大な標的が相手でも当てられない。
恐らく二百メートルくらいが奴の魔法の射程距離らしい。弓矢でそれだけの距離からダメージを与えるのは難しい。畢竟、接近戦に持ち込まれてしまう。でもまあ相手の魔法はわかった。後は何とかして対策を取れば……。
しかし。
鵺が吠える。
天に刃向かうように。地に突き立てるように。人に仇なすように。
瞬間、奴の近くにいた働き蟻の体が一瞬で血まみれになった。ある者は吐血し、ある者は切り裂かれ、ある者は皮膚から血しぶきが舞った。
何が起こったのかはわからない。しかし、間違いないことが一つ。これは魔法だ
。
「ふっざけんなあああ! 何で魔法を二種類使ってんだよおおお! 魔法は魔物につき一種類のはずだろ!?」
それとも、まさかこいつが――――西藍!?エルフを滅ぼしかけた西にいる敵!? ……いや、多分違う。こいつにはどこにも青い所はない。なら、いったい何なんだこいつは!? 本日何度目だこの疑問は!?
それに何よりも――――この魔法はかみ合わせが良すぎる。
目を見えなくして接近戦を強制し、近づいたところに広範囲攻撃魔法を撃つ。
どうしろってんだこんなもん。
ぐぬぬぬ。こうなったらあれしかない。
古来より続くありとあらゆる生命体最強の生存戦略! それは!
逃げる!
「千尋。オレは逃げる。お前はもう少しだけ残って誰かを殿にさせてから逃げろ」
あんなわからん殺し連発してくる奴と戦っても犠牲が増えるだけだ。オレがさっさと逃げて部下もさっさと逃がす。これが今できる最善だ。もちろんこのままで終わらせるつもりはないけれど。
「ここまで攻め込まれればやむなし。まずは逃げるがよい」
こういう精神性は本当にありがたい。地球だと指揮官が逃げだしたなんて知られたら士気がガタ落ちして戦いどころじゃなくなるけど蟻ならそんなことで士気は落ちない。必要なことだと認めれば絶対に従ってくれる。
いざという時に備えて作っていた脱出路に向かい、さらに用意しておいた虫車の三台の内一つに乗り込む。
「じゃ、頼むぞ」
「んだんだ。任せるだよ」
高原から連れてきたスカラベに頼んで虫車を動かさせる。このスカラベには隠れて鵺をやり過ごしてもらおう。虫車の弱点は魔法を発動させたスカラベが死んじゃうと動かなくなることだからな。
ふははは、鵺よ、残念だったな。敵と戦う準備はあまりしてないけど、逃げる準備だけはいつでも抜かりないのだ! ではさらば! 二度と会いたくねえよ!
あたりの敵を薙ぎ払う鵺は明後日の方向を見やるとひくひくと猫の頭を動かし、進んでいた方向とは別の方向へと走り出した。彼が逃げる先へと。
謎の魔物……ひとまずは多数の動物が複合した姿から鵺と呼ぶことにするか。日本の色々な動物が融合したような妖怪の名前だな。
鵺の攻撃によって被害を受けているのは間違いない。連絡が行われてないことからフェネックみたいにテレパシーを妨害する方法があるのかもしれない。最近テレパシーメタ多くないか!? テレパシーが使えないとオレの存在意義が揺らぐからやめてほしいんだけどな!
ええい愚痴っても意味ない。
「千尋! お前は今どこにいる!?」
「巣の中! 出口の近く! そこで連絡を受け取った!」
どうやら騒ぎを聞きつけて外に出ようとしたらしい。こういう状況だとオレと働き蟻の中間の指揮官を務められる千尋がいてくれるのはとてもありがたい。だからこそ千尋を失うわけにはいかない。
「お前は外に出るな! そこで状況の把握と報告! とにかく偵察を送り出して何が起こっているのか探ってくれ! オレは他に連絡が取れる奴がいないか聞きまわる!」
「うむ!」
魔物の習性と呼ぶべきなのかどうかはわからないけど、魔物は自分の魔法が使えないと途端に落ち着きを失ってしまう。例えばスマホを落とすと半狂乱に陥る人がいるように、テレパシーが使えないと途轍もなく不便であることにいやおうなく気付かされる。
幸い巣の内部にいる蟻には問題なく連絡を取れるから効果範囲は確実に存在する。その辺りの隙間を潜り抜けて統制を取り戻しつつ情報を集めないと。
「紫水。まず魔物に襲われておる。それはいいな?」
千尋からの連絡は突然来た。もちろん文句は言わない。
「うんわかってる。ちらっと相手の姿も見えた」
「我々を襲っている魔物は複数いるようだが、中心になっておる巨大な魔物がいる。連絡が取れなくなったために個々人で応戦を始めたようだ。そしてどうも、その巨大な魔物の近くに行くと目が見えなくなるらしい」
「目が見えなくなるって……うっとおしいなその魔法。テレパシーが使えないのはその魔法の優先順位が高いせいか?」
女王蟻の長距離多種族用テレパシーも魔法の一種。精神に関わる効果だから同じく精神に影響を与える魔法が発生していると通じなくなることがある。
ということは、物理的に暗くするのではなく、脳に影響を与えて視覚を閉ざす魔法か?
「偵察としてその魔法の効果が届かないぎりぎりの場所で待機するように命令した。そ奴と感覚を繋げろ」
「おっけー、いい判断だ」
多分テレパシーが届かなくなった蟻は脅威だと感じた敵に対してしゃにむに突撃を繰り返していたんだろう。目が見えないこともそれに拍車をかけていたのかもしれない。こういう時エコーロケーションが使えるラプトルがいてくれるとありがたいけど……残念ながらいない。奴らはできる限り高原に送り込んでいたからだ。
そして千尋が偵察に送り込んだ働き蟻に感覚共有すると、確かにあの魔物――――鵺がいた。
何度見ても生き物をごちゃ混ぜにして強引に縫い付けた悪趣味な生き物にしか見えない。一体何をどうしたらこんなものが生まれるのか。そして鵺は整備された道路を猛進している。
働き蟻たちはなんとか食い止めようとしているが、戦況は芳しくない。目が見えていなければ弓矢のような飛び道具は巨大な標的が相手でも当てられない。
恐らく二百メートルくらいが奴の魔法の射程距離らしい。弓矢でそれだけの距離からダメージを与えるのは難しい。畢竟、接近戦に持ち込まれてしまう。でもまあ相手の魔法はわかった。後は何とかして対策を取れば……。
しかし。
鵺が吠える。
天に刃向かうように。地に突き立てるように。人に仇なすように。
瞬間、奴の近くにいた働き蟻の体が一瞬で血まみれになった。ある者は吐血し、ある者は切り裂かれ、ある者は皮膚から血しぶきが舞った。
何が起こったのかはわからない。しかし、間違いないことが一つ。これは魔法だ
。
「ふっざけんなあああ! 何で魔法を二種類使ってんだよおおお! 魔法は魔物につき一種類のはずだろ!?」
それとも、まさかこいつが――――西藍!?エルフを滅ぼしかけた西にいる敵!? ……いや、多分違う。こいつにはどこにも青い所はない。なら、いったい何なんだこいつは!? 本日何度目だこの疑問は!?
それに何よりも――――この魔法はかみ合わせが良すぎる。
目を見えなくして接近戦を強制し、近づいたところに広範囲攻撃魔法を撃つ。
どうしろってんだこんなもん。
ぐぬぬぬ。こうなったらあれしかない。
古来より続くありとあらゆる生命体最強の生存戦略! それは!
逃げる!
「千尋。オレは逃げる。お前はもう少しだけ残って誰かを殿にさせてから逃げろ」
あんなわからん殺し連発してくる奴と戦っても犠牲が増えるだけだ。オレがさっさと逃げて部下もさっさと逃がす。これが今できる最善だ。もちろんこのままで終わらせるつもりはないけれど。
「ここまで攻め込まれればやむなし。まずは逃げるがよい」
こういう精神性は本当にありがたい。地球だと指揮官が逃げだしたなんて知られたら士気がガタ落ちして戦いどころじゃなくなるけど蟻ならそんなことで士気は落ちない。必要なことだと認めれば絶対に従ってくれる。
いざという時に備えて作っていた脱出路に向かい、さらに用意しておいた虫車の三台の内一つに乗り込む。
「じゃ、頼むぞ」
「んだんだ。任せるだよ」
高原から連れてきたスカラベに頼んで虫車を動かさせる。このスカラベには隠れて鵺をやり過ごしてもらおう。虫車の弱点は魔法を発動させたスカラベが死んじゃうと動かなくなることだからな。
ふははは、鵺よ、残念だったな。敵と戦う準備はあまりしてないけど、逃げる準備だけはいつでも抜かりないのだ! ではさらば! 二度と会いたくねえよ!
あたりの敵を薙ぎ払う鵺は明後日の方向を見やるとひくひくと猫の頭を動かし、進んでいた方向とは別の方向へと走り出した。彼が逃げる先へと。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる