こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
259 / 509
第四章

252 全軍突撃せず

しおりを挟む
「ん、んー」
 眠気を吹き飛ばすように思いっきり伸びをする。巣の外にいる働き蟻にほぼ無意識的に感覚を繋ぐ。ようやく空が白み始めたばかりだ。
「ちょっと早く起きちゃったかな」
 和香から連絡もないしまだ戦端は開かれていないようだ。
 せっかく早く起きたのに重要な仕事が待っているからちょっとした時間を有効活用できないというのは実に損をした気分になる。

「じゃあご飯作って~」
 横合いから千尋がいつもの要望を突き付ける。適当な用事もないから断るのも難しい。
「あんまり凝ったものは作れないぞ」
「それでいいよ~」
 何にしようか。今から観戦するから……ポップコーン……は難しいな。トウモロコシはあるけどポップコーン用の品種じゃないからなあ。
 じゃあフライドポテトっぽいものにでもするか。
 ジャガオを短冊に切ってから片栗粉をまぶして油で揚げる……のはちょっともったいないので油を大目にひいてから炒める。なんちゃってフライドポテトにはなるか。いつまでたってもケチなのはかわらんなあ。
 塩と、後はドライジンジャーでも削ってふりかけ……。
「コッコー。野営していた遊牧民が移動を開始しました」
「うえ!? 今油ものの料理してんだけど!? もうちょっと待ってもらえないか!?」
「無理です」
 ですよねえ!?
 慌ただしくジャガオを炒め始める。
「早くしないと始まっちゃうよ~?」
「うるせえ! 誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! ってかお前状況わかってんのか?」
「わかってるよ~。遊牧民と戦うんだよね。でも罠にはめるためにあえて負けるんだよね」
「わかってんのかい!」
 結構戦いの勘所鋭いよねこいつ!
「いやはや何とも緊張感がありませんね」
「お前も笑ってんだろ翼!」
 今から戦いが始まるというのにピクニックにでも出かける程度の気軽さだ。命をかけた戦いだろうが無駄に緊張するよりはいいかもしれんけど。
 ちなみに翼は戦場からやや離れた場所で肉眼によって観察している。
「いようし! ポテト出来上がり! もう始まってるか!?」
「まだだよ~」
「なんでやねん!」
 せっかく急いだのに思ったよりCMが長くて余った時間でがっかりするテレビ番組か! 最近の子は動画とか録画で見るからそんな経験あまりないらしいけどね!
「どうやら戦士を鼓舞するための演説を行っているようですね」
「その手の話が好きだよなあ」
 いつもいつもヒトモドキは戦いの前に演説している気がする。士気を高めるために必要なのはわかるけどね。
「あそこに爆弾ぶち込みたいなあ」
隙だらけで調子に乗ってるやつをボコることほど面白いこともそうそうない。退屈な話をしているなら特に。
「自重ください王」
「わかってるよ」
 今回はまず受け身で戦わないといけない。その方が相手の力量を測りやすい。しばらくは益体のない話を聞くとしよう。



「神よ、救世主よ、我らを守り給え」
 決まり文句を口にすると遊牧民の騎兵は一斉に突撃――――しない?
「部隊を5つに分け、そのうちの一つだけが近づいてくるようですね」
 蟻の陣形は前列に盾を敷いた方陣。要するに四角く守りを固めて上から見るとゴマ豆腐みたいだ。
 対してヒトモドキたちは縦に細長い陣形を五つに分けていて、それが動き出す様子はところてんみたいだ。……さっきまで料理をしていたせいなのか食材で喩えてしまう。
 どんな意図があるのかはわからないものの馬鹿正直に突撃する作戦じゃないようだ。数はこっちが二千で向こうは八百くらい。ただすべて騎兵なので騎馬も含めて千六百。単純な数だけならそれでもこっちの方が上だ。
 前進した一つの部隊にやや遅れてもう一つの部隊が走り出す。やがて全部隊が馬蹄を響かせながら草原を駆けだした。
「斜線陣からの突撃……?」
 陣形戦術の一つに端から順次突撃させる斜陣がある。主にファランクスで用いられたらしいけど……騎兵でそれを活かしたのはあのアレキサンダー大王だったはず。
「いえ、これは……突撃ではありませんね」
 ほう。どうやら翼はこの先が予想できるみたいだ。これが突撃でないなら一体何だろうか。
 近づいてくる騎兵に向けて懐かしのスリングで投石する。情報隠蔽の為に弓矢はまだ使わない。
 ヒトモドキたちは魔法の盾で投石を防ぎながら前進する。ヒトモドキの魔法のメリットの一つだな。地球の武装は持ち運ぶ必要があるけど魔法なら出したり消したりできる。結果として兵種の汎用性が非常に高くなるのか。そして、こいつらはその利点を十二分に活かしていた。
 魔法の盾を掲げながら前進を続けた騎兵は突然反転して遠ざかっていく。五つに分かれた部隊はそれぞれが同じ生き物であるかのように正確な動きで反転した。しかしその反転している最中に盾から魔法を弾に切り替えて去り際に一撃攻撃を放つ。
 そして十分に遠ざかった騎兵は息を整えるように軽く歩いている。

「パルティアンショットか? なかなか面白いことをやってくるな」
「紫水。知っているの~?」
「ん、まあな」
 騎馬民族などが用いた戦法で、弓騎兵による一撃離脱戦法だ。できるだけ接近戦と乱戦を避け、ちくちく削るような戦い方だ。そして、恐らくあいつらがパルティアンショットという戦術を利用しているのはとても合理的だ。
「翼。何度か騎兵の訓練をしているお前たちがあの戦法と同じことをする場合の問題点は何だと思う?」
 きっと奴らの戦術を予想していた翼ならそれがわかるはずだ。
「まずは武器を持っているどうかですね。我々の武装は程度の差はあれ重量があります。重いものを持てばそれだけ足が鈍ります。さらに武器を替える必要があればその隙がありますし、武器を収納する場所も必要です。騎兵で盾や剣、弓を全て扱うのは少し難しいでしょう」
「うんわかりやすい説明ありがとう。他には?」
「後退しながら弓を撃つのは高い技術が必要でしょう。ですが奴らならば片手を後ろに向けるだけで撃つことができます」
「だよな。片手を空けられるのってホントに強い」
 地球の射撃武器は大体両手を使う。騎馬に乗りながらの射撃、つまり騎射の難易度が高い理由の一つはそこにある。特に鐙がない場合、走って揺れる馬に乗りながら太ももで必死に馬を締め付けつつ弓で狙いをつける必要がある。おまけに数百人でそれらを実行しないといけない。一人でも失敗すれば後でお仕置きされることは想像に難くない。
 おいおいそりゃ死ぬわ。
 しかし、魔法ならとりあえず撃つまでの難易度はかなり低い。
 それでも戦場で実行できるのはちょっと頭がおかしくないと無理だろう。
 その色々ぶっちぎってる騎兵諸君は再びパルティアンショットを行う。今度はやや早めに反転を始めてこちらのスリングがあまり届かないように立ちまわっている。さきほどに比べれば苛烈ではないが堅実で安定した攻撃になり始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

処理中です...