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秋葉夕雲

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第四章

241 天地考察

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 前回までのあらすじ!
 ティラミスに勝った!
 ここって地球から数百光年くらい離れた天体なんじゃね?
 だいたいこんな感じ。
 それではまずオレがはじめるべきことは何か? もちろん天体観測だ。
 幸いにもガラスの取り扱いなら蟻の<錬土>によって現代科学技術さえ上回る一面も持つ。工夫してもらって透明度の高いガラスを非常に高い精度で形を整えてもらった。
 そうして完成したのが望遠鏡だ。ちなみに、これらの作業はほぼ全て山の中で行っている。
 というのも山の方が天体観測しやすいらしいからさあ。完成品を運ぶよりも現場で組み立てた方が早いんだよな。
 えっさほいさと組み立てて、目を皿のようにさせて望遠鏡をのぞきこませた結果! ……何もわかりませんでした。正確に言うとライガーたちがわかっていることしかわかりませんでした・
 ……というかライガーの天測能力が高すぎる。オレたちが必死で作った望遠鏡よりも明らかに優れてるもん。一応ケプラー望遠鏡モドキだから西暦1600年以上の観測技術はあるはず。それでも手も足も出ないって一体……魔法スゲーな。

「これ以上になると電波望遠鏡かハッブル宇宙望遠鏡みたいに周回軌道上に望遠鏡を打ち上げるしかねーなあ」
「? な~にそのぼうえんきょう?」
 千尋がひとりごとに反応する。たった今約束通り千尋に飯を作っている。
「電波望遠鏡は電波を捉える望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡は宇宙に打ち上げられた望遠鏡の一つ。多分素人でも知ってるくらいには有名だったな」
「ねーねー」
「んー?」
「その黒い液体何? おいしそうだね~?」
 興味を無くしたのか超速の話題転換。 
 そしておそるおそると警戒しながらも食い気を見せる。ならば教えてやろう。日本人なら誰もが知っている調味料!
「さあご覧あれ! これこそがオレの研究の集大成の一つ! 醤油だ!」
 つやのある黒色の液体が杯に注がれる。恐る恐る口をつけた千尋のセリフは一つ。
「しょっぱい」
 そりゃそうだ。生で飲むもんじゃない。というわけで醤油をからめてじゃっと炒めた肉にを持ってきた。
 いやあ、なかなか香ばしい香りじゃないか。
「おいこら千尋。涎垂らすな」
「何を馬鹿なことを。妾が唾を垂らすなんてそんなことしてないよ~」
「口調おかしいぞ」
 いかん、醤油の魔力で頭をやられている。
「よし。もう食べていいぞ」
 待ちわびたといわんばかりに肉にかぶりつく。それから幸せそうに破顔する。
 くくく、醤油大成功じゃないか。

 醤油にはアミノカルボニル反応によって香りを出す。まずこれでノックアウトする。
 実際に食べる場合でもうまみ成分を多く含むことやphの緩衝能によって味を引き立てる。まさに万能調味料。
 オレが醤油の原料である大豆を見つけてから一年ちょい。それだけの期間で醤油はできるのだろうか。決して不可能ではない。温度管理を可能とする冷暖房や適切な処理、麹菌などの微生物が万全に整っていればぎりぎりできなくはない。醤油の製造には昔なら一年以上、今でも半年ほどかかるといわれている。
 しかしオレたちはそれほど時間をかけていない。醤油製造にかかった時間はおよそ二週間。
 地球の醤油製造業者が聞けば鼻で笑うか白目をむくかのどちらかだろうな。
 もちろんこの期間短縮の成功には魔物の成長加速能力が大きく関わっているけどオレなりにも工夫した。

 醤油の大まかな製造方法は大体こんな感じ。
 大豆を蒸してコムギを混ぜて、種麹を混ぜる。それから塩水と乳酸菌や酵母菌などを入れて発酵、熟成させる。
 それを搾って油とかを取り除いてから、加熱殺菌する。基本的にはこれ。
 時間をかけなければいけないのは発酵熟成。神経をとがらせないといけないのは麹。
 しかし魔物の成長加速を上手く利用すればそれらの難易度を大きく下げつつ期間を短縮できる。

 まずは麹から見ていこう。
 この麹菌の役割は大豆のタンパク質を分解する多様な酵素を大量に生産すること。この麹はとても重要で醤油製造メーカーによって微妙に違う麹を使用してそれらが風味の違いを生むらしい。
 これが大変なのは温度と湿度管理。さらに空気を必要に応じて送り込むこと。これがもう大変。しかしそれも麹菌を成長加速させれば幾分条件はましになる。そして醤油の製造に使う魔物の体液は……なんとアメーバだ! 
 偉いぞアメーバ。エミシが続く限り無税。まあこの国税金ありませんけどね。
 本来なら三日くらいかかる工程が半日程度で終わる。寝ずの番をさせなくていいのはありがたい。
 ただこの工程は少し厄介な現象も引き起こしている。
 前に少し言ったけど成長加速には特異性がある。つまり麹菌以外の成長を妨げてしまう。この性質がマイナスの面で発揮されてしまう。麹にした後で酵母や乳酸菌を加えても成長しなくなる。要は醤油にならなくなってしまう。
 しかし! それを回避する手段をようやく思いついた。
 低温殺菌だ。麹ができると多分60℃くらいで殺菌する。こうすると割と熱に強い麹やその酵素はきちんと生き残ってくれるけど、麹を成長加速させる物質(細菌とかウィルスかもしんないけど)は失活してくれる。どうやらアメーバの成長加速物質はかなり熱に弱いらしい。
 これ思いついた時、オレまじで天才なんじゃね? と思ったもんだ。いやまあ天才なら一回でばしっと決めろって話だけどさ。
 ああくそう。このやり方を見つけるまでにどれだけの犠牲を出した! 何度カビが生えた! おのれカビ! お前のような奴は燃えるゴミの日にシュートされてればいいんだよ! いやまあ麹菌だってカビの一種だけどさ。

 それから乳酸菌、酵母及びそれらの成長を加速させるための魔物の体液などを入れる。不思議なことにこの場合は乳酸菌と酵母の両方はきちんと成長加速してくれる。
 この辺りも相性があるらしく別の酵母などには干渉しないこともある。はっきり言って未だに手探り状態だ。
 つーかこれ、地球に持って帰って特許取れたら一生遊んで暮らせるお金が手に入るぞ絶対。どうすかキッコー〇ンさん、マ〇キンさん。今ならお安くしておきますぜ。
 ま、こんなわけで醤油を高速に生産することはできる。後はどの程度の規模で生産するかだな。こればっかりは現状の土地や設備と相談かなあ。

 食後の歓談をしながら後片付けをする。
 口を動かしながらも調理用品を洗う手は休めない。オレくらい庶民的な王様も珍しいだろうな。いやまあもともとそこら辺の一般人なんだけどね。
「さっき気になったんだけど~宇宙には何があるの~?」
「……別に哲学的な意味じゃないよな?」
「?」
 望遠鏡を見て、それから腹も膨れたせいなのか好奇心を刺激されたらしい。
「おっけー。一言で言うとほとんど何もない」
「ないの? 星はいっぱいあるよね~?」
「そうなんだけどな。ん~。これがちょうどいいかな」
 食事に使っていたお椀になみなみと水を注ぎ、塩を一つまみ手に取る。
「この椀が宇宙だと思ってくれ」
「うん」
「で、この塩が星だとする。ここまではいいか?」
「いいよ~」
 理解を確認するとつまんだ塩を椀の中にふりかけてかき混ぜる。当然塩がどこにあるかなんてわかるはずもない。
「この椀の中に塩はあるか?」
「あるはずだけど見えないね~。そっか~私たちにとって星は物すっごくおっきいけど宇宙全体から見ればものすごく小さいんだね~」
「お、おう。理解してくれてうれしいよ」
 正直に言うとたまにこいつらの理解の早さがちょっと怖い。
「じゃあ別の星に行くことなんてできるの~?」
「……難しいな」
 ……少しだけここ最近のオレの煩悶を見透かされているようでちょっと焦る。
 数百光年という途方もない距離がどのくらいなのかは説明が難しい。大体一光年が9兆キロメートルだっけ。その数百倍だから……一京キロ……さすが天文学的数字。わけがわかんねえ。
 要するに光の速さで飛んでいったとしてもここから地球まで千年かかるということ。いやもちろんすべての仮説がただしいと仮定した場合だけど。
 そう。極端に言えば、オレがこの星にたどり着いた時点ですでに人類が滅亡している可能性さえ存在する。数百光年とはそれほどまでに絶望的な距離だ。これでも天文学的には隣近所の距離だから恐れ入る。
 仮に地球に帰還したとしても人類がいない地球に意味はないだろう。というかそんなことが可能ならこの惑星でエンジョイする方がよっぽど現実的だ。
 さらにこの惑星に来るまでの速度が遅ければ数百年どころか数億年経過している可能性が……あ、それはないか。あの星団がプレアデス星団だったなら数億年経過していることはありえない。あの恒星は青く、よく燃えている。つまりそれだけ恒星の寿命が短い。それがまだあるから少なくとも、一億年は経過していないはずだ。やった時代がわかったぞ! ……なわけあるかあ! 一億年だぞ一億年。生物が陸上に上がるくらいの時間がかかってようやく吹っ飛ぶような恒星基準で何を考えろっつーんだ。いやまあ宇宙史的には一億年ってそう大した年数じゃないんですけどね!? 宇宙すげえなおい!
 はー、はー、つ、疲れた。
 年月はおいといて……どうやってオレは精神だけとはいえこの惑星に来たんだ? それこそワープみたいな方法があるなら地球に帰還することも無駄にはならないかもしれない。
 そのためには転生の原理を明らかにしないといけない。……はい詰んだ。
 最近の思考はこんな風にループしている。完全に千日手の様相だ。オレの小さい頭じゃどんなに頑張っても転生の仕組みはわからない。
 気分も沈むというものだ。

「紫水、一緒にご飯食べよ~」
「え、珍しいな。どうした?」
「寧々ちゃんとか翼ちゃんから最近元気がないって聞いたからご飯食べれば元気出るかな~って思ったんだけど~」
 え。
「オレ、そんなにわかりやすかったか?」
「うん。そう見えるよ~」
 おうう。こいつらにまで心配をかけるとは……不甲斐ないなあ。
「悪かった……いや違うな。ありがと。それじゃあオレもなんか食うか」
「それがいいよ~」
 ひとまず席について……ん?
「いやこの料理作ったのオレなんだけど……」
「うんそうだよ~」
「自分で作った料理を自分で食べるのはいいけど……こういう時はお前が作ってくれるもんじゃないのか?」
「? 紫水が作ったご飯が一番おいしいよ?」
 なるほどなるほど。できるだけ美味しいものを食べてほしかったんだな。
 ……どうにも釈然としないような。
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