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秋葉夕雲

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第四章

228 高原問答

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「色々話してくれて感謝してるけど、また質問していいかな?」
「どうぞ」
 神官長は気を悪くした風もない。話が好きなのかそれとも……別の目的があるのか。
「どうしてお前たちはヒトモドキを滅ぼそうとしないんだ?」
 ある意味一番疑問に思っていたことだ。
 アンティ同盟の戦力なら時間さえあれば逆に攻めこむことも決して不可能じゃないはず。こいつらが被った被害を考えれば不思議でも何でもない。やられる前にやる。戦術の基本にして究極系だ。何故それを実行しないのか?
 その質問に対して……どこか儚げな笑みを浮かべた。
「難しいのですよ。過去に何度かそうしたこともあります」
「負けたのか?」
「いいえ。勝つことはできました。しかし勝ち続けることはできなかった。そう伝えられております」
 遠い過去を見つめるようになだらかな平原を見つめていた。そこが赤く染まったことは一度や二度じゃないはずだ。
「原因は何なんだ?」
「様々ですな。この高原から出たことで病が流行したこと。砦を攻めあぐねて増援を許したこと。天候の悪化によりそれどころではなかったこと」
 どうやら正面切っての殴り合いでは負けなかったらしい。それでも戦争には負ける。
 百戦百勝したとしても戦争に勝てるとは限らない。勝敗がはっきりするスポーツがどれほど楽かよくわかる。
「だからこのロバイで暮らすことが最良だったのか?」
「ええ。外から来たあなた方には滑稽に見えましたかな?」
「……さあな」
 どうもこいつらはオレがアンティを信じていないことに気付いている気がする。それでもオレを迎え入れたのは、ここでこうしてオレをのは、何か期待していることがあるのか。
「我らの根底にある行動原理はわけあたえることなのですよ」
「それは食料を? 土地を?」
「それらすべてを」
「その割にはティラミスみたいに力で分け与える量を決めたりしているけど」
「正しく分け与えるには明確な基準が必要なのですよ。それこそがティラミス。アンティより我らが賜り、正しく我ら自身を鍛えるための儀式です。再起の目があるなら手を差し伸べますし、そうでなければ放逐するのみです」
「厳しいね。反感を買うんじゃないのか?」
「ないわけではありません。ですが全ての同胞を救うことはできません」
「……全部お前らが仕切ろうとは思わないのか?」
 それこそティラミスなんかせずに土地や食料をマーモットが管理することだって不可能じゃないはず。
「我々はただアンティが残した言葉を伝え、遠き天上にあらせられるアンティに仕える神官にすぎません。我々は支配するのではなく正しく運営するのみです。アンティも我らの努力を見逃すことはないでしょう」
 アンティ同盟には王がいないと思っていたけどちょっと違うらしい。
 アンティという神が王だ。空っぽの玉座に神を据えたのか。そこにいない架空の存在を王に当てはめることで玉座を誰にも奪えなくした。
 いない奴を殺すことはできないからな。……ま、こいつらにとって神は確かに存在するんだろうけどね。
 だから形の上だけでもマーモットは王にはなれないし、ならない。
「そのルールにオレたち殉じろと言いたいのか?」
「はい。そうであるならばあなた方を排斥することはありません」
 …………。
「従わなければ?」
「我々の総力を以てあなた方を潰します」
 その外見とは裏腹の重苦しい言葉に恥じない圧力を感じる。嘘ではないだろうし、実行に移せる自信もあるのだろう。
 沈黙が訪れる。
「助言する必要はないでしょうが落ち着いてお考えください」
 助言なあ。
 めっちゃしてほしいんだけど。
 はははは。

 何でこんなことになった?

 いや、あの実はさあ。
 なんかオレたちを試してるのは気付いてたんだけどさあ。その、もうちょっと穏やかな話題になると思ってたんだとなあ。正直この質問しくじったらタコ殴りにされないか?
 だからここは特に事を荒立てるつもりはないとだけ言えばこの場は丸く収まるはずだ。
 でもなあ。
 
 空を見る。青々と広く、誰だって簡単に見ることができる。
 もしも空に意思があるのならオレたちのことを嗤うだろうか。それとも褒めるのだろうか。この地上でせこせこと争いを繰り返しているオレたちを。
 柄にもないことを考えちゃったか。

 こいつらのことは嫌いじゃない。
 ちゃんと現実を見て話ができているし、外から来たオレたちを受け入れる度量もある。こちらにルールを押し付けてはいるけどそれは自分たちの秩序を守るためだ。郷に入っては郷に従えという言葉もあるように来客には多少の不便を受け入れることも必要だ。
 とにかくアンティ同盟はこの体制で上手くいっている。
 だからこの高原はオレが何かする必要はない。そう思っていた。
 ただ、それでも一つ納得いかないことがある。そこに思い至ってしまった。
「質問をしてもいいかな?」
 まっすぐにティウを見つめて問いかけた。
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