こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第四章

224 深きものたち

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 薄暗く、わずかに湿った空気でありながら不思議と淀んでいない洞窟を進む。
 ……どことなく蟻の巣の中の空気に似ている。
 今この洞窟にいるのはオレの代理として寧々、他数名の護衛だけだと寧々には説明している。競技の成績が思った以上に良いので寧々やオレがつきっきりでなくても問題はなさそうだったので、こちらを優先することにした。
 謎のラグンの神官を名乗る連中は少人数での面会を希望したためだ。どうやらかなり慎重な連中らしい。
 道案内はいない。テレパシーでこちらに道筋を教えてくるだけだ。何度かわかれ道を曲がってから、やがて行き止まりにたどり着いた。

「約束通り少数できましたよ。どこにいるんですか?」
 寧々がテレパシーで尋ねると、奥側の壁が溶けるように崩れ、奇妙な影が現れた。
 何と言ったらいいのか……魚の顔にトカゲの手足がついた生き物が二足で歩いている。なんじゃこいつら?
「ようこそお越しくださいましたエミシの方々。我々は真なるロバイの民、私はその族長にして神官長を務めているロラクと申します」
 錆びたような鱗とうつろな瞳に鋭さを隠した魚人とでも呼ぶべき奇妙な魔物はそう名乗った。

「まずはこれをどうぞ」
 皿、いや水の入った平たい杯を寧々に差し出す。飲め、ということか。
「いただきましょう」
 ぐいぐいと杯を飲み干す。水が貴重な高原ならこれだけでも歓迎の意思は示すことができる。
「よい飲みっぷりです」
「感謝します。それで? 早速本題に入らせてもらって構いませんか?」
「その前に一つ」
 ロラクは勿体をつけるように寧々を眺める。
「あなたはエミシの代表ですかな?」
「いいえ」
「では、もっとも上に立つ方をここに連れてきてください」
 あくまでもトップとしか話さないつもりか。どうにも慇懃無礼だな。
 しばらく横から口をはさむ気はなかったけどこの様子だとそうもいかないな。

「オレがエミシの王、紫水だよ」
 今更だけど自分から王様って名乗るのはちょっと恥ずかしい。
「ここにはいらっしゃらないのですか?」
 明らかに不満で不機嫌な顔をするロラク。直接顔を合わせたがるのは魔物としてはちょっと珍しい気がする。
「オレはここからかなり離れた場所にいるんだ。どう頑張っても一か月はかかるから代わりに寧々に行ってもらってるんだよ」
「ふむ……まあいいでしょう」
 何がいいのかよくわからんけどいいらしい。
「あなた方が我々とともにアンティを駆逐するなら大事の前の小事です。そのために協力し合おうではありませんか!」
 いきなり何言ってんだこいつ。
「オレたちは話があるからここに来ただけで協力するなんて一言も言ってないぞ?」
 こんなもん買ってもない商品の押し売りみたいなもんだ。強引にもほどがある。
 が、ロラクは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。……鼻どこにあるかわからんけど。
 物分かりの悪い教え子に呆れる教師のようだ。
「しょうがありませんな。我らがあなた方の蒙を啓いて差し上げましょう」
 いくら何でも上から目線すぎないかこいつら。だんだん腹が立ってきた。とはいえ話そのものには興味がないでもない。黙っておくか。



「まずアンティとラグンについて、あなたは正しい歴史をご存じですか?」
「ラグンが世界を支配しようとしてそれをアンティが止めたって話だっけ」
「いいえ。それは間違いです」
 これほど嘆かわしいことはないと言わんばかりに首を横に振る。やたら芝居がかった動作だ。
「いいですか? 本来であればラグンはアンティと共にこの世界の柱である存在なのです」
「はあ」
「もともとはアンティとラグンはお互いに切磋琢磨し、暗闇に立ち向かう存在でした」
「ん? ラグンって暗闇の神じゃなかったっけ?」
「いいえ。ラグンはアンティの兄であり、雨と雷と慈愛の神です」
 ふむ。つまりラグンが神としてつかさどる部分が捻じ曲げられてるってことか? 誰に? 見当はつくな。
「マーモットが何かしたのか?」
「その通りです!」
 テレパシーだというのに鼓膜が破けそうな音量で叫ぶ。酔っぱらいのように興奮している。
「きゃつらは! あろうことか! 偉大なるラグンの教えを辱め! 捏造し! 貶めたのです!」
 ロラクの語気はますます強く、それと反比例してオレの心はますます冷めていく。
「きゃつらめはラグンが広まることを恐れたがゆえに、我々をロバイから放逐し、ラグンの誤った教えを広めたのです! 自分自身の欲の為に、権威を維持するためだけに!」
 ロラクはしゃべりながら感極まり、周りの魚人も目に涙を溜めている。
 要するに自分の祖先がいじめられたことに対しての恨み節だ。
 そこに宗教が関わることもままある話だ。
 どこぞの一神教の悪魔なんてもとはどっかの神様だってことが珍しくもない。よその宗教を貶めるのと同時に自分とこの神様が偉大であることを示せるんだから一石二鳥だ。

「我々こそが真のロバイの民です! マーモットも、奴らに従う連中も愚かに過ぎる! 我々こそが唯一この地を治めるに足る存在です! 奴らには天槌を振り下ろさねばなりません!」
 天槌? 鉄槌の魚人バ-ジョンか? 
 どうでもいいことを気にしたオレを一顧だにせず、一気にまくしたてたロラクはようやく息を整えた。
「いかがです? 我らの正しさをご理解いただけましたかな?」
「……とりあえず質問をしてもいいかな?」
「どうぞ」
 満足そうな、自分自身が正しいと確信しかしていない顔をしている。
「具体的にどうやってマーモットに一発食らわせるつもりだ?」
「今現在奴らはティラミスにかかりきりです。今なら寝首をかくことは難しくありません」
「……オレを誘った理由は?」
「あなたが外から来たからです。あなたはあの愚劣なマーモットに毒されてはいないでしょうから」
「なるほど。よくわかったよ」
「おお! ではともにアンティを討ちましょう!」
 ロラクは満面の笑みを浮かべ手を差し出す。
 オレも満面の笑みを浮かべる。返答はすでに決まっている。
「嫌だよ。めんどくさい」
 笑顔のままそう言った。
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