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秋葉夕雲

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第四章

222 雨垂れ石を穿つと

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 しばらくの間は戦士長と千尋の二人がかりで鎧竜の体力を奪うことに専念した。
 ただしあの急加速を警戒して不用意に近づくことはできなかったし、それだけ距離をとれば有効打はより与えにくくなる。
 とはいえ数時間以上飲まず食わずで戦っているんだから消耗はしているはず。それに対してこちらは適宜食事をとりつつ戦っているから余裕はある。それでもまともに食らえば一撃で死ぬことには変わりないけどな。

「ヴェヴェ。もうそろそろ勝負に出なければいけませんな」
「だな」
「うむ」
 斜陽が岩肌を赤く照らし出す。血のように、炎のように。
 時間切れは近い。
「戦士長。この道具の使い方はわかっているな?」
「ヴェ」
 竹で作った水鉄砲のような道具を渡す。こいつで隙を作り、カンガルーが勝負を決めにかかる算段だ。
 長時間戦っているが気力が衰えている様子もない。むしろ今までよりも気力が漲っているようだ。

(千尋、ちょっといいか?)
(ふむ、何だ?)
(ちょっと作戦についてアドバイスがある)
 もちろんオレたちはオレたちで必勝を期すために若干の修正を加えて最後の作戦を進めていく。



「ヴェ――――!!」
 けたたましい雄たけびを上げながら戦士長は突撃する。
 今までのように距離を測りながら近づくのではなく、追いつめられた獣の必死さを見せつける。
 鎧竜は努めて冷静に、後ろを振り向いた。
 戦士長を軽んじているわけではない。鎧竜はハンマーのような尻尾を持つため近づいてくる敵に対しては背後の方が守りは固い。
 しかしそれ以上に蜘蛛を警戒している。多分蜘蛛の持つ火をそれ以上に恐れている。だからこそカンガルーの接近を警戒しつつ、同時に多方からの蜘蛛の投擲物を警戒する体勢をとる。
 そして、千尋を見つける。遮蔽物の少ない荒地では身を隠すということは難しい。
 いつものように糸を回して投擲の構えをとっている。
 その一瞬だけ、鎧竜はカンガルーの存在が完全に頭から抜け落ちた。
「今だ!」
 水鉄砲を力の限り押す。もちろん中身は水じゃない。
 ラーテルにも有効だったトウガラシスプレーの原液だ。水鉄砲というより巨大な霧吹きになっており、刺激性の物質が空気中に散布される。
「!?!?」
 思わず身をよじり、目を閉じる鎧竜、しかしカンガルーの正面にいなかったからなのか、単純に目に入った量が少ないのかまだ冷静な判断力はあったらしい。
 鎧に覆われた体を尻尾の遠心力を利用して一回転させる。その攻撃で一瞬にしてトウガラシスプレーは霧散した。
 まっとうな神経なら近づくことはできないだろう。高速で回転するチェーンソーに突っ込んでいくようなものだ。
 しかし、戦士長は恐れない。躊躇いなどしない。
 回転が止まるぎりぎりの一瞬を狙って跳躍する。その跳躍のタイミングをこれまでの戦いで完全に見切っていた千尋が合わせてフレイルのように石を投げつける。
 投石とカンガルーはコンマ一秒の誤差さえなく鎧竜の体に接触した。
 それだけなら最初の攻撃とそう変わらない。違うのは戦士長の攻撃方法。
 鎧竜の首に腕を巻き付ける、いわゆる裸絞めに近い攻撃。
 一瞬だけ緑と黄色の光が交錯するが、それもすぐに静まった。
「ヴェヴェヴェ!」
「うっし! 掴んだな!」
 実はこの攻撃はカンガルーが鎧竜に対して編み出した戦法らしい。
 事前に聞いていたのだけど、鎧竜には打撃よりも絞め技が有効でカンガルーが勝利する場合はほぼ間違いなくこのパターンに持ち込んだ時だとか。
 それは簡単じゃない。
 何しろ鎧竜には触れただけで吹き飛ばす<リアクト>がある。万全の状態で挑んでもただ吹き飛ばされるだけだ。
 だからまず体力を削り、千尋の攻撃を全くの同時に当てて、なおかつカンガルーの魔法を十全に活用して、敵の魔法のエネルギーのリソースを潰してようやくこの状況に持ち込んだ。
 そしてもっとも重要なことは――――

 一度組み付ければ鎧竜の魔法は発動することがないということ。つまり、鉄壁の魔法にはほんのわずかな瑕疵がある。

 鎧竜の首に食い込む戦士長の腕。ぎりぎりと絞め上げる。
 一流の柔術家ならものの数秒で意識を落とせると聞いたことがあるけれどそこはやはり魔物であるということだろう。容易くはやられない。

「ガアアアアア!!!!」
 戦士長を振り落とすために暴れまわる。体を横にゆすり、飛び跳ねる。
 あまつさえカンガルーごと石の塔にぶつかる。人間ならもう5、6回は死んでいるはずだ。
 戦士長は体のあちこちから出血していたが、腕を離さない。ここで離せば次はない。だから決して離さない。その命が尽きるまでは。
 後は、罠にかかってくれるかどうか。それまで戦士長が持ちこたえられるかどうか。

 そして、その瞬間は訪れた。
 びんっと鎧竜の左前足が意思に反して持ち上がる。
「「!?!?」」
「千尋!」
「今じゃな!」
 驚愕と、確信が四者を駆け抜ける。
 これは最初の蜘蛛がオレたちと戦っていた時に使っていたトラップ。地球の蜘蛛が使うことがあるスネアトラップの一種だ。
 蟻ならこの時点で碌な身動きが取れなかったけどそこは重量級の鎧竜。頑丈極まりない蜘蛛糸でさえ引きちぎろうとする。
 だが今度は鎧竜の前足が手錠でもかけられたかのように閉じられる。これも蜘蛛糸の仕業。鎧竜に気付かれないうちに奴の魔法の穴を潜り抜けて体中の各所にくっつけられた糸を一本の糸に束ねて再び拘束した。
 しかしそれさえも引きちぎろうともがく。しかしもはや勝負は決まった。カンガルーの絞め技、糸による拘束。鎧竜にはもはや次の攻撃に対処する余裕はなかった。
 ゆっくりと、ふわりと、赤子に毛布をかけるようにゆっくりと蜘蛛糸の網が投げられる。
 あまりの遅さにそれが攻撃だと気づかないほどに、的確に、慎重に、鎧竜とカンガルーを網が包んでいく。
「鎧竜、カンガルー、捕獲完了」
 一気に網を狭める。ぎしぎしとカンガルーと鎧竜を縛り、身動きさえ取れないほどに締め上げる。二人は暴れ、もがくがびくともしない。
 蜘蛛糸は尋常じゃなく頑強だ。力業じゃあ抜け出せない。なら魔法なら?
 それも不可能だ。何故ならもうこの二人は使

「鎧竜、お前の魔法は自動で物質を弾く魔法。オート操作ってのは一見便利だけど穴は少なくないよな?」
 おしゃべりしているのは千尋が拘束を強める時間を稼ぐため。抜け出せないとは思うけど万が一さえ許されない。この状況で拘束を解いたら確実に二人から狙われる。
 要するに千尋が死ぬ。
「オートである以上そこには必ず弾く基準が存在する。お前の魔法が発動するためには条件を満たしていないといけない。そのうちの一つが物質の熱量」
 火炎瓶を投げた時に炎を弾けたのは恐らくそれが原因。一定より熱いものには<リアクト>が発動する。
「もう一つの条件が速度、多分相対速度かな? お前自身よりも一定以上速く動く物質にも<リアクト>は有効。ただしそれらは自分の意思で完全に制御できるわけじゃない」
 それを確信できたのはあの急加速の時だ。
 まず最初に鎧竜は強く地面を踏みしめた。足と地面の間に魔法を発生させるためだ。もしも自由自在に魔法を使えるならそんなことをする必要はなかったはず。
 さらに加速中は何にも触れていないのにもかかわらず魔法がわずかに発動していた。何に対して発動していたのか? 
 それは空気だ。
 自分自身の速度が一定以上になってしまったために空気にさえ魔法が発動してしまったようだ。そしてそれは鎧竜の魔法の重大な欠陥をも露呈させてしまった。
「お前さあ、急加速して空気にさえ魔法を発動させると呼吸できなくなるだろ?」
「…………」
 無言。しかしオレはそれが正解に違いないと確信している。
 何でも弾く魔法。
 そう聞けば鉄壁に感じるけど、本当に何でも弾いてしまえば呼吸さえできない。だって呼吸は空気を外部から取り入れる行為なんだから、魔法で空気を弾いてしまえば空気を吸えないのは当然だ。
 だからこそ急加速の後は大きく息を乱していた。呼吸を止めながら動き回ればそりゃ疲れもする。
「これらの性質から考えると、ゆっくり近づくものは防御できない。そう考えるのが自然だ」
 まあ事前にカンガルーから情報を得ていたのでおおよその魔法の性質は予想できてたけどね。

「そして戦士長。お前たちの魔法も結構穴がある。まずは背後には魔法を発動できないこと」
「ヴェ……お気づきでしたか」
「いや気付くも何も……お前自分からそう言ってただろ」
 打ち合わせ中に、『背後から攻撃するのはやめてもらえると助かりますな!』とか言い出した時は何かの罠かと本気で疑ったぞ。
 隠し事が下手にもほどがある。
 多分だけどこれはカンガルーが後ろに歩けないことと関係があるはず。
 カンガルーは跳躍しながら走る。特殊な腱を持っており、まるでばねやホッピングのように着地時のエネルギーを吸収し、次の跳躍に活かすことができる。ただしそれらの体の構造から後ろ向きには歩けない。
 それがカンガルーの魔法の正体。<スプリング>とでも呼ぶか。
 そして、ばねは縮むことと、伸びることを同時にはできない。
「つまり戦士長、お前の魔法は吸収と放出、どちらか片方しか使えない。その様子だと片方の機能を使っている最中は切り替えさえできないみたいだな」
「……ヴェ」
 拘束されている間戦士長は一切魔法を使っていない。この状況なら使える物は何でも使うだろう。
 それをしないということはできない、と判断するべきだ。そして当たり前だけど、吸収できるエネルギーにも限界はあるはず。
「つまりお前たちの弱点は同じだ。長時間継続的に行える攻撃、絞め技や関節技に弱い」
 この二人の魔法は強力だ。
 もしかしたら拳銃の弾くらいなら止められるかもしれないし、薄い防弾ガラスくらいならぶち破れるかもしれない。
 それくらい瞬間的な力を出すことや、それらを防御することに向いている。逆に言えば、静止した物質を利用して相手を嵌める罠や、じわじわ削る攻撃を得意とする魔物には分が悪い。それこそが蜘蛛。
「フリナテキとタタカワサレテ、イタノカ」
 かなり片言のテレパシー。鎧竜のテレパシーを聞いたのは初めてだけどどうも会話しにくいな。
「うむ! お見事です!」
 絶体絶命にもかかわらず賛辞を忘れない戦士長。
「で? これからどうする?」
 完全に敵二人を拘束した千尋はシュルシュルと糸を慎重に首に巻き付ける。
 日が沈むまであと十数分。
 それだけあればいくらでも対処できる。仮に絞殺できなかったとしても色々考えてある。
 落とし穴に落として火を投げ込むとか。これなら一酸化炭素中毒で死ぬはずだし。
「最後通告だ。降参するか? このまま死ぬか?」
 偶然なのかピタリ風がやむ。何一つ動くものがない静寂。
「ワカッタ、コウサンシヨウ」
「ヴェ! 我々も同じく! 見事な戦いぶりでした!」
「これにて決闘を終了する! 勝者、エミシ!」
 マーモットの宣言を聞いて一安心して、ようやく力を抜く。これで前半戦の山場を乗り切ることができた。

「ねーねー」
「んあ、何?」
 あれ? 口調が……?
「ご飯作って」
「……いや無理だろ」
「え~?」
 オレがいるのは樹海。千尋が今いるのは高原の真ん中あたり。余裕で千キロ以上離れている。
「余ってるもん食べてるんだからそれで我慢しとけよ」
「紫水が作ったご飯がいい~」
「無茶言うな。まあでもよくやった。オレが作るのは無理だけど美味い物食べていいぞ」
「む~、じゃあそれで我慢しておく」
 こいつの食い意地はどうにかならんもんか。
 まあ拝金主義者の守銭奴とかに比べればましかなあ。何はともあれ明日は競技が始まる。レースや重量挙げみたいなことをするらしい。まだまだゆっくり休めないな。
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