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秋葉夕雲

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第四章

221 荒地要塞

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 追いすがる狩人。逃げる獲物。
 実に単純なこの構図は生命が何億、何兆回と繰り返してきた戦いの在り方だ。
 追うものは強く、追われるものは弱い。確かにその通りであるけれど、今この時においては不安さえ抱いていなかった。
 何しろ速度が違う。
 最高速ではなく加速力と敏捷性、障害物が適度に置かれた環境での蜘蛛の小回りの利き方は群を抜く。
 前日に張り巡らされていた糸を伝い、辿り、また新たに糸を張ることによって機動力を維持する。
 鎧竜は決して遅くない。
 いわゆるガチムチ体型は鈍重である、と思うのは間違いだ。体が大きいということはそれだけ筋肉を持っているということであり、またその一歩も大きい。
 地球においても地上最大の動物である象は時速40キロメートルに達し、オリンピックに出場するほとんどのアスリートよりも早く走ることができる。
 しかしそれは一旦スピードに乗ればの話。
 ゼロから加速するためには時間を必要とする。だから千尋は直線的な動きよりも鋭角的かつ三次元的な動きで揺さぶりをかけ続ける。
 しかし鎧竜も手をこまねいてはいない。
 蜘蛛の機動力を封じるために塔を壊し始めた。
 ……マジで?
 いやまあやるかもしれないとは思ってたけど石の塔を砕くってお前……どうも単純な防御だけの魔法じゃないみたいだな。ぶつかる瞬間に何か魔法を使ってるみたいだ。緑がかかった白色の光が瞬いている。
 魔物は一種類の魔法しか使えない。その法則にしたがえば破壊と防御を何らかの形で両立させた魔法のはず。見当はつくけど……もうちょっとデータが欲しい。
 それに石の塔を破壊させて回るわけにもいかない。
「戦士長! 頼むぞ!」
「ヴェッヴェ!」
 石の塔を破壊する鎧竜の背後から戦士長が飛び蹴りを――――
「空中つま先蹴り!」
 ――――した。……何か聞こえた気がしたけど気のせいだな。
 背中あたりに蹴りを決めたが二つの光と共に空中に弾かれる。
 そのまま吹き飛ばされるかと思いきや器用に尻尾を使い空中でバランスを整えた。ネコかお前は。
 今の攻防の重要な部分は二つ。背後からでも攻撃は防がれること。カンガルーと鎧竜の魔法は同時に発動していたことから、同じサイコキネシスタイプでなおかつ優先順位に差があまりないこと。
 つまりこの二人の魔法の相性はほぼ互角。
 よろしくない情報だ。魔法の性能や相性にそこまで差がないのなら、身体能力の差がもろに出る。だからこそオレたちと協力しようという発想になったんだろうけど。

 狙いをカンガルーに変えた鎧竜は戦車のように猛進する。あの巨体なら体当たりするだけでも十分な必殺技だ。
 カンガルーは長距離を高速で移動することに向いた体だから蜘蛛のように小回りは利かない。
 しかし、鍛えられた筋肉と足のばねを活かした跳躍力はあっさりと鎧竜の巨体を飛び越えた。横が無理なら上を行けばいいってことか。しかもあの跳躍には魔法が使われている。カンガルーの魔法は運動エネルギーを吸収し、そのエネルギーを使って自身の体を加速させるような魔法。移動にも攻撃にも防御にも使える万能の魔法。
 そして最高速、加速力共にカンガルーは鎧竜の上を行く。逃げに入れば捕まることはない。
 鎧竜もそう予想していたのだろう。ゆっくりと方向転換する。
 まさか逃げもせずに顔に頭突きを叩きこもうとしているとは思っていなかったようだ。
 振り向いたらカンガルーの頭がドアップになりながら迫ってきた鎧竜――――
「脳天直撃頭突き!」
 ――――の心境やいかに。…………無視……できるかあ!
 なんだよ脳天直撃頭突きって! そりゃ脳天には直撃するだろうさ! 自分の脳天にな!
 当たり前だろ!? 頭突きなんだから!
 いちいち技名叫ぶとか何なの!? 馬鹿なの!? うるせえよ!
 ツッコミめんどくさいっつーの! そういうのは漫画かアニメの中でだけやってくれ! でもまあいい!
「千尋!」
 なんか知らんがこれもチャンスだ!
「うむ!」
 石球とチャクラムのような刃物を括りつけた糸に遠心力を利用して最大限のエネルギーを加えて鎧竜に叩きつける。
 同時多角的に種類の異なる攻撃。
 これならどうだ?
 しかし、やはり、無傷。優秀な硬化能力に加えて魔法も防御向きだからなあ。
 まじで硬いぞこの野郎。下手するとヤシガニよりも強いかもしれん。単騎でヤシガニに勝てそうなやつはかなり珍しいぞ。
 攻撃を防がれた戦士長と千尋は一目散に逃げ始める。
 撤退が上手いのは経験値のたまものだろう。逃げきれたら負けない。
 鎧竜はしばらくの間追いかけてきたが、やがてあきらめてそこに座り込んだ。

「ん、んん。ぷはー。おいしいね~」
「ヴェヴェ。決闘場が広くて助かりましたな」
 ごくごくと隠しておいたスポドリ(メープルシロップ、塩、などを加えた)を飲む。
「広さはマーモットが指定するんだっけ。何でそんな中途半端なことを?」
「神官様の考えることはわかりかねますな!」
 さいですか。
 決闘場はかなり広く、サッカーコートが楽に収まるほどだ。だからこそ逃げるスペースが簡単に確保できる。もしもプロレスリングくらいの広さしかなければ二人とも瞬殺されていただろう。
 もしかしたらバランス調整もマーモットの仕事の内なのかね? あいつら実はトトカルチョとかで楽しんでねーだろーな。
「戦士長。これから敵はどう動くと思う?」
「動かないでしょうな」
「それが一番確実だよなあ」
 鎧竜にダメージどころか傷一つすらつけられてはいない。あいつがこっちの機動戦に付き合ってマラソンすることになれば体力を消耗させて魔法の威力も下がる可能性はあった。
 しかしどっしりと構えられたら無駄な体力を消耗しない。
 防御をがっちり固められるなら無理に攻める必要はないのだ。オレたちなら城や壁を作ってやることをただそこにいるだけで体現している。まさに歩く要塞だな。
 ちなみに時間切れになると引き分けになる。土地はそのまま防衛側のものだけど、挑戦者側から用意された食料は返却、もしくは同等の食料と交換になる。
 できれば勝ちたいけど引き分けでも別に構わない。それが防衛側のスタンスだ。
「時間切れは日が昇るか日が沈むかのどちらかだよな」
「ヴェ」
 謎ポーズと共に肯定。今は昼だから日が沈むまでは結構時間がある。
「時間をめいいっぱい使って体力を削りつつ奴の魔法の突破口を見つける。基本的な戦術はそれでいいか?」
 隠し玉はまだまだある。片っ端から試しつつ本命を狙っていこう。幸い鎧竜だって無敵じゃない。実際にカンガルーが鎧竜に勝つこともあるらしいし。
「だね~」
「ヴェ」
 うむうむ、テレパシーでの会議が禁止されてないのはありがたい。手出しはできないけど口出しOKなのは助かる。
 ……で、だ。
「お前さあ、何で攻撃するとき叫ぶわけ?」
 戦士長は何故か直球すぎる技名をいちいち叫ぶ。ぶっちゃけうるさい。いやもともとカンガルーはうるさくて暑苦しいけどそれが五割増しになる。
「私は蜘蛛殿と共闘するのは初めてですからな。何をするか叫んだ方がいいかと思いまして」
 ……意外にもまともな理由だった。
 言われてみればその通りだ。サッカーとかバスケでも声掛けが大事だ。二人だけとはいえ戦いにコミュニケーションは重要なはず。目線でだけ会話ができるのははっきり言ってフィクションでしかない。
「でも蜘蛛はお前のテレパシーを直接受け取れないぞ?」
「そうなのですか?」
「まあオレが翻訳すればほとんどノータイムで会話できるから無駄じゃないと思うぞ」
 翻訳というよりは情報を中継するようなイメージだけどな。
「ではこれからも叫びましょう!」
「……もうちょっとボリュームは下げてもらえると助かるかな」
 マンガやアニメで技名を叫ぶことにも意味があったんだなあ。でもやっぱりうるさい気がするんだけど。
 ……まさかとは思うけどこいつオレの力を抜くためにこんなことを……ないか。
 まだまだ戦いは始まったばかりだ。長期戦になりそうな気配を感じつつ、再び攻撃の準備を始めさせた。

 きれいな放物線を描いた石が計算通りに鎧竜へと直撃する。けれど堪えた様子はない。今までと違い一応体には当たってるようだけど血は全く流れていない。
 魔法で威力を殺された投石では硬化能力で守られた鎧竜には傷一つ与えられないようだ。

「もっと大きな石を投げた方がいいかのう?」
「この投石機じゃこれ以上の大きな石は撃てないな」
 二人で運用できるくらいの投石機じゃこの程度が限界だ。そして単純な遠距離物理攻撃でこれ以上の火力を出すのは厳しい。
「ヴェ。接近戦を挑むしかありませんな」
「そうなるかあ。でもまだ兵器は残っているからそれを試していくぞ。まずは火だ」
「うむ」
「ヴェ」

 二人はあえて真正面からゆっくりと近づいていく。
 背後にはハンマーみたいな尻尾があるから簡単には近寄れないので真正面から向かった方が攻撃しやすい。
 とはいえ急に突撃されたら逃げきれるのが難しくなるけど……その辺りの距離感は任せるしかない。
 ただ、鎧竜は何らかの策を警戒しているのか不用意にうごくつもりはないらしい。
 その間に二人は攻撃の体勢を整える。
 足元にはそこら中にある飛ばしやすい石を用意してある。
 千尋はその一つに糸をくっつけてぶんぶん回し始める。蜘蛛式のスリングだ。その石を戦士長に力の限りぶつける。
 もちろんこれは仲間割れなどではない。そんなことをするはずないじゃないかははは。
 カンガルーの魔法は運動エネルギーを吸収し、放出する魔法。だから魔法を使うためには一度攻撃を受ける必要がある。
 千尋は石を一つ戦士長の前にぶら下げ、もう一つをスリングとして再び回し始める。
 呼吸を合わせ戦士長は体を尻尾で支えながら目の前の石を蹴飛ばし、千尋はスリングを――――
「尻尾支え前蹴り!」
「スリング!」
 ……真似せんでいい。
 技名? を叫びながら放たれた石は鎧竜に迫る。しかし避けるまでもないと判断した鎧竜は目を閉じる。
 動じない。顔どころか目に直撃した石でさえ痛みを感じた様子もない。こいつ、瞼まで硬いのか?
 そのまま攻撃を続けるものの効いた様子もない。
 そしてゆっくりと鎧竜は前進を始める。
「そろそろだな」
「うむ」
 千尋は素早くファイヤーピストンで火種を用意すると瓶に着火する。当然ながらこれはただの瓶じゃない。たっぷり油が詰まった火炎瓶だ!
 素早く先ほどの石と同じ要領で投擲する。今まで難なく防いできた攻撃と同じだと判断した鎧竜は無防備に火炎瓶に自分から突っ込んだ。
 ぶちまけられる油と火。
 そのまま火だるまに――――はならなかった。
 瓶だけじゃなく、中身の油や火まで魔法で弾いたようだ。ラーテルとは違って気体や液体にも魔法の効果を発揮するのか?
 火炎瓶は地面にこびりつき、無意味な炎はいずれ消えるだろう。
 だが、鎧竜は炎を避けるように急激に止まる。
(……? 警戒してる? 炎を? さっき弾いただろ?)
 止まってからも炎を凝視している。が、戦いの最中である以上それは大きすぎる隙になる。
 千尋と戦士長からの投石。だがそれも無駄に終わる。
 ここまでくると間違いない。鎧竜の魔法は自動で攻撃を防ぐ魔法だ。そうじゃないと不意を打った攻撃や、背後からの攻撃を防げるはずがない。
 それもただ防ぐだけじゃなくて飛んできた物質とは逆方向の力を発生させる一種のリアクティブアーマーのようなものか。
 長いから<リアクト>でいいかな。今のところカンガルーから聞いていた鎧竜の情報と矛盾はない。

「そろそろ逃げた方がいいんじゃないか?」
「ヴェー」
「やむなしかの」
 火炎瓶による奇襲が失敗したので一旦仕切り直しだ。
 また再び追っかけっこが始まる。
 だが鎧竜の走り方がおかしい。まるで四股でも踏むかのように力強く地面を踏みしめる。
(? 何を――――?)

 地面が爆ぜる。緑と白の光を放つ。
 鎧竜の体が一気に加速する。

「あの野郎! 地面に自分の魔法を発動させやがった!」
 鎧竜の魔法はどんなものにも発動する。地面でも例外じゃない。
 本来防御に使うためのエネルギーによって加速しやがった!
 でもあんなの地面と足の間で爆弾を爆発させたようなもんだ。制御なんかできるはずも――――
「ヴェ! どうやら迫ってきますな!」
 できんのかい! 光と轟音を響かせ、鎧竜が迫る。逃げ切れるか――――……?
(うっすらと体が光ってる……鎧竜の魔法が発動してる? 何にも触れていないのに?)
 唐突な疑問が湧いたけど今はそれよりいかに逃げるかだ。
「千尋! マグネシウム閃光弾!」
「わかっておる!」
 素早く火種を取り出し、小さな玉を鎧竜に向かって投げる。
 パッと激しい光が炸裂し、わずかにひるんだ隙を見逃さず一気に駆け抜ける。何とか逃げ切れそうだ。
 鎧竜を観察すると、この戦いで初めて息が上がっていた。どうやらあの走り方は鎧竜にとってもリスクがあるようだ。



「あっぶねえ。戦士長。あれなんだ?」
「ヴェー? 初めて見ましたな」
 カンガルーでさえ初めて見たのか。だとしたら相当追い込まれないと使わないはずのとっておきなのか?
 何でこのタイミングで?
「戦士長。そう言えばお前らは炎を見たことがあるのか?」
「ええ、ありますよ。草原ロバイがあれに包まれたことがあります。その時はみな逃げるしかありませんでした」
 火を見たことがあるのか。以前自然火災が発生したようだ。この乾燥した高原では火種一つが命取りになる。
 この荒地はほとんど燃えるものがないから存分に火が使えるけど本来ならアンティ同盟にとって火は忌むべきものなのかもしれない。だからやたらと火を警戒して血相を変えて襲いかかってきたのか?
 いや、これは幸運とみるべきかな。相手が無理な攻撃を仕掛けてくれるならつけ入る隙もあるはず。それに、あいつの魔法の弱点が見えてきた。後は――――。

(千尋、どれだけくっついた?)
 戦士長には聞こえないようにひそひそテレパシー。
(両方ともまだ足らぬ。今しばし戦わねば)
 着々と謀略を張り巡らせてはいるものの負けては元の木阿弥。慎重に、深く、根を張らないとな。
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