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秋葉夕雲

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第四章

215 インベスターアント

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「ハイ注目」
 オレが一声かけただけで襟を正した魔物たちが整列する。
 多種多様な種族が不満も何もなく自然に一致団結している様子は確かに教育の成果が出ていることを実感させる。それは何も精神だけじゃない。この場にいるのはほとんど若い個体だ。
 少なくとも単純な身体能力ではここ一年以内に産まれた個体の方が圧倒的に高い。理由は二つ。最近の個体の方がいい物を食っている。フィジカルトレーニングをきっちり行っているということ。
 きちんとデータをとって食事や訓練を調整し始めてから一年弱にもかかわらずこの成果は驚異的かもしれない。
 スポーツ関連の学問の発展がアスリートのフィジカルに大きく影響を与えたことを疑うやつはいないだろうけど、ここまで明確な結果が出ているのは空恐ろしいね。
 とても忠実で、肉体においても極めて優秀。だからこそここでその間違いを正さないとな。
「率直に聞くぞ。練習いっぱいしたいやつ手を挙げろー」
 ズビシっとばかりに天高く糸やら手やらを伸ばす。
 うわお。なかなか壮観じゃないかあ。
「じゃ、そこの蟻。お前がそこまで練習したい理由はなんだ?」
「もっと弓が上手くなってティラミスに出たいから」
「おっけー、じゃあそこのラプトル。お前は?」
「自らを鍛えるのは戦士の義務です。戦場で活躍できるのならなおのこと」
 この辺のメンタリティにはそれほど影響があるようにも見えないか。きっちり教育には成功してるけど人格というか個性そのものは侵害されてないのか? ……ま、今は良いか。
「よしわかった。じゃあこのデータを見てみろ」
 木版印刷によって大量に刷られた紙を投げ渡す。
「そこにはお前たちの今までの成績が書かれてる。どうだ?」
「妾たちの、成績が下がっている……?」
 データを見た連中に戸惑いと同様が広がる。一人二人だけじゃなく、軒並み成績は右肩下がりだ。
「ちなみに下がり始めてるのは練習量を増やしてからだ。それが何をいみしているのかはわかるよな?」
「……練習しすぎたせい……?」
 まるでおやつをこっそり食べていたことがばれた子供みたいにしおれている。
「データから見るとその通りだな。自分では気づかないかもしれないけど疲労がたまってるんだよお前たち」
 横から見ているとよくわかる。顔色はあまりよくないしすぐに息が上がる奴も少なくない。この状態で最高のパフォーマンスを発揮できるとは思えない。
 逆に言うとそんなことにさえ気づかないほどやる気があるということだ。残念なことにやる気はあればあるだけいいというものでもない。
「あの……」
「ん、なんだ?」
「じゃあどうすればいいんでしょうか?」
 もっともの疑問だ。
「まずきちんと休むこと。お前らには休息が必要だ。
 どうにも不満そうな気配。こいつらはきっと練習すればするほどうまくいくと思っていたに違いない。
「練習の量を増やすのは大事だけどな、それより大事なのは練習の質を上げることだと思うぞ」
「質、ですか?」
「そう。努力には限りがあるし、限界がある。ただ時間をかけて努力すれば必ず実を結ぶわけじゃない」
 オレが受験勉強してるときそんな感じだった。最初はむやみやたらに勉強してたけどある時からどこをどう勉強するかをきちんと考えた方が頭に入りやすいと気づいた。それがなければきっと希望通りにはいかなかっただろう。
「大事なのは効率を上げる方法を考えること。ぶっちゃければあきらめるようにすることが大事だよ。なんでもかんでも学ぼうとしても上手くいかないよ」
「どこをどう鍛えるか、きちんと考える必要があるの?」
「そうそう」
 うんうん。やっぱり物分かりがいいな。説明すればきちんとわかってくれる。
「その辺りだって色々考えた結果トレーニングのプログラムを組んだわけだしな。それでも失敗とかわかってないこととか色々あるかもしれないからお前らの意見も聞かせてくれると助かるな」
 承諾の声が唱和する。ひとまず納得はしてくれたようだ。



「お疲れ様です、紫水」
「ありがと寧々。でもさあ、あれ、お前でも説得できたんじゃないか?」
「まさか。私ではみな納得しませんでしたよ」
 どうだかな。そもそもあのデータがするっと出てくる時点で怪しい。オレの支持率を上げるためなのか何か他の目的があるのか……どうもこいつの中で何かが生まれている気がする。
「この教育方針にも問題は結構あることがわかったからな。もうちょっと自分で考えて何かを切り捨てたりコントロールする練習をさせた方がいい」
「一度トレーニングメニューを自分たちで考えさせますか?」
「その辺からだな」
 以前ラーテルと戦った時に撤退せずに戦おうとした奴がいたことを思い出す。
 あの状況での最適解は逃げるか巣の奥に引っ込むことだ。それはきちんと見捨てることができなかったために余計被害が広がった悪例だ。ビジネス用語だと損切りに失敗したようなものかな。
 スポーツとかでも同じようなことはある。例えば明らかに取れそうにないボールを追いかけるとか、間に合わないのに全力疾走するとか、そういうことだ。
 一見すると美しい精神かもしれない。あるいはそういう行動がチームの勢いを高めるかもしれない。それそのものは否定しない。
 しかし、何度もそういう行動を繰り返していると最後の最後に体力が尽きてしまうかもしれない。一流のアスリートは体力の管理だってできるはずだ。若くしてプロ入りした選手が一番苦しむのって一シーズンを通してコンディションを管理することだって聞いたことがあるし、がむしゃらにやることが正義じゃないはずだ。
「ただの兵士(ポーン)ならともかく指揮官が損切りできないのは致命的だし、放っておくとヒトモドキみたいに美辞麗句を垂れ流すごみ溜めみたいになりそうなのもやだしね」
 従順にさせる必要性はあるけど最低限の理屈をこねる頭は持っていてほしい。
 矛盾してるかなあ。してるよなあ。でもやらなきゃなあ。さしあたっては直近のティラミスについて寧々と話しておかないと。
「寧々。わかってると思うけどティラミスの決闘では降参が認められている」
「勝ち目のなさそうな戦いでは早めにあきらめろ、ということですね?」
「そういうこと。無駄に犠牲を出すなよ」
 命を張る必要はあっても、命を投げ出す必要はない。負けそうになればさっさとあきらめるのも大事だ。スポーツと違って戦争に次があるとは限らない。
 ティラミスの開催までもうすぐ。できることは多くないけどまだあるはずだった。
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