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秋葉夕雲

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第四章

214 団結力

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「ここの土地は地下水が少ない……じゃあこっちは?」
 ちなみに領地はかなり細かく区分けされており、移動に不便じゃないかとも思うけど、どうやらツケや借金のように食料を担保にするということも別に珍しくないらしい。
 マーモットには銀行や金貸しのような役割もあるようだ。そりゃ逆らえんわ。
「そこは確かに水があるときいていますわ。苦労したようですけど。ですがそこはライガーの領地ではないかしら」
 水の調査は主に働き海老が担当している。連中は乾燥した高原の気候は苦手らしく、活動するには工夫が必要のようだった。
「ああ、そうだった。あんまり強そうなやつとは戦いたくないからなあ。こっちだと……水がない」
 ちなみにもっぱら相談相手は瑞江みずえだ。やはり水のことになると頭が回る。女王海老のテレパシーは高原ではあまり有効ではないけれど意外にも情報整理の才能があるらしい。
 寧々とかもこの手の仕事が得意だし、全般的に女王種は情報を纏めるのが得意だな。
「水車のように水を運ぶことはできませんの?」
「無理。水車は水の勢いを利用して水を運ぶ設備だから傾斜が少なくて天気が荒れやすい高原だと使いにくい。たまにある山間ならまあ使えなくはないけど、それだと道から遠くなるし……」
 いや待てよ? 水がないなら水を運べばいい。それも、天候などに影響を受けない方法で……あれなら、いけるか?
 蟻の魔法なら作る時間も短縮できるかもしれないし……
「瑞江。ちょっと聞きたいんだけどこういう条件の土地はあるか?」
 オレの話を聞いた瑞江は一応首肯した。
「確かにありますが……問題がいくつかありますわ。水を運ぶ人員が必要なら余計な出費が必要ではなくて?」
「そこは心配ない。オレの構想がうまくいけば定期的なメンテナンス以外では人員を派遣せずにすむ」
 高原のルールにはいくつか抜け穴がある。
 例えば人が通り抜けるには食料を差し出す必要があるけど、水が通り抜ける分には何一つ代償を必要としない。
 つまり水がひとりでに目的地にまでたどり着けばほぼノーコストで水が手に入る。多分、奴らはそういう方法を考えてさえいない。根本的に便利な道具を作るという発想に乏しいのだ。
 この辺は魔物の不思議なところかな。高い知性を持つくせに創意工夫をこらそうとしない。今あるものでどうにかしようとする。ないのなら作ればいいと思うんだがなあ。

「で、他にも問題があるのか?」
「そこにマーモットが支配する領地がありますわ」
「あー、そりゃ面倒だな」
 マーモットは神官という独特な地位にいる。支配する領地以外からも通行料などの一部から食料をぱちって暮らしているらしい。
 要するに消費税を税収として確保しているようなもん。とはいえアンティに加わっている以上土地がないわけにもいかない。そこでいくつかの土地をマイホームとして確保しており、その土地は暗黙の了解として手を出さないようにしているらしい。
 そこに手を出した場合どうなるのかはちょっと予想できない。もしかしたら代理として他の強力な魔物と決闘することになるかもしれない。本来そんなことはできないはずだけどマーモットがルールをがっちり握っているからそういうグレーゾーンの行為をやってくるかもしれない。
「マーモットと交渉して土地を譲ってもらった方がいいかもな」
「それは良いのですか?」
「土地の交換とかも行われたりするみたいだ。特に弱い魔物だと少しでもましな土地を確保し続けたいから利便性が高い代わりに競争が厳しい土地よりも何とか暮らしていける代わりに他の魔物が欲しがらない土地をキープしたがるらしい」
 市場原理に近いやり取りで、地球人類なら間違いなく貨幣経済を発達させているはずだ。
 そうならないのはやっぱり根本的に別の生き物ってことか。
「そうなると交換用の土地、本来高値だから手を出さない予定だけど勝ちやすい場所も候補に挙がるな」
「それは、余計に作業が増えませんこと?」
「……そうなるな」
 二人そろってげんなりする。
「ちょっと休憩しようか」
「そうですわね」
 おかしいなあ。安全な暮らしと楽がしたくて王様になったのにどんどん気苦労が増えているような。
 まあ部下が育ってくれてるから全部ひとりで決める必要がないのはありがたいけどさ。
 いやでも部下のせいで余計な苦労が舞い込んでくることも……

紫水しすい。少しよろしいですか?」
「はいはい寧々ねねさん、こちら王様改め何でも屋紫水でございます」
 賭けてもいい。絶対面倒ごとだ。
「おや、それでは何でも頼んでよろしいのですか?」
「……オレの手に負える問題なら何でも」
 こいつ性格悪くなってない? いや口が悪くなってる? その二つって違うのかな。
 ……どうでもいいかそんなこと。
「ご安心ください。それほど難しい問題でありません。訓練を行っている兵たちにトラブルが起こっただけです」
「怪我でもしたのか?」
「いいえ」
「じゃあサボってるやつでもいるのか?」
「むしろその逆です。もっと練習時間を増やしてほしいとのことです」
 勤労意欲にあふれているのは悪くないんだけど……面倒ごとの予感しかしない。

 この高原には多種多様な魔物が生活し、中には強くないけど痩せた土地で細々と暮らしている魔物だっている。できればそういう土地にいる魔物にも決闘を挑んで土地を奪い、道を作る。
 魔物が弱いから簡単に奪えて、とにかく通れる状態にすればいい。そういう安牌の場所もいくつかある。
 当然ながらオレ自身ゲロ吐きそうなほど……とまではいかないけど結構忙しいから人選と訓練は他に任せてオレは他の厳しい戦いになりそうな場所の対策を練ったりしているわけだ。
 それでもアドバイスとして有望そうなやつを選抜してそいつらを集中的に鍛えてそこからさらに決闘に向かう個体を選別する。そういうスポーツの選抜強化プログラムみたいなものをさせるように言った。
 それ自体は少なくともおかしくないはずだ。でもその方法だと決闘に参加できない奴が必然的に出てくる。ここにオレの誤算があった。オレの予想以上にみんな決闘に参加したかったらしい。
「もっとたくさん頑張る」
「妾もティラミスに参加したいからもっと練習させよ」
「決闘に赴くのは戦士の誉れ」
 という声が特に若い個体を中心に殺到した。ちなみに色々な戦闘に対応するために複数の種族を同時にトレーニングさせたり対戦させている。
 まあ、なんというかこいつらは味方と競争しているのだ。それらは多分こいつらには想像以上の刺激だったらしい。
 そうであるがゆえに競争が想像以上に過熱しかかっていた。
「……こんな状況になった原因はわかるか?」
 体を動かすのが好きなラプトルはわかる。
 しかし怠け癖のある蜘蛛や、本来上意下達を地でいく蟻が上に対して命令通りとはいえ何か要求するのは珍しい。
「恐らくは例の教育方針の影響ではないかと」
「ぐふう」
 ぐうの音くらいしか出ないとはこのことか。現在オレたちは共産主義的、まあイメージだけど、教育を実施している。
 みんなの役に立て! 何が何でも頑張れ! 団結せよ!
 といういかにもなスローガンを掲げながらの教育だ。こういう教育を親元から離してから受けさせると例え蟻でなくてもとても従順な魔物を生み出すことに成功した。……それは良かったんだけど……こういう弊害があるのかあ。
 頑張れがんばれと言い聞かせた結果盲目的に努力だけを行う集団が生まれてしまったらしい。
 なんつーかスポ根みたいだなあ。精神論は嫌いなんだけど。オレが直接見ていればそんなことには……いや、それじゃあだめだ。オレ以外もきちんと他人に物を教えられるようにならないとそのうちオレがパンクする。
 あれかね? むやみやたらと練習しろとかいう一昔前の体育会系理論が流行っていたのはこうやって従順なコマを量産するためなのかね。ま、指導者側からしたらその方がやりやすいか。軍隊とかもろそういう思考らしいし。

「でも頑張りすぎると結局オーバーワークになっちゃうから効率悪いんだよな」
「いやしかし本人たちは努力すればするほど結果が出ると考えているようですよ? 事実として一度練習量を増やしてみてからもまだ練習し足りないようでしたし」
 うへえ。なんだその脳筋理論。
 魔物は地球人類に比べるとかなり生命力が強い。体力もかなりあるし、傷だってかなり早く治る。食事と休息さえあれば失った手足でさえ生えてくる。
 とはいえ無限の体力があるわけでもないし、怪我が一瞬で治るわけじゃない。限界は存在する。
「とりあえずオレがきちんと話してみるよ」
 きちんと選抜した優秀な身体能力の持ち主だ。上手いこと昇進すれば幹部になることだってあるかもしれない。そんな時に脳筋思考のままじゃ困る。
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