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第四章
208 マイフェアプレイ
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「ひとまず高原にいる連中を説明するうえで欠かせないアンティという宗教について解説しよう」
例によって連中は宗教を中心にまとまっているようなのでアンティを知らないでは済まされない。オレたちも形だけは加わる以上ちゃんとした知識は必要だ。
そう、つまり――――
「蟻さんの三分でわかるアンティ――!」
どんどんパフパフ。
合いの手ごくろうさま。
「ハローワールド! 乗ってるかーい!?」
という陽気な挨拶をした"光"はその実、陽キャを装ったボッチでした。
何とか寂しさを紛らわせようとした光は世界を巡ることにしました。いけどもいけども誰一人として見当たりませんでしたが、その光から零れ落ちた小さな光がやがて育ち始め、様々な生き物になりました。
「あ、めっちゃ面白そうやんあいつら! ヒャッホーイ」
そう思った光は生き物と融合しました。ですが光を失ってしまった世界は暗闇に閉ざされました。
「光どこ行った!?」
大慌てで探しますが世界は暗闇に染まったままでした。
そこで暗黒の存在であるラグンが現れました。
「ぐわはははー。世界を支配してやるぞー」
ラグンは自らの軍勢を率いてこの大地を支配せんと大暴れしました。
「これ以上はやめろよイエー」
そこで光ことアンティは正体を現し、ラップバトルでラグンに戦いを挑みましたが、そのレスバはあまりに激しく、大地が崩壊してしまいそうになりました。(なんでもアンティやラグンはこの世界の一部なので罵られるということはこの世界を壊す行為なんだとか)
「これやばくね?」
「マジやばくね?」
意見が一致したアンティとラグンはお互いがラップバトルをせず、代わりに部下を戦わせることにしました。
これがティラミスの始まりです。
なんやかんやあってアンティは勝利しました。
「よくやったぜイエー。お前らにこの土地やるぜイエー」
その後もラグンに備えて鍛えることをアンティに誓い、アンティに殉ずる者たちは戦い続けるのでした。
「ま、大体こんな感じ。覚えたか?」
ざっくりと分類すればアンティは太陽信仰の一種だ。暗闇がどうとかいう説話もあるからこの世界でも皆既日食は発生するんだろうか?
「そもそも何でこんな話するの~?」
シレーナを信仰する蜘蛛にとって他の宗教の話はあまり聞きたくないようだ。
「これからアンティとやらに加わったふりをするわけだからな。最低限の知識は持ってもらわないと困る」
話を合わせるくらいはできないと演技すらできないからな。……まあこいつらの演技力を当てにするつもりはないけど。
「思ったより高原の連中との交渉が上手くいったからな。これからは表立って動ける。目下の目標はティラミスだ。そしてそのための情報収集が必要だよ」
マーモットからできる限りの情報を引き出したけどやっぱり現地に行ってみないとわからないこともある。
「ところでそのティラミスはいつどこで開催されるのですか?」
「あ、悪い。言い忘れてたな。開催される本部みたいな場所はあるけど決闘の舞台になるのは占領している土地の支配者が自分とこの土地のどこかを選べるらしい」
「それ……支配者側がかなり有利じゃないかな~?」
「だろうな。時間も選べるみたいだし……挑戦者側が不利になるルールだ。多分、意図的にそうしてある」
例えば蜘蛛なら森林の方が有利だし、ラプトルは平地向きだ。
魔物はたいてい地の利によってかなり戦闘力が変わってしまう。逆を言えばあまり強い魔物じゃなくてもその場所に適応しているなら勝ち目があるということでもある。
「どうも支配者側が負けるパターンで多いのは欲をかいて挑戦者を増やした時みたいだな」
「挑戦者は一人だけじゃないの~?」
「違うよ。挑戦者が誰か、どれくらいかは全部支配者側が選べる。たくさん挑戦者を選ぶとそれだけ食料がもらえるみたいだからそうすることもあるらしい」
「それでは挑戦者側が結託できればあっさり勝てるのでは?」
「できればな。そういう話ってのはなかなかまとまらないからなあ」
結局勝てるのは一人。よっぽどの交渉力がない限りみんなで仲良く支配者を蹴落とそうとはならない。逆にそういう話がまとまった時に上手く下克上が起きるらしい。
「王、我々もそれを狙いますか?」
「それもありだけどまずは攻めやすく、なおかつオレたちにとって利益の多い土地を探すのが先決かな」
オレたちの目的はあくまでも通り道を探すことだ。占領するつもりもないし、定住しようとも思わない。
「まずどこの土地を賭けて戦うか。現地を調べてできるだけ通りやすいけど人気のない土地みたいなものを探すのがベストだ。当然だけど人気のある土地、例えば水が溜まりやすい土地は強力な魔物が占領しているみたいだ」
「しかし通行料が必要なのでは?」
「必要経費だ。そういうところでケチっちゃだめだ。特に水事情の調査には海老の魔法が必要だからな。期待しているぞ瑞江」
「そのことについてなのですが……どうやらワタクシの声が高原には届きづらいようです」
「へ? テレパシーが届かないのか?」
「場所によっては届くようなのですが、安定しませんわ」
ふむ。
女王蟻を始めとした長距離テレパシーの特徴としてテレパシーを伝えるための物質みたいなものが存在する。例えば女王蟻の場合土、つまりケイ素がないとテレパシーが届かない。
だから水中や空気中には女王蟻のテレパシーは届かない。ただし水中なら海老女王のテレパシーは届く。だから海老女王は水を媒介としてテレパシーを強化しているはずだ。
地上でも土や空気に含まれる水分を上手く使っているはず。つまり乾燥した土地なら、海老女王のテレパシー届かないかもしれない。
マーモットもテレパシーが得意みたいだからその法則は当てはまるかもしれない。空中にも届いていたから……空気、窒素か酸素あたりかな?
テレパシーの意外な弱点が判明してしまったなあ。海老は海老女王の指示で動かしてもらった方が円滑に進むけど、これはどうにもなんないなあ。ちょっと女王蟻たちの負担が増えるけど我慢してもらうか。
そもそも地球でもヤシガニみたいな陸棲甲殻類はあまり乾燥に強くない。何か対策をしないと海老が高原で活動するのは難しいかもしれない。
「わかった。海老も蟻からの指示を受け取るようにするけど構わないよな」
「仕方がありませんわね。皆をできる限り無事に返すのですよ」
「善処する」
しかしテレパシーというものがあってよかった。どれだけ遠隔地でもすぐに正確な指示が出せるこれがなければ円滑な国家運営なんぞできなかったからな。
テレパシーは距離もそうだけど、その正確さでも異常極まる。何しろオレたちはテレパシーを行う相手を間違えたことはないし、一度でもテレパシーで会話した相手を忘れることはない。何らかの事情で届かなくなることはあっても電話番号のかけ間違いやどわすれのようなことをしたことは一度もない。
あまりに日常的に使っているから気付かなかったけど、これはかなり異常なことかもしれない。蟻の記憶力は良いと思うけど完全記憶能力なんかはないはずだ。でもテレパシーに関しては驚異的な記憶力と正確さを損なったことはない。それこそ機械のように。
この事実に遅まきながら気付いた時は少しばかり寒気がした。まるで自分が改造人間にでもなった気がしたからだ。……実際に改造人間どころか人間じゃなくなっているわけだけどな。
「寧々、七海、山の通行は改善できそうか?」
「後一週間ほど頂ければ食料を運ぶくらいならどうにか」
寧々と七海には地味だけれど重要な山道の整備を任せている。総指揮が寧々、現場監督が七海、みたいな感じだ。
「できるだけ急いでくれ。あと料理人班も高原に向かわせる」
「美味い山吹色の食事を振舞うのですね?」
「まあそうだな。とにかく食料が重要な価値を持っているみたいだ」
「で、あるならば、我々に恐ろしく有利ですね」
「その通り」
高原の連中、アンティ同盟と仮に名をつけておくけど、は食料を基本的な価値基準にしている。
何という有利な勝負だろうか。そもそもが食料に乏しい高原だ。もともと肥沃な土地に住んでいるオレたちの方が食料事情は圧倒的に有利に決まっている。
さらに、この三年間オレたちは調理という技術を磨いてきた。美味い飯を作ることに関しては恐らくこの異世界一だ。さらに多種多様な魔物の食事を作り続けてきたためバリエーションや改良するのもお手の物。
超巨大企業と田舎の人材だけは良い中小企業くらいの差がある。
「品種改良にそこそこ成功して渋さの少なくなった渋リン、量産可能なメープルシロップ、多様かつ長期保存可能なチーズ……輸出品目なら山のようにある」
そう、まさに食を制する者は世界を制する!
通貨のない共産主義で経済戦争みたいな状況になるとはね。
国家運営のためと嘯きながらせっせと働く民から財貨を搾取する忌まわしい存在、税金なんか存在しない。だから関税やら工事費用なんかを設定する必要もない。ただ命令すればいいだけだ。この辺りの性質がオレみたいな素人指導者でも国家運営ができている理由だろうね。
逆を言えば命令を行わなければ決して開拓事業なんか行わない。それは地球では有史以来存在しているはずの職業、商人がこの国にいないことからもよくわかる。魔物は儲けよう、出し抜こう、という発想がなかなか出てこない。寧々のような例外でない限り。
「後は実際にティラミスで勝てるかどうかだな」
実はオレたちはタイマンや少数での戦いの経験があまりない。
そもそもラーテルやらヤシガニみたいにタイマンじゃどう頑張っても勝てない奴もいるし、そうじゃなくても大なり小なり数の力で勝負してきた。
ある程度ルールのある制限のついた戦いなんて初めてだ。
「何か勝ち方とかで思いついたことがあるか?」
「あれだよ~、突如ピンチに陥ったときに新たな力が目覚めるとか~」
「はっはっは、それマジで言ってんのか?」
「冗談だよ~」
よかったよかった。そんなバカなことを言い出す奴がいなくて。
マンガじゃあるまいしそんなことあるはずないだろ。
「練習で上手くいかないことが本番で上手くいくはずないからな。本当に本気で練習していれば練習だって緊張感は感じるはずだよ」
個人的な意見だけど本番に強い、なんてのは練習をさぼってるやつの言い訳だと思う。
本番で練習の実力の半分も出せればいい方だ。緊張やプレッシャーで実力を発揮できないことがほとんどだろう。
例えばテスト勉強中に解けなかった問題がテスト中に理解できるようになったことがあるだろうか。
ごく一部の天才ならそういうこともあるかもしれないけど世の中の99.99%は凡人だから、凡人であることを前提として話を進めるべきだ。
「では、我々は特訓あるのみでしょうか?」
「それで勝てると思うか?」
「王が求めるのなら我らは勝ちましょう」
武人らしい翼の返答だ。その剛毅さは嫌いじゃない。しかし。
「それはまだ敵を甘く見てるよ。きっと連中は産まれてきてからティラミスで勝利するために訓練を重ねてきた連中だ。普通に努力していたら多分追い付けない」
きっとたった一か月の努力じゃ差は埋まらない。努力することは大事だけど、敵だってきっと努力していることを忘れてはいけない。
努力という言葉はきっと相対的に使われるべきだ。これだけ努力したから大丈夫、なんて確信は危険だ。
「であれば、いかに敵が思いもよらない方法で戦うか、ですか」
「そうだな寧々。真正面から戦ってダメなら背後から襲いかかればいい。そういう思考転換が必要だ」
今のオレは漫画で言うとスポーツ漫画の監督ポジションかな。適切な助言とかで勝利に導く立ち位置。うん悪くない。
「例えば、敵の食べ物に毒を入れるとか~?」
「お、いいね。できるかどうかはともかくそういう柔軟な発想は大事だ」
ルールを破らなきゃ反則じゃない。積極的に抜け穴を探そうか。
スポーツ漫画とはかけ離れた精神性を発露していたが本人たちは気付いた風もない。
実のところルールさえ破っていなければ何でもやる、という思考こそが彼のぶっ飛んだ部分でもあるのだが、それを指摘できる人材がいないのは幸か不幸か。
「ま、情報収集と対策の討論は並行してやろ――――」
「緊急連絡」
「報告してくれ」
今更非常事態の一つや二つじゃ驚かない。オレも慣れたもんだな。さて、何が出てくる?
「ヒトモドキとリザードマンが交戦を開始する可能性が高い模様。規模は小さく、お互いに数百人くらいの戦いらしい。観戦する?」
ふむ、今は直接関係ない相手同士の戦いか。……情報は金なり、だな。
「眺めるだけなら損はないか」
しかしまあ、連中は年がら年中いろんな奴と戦うもんだ。飽きないのかね?
例によって連中は宗教を中心にまとまっているようなのでアンティを知らないでは済まされない。オレたちも形だけは加わる以上ちゃんとした知識は必要だ。
そう、つまり――――
「蟻さんの三分でわかるアンティ――!」
どんどんパフパフ。
合いの手ごくろうさま。
「ハローワールド! 乗ってるかーい!?」
という陽気な挨拶をした"光"はその実、陽キャを装ったボッチでした。
何とか寂しさを紛らわせようとした光は世界を巡ることにしました。いけどもいけども誰一人として見当たりませんでしたが、その光から零れ落ちた小さな光がやがて育ち始め、様々な生き物になりました。
「あ、めっちゃ面白そうやんあいつら! ヒャッホーイ」
そう思った光は生き物と融合しました。ですが光を失ってしまった世界は暗闇に閉ざされました。
「光どこ行った!?」
大慌てで探しますが世界は暗闇に染まったままでした。
そこで暗黒の存在であるラグンが現れました。
「ぐわはははー。世界を支配してやるぞー」
ラグンは自らの軍勢を率いてこの大地を支配せんと大暴れしました。
「これ以上はやめろよイエー」
そこで光ことアンティは正体を現し、ラップバトルでラグンに戦いを挑みましたが、そのレスバはあまりに激しく、大地が崩壊してしまいそうになりました。(なんでもアンティやラグンはこの世界の一部なので罵られるということはこの世界を壊す行為なんだとか)
「これやばくね?」
「マジやばくね?」
意見が一致したアンティとラグンはお互いがラップバトルをせず、代わりに部下を戦わせることにしました。
これがティラミスの始まりです。
なんやかんやあってアンティは勝利しました。
「よくやったぜイエー。お前らにこの土地やるぜイエー」
その後もラグンに備えて鍛えることをアンティに誓い、アンティに殉ずる者たちは戦い続けるのでした。
「ま、大体こんな感じ。覚えたか?」
ざっくりと分類すればアンティは太陽信仰の一種だ。暗闇がどうとかいう説話もあるからこの世界でも皆既日食は発生するんだろうか?
「そもそも何でこんな話するの~?」
シレーナを信仰する蜘蛛にとって他の宗教の話はあまり聞きたくないようだ。
「これからアンティとやらに加わったふりをするわけだからな。最低限の知識は持ってもらわないと困る」
話を合わせるくらいはできないと演技すらできないからな。……まあこいつらの演技力を当てにするつもりはないけど。
「思ったより高原の連中との交渉が上手くいったからな。これからは表立って動ける。目下の目標はティラミスだ。そしてそのための情報収集が必要だよ」
マーモットからできる限りの情報を引き出したけどやっぱり現地に行ってみないとわからないこともある。
「ところでそのティラミスはいつどこで開催されるのですか?」
「あ、悪い。言い忘れてたな。開催される本部みたいな場所はあるけど決闘の舞台になるのは占領している土地の支配者が自分とこの土地のどこかを選べるらしい」
「それ……支配者側がかなり有利じゃないかな~?」
「だろうな。時間も選べるみたいだし……挑戦者側が不利になるルールだ。多分、意図的にそうしてある」
例えば蜘蛛なら森林の方が有利だし、ラプトルは平地向きだ。
魔物はたいてい地の利によってかなり戦闘力が変わってしまう。逆を言えばあまり強い魔物じゃなくてもその場所に適応しているなら勝ち目があるということでもある。
「どうも支配者側が負けるパターンで多いのは欲をかいて挑戦者を増やした時みたいだな」
「挑戦者は一人だけじゃないの~?」
「違うよ。挑戦者が誰か、どれくらいかは全部支配者側が選べる。たくさん挑戦者を選ぶとそれだけ食料がもらえるみたいだからそうすることもあるらしい」
「それでは挑戦者側が結託できればあっさり勝てるのでは?」
「できればな。そういう話ってのはなかなかまとまらないからなあ」
結局勝てるのは一人。よっぽどの交渉力がない限りみんなで仲良く支配者を蹴落とそうとはならない。逆にそういう話がまとまった時に上手く下克上が起きるらしい。
「王、我々もそれを狙いますか?」
「それもありだけどまずは攻めやすく、なおかつオレたちにとって利益の多い土地を探すのが先決かな」
オレたちの目的はあくまでも通り道を探すことだ。占領するつもりもないし、定住しようとも思わない。
「まずどこの土地を賭けて戦うか。現地を調べてできるだけ通りやすいけど人気のない土地みたいなものを探すのがベストだ。当然だけど人気のある土地、例えば水が溜まりやすい土地は強力な魔物が占領しているみたいだ」
「しかし通行料が必要なのでは?」
「必要経費だ。そういうところでケチっちゃだめだ。特に水事情の調査には海老の魔法が必要だからな。期待しているぞ瑞江」
「そのことについてなのですが……どうやらワタクシの声が高原には届きづらいようです」
「へ? テレパシーが届かないのか?」
「場所によっては届くようなのですが、安定しませんわ」
ふむ。
女王蟻を始めとした長距離テレパシーの特徴としてテレパシーを伝えるための物質みたいなものが存在する。例えば女王蟻の場合土、つまりケイ素がないとテレパシーが届かない。
だから水中や空気中には女王蟻のテレパシーは届かない。ただし水中なら海老女王のテレパシーは届く。だから海老女王は水を媒介としてテレパシーを強化しているはずだ。
地上でも土や空気に含まれる水分を上手く使っているはず。つまり乾燥した土地なら、海老女王のテレパシー届かないかもしれない。
マーモットもテレパシーが得意みたいだからその法則は当てはまるかもしれない。空中にも届いていたから……空気、窒素か酸素あたりかな?
テレパシーの意外な弱点が判明してしまったなあ。海老は海老女王の指示で動かしてもらった方が円滑に進むけど、これはどうにもなんないなあ。ちょっと女王蟻たちの負担が増えるけど我慢してもらうか。
そもそも地球でもヤシガニみたいな陸棲甲殻類はあまり乾燥に強くない。何か対策をしないと海老が高原で活動するのは難しいかもしれない。
「わかった。海老も蟻からの指示を受け取るようにするけど構わないよな」
「仕方がありませんわね。皆をできる限り無事に返すのですよ」
「善処する」
しかしテレパシーというものがあってよかった。どれだけ遠隔地でもすぐに正確な指示が出せるこれがなければ円滑な国家運営なんぞできなかったからな。
テレパシーは距離もそうだけど、その正確さでも異常極まる。何しろオレたちはテレパシーを行う相手を間違えたことはないし、一度でもテレパシーで会話した相手を忘れることはない。何らかの事情で届かなくなることはあっても電話番号のかけ間違いやどわすれのようなことをしたことは一度もない。
あまりに日常的に使っているから気付かなかったけど、これはかなり異常なことかもしれない。蟻の記憶力は良いと思うけど完全記憶能力なんかはないはずだ。でもテレパシーに関しては驚異的な記憶力と正確さを損なったことはない。それこそ機械のように。
この事実に遅まきながら気付いた時は少しばかり寒気がした。まるで自分が改造人間にでもなった気がしたからだ。……実際に改造人間どころか人間じゃなくなっているわけだけどな。
「寧々、七海、山の通行は改善できそうか?」
「後一週間ほど頂ければ食料を運ぶくらいならどうにか」
寧々と七海には地味だけれど重要な山道の整備を任せている。総指揮が寧々、現場監督が七海、みたいな感じだ。
「できるだけ急いでくれ。あと料理人班も高原に向かわせる」
「美味い山吹色の食事を振舞うのですね?」
「まあそうだな。とにかく食料が重要な価値を持っているみたいだ」
「で、あるならば、我々に恐ろしく有利ですね」
「その通り」
高原の連中、アンティ同盟と仮に名をつけておくけど、は食料を基本的な価値基準にしている。
何という有利な勝負だろうか。そもそもが食料に乏しい高原だ。もともと肥沃な土地に住んでいるオレたちの方が食料事情は圧倒的に有利に決まっている。
さらに、この三年間オレたちは調理という技術を磨いてきた。美味い飯を作ることに関しては恐らくこの異世界一だ。さらに多種多様な魔物の食事を作り続けてきたためバリエーションや改良するのもお手の物。
超巨大企業と田舎の人材だけは良い中小企業くらいの差がある。
「品種改良にそこそこ成功して渋さの少なくなった渋リン、量産可能なメープルシロップ、多様かつ長期保存可能なチーズ……輸出品目なら山のようにある」
そう、まさに食を制する者は世界を制する!
通貨のない共産主義で経済戦争みたいな状況になるとはね。
国家運営のためと嘯きながらせっせと働く民から財貨を搾取する忌まわしい存在、税金なんか存在しない。だから関税やら工事費用なんかを設定する必要もない。ただ命令すればいいだけだ。この辺りの性質がオレみたいな素人指導者でも国家運営ができている理由だろうね。
逆を言えば命令を行わなければ決して開拓事業なんか行わない。それは地球では有史以来存在しているはずの職業、商人がこの国にいないことからもよくわかる。魔物は儲けよう、出し抜こう、という発想がなかなか出てこない。寧々のような例外でない限り。
「後は実際にティラミスで勝てるかどうかだな」
実はオレたちはタイマンや少数での戦いの経験があまりない。
そもそもラーテルやらヤシガニみたいにタイマンじゃどう頑張っても勝てない奴もいるし、そうじゃなくても大なり小なり数の力で勝負してきた。
ある程度ルールのある制限のついた戦いなんて初めてだ。
「何か勝ち方とかで思いついたことがあるか?」
「あれだよ~、突如ピンチに陥ったときに新たな力が目覚めるとか~」
「はっはっは、それマジで言ってんのか?」
「冗談だよ~」
よかったよかった。そんなバカなことを言い出す奴がいなくて。
マンガじゃあるまいしそんなことあるはずないだろ。
「練習で上手くいかないことが本番で上手くいくはずないからな。本当に本気で練習していれば練習だって緊張感は感じるはずだよ」
個人的な意見だけど本番に強い、なんてのは練習をさぼってるやつの言い訳だと思う。
本番で練習の実力の半分も出せればいい方だ。緊張やプレッシャーで実力を発揮できないことがほとんどだろう。
例えばテスト勉強中に解けなかった問題がテスト中に理解できるようになったことがあるだろうか。
ごく一部の天才ならそういうこともあるかもしれないけど世の中の99.99%は凡人だから、凡人であることを前提として話を進めるべきだ。
「では、我々は特訓あるのみでしょうか?」
「それで勝てると思うか?」
「王が求めるのなら我らは勝ちましょう」
武人らしい翼の返答だ。その剛毅さは嫌いじゃない。しかし。
「それはまだ敵を甘く見てるよ。きっと連中は産まれてきてからティラミスで勝利するために訓練を重ねてきた連中だ。普通に努力していたら多分追い付けない」
きっとたった一か月の努力じゃ差は埋まらない。努力することは大事だけど、敵だってきっと努力していることを忘れてはいけない。
努力という言葉はきっと相対的に使われるべきだ。これだけ努力したから大丈夫、なんて確信は危険だ。
「であれば、いかに敵が思いもよらない方法で戦うか、ですか」
「そうだな寧々。真正面から戦ってダメなら背後から襲いかかればいい。そういう思考転換が必要だ」
今のオレは漫画で言うとスポーツ漫画の監督ポジションかな。適切な助言とかで勝利に導く立ち位置。うん悪くない。
「例えば、敵の食べ物に毒を入れるとか~?」
「お、いいね。できるかどうかはともかくそういう柔軟な発想は大事だ」
ルールを破らなきゃ反則じゃない。積極的に抜け穴を探そうか。
スポーツ漫画とはかけ離れた精神性を発露していたが本人たちは気付いた風もない。
実のところルールさえ破っていなければ何でもやる、という思考こそが彼のぶっ飛んだ部分でもあるのだが、それを指摘できる人材がいないのは幸か不幸か。
「ま、情報収集と対策の討論は並行してやろ――――」
「緊急連絡」
「報告してくれ」
今更非常事態の一つや二つじゃ驚かない。オレも慣れたもんだな。さて、何が出てくる?
「ヒトモドキとリザードマンが交戦を開始する可能性が高い模様。規模は小さく、お互いに数百人くらいの戦いらしい。観戦する?」
ふむ、今は直接関係ない相手同士の戦いか。……情報は金なり、だな。
「眺めるだけなら損はないか」
しかしまあ、連中は年がら年中いろんな奴と戦うもんだ。飽きないのかね?
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