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秋葉夕雲

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第三章

199 エミシ

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 衝撃と硝煙が過ぎ去り、敵の姿を確認する。ぐらりとラーテルが体を傾げる。
 その頭はダイナマイトによって大部分が消失しており、まっとうな生き物なら間違いなく即死。ゆっくりと重力に引かれ、そのまま倒れ――――
 森を揺るがすほどの地響き。地面に亀裂が入っているのはあまりに強く踏みしめたからか、それとも魔法によるものか。万年そびえたつ霊峰のように大地を踏みしめていた。
 誰もが目を見張り戦慄する。頭が吹き飛んでいても生きていられる怪物を想像してはいなかったのだろう。
 ただ、オレと千尋、ついでに誠也だけは違った。オレたちは知っている。魔物の中には頭がなくても動ける奴がいることを。
「まだ終わってねえぞ! 頭がなくなったくらいで安心するな! 頭を砕いてダメなら心臓を潰せ! それでもだめなら全身を切り刻め! 今なら殺せる! 全員進め!」
 自分を鼓舞する意味合いも含めながら全員に号令をかける。
 その言葉に我を取り戻した魔物たちは一斉に突撃する。もう大掛かりな兵器は残っていない。ほぼ真っ向勝負。
 しかし相手は頭がない。どうやって動いているのははっきりしないけど目も耳もないなら正確な攻撃は絶対にできないはず。今なら勝てる!



 どこで思考しているのかもわからず、それでも彼女は考える。何が起こったのかはわからない。ただ一つ理解しているのは自分が負けたということだけ。
 万難を排した。必勝を期した。しかしながらあの小さき者どもはその上を行った。何故あれほどまでに戦えるのか。何故誰も逃げ出しはしないのか。疑問がもうないはずの頭をかすめたがもはや詮無き事。
 彼女のなすべきことは一つだけ。
 あの銀の髪の悪魔に立ち向かい、私たちを逃がすために戦ったあいつのように。
 死期を悟り、自らの体を未来の子らに捧げた祖先のように。
 自分もまた次に希望を残すのだ。
 その一心を以て彼女は、ラーテルは立ち上がる。すでに死体となった体を走らせる。我が子のもとへと。



 ラーテルは迫りくるオレの部下には目もくれずある方角へ走り出した。何度も転びそうになりながら、どこかへと向かっていく。
「カッコウ! 爆撃できる武器はあるか!?」
「コッコー、ないです。でも子供のいるところに行くようです」
 今更合流するつもりか? わからん。わからんけど、いい予感はしない。
「全力で走れ!」
 それでも追い付けるわけはない。ラーテルが本気で走れば追い付ける奴はいない。しかも子ラーテルは二匹とも起き上がっている。唐辛子弾からすでに回復しているらしい。
 どうにもできず、ラーテルたちは近づき、そして――――

 子ラーテルは親ラーテルに牙を突き立てた。

「なっ!?」
 一匹はうなじあたりに。もう一匹は腰に。深く、深く噛みついている。
 同じ種類の生き物が食いつき合う様子は我が身を食らう蛇を想起させる。
 一体なぜこんなことをしているのかは理解できないが、今更無駄なことをしているとは思えない。それに、なんとなくだけど、子ラーテルは涙を流しているように見えた。だからと言って手加減する理由もないけれど。
 何とか追い付いた兵たちが攻撃を始めるが、子ラーテルは二匹とも弾けるように走り出す。
「追え! あいつらだって無傷じゃない。今なら殺せるはずだ!」
 そうは言ったものの全力で逃げているラーテルに追いつくのは難しいだろう。雨だから匂いも残らないだろうし、一度見失えば捕捉することは困難だろう。
 ラーテルが逃走を開始したせいなのかこの場に集まった魔物も散り散りになっていく。ただミツオシエだけはラーテルと一緒に逃げるようだった。
 ようやく動かなくなった親ラーテルを見る。
「満足そうに死んでんじゃねーよ」
 もちろん顔なんてもうなくなっていたけど、なんとなくそう感じた。多分、こいつは目的を果たしたんだろう。
 結局、丸一日に及ぶ追撃をかわし切り、子ラーテルは逃げ延びた。さらに捜索を続けるにはこちらも疲弊していたし、何よりもうオレの勢力圏の外に差し掛かっていた。

「まずいにゃあ」
「文句言うな琴音」
 ラーテルの肉はかなりまずかったらしい。それでも満足そうなのはやはり愉悦の味か。
 ひとまず死亡したラーテルを放置するわけにもいかず、食べるために解体するとラーテルの行動の全てを理解した。
 ラーテルの体内にあった宝石は天青石、つまり硫酸ストロンチウムだった。硫酸ストロンチウムを見つけた時誰かに埋められたようだと感じたけど、それは正しかったようだ。恐らくあのラーテルの祖先か誰かがあそこに自分の死体か何かを埋めたらしい。
「何故そのようなことをしたのでしょうか」
 多分今回のMVPであるラプトルが顔半分を負傷したがかろうじて生きていた。手当てを受けている翼に質問する。
「翼。大丈夫か?」
「何とか」
 疲労困憊だが会話できる程度には回復したようだ。すげえ生命力。
「ラーテルの宝石は天青石。つまりラーテルが成長するにはそれなりの天青石が必要なんだ。多分この天青石は非常用に貯蓄された食料だったんだろう」
 硫酸ストロンチウムを構成する原子は硫黄、酸素、そしてストロンチウム。硫黄や酸素は通常の生物にも貯えられているけど、ストロンチウムだけは普通の生物にはほとんど含まれていない。摂取するためにはどこかからストロンチウム鉱脈でも見つけるかラーテルから捕食するしかない。
「つまりあ奴らは我が子の為に妾たちと戦ったのか?」
「そうなるな。すぐに天青石を渡せば交渉の余地はあったけど、もう遅いな」
 ラーテルと会話できるかあらかじめ死体を解剖していれば戦闘は避けられたかもしれないけど……あるいは子ラーテルの発育不良は深刻だったのかもしれない。だからこそあれだけ焦っていたのかもしれない。しかしラーテルが欲してやまなかった天青石が勝負の決め手になるとは何とも皮肉というか……。
「子供が親に噛みついたのも同じ理由ですかね」
「多分な。もしかしたらラーテルには同族の死体を食べたり、探知したりする習性があるかもな」
 結局のところあいつは子供の為に戦ったらしい。共感はできないけど理解と納得はした。あの逃げ延びたラーテルは決してオレたちを許しはしないだろうし別にそれに文句はない。厄介ごとが増えたことへの後悔がないと言ったら嘘になるけど。
 確証はないけどスーサンの西には硫酸ストロンチウムの産地があるのかもしれない。だからこそラーテルはそこから離れることができない。生息域が拡大できないなら必然的に個体数に制限される。道理でラーテルが世界征服できないわけだ。
 ただそれでも時々生息域を離れる個体がヒトモドキなんかと戦うことになっているようだ。さて、じゃあこいつらは何故わざわざスーサンを離れてここに迷い込んだか。例えば硫酸ストロンチウムがなくなったのならいい。それはあくまで自然要因だ。でも、もしも誰かに追い出されたのだとしたら?
 それがこの大陸への進出をたくらむ西藍だとしたら? もしそうならヒトモドキのクワイの真の防人はラーテルたちだったのかもしれない。その推論が正しいとやたら火や兵器を警戒していた理由にもなる。
 が、残念なことにクワイのアホどもはそんなことを理解せずに悪魔の手先を倒したぜ! やったーなんて喜んでいるはずだ。自業自得とはこのことか。しかも奴らの信仰的に考えれば天青石をラーテルに返すとは思えない。つまりヒトモドキがラーテルを倒した場合ラーテルの数が減る。
 ……マジで頼むぞ銀髪。ラーテルあんまり殺しすぎるなよ。
 何はともあれ今年最大の危機は乗り切ったと思った方がいいだろう。……いいよな? 流石にこれ以上の面倒ごとはごめんだぞ。
「ひとまずなんか食うか」
 その言葉にギラりと目を光らせる。はっはー。皆さん好きだねえ。まあ今日ばかりはお気楽に過ごさせてやろう。何しろあのラーテルに勝ったんだ。完全勝利ではなかったかもしれないけどようやくでかい戦いで勝った気がする。
 ちょっと早いかと思ったけど収穫した米や、小麦なんかもあるから炭水化物パーティーでもするか。何作ろっかなー。パンは確定。ご飯は何にしよ。丼物でも作るかな?
 さあそれじゃあ――――

「紫水。少しいいですか?」
「ん? 何? ていうか誰?」
 女王蟻みたいだけど流石にオレもすべての女王蟻を完全に把握しているわけじゃない。中にはほとんど顔を合わせたことのない奴もいる。
「樹海の一番東に配属されたものです」
 ……覚えてねえな。
「まあいいや。何の用件だ?」
「東から北東にかけて探索に向かわせていたカッコウが帰還しました。見つけたとのこと」
「――――よくやった。十分に休息を――」
「今すぐ報告したいそうです」
「わかった。報告を聞こう。お前が会話を中継してくれ。それが終わったらゆっくり休ませるように」
「かしこまりました」

「コッコー。端的に、申し、上げる」
 これ以上ないほどに疲れ果てたカッコウのテレパシーに自然と感謝の念が湧いてくる。しかし今は社交辞令を交わす暇はないだろう。
「王の、言う通り、煙の吹く、山は、ありました」
「よく見つけてくれた。場所は?」
「平原の、さらに、向こうにある山です」
 オレはカッコウにある任務を与えていた。それは火山の探索だ。
 何故か? 決まっている。硫黄を手に入れるためだ。もっと理想的なのは硫黄の化合物である硫酸を手に入れることだけど流石にそれは高望みだろう。自然に硫酸が溜まっている湖は存在するけどそれなりに希少だ。
 硫黄を安定供給できれば更なる飛躍を目指せる。もしも硫酸塩を見つけることができれば、海老と蟻の魔法コンボで硫酸を作れる。
 これ以上に文明を発展させるには硫黄化合物が必須だから硫黄が大量に採れる火山を探していた。火山のいい所は煙などが発生しているから空からでも簡単に探せることだ。地面を調べなくても飛行できるカッコウなら広範囲を探索できる。
 とはいえ話はそう簡単じゃない。この世界にはカッコウのように飛行できる魔物もいるし、何より長距離の飛行だと食い物がもたない。
 その苦労は並大抵ではなかったようだ。それでも見つけた。火山を見つけてくれた。
「よくやった。ゆっくり休め」
「コッコー、あと一つだけ。その山にたどり着くには、標高が高い平原を通り、そこでは雨が少ないよう、ですが、特定の時期に、のみ雨が降るよう、でした。見知らぬ、魔物も、いました」
「ん、ありがと。よくわかったよ」
 そう言うとぷつりと通信が途切れた。どうやら気絶したらしい。黄金に値する情報だったな。
 気候の特徴から考えると大陸性気候。つまり舞台は高原ということだ。オレが大量の硫黄を手に入れるためには高原を攻略する必要がある。
 今年はせいぜい偵察くらいが限度だろう。本格的に進出するのは、来年だ。
 その前に一つ、ここで重大発表だ。多分今が一番いいタイミングだろう。
「でかい戦いを乗り切った直後で悪いけどな一つ言っておくことがある。この国の名前だけどな、“エミシ”にすることにした」
「どういう意味じゃ?」
「意味っていうかまあ最初にこの樹海を切り開いた奴の名前がそうだったというのが一つ」
「他には?」
「オレの言葉でエミシっていうのは中央から追われたり、従わなかった連中の総称らしい。ま、オレたちにはそういうのが似合ってると思ってるんだ」
 オレだってある意味地球から追い出されたようなもんだし、こいつらだってヒトモドキから追われてここに来たし。もちろん皮肉を含むけど。
 そういう名前をここで見つけたのも何かの縁だろう。
「そういうわけで“エミシ”という国名にしようと思うんだけど何か異論のある奴はいるか?」
 全員から賛同の空気が伝わる。よかった。不満はないみたいだ。
「じゃ、エミシ一同来年に備えつつ今年の冬を乗り切るぞ。ま、その前に食事だ。ほら今日はほぼ制限なしで食っていいぞ。お残しはなしだけどな」
 歓声がこだまする。いやはや死闘の後だってのに元気なことだ。
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