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第三章
197 この手に掴むべきは
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一群が成すすべもなく赤い液体を散らし、すぐに雨に薄められていく。それ自体はすでに予想されていた光景で何の驚きもない。
しかし問題なのはその方法。何をどうやったのかさっぱりわからない。ラーテルが腕を振った瞬間にまるで裂けたチーズみたいに体が吹っ飛んだ。
遠隔斬撃? ありかよそんなもん。いやあるはずはない。だってあいつの魔法は触れなければ使用できない。だから何らかのトリックがあるはずだ。でも待てもしも今の攻撃を連発できるなら銀髪みたいに巣を丸ごとぶった切ることもできるんじゃ? もしそうなら地下深くで縮こまっていたとしても安心できない。というか何なんだあいつ。火傷に切傷、皮膚はただれてるはずだぞ? 何であんなに動ける? そもそも何で死にそうになってまで進軍する? 何が目当てだ? わけがわか――――。
「ああもう! 関係ない思考はするな! 戦いに集中しろ!」
まずは攻撃をよく見る! 目を閉じたままじゃ何もできない!
再度ラーテルが腕を振るう。やはりラーテルから放たれた何・か・がオレの部下を切り裂いた。人体模型の断面図かと思いたくなるほどすっぱりとした切り口だ。
けど一瞬だけ何かが見えた。ラーテルから何かが伸びていてそれが奴の武器だ。雨で見えにくいけど確かに何かがある。あれはなんだ?
糸か? 何の糸だ? ラーテルにもっとも縁の深い糸。それは……?
「毛か! ラーテルの毛か! あいつ自分の毛を編んで自分の魔法の射程を伸ばしやがった!」
一体どうやったのかわからないけど自分の毛を繋げて一本の糸にしたらしい。そしてその先端に毛玉のような重しをつけて鞭のように振り回せるようにしたようだ。
豚羊の<毛舞>や青虫<物質硬化>のように自分の体の一部を伸ばせば、触れながらでしか発動させられない魔法でも疑似的に魔法の射程を伸ばすことができる。それと同じだ。
いや、それとは違う利点が一つある。魔法の効果が糸に集約されるということ。
今まであいつの攻撃は面の攻撃だった。それが線になったことでラーテルが魔法を発動させている物質が少なくなった。つまりそれは消耗が少なくなるということ。刃物と鈍器の違いだ。どちらが少ないエネルギーで確実に物質を正確に破壊できるかは想像に容易い。なんてこった。攻撃力は上がっているのに持久力が上がってしまった。
というかこの戦い方……どこかで見たことがある。
「銀髪だな!? ラーテルの奴銀髪の戦い方をまねしたな!?」
銀髪は本来一メートルも伸ばせない魔法の<剣>を無理矢理伸ばしてアウトレンジに対応していた。そしてラーテルは銀髪との戦いで自分に何が足りないか気付いたらしい。
リーチの長さだ。
砂かけよりも正確で攻撃力のある攻撃手段。それを模索した結果が自分の毛を糸状にすること。
多分今まで使わなかったのはオレたちが射程に入っていなかったからだ。あるいはとっておきの秘密兵器をできるだけ晒したくなかったのか。つまり今までの距離を保てば攻撃は受けないかもしれない。
ただそれじゃあ爆弾は当てられない。あれは結構重いからカッコウでは運べないし、まさか投石機の攻撃が当たるかどうかを試すわけにもいかない。予定通り千尋たちが近づいてから爆弾を当てるしかない。
そのためにはあの鞭がどうしても邪魔だ。そして<分解>によって物理攻撃困難な鞭を破壊できるのはラプトルの魔法しかない。あいつの運動エネルギーを直接ぶつける<恐爪>でしかあの鞭は破壊できない。
それにどうしてもラーテルの毛を使ってどうしても試さないといけないことがある。
「翼。何とかしてあの鞭を壊せるか?」
「……一人では無理でしょう。壁と囮がいります」
「わかった。多分だけどラーテルはお前の魔法を知らない。やるなら一撃で決めろ。それからあの鞭を回収することを忘れるな」
「お任せあれ」
ただ、片腕はギリシャ火で燃えているから、鞭も使えなくなっているかもしれない。もしもギリシャ火無しだったら鞭が二つブン回されていただろう。勝てる気がしない。何とかして――――「紫水」
「何だ七海!」
この忙しい時にまたトラブルか!?
「さっきの子ラーテルがこっちに戻ってくる」
ああそりゃそうだ! 負傷したラーテルを安全な位置に送り届けたらそうするよな! 今合流されるとかなりまずい。……それなら……。
「負傷した奴はどうなってる!?」
「まだ動けない。暴れてはいないけど」
それなら唐辛子弾の効果はまだ有効なようだ。
「なら負傷したラーテルに向けて攻撃しろ! ギリシャ火も使っていい。ただし絶対に殺すな! 生かさず殺さずのまま負傷していない子ラーテルを釘付けにしろ! いけるか!?」
「できる。小さい奴らは明らかに動きが鈍い」
「それは二匹ともか?」
「うん」
そりゃ大きい奴の方が強いのは当然だ。しかしそれを差し引いても動きが悪いという。
いや、そもそも何であいつらはこの状況でも退却しないんだ? 前はあっさり退いたのに今日はかなりしつこい。退き時を見失ってしまうのは戦術的には下策でしかない。
次に雨が降るのはいつかわからない事情はあるにせよ攻め気が強すぎる。そのうえ子供の体調まで悪いのに……?
あるいは、子供の体調が悪いからこそ焦っているのか?
……いや、そんなことを気にしてもしょうがない。弱っているならそれを利用するまで。
事実上人質にして行動を制限させればいい。ただいつまで唐辛子弾の効果が続くかはわからないし、そもそもギリシャ火も唐辛子弾も残り少ない。長くは時間をかけられない。敵は体力の続く限り魔法を使えるけどこっちの武器には明確な弾数制限がある。
急がなければ。
走る。蟻が、豚羊が、ラプトルが。
ラーテルは何度でも鞭を振るう。そのたびに鞭が赤く染まる。
例えるなら大縄跳びだろうか、たった一人が立った一度失敗しただけで終わる無慈悲なゲーム。
ただしここでは終わるときは命が尽きるとき。そんな過酷な条件で縄を飛べる人間がいるだろうか。だがしかしここにいる魔物たちは顔色一つ変えないに違いない。それほどの心臓がなければこの戦場に立っていられないに違いない。
また再び鞭がうなる。回避できるのは幸運と実力に恵まれた兵だけだ。大部分の兵隊は傷一つつけられずに引き裂かれていく。
それを盾にしていることを自覚しながら翼に率いられたラプトルたちは進んでいく。
「奴の攻撃のタイミングは覚えたな! 突撃するぞ!」
「「「は!」」」
腕を振るその瞬間と角度から攻撃を予測することはできる。
一流のボクサーのジャブは予備動作が全く見えずにいつ殴られたのかさえ分からないほどだがこれはむしろその逆。途轍もなく読みやすい。その攻撃範囲がサッカーコートよりも広く、当たればほぼ間違いなく絶命する攻撃でなければ容易く接近できるはずだ。
つまり攻撃範囲内に近づくのは文字通り命を削る進軍になる。
風切り音が耳元をかすめる。這うような態勢のまま走り抜ける。一人の仲間の頭が飛んだ。
轟、とうなる腕の音が遠くに聞こえる。ばねのように足を弾ませて前方に跳ぶ。一人の仲間の胴体が裂かれたが、足だけになっても前進を止めはしなかった。
「まだだ! 近づくぞ!」
「「「了解」」」
ぎりぎりまで近づきなるべく多くの鞭を斬る。それが翼に与えられた使命であり、自身のなすべきこと。だからこそ嵐の只中に飛び込める。例え仲間が一人ずつすりつぶされたとしても、歩みを止めないのだろう。
援護の矢も放たれてはいるがもはや避ける素振りはない。相手も決死の覚悟でここにいる。
ラーテルは振りかぶるのではなく、腕を真後ろに引いた。今までに見せたことのない構え。それを理解した瞬間、腕から鞭がまっすぐに飛んできた。
「避け――――」
誰かの声が響くがもう遅い。面の動きから、点の動き。攻撃とは読まれないようにすることが大事なのだ。どれほど速かろうが読めれば躱せる。読めなければどれほど稚拙であっても避けられない。
鞭は一直線にラプトルの群れの先頭を走る翼に向かう。
そして鮮血が舞う。ぐらりと体が傾き、走り出す勢いのまま地面に激突する――――寸前に、目を、鞭に抉られて片方だけになってしまった目を、伸び切った糸へと向ける。
「つば――――」
オレの叫びよりも早く、翼がこちらにも聞こえそうなほどに大きく息を吸い込む。
気合一拍。<恐爪>で糸を切断した。
傷つきながらも使命を果たした翼はそのままぬかるんだ土に倒れこむ。しかしそれも一瞬。すぐさま立ち上がり群れごと逃走を開始する。千切れた糸を回収することも忘れていない。
ラーテルは怒りか、それとも焦りからなのか嵐のような追撃を開始する。
鞭は短くなったと言ってもまだ健在だ。追い付かれれば命はない。
そして単純な速さではどうあがいてもラーテルには勝てない。逃げられない。しかし、ラーテルは一瞬動きを止めた。ラーテルの足元、下半身のなくなったラプトルがその足に<恐爪>を突き立てていた。
「……お早く」
それが最後の言葉。一瞬でラーテルに踏みつぶされた。名もなきラプトルは一刺しだけとはいえラーテルに傷を与えて消えた。
しかし稼げた時間はわずか。だが再び追走を開始したラーテルに巨大な岩が降り注ぐ。唐辛子弾ではないけどそれでもあれの威力を知ったラーテルは警戒せざるをえない。
「間に合いましたか?」
「茜! よくやってくれた! でもすぐ逃げろ!」
茜が投石機をラーテルめがけて撃ってくれたらしい。当たらなくても援護になる可能性が高いと判断したようだ。
ラーテルにとって最優先撃破対象は投石機であるらしく、目標を変える。
「翼の手当てを急げ! それから手に入れた糸を一つ、いや二つだけ矢じりに取り付けろ。残りは千尋たちに渡せ!」
多分次が最後の攻撃だ。短いようで長いこの戦いの終わりだ。決着をつけなければ。
しかし問題なのはその方法。何をどうやったのかさっぱりわからない。ラーテルが腕を振った瞬間にまるで裂けたチーズみたいに体が吹っ飛んだ。
遠隔斬撃? ありかよそんなもん。いやあるはずはない。だってあいつの魔法は触れなければ使用できない。だから何らかのトリックがあるはずだ。でも待てもしも今の攻撃を連発できるなら銀髪みたいに巣を丸ごとぶった切ることもできるんじゃ? もしそうなら地下深くで縮こまっていたとしても安心できない。というか何なんだあいつ。火傷に切傷、皮膚はただれてるはずだぞ? 何であんなに動ける? そもそも何で死にそうになってまで進軍する? 何が目当てだ? わけがわか――――。
「ああもう! 関係ない思考はするな! 戦いに集中しろ!」
まずは攻撃をよく見る! 目を閉じたままじゃ何もできない!
再度ラーテルが腕を振るう。やはりラーテルから放たれた何・か・がオレの部下を切り裂いた。人体模型の断面図かと思いたくなるほどすっぱりとした切り口だ。
けど一瞬だけ何かが見えた。ラーテルから何かが伸びていてそれが奴の武器だ。雨で見えにくいけど確かに何かがある。あれはなんだ?
糸か? 何の糸だ? ラーテルにもっとも縁の深い糸。それは……?
「毛か! ラーテルの毛か! あいつ自分の毛を編んで自分の魔法の射程を伸ばしやがった!」
一体どうやったのかわからないけど自分の毛を繋げて一本の糸にしたらしい。そしてその先端に毛玉のような重しをつけて鞭のように振り回せるようにしたようだ。
豚羊の<毛舞>や青虫<物質硬化>のように自分の体の一部を伸ばせば、触れながらでしか発動させられない魔法でも疑似的に魔法の射程を伸ばすことができる。それと同じだ。
いや、それとは違う利点が一つある。魔法の効果が糸に集約されるということ。
今まであいつの攻撃は面の攻撃だった。それが線になったことでラーテルが魔法を発動させている物質が少なくなった。つまりそれは消耗が少なくなるということ。刃物と鈍器の違いだ。どちらが少ないエネルギーで確実に物質を正確に破壊できるかは想像に容易い。なんてこった。攻撃力は上がっているのに持久力が上がってしまった。
というかこの戦い方……どこかで見たことがある。
「銀髪だな!? ラーテルの奴銀髪の戦い方をまねしたな!?」
銀髪は本来一メートルも伸ばせない魔法の<剣>を無理矢理伸ばしてアウトレンジに対応していた。そしてラーテルは銀髪との戦いで自分に何が足りないか気付いたらしい。
リーチの長さだ。
砂かけよりも正確で攻撃力のある攻撃手段。それを模索した結果が自分の毛を糸状にすること。
多分今まで使わなかったのはオレたちが射程に入っていなかったからだ。あるいはとっておきの秘密兵器をできるだけ晒したくなかったのか。つまり今までの距離を保てば攻撃は受けないかもしれない。
ただそれじゃあ爆弾は当てられない。あれは結構重いからカッコウでは運べないし、まさか投石機の攻撃が当たるかどうかを試すわけにもいかない。予定通り千尋たちが近づいてから爆弾を当てるしかない。
そのためにはあの鞭がどうしても邪魔だ。そして<分解>によって物理攻撃困難な鞭を破壊できるのはラプトルの魔法しかない。あいつの運動エネルギーを直接ぶつける<恐爪>でしかあの鞭は破壊できない。
それにどうしてもラーテルの毛を使ってどうしても試さないといけないことがある。
「翼。何とかしてあの鞭を壊せるか?」
「……一人では無理でしょう。壁と囮がいります」
「わかった。多分だけどラーテルはお前の魔法を知らない。やるなら一撃で決めろ。それからあの鞭を回収することを忘れるな」
「お任せあれ」
ただ、片腕はギリシャ火で燃えているから、鞭も使えなくなっているかもしれない。もしもギリシャ火無しだったら鞭が二つブン回されていただろう。勝てる気がしない。何とかして――――「紫水」
「何だ七海!」
この忙しい時にまたトラブルか!?
「さっきの子ラーテルがこっちに戻ってくる」
ああそりゃそうだ! 負傷したラーテルを安全な位置に送り届けたらそうするよな! 今合流されるとかなりまずい。……それなら……。
「負傷した奴はどうなってる!?」
「まだ動けない。暴れてはいないけど」
それなら唐辛子弾の効果はまだ有効なようだ。
「なら負傷したラーテルに向けて攻撃しろ! ギリシャ火も使っていい。ただし絶対に殺すな! 生かさず殺さずのまま負傷していない子ラーテルを釘付けにしろ! いけるか!?」
「できる。小さい奴らは明らかに動きが鈍い」
「それは二匹ともか?」
「うん」
そりゃ大きい奴の方が強いのは当然だ。しかしそれを差し引いても動きが悪いという。
いや、そもそも何であいつらはこの状況でも退却しないんだ? 前はあっさり退いたのに今日はかなりしつこい。退き時を見失ってしまうのは戦術的には下策でしかない。
次に雨が降るのはいつかわからない事情はあるにせよ攻め気が強すぎる。そのうえ子供の体調まで悪いのに……?
あるいは、子供の体調が悪いからこそ焦っているのか?
……いや、そんなことを気にしてもしょうがない。弱っているならそれを利用するまで。
事実上人質にして行動を制限させればいい。ただいつまで唐辛子弾の効果が続くかはわからないし、そもそもギリシャ火も唐辛子弾も残り少ない。長くは時間をかけられない。敵は体力の続く限り魔法を使えるけどこっちの武器には明確な弾数制限がある。
急がなければ。
走る。蟻が、豚羊が、ラプトルが。
ラーテルは何度でも鞭を振るう。そのたびに鞭が赤く染まる。
例えるなら大縄跳びだろうか、たった一人が立った一度失敗しただけで終わる無慈悲なゲーム。
ただしここでは終わるときは命が尽きるとき。そんな過酷な条件で縄を飛べる人間がいるだろうか。だがしかしここにいる魔物たちは顔色一つ変えないに違いない。それほどの心臓がなければこの戦場に立っていられないに違いない。
また再び鞭がうなる。回避できるのは幸運と実力に恵まれた兵だけだ。大部分の兵隊は傷一つつけられずに引き裂かれていく。
それを盾にしていることを自覚しながら翼に率いられたラプトルたちは進んでいく。
「奴の攻撃のタイミングは覚えたな! 突撃するぞ!」
「「「は!」」」
腕を振るその瞬間と角度から攻撃を予測することはできる。
一流のボクサーのジャブは予備動作が全く見えずにいつ殴られたのかさえ分からないほどだがこれはむしろその逆。途轍もなく読みやすい。その攻撃範囲がサッカーコートよりも広く、当たればほぼ間違いなく絶命する攻撃でなければ容易く接近できるはずだ。
つまり攻撃範囲内に近づくのは文字通り命を削る進軍になる。
風切り音が耳元をかすめる。這うような態勢のまま走り抜ける。一人の仲間の頭が飛んだ。
轟、とうなる腕の音が遠くに聞こえる。ばねのように足を弾ませて前方に跳ぶ。一人の仲間の胴体が裂かれたが、足だけになっても前進を止めはしなかった。
「まだだ! 近づくぞ!」
「「「了解」」」
ぎりぎりまで近づきなるべく多くの鞭を斬る。それが翼に与えられた使命であり、自身のなすべきこと。だからこそ嵐の只中に飛び込める。例え仲間が一人ずつすりつぶされたとしても、歩みを止めないのだろう。
援護の矢も放たれてはいるがもはや避ける素振りはない。相手も決死の覚悟でここにいる。
ラーテルは振りかぶるのではなく、腕を真後ろに引いた。今までに見せたことのない構え。それを理解した瞬間、腕から鞭がまっすぐに飛んできた。
「避け――――」
誰かの声が響くがもう遅い。面の動きから、点の動き。攻撃とは読まれないようにすることが大事なのだ。どれほど速かろうが読めれば躱せる。読めなければどれほど稚拙であっても避けられない。
鞭は一直線にラプトルの群れの先頭を走る翼に向かう。
そして鮮血が舞う。ぐらりと体が傾き、走り出す勢いのまま地面に激突する――――寸前に、目を、鞭に抉られて片方だけになってしまった目を、伸び切った糸へと向ける。
「つば――――」
オレの叫びよりも早く、翼がこちらにも聞こえそうなほどに大きく息を吸い込む。
気合一拍。<恐爪>で糸を切断した。
傷つきながらも使命を果たした翼はそのままぬかるんだ土に倒れこむ。しかしそれも一瞬。すぐさま立ち上がり群れごと逃走を開始する。千切れた糸を回収することも忘れていない。
ラーテルは怒りか、それとも焦りからなのか嵐のような追撃を開始する。
鞭は短くなったと言ってもまだ健在だ。追い付かれれば命はない。
そして単純な速さではどうあがいてもラーテルには勝てない。逃げられない。しかし、ラーテルは一瞬動きを止めた。ラーテルの足元、下半身のなくなったラプトルがその足に<恐爪>を突き立てていた。
「……お早く」
それが最後の言葉。一瞬でラーテルに踏みつぶされた。名もなきラプトルは一刺しだけとはいえラーテルに傷を与えて消えた。
しかし稼げた時間はわずか。だが再び追走を開始したラーテルに巨大な岩が降り注ぐ。唐辛子弾ではないけどそれでもあれの威力を知ったラーテルは警戒せざるをえない。
「間に合いましたか?」
「茜! よくやってくれた! でもすぐ逃げろ!」
茜が投石機をラーテルめがけて撃ってくれたらしい。当たらなくても援護になる可能性が高いと判断したようだ。
ラーテルにとって最優先撃破対象は投石機であるらしく、目標を変える。
「翼の手当てを急げ! それから手に入れた糸を一つ、いや二つだけ矢じりに取り付けろ。残りは千尋たちに渡せ!」
多分次が最後の攻撃だ。短いようで長いこの戦いの終わりだ。決着をつけなければ。
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