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秋葉夕雲

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第三章

144 貪食

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 前日と同じようにドードーの放牧中に蜘蛛の襲撃が発生した。
 襲撃後、逃走を開始した蜘蛛を追跡するも見失ったけど予定通りだ。蜘蛛の行動範囲は広い。
 森を駆け抜けるのに適した魔法を使うのでまともに追跡は難しく、蜘蛛もこっちの強さを把握しているので無闇に喧嘩を売ってこない。基本に忠実にヒットアンドアウェイを繰り返すだけだ。
 だから敵の巣を突き止めるためにお手製の発信機を仕掛けることにした。

 双眼鏡を構えた蟻たちを指揮していた寧々からの報告を受け取る。
「石を発見。よく見えます」
「よくやった寧々。場所は?」
「襲撃地点から北に三キロくらいですね」
 思ったより近くにいたか。
 ちなみに今寧々が見ている物は宙に浮かぶ小石だ。何故そんなものがあるのか。その原理は簡単。蟻ジャドラムの応用だ。予め辛生姜の破片を埋め込んでおいた小石をドードーに持たせておき、そいつが連れ去られるのを待つ。そいつが蜘蛛の巣に連れ去られたころに、その破片をドードーの<オートカウンター>で浮かせる。やっぱ辛生姜とドードーのコンボは強い。
 あまり小石が上空に行きすぎないように調整しつつ、周囲を浮遊させる。
 念のために見つけやすい工夫はした。蟻は人間とは少し違う可視光域を持ち、一部の花は人間とは全く違うように見える。魔物である蟻たちも同様に、特定の花が見えやすくなっている。
 蜘蛛はそういった能力が高くないらしく、蟻と蜘蛛で見え方に差がある花がある。そういう花をすり潰した粉末を小石にたっぷりと擦りつけた。
 双眼鏡のガラスは紫外線を吸収しやすいからちゃんと見えるか不安だったけど……いやそれはカリガラスの場合か? 分類上は石英ガラスであるこのガラスだと紫外線は通したのかな? ま、結果オーライ。
 さらにドードーたちに蟻のフェロモンを擦り付けて追跡をしやすくしておいた。空中を跳びながら移動する蜘蛛の後を追うのは難しかったけど、途中までは追跡できたおかげで小石も簡単に見つけられた。
 あんまり練られてない作戦だから上手くいかなかったら何度でも試すつもりだったけど、一発で成功してよかった。これでドードーとかの死者が少なくてすむ。
 巣は見つけた。探知できる範囲だと数は三百ちょいかな。ではどう攻めるか。時間はあるし部下に聞いてみるか?

「千尋、お前ならどうする?」
「直ちに攻撃して皆殺し……といいたいがのう。それをするとこちらにも被害が大きいのう」
 敵愾心は消えてないけど、冷静な判断ができているなら文句はない。
「それで?」
「火を使ってはどうか? あれは妾の糸も燃やすであろう?」
「ありっちゃあ、ありだけど下手すると森に火が燃え移るからな。使いどころが難しい」
 でもあの蜘蛛どもは火を使っていないようだから確実に驚くはずだ。未知のものを恐れるのは誰であっても変わらない。
「寧々。お前はどうだ?」
 こいつは戦闘寄りの職には就かせないつもりだけど、経験は積んでおいて損はない。
「囲んで弓を射ればよいのではないでしょうか」
「シンプルだな」
 いかにもまじめな寧々らしい。
「それくらいしか思いつきません。ダメでしょうか?」
「いや? いいんじゃない? 変に奇策を用いるよりはよっぽどいい」
 現状こっちが明らかに有利だ。その方向性でいいだろう。
「後はどのくらいの数を用意するかだな。とりあえず、最低でも千人くらいはいるかなあ」
 敵戦力の三倍くらい用意してなおかつ有利な装備を整えればいいか。よっぽどのことがない限り負けはしないはずだ。
「あの辛生姜もあればなおよい」
 千尋もわかってる。蜘蛛の魔法には辛生姜の魔法が有効だ。
「現在、付近の巣に連絡し、戦力を捻出可能かどうか、連絡を取り合っています」
「いい仕事だ寧々」
 大軍で敵を圧倒する。……なんだかとても悪役っぽいというか負けフラグっぽい気もするけど、現実問題としてそれが一番の勝ち筋だからな。
 もしそれでも負けたら……ま、いっそのこと全部焼き尽くすのもありかな。
 それと、念のために千尋に聞いておいた方がいいことがあるな。

「千尋。お前あいつらが味方になるって言ったらどうする?」
 一応あいつらを味方にする目論見は捨てたわけじゃない。
「何か? 妾よりも奴らの方が良いというのか?」
 ひい。
 ハイライトのないお目目怖いです。とりあえずおべっかを使おう。そうじゃないとやばい。
「いやいやそういうつもりじゃないんだよ。ただ単に労働力が欲しいだけなんだ」
 じとーっと感情のないまなざしで見つめられること数秒。
「殺すに決まっておる、奴らはシレーナを侮辱した」
 思考の余地なしか。宗教が絡むと千尋は予想以上に衝動的になるな。宗教による統治は利点もあるけど欠点も目立つ。つまり他との協調性に著しく欠ける。ヒトモドキの場合は他を徹底的に排斥し、自分たち一色に染め上げることによってその弱点を克服した……というか弱点を無意味にした。
 オレがそれを真似するには課題が多すぎるし、オレ自身宗教に頼るのは抵抗が強い。他にいい方法はないもんかね。
「ならあいつらがシイネルとやらを捨てるとしたら?」
「……」
 あ、ちょっと考えてる。
「奴らがシレーナを敬うなら味方になることを受け入れるのもやぶさかではない」
 ギリギリのラインはそこか。できれば味方にしたいけど、後々もめそうではあるよなあ。まあ簡単に信仰を捨てるようにも見えないけどな。



 準備に数日程かけて、集めた人数は千二百。思ったより集まったか。ただそれだけにあまり時間はかけられない。今巣にいる人員の負担が増えるから、これ一発で決めないといけない。
 蟻の戦術的に、いやむしろ戦略的に兵士として優れている点は補給をあまり考慮しなくていいことだ。
 なにしろこいつらは木を食べられる。激しい運動をしたりした場合ならともかく、普通に歩く分なら腹を満たすことは容易い。植物から多少水分補給もできるみたいだし、渇きにも強い。森というフィールド内ならほぼ飢えとは無縁の兵士が完成する。……地球の軍略家が発狂しそうな能力だ。
 蜘蛛は移動能力が高いのであえて蟻とは別行動をさせて、現地集合のような形で合流させる。地球人類でこれやると多分脱走者と迷子が多発するよなあ。軍隊の悩みの種の一つはいかに敵前逃亡と脱走を防ぐことだって聞いたことあるからオレみたいな素人が曲がりなりにも軍を率いることができているのは味方の大部分が蟻だからだ。忠誠心とテレパシー万々歳。
 さらに念のために水の確保のために海老も待機させている。走るのは早くないけど、持久力は高いらしく、意外と足手まといにはなっていない。
 はっきりいって何ひとつ負ける要素が見当たらないくらい万全に準備を整えていた。……だからこそ何かあらが無いか探しちゃうんだよね。鍵を閉め忘れてないか不安になる心理と同じだ。
 上手くいっている時ってどうしてこんなにも不安になるのだろう。
 そしてその不安は的中……しなかった。

 作戦はまず夜が明ける寸前に包囲してから矢による奇襲を仕掛け、外周に篝火を焚いて威圧し、逃げ場をなくす。
 敵の群れが混乱しても決して突っ込まない。整然と包囲の輪を狭めていく。計画性のある行動をさせれば蟻は無類の力を発揮する。
 そして致命傷になったのが辛生姜だ。辛生姜の魔法である<硬化解除>は蜘蛛の魔法を優先順位の関係で寄せ付けない。蜘蛛はとにかく糸が使えない状況に陥ると発狂に近いほど動揺する、もしくは茫然自失する。
 魔物は魔法を一種類しか使えないから相性が悪いと途轍もなく不利になる。以前も思ったことだけど改めてそう認識した。
 群れであるがゆえにパニックは伝染し、恐慌に陥った群れは立て直しようがなかった。

「あっさり勝てそうだな」
 思わず拍子抜けしてしまう。準備すれば有利に進められるのはよくわかっていたつもりだけど、いつもならここで何か予想外のトラブルでも起きるはずだけど……なにも起きない。
 あれ? まじで? オレなんか見落としてない?
 いかんいかん。これはちゃんと準備できた結果。弱気になりすぎてもいけない。もうちょっと動員する兵隊を少なくしてもよかったかもしれないけど、確実に勝つためだ。必要経費を渋ってはいけない。
 敵の数はもう百を下回っている。そろそろ頃合いかな。
「あー、あー。ただいまテレパシーのテスト中。シイネルの信徒ども。聞こえているか?」
 敵の蜘蛛にのんびり話しかける。ああ余裕があるって素敵。向こうはそれどころじゃないよな。今まさに矢を撃ち込まれているんだし。
「聞こえておる! 貴様ら何故こんなことをする!」」
「こんなこと? 何のことだ?」
「この飛び道具だ! 何故我らを攻撃する!」
「ただの反撃だけど」
「ふざけるな!」
「ふざけるなだと? お前らはオレの部下を殺したんだぞ? 報復されてもしょうがないだろう? ああいやオレは報復っていうよりあれだ、集団的自衛権の行使みたいなもんだ。ドードーは力が無いからオレが代わりに攻撃するそれだけだ」
 オレの民であるドードーの安全を確保するのはオレの義務の一つだろう。その義務を果たすためなら少々の苦労もやむなし。
「あれはシイネルを非難した不逞の輩を誅したにすぎん!」
 やれやれ自分の行為を正当化することに関して宗教は実に都合のよい言い訳だな。少し想像力があればやられたらやり返されるってことくらいわかるだろうに。
「話が通じてないのか? オレ自身は別にシレーナもシイネルも信仰しちゃいないし、ましてやドードーに何の非がある?」
「あのシレーナとかいうとんまな信者の味方であれば致し方なし!」
 おっと千尋さん殺意飛ばさないで。今久しぶりに交渉らしくなってるから!
「そうはいってもだな。お前だって味方が攻撃されたら守るだろ? それと一緒だよ」
「我らは攻撃してもよいというのか!?」
「うん」
 即答すると絶句された。当たり前のこと言ってるだけなんだけどなあ。やられたらやり返す。お互いに共通したルールがないから原始的すぎる判断基準に頼るしかない。
 このままだとオレの真意をくみ取ってくれそうにないのでこっちから水を向けよう。
「攻撃をやめて欲しいのか?」
「無論だ! この巣には妾達の子供もおる!」
 あー。子供を殺すのはあまり気分が良くないなあ。親の罪を子供に問うわけにはいかない。
「なら、お前たちが味方になってくれないか?」
「貴様らの軍門にな「寧々。攻撃続行」
 ひっ。
 しゃっくりのような小さな悲鳴を感じる。どうやら葛藤しているぞ。いい傾向だ。
「貴様らの軍門に降るということはシレーナを信仰せよ、ということか?」
「いいや。それでもシイネルは捨ててもらう。それができて、ちゃんと働くなら三食は保証するぞ」
 蜘蛛の生態は大体わかっている。今のオレたちなら百や二百の蜘蛛を養うことはできる。
 蜘蛛は未だに煩悶している。こいつらにとってシイネルは譲れないほど大事な宗教のようだ。しかし、ここで選択を誤れば群れは全滅する。自分一人ならともかく、子供まで殺されるのは耐えがたいのかもしれない。生き恥をさらすくらいなら特攻するかと思っていたけどそうでもないらしい。
 矢が降り注ぐ。蜘蛛の狂騒は激しさを増し、それが冷静な判断力を奪っていく。心の天秤は傾き始めているに違いない。
(寧々、黙っとけよ)
 こっそり寧々にテレパシーを飛ばす。
 ここが押しどころだ。
「やむを得ないなあ。寧々。いっそのことあれを使った方がいいかもしれないなあ」
 もちろんあれなんかない。ただのはったりだ。テレパシーだと嘘は難しいけど、思わせぶりなセリフくらいは言えるし、相手がここまで動揺してくれていたら通じるかもしれない。
「な、なんじゃそれは!?」
 ここはあえての無言。その方が不安を煽ってくれるに違いない。
 しばらく葛藤を続けていたシイネルの信徒とやらはからっからの雑巾から絞り出した水のようにか細い声を出した。
「わ……わかった。シイネルを……捨て……お前の軍門に降る」
 ぽっきーん。他人の心が折れる音が聞こえるぞ!
「ようこそオレの国へ。歓迎するよ、心から」
 嘘ではない。
 労働力が増えるのは本当にうれしい。これからよろしくな!
 オレがこんなに脅迫……もとい交渉を上手く終えたのはいつ以来だろう。……もしかして初めてか? んー、集団をゲットしたのは初めてかも。……三年目でようやくか。長かったなー。
 後はこいつらをどう取り込むかだけど……こんなに上手くいくと思ってなかったからノープランなんだよね。どうしよ。力で無理矢理屈服させただけだからなあ。いかん、面倒ごとを自分から抱え込んじゃったか……? うーん、やっぱり後腐れなく皆殺しにしておいた方がよかったか? まあ、なるようにしかなんないかな。
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