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第三章
135 どこへいくのですか
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ねんねこねんねこカナリヤがー……あーそう言えばオレも偶に子守唄が頭の中にリフレインすることがあるなー。あれなんなのかなー。
ふう。
はー。
って、何現実逃避しとんねん!
いやいや、でもあれ、さっきの叫びはまさか寝言とあくびか!? 今までの攻撃は寝返りみたいなものか!?
確かに明確にこっちに対して攻撃したことはなかった気がするけど……寝ぼけながらあれなのか? 本気で戦ったらどんだけ強いんだよハイギョ。
しかし寝ぼけているだけならたたき起こせばいい。そしてレッツ交渉! もしもこいつが味方になったらまじでラーテルにさえ勝てるかもしれないぞ!
「おはようございます! 雨が降っていますね! ご機嫌いかが「くか――――」寝るなああああ!」
人が話している最中に寝てはいけないと習わなかったのか!? 習っていないんでしょうねえ! (ノリツッコミ)
小学校の時の校長先生、話長い時うつらうつらしてごめんなさい! 実際に話してる側からするとむかつくんですね! こんな異世界にまで来てあなたのお気持ちが理解できるようになるとは思いませんでした!
「おいこら起きろ! お前は美しいかどうかはともかくとしてでかいだろ!」
我ながら何言ってんのかわからないけどさっさと起きろ!
「むにゃむにゃうーん後ちょっとだけ」
「定番のセリフを言ってんじゃねえ! しかも爺さんボイスで小学生みたいなことを言い出すな!」
どうして魔物ってのは言動と声が一致していない奴が多いんだ!
ふーふー。
よし落ち着いた。
どうするべきかなこいつ。攻撃を加えるわけにはいかない。こっちを敵として認識して本気になられたらまずい。
こいつの魔法はオレたちとかなり相性が悪い。弓は効果が薄い。しかも泥だから燃えないし、糸にもくっつきづらい。有効そうなのは大型の投石機か、ドードーの<オートカウンター>ぐらいか。あれの強い所は防御を無視できるところにある。
しかしあれほどの大型の魔物を一撃で倒すには何匹のドードーが必要かは想像できない。投石機を用意するには時間が足りなすぎる。
いっそのこと放置したいけど……もしもこっちに来たらオレの身が危ない。てゆうかあんなもん走っただけで畑に被害が出過ぎる。何でこんなはた迷惑な奴がこんなところで寝てるんだよ! もうちょっと川の近くで……いやそれとももしかしたら以前には休眠していた辺りに川があったのか? 自然の川なんかはちょっとした理由で流れが変わることもあるはず……あ。
何も難しく考える必要はない。こいつには川に帰ってもらえばいいだけだ。それで万事無事に解決する。 後はどうやって川に誘導するかだ。
泥でぬかるんだ道を蟻や他の魔物達が列をなして走る。
雨具である蓑合羽はこんな時によく役に立ってくれる。というか事実上唯一の衣服だからな。もうちょっと服について真面目に考えた方がいいよなあ。
それより先に道路かもな。ぬかるんでいるとやはり足をとられて危ないし、疲れる。こんな時舗装された道なら迅速かつ効率的に移動できる。
ハイギョの目の前にようやく食料をもった一団が到着した。
ハイギョが何を食べるのかよくわからないのでありったけの食料をハイギョの目の前に突き出してみる。
「もしもしハイギョ。これ食うか?」
「ぐう」
……無反応。ダメか。
動物だから何かを食べないとダメなはずだけど……ハイギョって小型の昆虫とか蛙を食べるんだっけ。後は小型の甲殻類……海老も食べるかも。あいつだと寄生虫があるからそんなに食いつかないか? いやでも寝ぼけていれば間違って食べるかな?
「海老の女王。聞こえてるか?」
「何の用ですか」
「部下にハイギョに近づかせてくれ」
「お断りします。ワタクシの子に危険を冒せというのですか?」
女王海老にとっては群れの一員は血がつながっていなくても子供という認識らしく、なるべく危険にさらしたがらない。慈悲深いと言えなくもない。この辺が犠牲をいとわない蜘蛛やドードーとの違いかな。
「あれを放置しておくともっと被害が出るんだよ」
「……具体的には?」
割と素直。ありがたい。
「泥が作物にかかるとだめになって冬を越せないかもしれない。もしかしたら蟻や蜘蛛にも被害が出るかもな」
「……そのために一人危険を冒すものが必要だと?」
「イエス」
「……いいでしょう。ワタクシの子らのためです。しかしできうる限り危険がないようにしなさい」
「ありがとう。一つ質問していいか?」
「何です?」
「お前にとって子供って誰のことだ?」
「無論この群れ全てです」
今まで少し勘違いしてたようだけど、どうも海老にとって海老を”子供”と扱うのではなく、群れの一員であれば誰でも我が子として扱うようだ。
つまり、海老以外の魔物も群れの一員として認めている。ある意味器がでかいな。しかしいい感じだ。少なくとも他の魔物を攻撃対象だと認識していないのはありがたい。前線指揮官向きではないけど後方で労働者の管理をするならありかもしれない。
あれ? それってもしかしてオレも海老の子供だと認識されてる? それは何ともなあ。いやまあオレに対しては結構当たりがきついからオレは例外なのか?
なんにせよ母親なんて今更いらんよ。……まあ、千児以上の母、または祖母であるオレが言うのもなんだけどな。
では海老をハイギョの正面に立たせてみよう。
……しかし何も起こらなかった。やっぱり攻撃を加えるしかないかあ? 反撃が怖いけど……ん? ちょっと待てよ。こいつそもそもどうやって泥を纏った状態でどうやって獲物を見つけたりするんだ? 普段は解除するのか? それだと獲物を探す時が一番無防備になるな。
落ち着いてこいつの体を観察してみよう。
泥に覆われて鼻や目が出ているようには思えない。どこかに空気を取り入れるような穴もない。ハイギョは長時間呼吸せずに水中に留まれるらしいから必要ないんだろう。さっきあくびもしたしな。
したがって匂いや光には反応しない。魔法は魔物につき一種類の法則から探知能力を持っている可能性もまた低い。
「じゃあ、音、いや振動か?」
音とは空気の振動だ。このハイギョの場合水中と地上を行き来できるから、水中、空気中、地面、泥中の振動を全て感じ取れたとしたら、かなり有効に立ち回れるはずだ。
「よし! じゃあお前ら歌ったり踊ったりしろ! あと地面をバンバン叩いたりしろ!」
「「「了解」」」
蟻、海老、蜘蛛雑多な魔物たちが踊り狂い歌いまわる。
てかお前ら踊りってわかんのか!? ……まじでおどってるよ!
逆立ちをした蟻、糸で宙に浮かぶ蜘蛛。サーカスかよ! お前ら器用だな!
海老に至ってはあーあれだ。宴会芸で扇子から水だす奴。あんな感じでハサミから水だしてる。
もはやサバトかなんかじゃねえか。
ごめんやっぱりキモイ。
そのやかましさにつられたのかハイギョの泥が震えだした。
「うるさいなあ。もうちょっと静かにしろ――――! ……ぐう」
まだ寝ぼけているようだけど、ようやく山が動いた。
「よし、逃げろ!」
さあ、命懸けの鬼ごっこの始まりだ!
泥が蠢き迫る。
決壊した堤防からあふれた土石流のように森を呑み込む。
「正面に立つな! 追い付かれそうになったら距離のある奴が大声で引き寄せろ!」
茶色い奔流は止まらない。一度でもあれに捕まれば脱出できるとは思えない。必死で走り抜けるしかない。
「どこだ――? ここはどこ、お前はだれ?」
徘徊老人か! 何でこんな奴に苦労させられなきゃいけないんだよ! あーもうめんどくさい!
間抜けなセリフとは裏腹にやることはえげつない。巨体を生かした体当たり、泥を飛ばして拘束。
派手じゃないけどどれもこれも大軍を相手に必殺できるほどの威力だ。
それでも被害が出ていないのは命中率が低い、というか相手に明確な殺意がないせいだ。こいつまじで寝ぼけているだけだ。
広い場所に出ずに木々が茂る森を走っているのも大きい。巨体ではやはり森は障害物が多すぎる。
しかし、それはここまで。川まで数百メートルほど、何も障害物はなく、草が多少生い茂るだけ。
「ここからは選手交代だ。ドードー! 蟻ジャドラムの用意は!?」
「前進せよ。いかなる困難が待ち受けていようとも」
今までハイギョを引き付けていた連中が一斉に息をひそめて茂みに隠れる。
それに代わって大岩が平地を転がる。言うまでもなくドードーと辛生姜の魔法コンボで転がせた岩だ。吸い寄せられるようにハイギョはそこへ向かっていく。
だが、明らかにさっきよりも速い。
「いい加減目を覚ましてきたか!? 気張れよドードー!」
川まで後三十m……しかしそこで泥を弾のように撃ち出した! 岩に泥が纏わりつきその速度は徐々に遅くなり――――バクりと大岩にかじりついた。
当然だが忌々しそうに岩を吐き出す。ぐるりと辺りを見回す。自分を嵌めた相手を探すように。
(あ、やべ)
ハイギョがその体を今まさに走らせようとしていたその時、川に大きな水柱が立った。
今までの動きが児戯に感じるほどの速さで猛然と川に突っ込み水面を大きくうねらせた後、やがて静かに下流へと波が下っていった。
ハイギョはあの大きさだと川でも狭すぎるから、海か大きな湖に移動するんだろうな。回遊魚みたいなもんか? この世界の海、かなりの魔境だろうな。
あれ、もしもハイギョが湖やら海辺で暴れたらオレのせい? ……流石にそこまでは面倒見切れんて。運が悪かったと思って諦めてくれ。生存競争は厳しいのだ。
「はあ。助かったよ、千尋」
「う~ん。みんなが無事でよかったよ~」
千尋は戦闘が始まっていることを聞きつけると、速攻で駆けつけたらしい。雨や風にも負けないその行動力は驚嘆に値する。……でもな。
「お前何喰ってんの?」
「道に落ちてたお肉だよ~」
ハイギョに運んでる途中に落ちたのか。道に落ちた食べ物を食べるってどうなのよ。雨に濡れたから食べるしかないのはわかるけどさ。
今回被害なしで乗り切れたのは千尋が良いタイミングで適切な行動をとってくれたからだから強く言うことはできないな。
しっかし、強いなハイギョ。オレの知らない強敵がまだまだこの世界にはいるのか? やっぱりオレの身の安全を守るためにはまだまだ戦力が必要だ。
ハイギョとは会話できていたからもし味方につければかなりの戦力になったはずだけど……現実は甘くないか。水中だとテレパシーが届かないから不便だし、水棲魔物を味方につけるのは難しいな。
それにあいつはちょっと強すぎる。強い奴が味方になるのはいいことだ。ただしそいつが絶対に裏切らないなら。蟻のように無条件で忠誠を誓ってくれるわけじゃない。味方になれば少なからず情報を渡すことになる。その情報を基にオレを攻撃しないとは限らない。せめて蟻だけで抑え込めるくらいの強さじゃないとダメだ。
あー、あれだ。小説でよくある奴。戦時中に活躍した将軍を王様が追放する話。オレあれの気持ちがわかるよ。
ただし王様の気持ちだけどな!
よく考えろよ。わけわかんないくらい強い奴が味方にいるんだぜ? しかもそいつは自分よりも人気も実力もある。ただし立場は自分が上。
何とかして排除するだろ普通。怖いじゃん。安心できないだろ。反旗を翻されたらそれで人生終了だ。さくっと謀殺しますわそりゃ。
まあそれだとオレ確実に復活した将軍にぶっ殺されるフラグだけどな!
正直な話突出した力、つまりはヒーローみたいなやつがいたら権力者なんて安心して眠れない。少なくともオレはそうだ。
それならクワイの上層部はどう思ってるんだろうか。文字通りヒーローみたいなあの銀髪のことを。あれだけ突出した力を見て見ぬふりはできないだろう。
麗しいお姫様として扱うだろうか。ただ単に兵器として利用するだろうか。あるいは……疎んじているんじゃないか?
そしてもしも銀髪が源のヨッシーみたいに戦場では天才だけど政治感覚はゼロならどうだろうか。
案外あの銀髪を倒すカギはオレではなく敵が握っているのかもしれない。
ただ残念なことにクワイは裏切り者を出さないことに関してのノウハウはオレの五百倍はある。そもそもオレ政治とか謀略とか苦手だしな。その辺に強い味方がどっかに落ちてねえかなあ。ないよなあ。
ふう。
はー。
って、何現実逃避しとんねん!
いやいや、でもあれ、さっきの叫びはまさか寝言とあくびか!? 今までの攻撃は寝返りみたいなものか!?
確かに明確にこっちに対して攻撃したことはなかった気がするけど……寝ぼけながらあれなのか? 本気で戦ったらどんだけ強いんだよハイギョ。
しかし寝ぼけているだけならたたき起こせばいい。そしてレッツ交渉! もしもこいつが味方になったらまじでラーテルにさえ勝てるかもしれないぞ!
「おはようございます! 雨が降っていますね! ご機嫌いかが「くか――――」寝るなああああ!」
人が話している最中に寝てはいけないと習わなかったのか!? 習っていないんでしょうねえ! (ノリツッコミ)
小学校の時の校長先生、話長い時うつらうつらしてごめんなさい! 実際に話してる側からするとむかつくんですね! こんな異世界にまで来てあなたのお気持ちが理解できるようになるとは思いませんでした!
「おいこら起きろ! お前は美しいかどうかはともかくとしてでかいだろ!」
我ながら何言ってんのかわからないけどさっさと起きろ!
「むにゃむにゃうーん後ちょっとだけ」
「定番のセリフを言ってんじゃねえ! しかも爺さんボイスで小学生みたいなことを言い出すな!」
どうして魔物ってのは言動と声が一致していない奴が多いんだ!
ふーふー。
よし落ち着いた。
どうするべきかなこいつ。攻撃を加えるわけにはいかない。こっちを敵として認識して本気になられたらまずい。
こいつの魔法はオレたちとかなり相性が悪い。弓は効果が薄い。しかも泥だから燃えないし、糸にもくっつきづらい。有効そうなのは大型の投石機か、ドードーの<オートカウンター>ぐらいか。あれの強い所は防御を無視できるところにある。
しかしあれほどの大型の魔物を一撃で倒すには何匹のドードーが必要かは想像できない。投石機を用意するには時間が足りなすぎる。
いっそのこと放置したいけど……もしもこっちに来たらオレの身が危ない。てゆうかあんなもん走っただけで畑に被害が出過ぎる。何でこんなはた迷惑な奴がこんなところで寝てるんだよ! もうちょっと川の近くで……いやそれとももしかしたら以前には休眠していた辺りに川があったのか? 自然の川なんかはちょっとした理由で流れが変わることもあるはず……あ。
何も難しく考える必要はない。こいつには川に帰ってもらえばいいだけだ。それで万事無事に解決する。 後はどうやって川に誘導するかだ。
泥でぬかるんだ道を蟻や他の魔物達が列をなして走る。
雨具である蓑合羽はこんな時によく役に立ってくれる。というか事実上唯一の衣服だからな。もうちょっと服について真面目に考えた方がいいよなあ。
それより先に道路かもな。ぬかるんでいるとやはり足をとられて危ないし、疲れる。こんな時舗装された道なら迅速かつ効率的に移動できる。
ハイギョの目の前にようやく食料をもった一団が到着した。
ハイギョが何を食べるのかよくわからないのでありったけの食料をハイギョの目の前に突き出してみる。
「もしもしハイギョ。これ食うか?」
「ぐう」
……無反応。ダメか。
動物だから何かを食べないとダメなはずだけど……ハイギョって小型の昆虫とか蛙を食べるんだっけ。後は小型の甲殻類……海老も食べるかも。あいつだと寄生虫があるからそんなに食いつかないか? いやでも寝ぼけていれば間違って食べるかな?
「海老の女王。聞こえてるか?」
「何の用ですか」
「部下にハイギョに近づかせてくれ」
「お断りします。ワタクシの子に危険を冒せというのですか?」
女王海老にとっては群れの一員は血がつながっていなくても子供という認識らしく、なるべく危険にさらしたがらない。慈悲深いと言えなくもない。この辺が犠牲をいとわない蜘蛛やドードーとの違いかな。
「あれを放置しておくともっと被害が出るんだよ」
「……具体的には?」
割と素直。ありがたい。
「泥が作物にかかるとだめになって冬を越せないかもしれない。もしかしたら蟻や蜘蛛にも被害が出るかもな」
「……そのために一人危険を冒すものが必要だと?」
「イエス」
「……いいでしょう。ワタクシの子らのためです。しかしできうる限り危険がないようにしなさい」
「ありがとう。一つ質問していいか?」
「何です?」
「お前にとって子供って誰のことだ?」
「無論この群れ全てです」
今まで少し勘違いしてたようだけど、どうも海老にとって海老を”子供”と扱うのではなく、群れの一員であれば誰でも我が子として扱うようだ。
つまり、海老以外の魔物も群れの一員として認めている。ある意味器がでかいな。しかしいい感じだ。少なくとも他の魔物を攻撃対象だと認識していないのはありがたい。前線指揮官向きではないけど後方で労働者の管理をするならありかもしれない。
あれ? それってもしかしてオレも海老の子供だと認識されてる? それは何ともなあ。いやまあオレに対しては結構当たりがきついからオレは例外なのか?
なんにせよ母親なんて今更いらんよ。……まあ、千児以上の母、または祖母であるオレが言うのもなんだけどな。
では海老をハイギョの正面に立たせてみよう。
……しかし何も起こらなかった。やっぱり攻撃を加えるしかないかあ? 反撃が怖いけど……ん? ちょっと待てよ。こいつそもそもどうやって泥を纏った状態でどうやって獲物を見つけたりするんだ? 普段は解除するのか? それだと獲物を探す時が一番無防備になるな。
落ち着いてこいつの体を観察してみよう。
泥に覆われて鼻や目が出ているようには思えない。どこかに空気を取り入れるような穴もない。ハイギョは長時間呼吸せずに水中に留まれるらしいから必要ないんだろう。さっきあくびもしたしな。
したがって匂いや光には反応しない。魔法は魔物につき一種類の法則から探知能力を持っている可能性もまた低い。
「じゃあ、音、いや振動か?」
音とは空気の振動だ。このハイギョの場合水中と地上を行き来できるから、水中、空気中、地面、泥中の振動を全て感じ取れたとしたら、かなり有効に立ち回れるはずだ。
「よし! じゃあお前ら歌ったり踊ったりしろ! あと地面をバンバン叩いたりしろ!」
「「「了解」」」
蟻、海老、蜘蛛雑多な魔物たちが踊り狂い歌いまわる。
てかお前ら踊りってわかんのか!? ……まじでおどってるよ!
逆立ちをした蟻、糸で宙に浮かぶ蜘蛛。サーカスかよ! お前ら器用だな!
海老に至ってはあーあれだ。宴会芸で扇子から水だす奴。あんな感じでハサミから水だしてる。
もはやサバトかなんかじゃねえか。
ごめんやっぱりキモイ。
そのやかましさにつられたのかハイギョの泥が震えだした。
「うるさいなあ。もうちょっと静かにしろ――――! ……ぐう」
まだ寝ぼけているようだけど、ようやく山が動いた。
「よし、逃げろ!」
さあ、命懸けの鬼ごっこの始まりだ!
泥が蠢き迫る。
決壊した堤防からあふれた土石流のように森を呑み込む。
「正面に立つな! 追い付かれそうになったら距離のある奴が大声で引き寄せろ!」
茶色い奔流は止まらない。一度でもあれに捕まれば脱出できるとは思えない。必死で走り抜けるしかない。
「どこだ――? ここはどこ、お前はだれ?」
徘徊老人か! 何でこんな奴に苦労させられなきゃいけないんだよ! あーもうめんどくさい!
間抜けなセリフとは裏腹にやることはえげつない。巨体を生かした体当たり、泥を飛ばして拘束。
派手じゃないけどどれもこれも大軍を相手に必殺できるほどの威力だ。
それでも被害が出ていないのは命中率が低い、というか相手に明確な殺意がないせいだ。こいつまじで寝ぼけているだけだ。
広い場所に出ずに木々が茂る森を走っているのも大きい。巨体ではやはり森は障害物が多すぎる。
しかし、それはここまで。川まで数百メートルほど、何も障害物はなく、草が多少生い茂るだけ。
「ここからは選手交代だ。ドードー! 蟻ジャドラムの用意は!?」
「前進せよ。いかなる困難が待ち受けていようとも」
今までハイギョを引き付けていた連中が一斉に息をひそめて茂みに隠れる。
それに代わって大岩が平地を転がる。言うまでもなくドードーと辛生姜の魔法コンボで転がせた岩だ。吸い寄せられるようにハイギョはそこへ向かっていく。
だが、明らかにさっきよりも速い。
「いい加減目を覚ましてきたか!? 気張れよドードー!」
川まで後三十m……しかしそこで泥を弾のように撃ち出した! 岩に泥が纏わりつきその速度は徐々に遅くなり――――バクりと大岩にかじりついた。
当然だが忌々しそうに岩を吐き出す。ぐるりと辺りを見回す。自分を嵌めた相手を探すように。
(あ、やべ)
ハイギョがその体を今まさに走らせようとしていたその時、川に大きな水柱が立った。
今までの動きが児戯に感じるほどの速さで猛然と川に突っ込み水面を大きくうねらせた後、やがて静かに下流へと波が下っていった。
ハイギョはあの大きさだと川でも狭すぎるから、海か大きな湖に移動するんだろうな。回遊魚みたいなもんか? この世界の海、かなりの魔境だろうな。
あれ、もしもハイギョが湖やら海辺で暴れたらオレのせい? ……流石にそこまでは面倒見切れんて。運が悪かったと思って諦めてくれ。生存競争は厳しいのだ。
「はあ。助かったよ、千尋」
「う~ん。みんなが無事でよかったよ~」
千尋は戦闘が始まっていることを聞きつけると、速攻で駆けつけたらしい。雨や風にも負けないその行動力は驚嘆に値する。……でもな。
「お前何喰ってんの?」
「道に落ちてたお肉だよ~」
ハイギョに運んでる途中に落ちたのか。道に落ちた食べ物を食べるってどうなのよ。雨に濡れたから食べるしかないのはわかるけどさ。
今回被害なしで乗り切れたのは千尋が良いタイミングで適切な行動をとってくれたからだから強く言うことはできないな。
しっかし、強いなハイギョ。オレの知らない強敵がまだまだこの世界にはいるのか? やっぱりオレの身の安全を守るためにはまだまだ戦力が必要だ。
ハイギョとは会話できていたからもし味方につければかなりの戦力になったはずだけど……現実は甘くないか。水中だとテレパシーが届かないから不便だし、水棲魔物を味方につけるのは難しいな。
それにあいつはちょっと強すぎる。強い奴が味方になるのはいいことだ。ただしそいつが絶対に裏切らないなら。蟻のように無条件で忠誠を誓ってくれるわけじゃない。味方になれば少なからず情報を渡すことになる。その情報を基にオレを攻撃しないとは限らない。せめて蟻だけで抑え込めるくらいの強さじゃないとダメだ。
あー、あれだ。小説でよくある奴。戦時中に活躍した将軍を王様が追放する話。オレあれの気持ちがわかるよ。
ただし王様の気持ちだけどな!
よく考えろよ。わけわかんないくらい強い奴が味方にいるんだぜ? しかもそいつは自分よりも人気も実力もある。ただし立場は自分が上。
何とかして排除するだろ普通。怖いじゃん。安心できないだろ。反旗を翻されたらそれで人生終了だ。さくっと謀殺しますわそりゃ。
まあそれだとオレ確実に復活した将軍にぶっ殺されるフラグだけどな!
正直な話突出した力、つまりはヒーローみたいなやつがいたら権力者なんて安心して眠れない。少なくともオレはそうだ。
それならクワイの上層部はどう思ってるんだろうか。文字通りヒーローみたいなあの銀髪のことを。あれだけ突出した力を見て見ぬふりはできないだろう。
麗しいお姫様として扱うだろうか。ただ単に兵器として利用するだろうか。あるいは……疎んじているんじゃないか?
そしてもしも銀髪が源のヨッシーみたいに戦場では天才だけど政治感覚はゼロならどうだろうか。
案外あの銀髪を倒すカギはオレではなく敵が握っているのかもしれない。
ただ残念なことにクワイは裏切り者を出さないことに関してのノウハウはオレの五百倍はある。そもそもオレ政治とか謀略とか苦手だしな。その辺に強い味方がどっかに落ちてねえかなあ。ないよなあ。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
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シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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