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第二章
106 全てを白日のもとへ
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時刻は昼。どうもトカゲたちは昼行性で、動き出した後の行動は迅速だった。十数匹を巣に残すと他は全てサクランボの村に向かって進軍を始めた。
いっそ残ったトカゲたちを殲滅してもよかったけど、問題は一つずつ解決していこう。
今回の作戦は……あるけど、基本は数の暴力と飛び道具の力でごり押しする。
人手があるって素晴らしい。あんまりこっちの兵器を見せすぎるとマッチポンプが上手くいかなかった時手の内を晒すことになるから注意しないと。
だから作戦に直接参加するのは蟻だけ。蜘蛛は後詰として待機させておく。さて、どうなるかな。
ヒトモドキとトカゲとの戦いはほぼ一方的だった。数ならともかくサイズが違う。でかい=強い。その基本法則は有効だ。おそらくヒトモドキ十人にたいしてトカゲ一匹でも十分おつりがくるだろう。
兵は神速を貴ぶというセオリー通りの戦い方で一気に村の中心まで攻めるつもりのようだった。意外だったのは村の畑で働いている海老やゴブリンを完全に無視していることか。
ただ食料を確保するのではなく、この村の全てを手に入れるにはまずヒトモドキを全滅させないといけないと理解しているようだ。海老やゴブリンは自分たちの身を守ろうとはしているけど、村を守ろうとする素振りさえ見せないので村そのものには思い入れが無いのかもしれない。
言い換えれば説得チャンスありだな。ぐへへへ。おっと、リーダーはそんな顔しちゃいけない。
流石にヒトモドキも窮地であることを理解したのか、固まって行動しだした。特に聖職者らしき女性が檄を飛ばし、石造りの建物へと誘導している。
三匹の子豚みたいな展開になってきたな。このまま押し切られるか、それとも子豚よろしくトカゲを罠にかけるか。このまま見ててもいいけど、そろそろオレたちの出番だな。
今生きているおおよその村人が頑丈そうな建物へと避難し終えたところで戦闘行動開始。
この村は上から見ると長方形になっており、東西に細長く、村人は中心に避難している。
そしてトカゲたちは木々に身を隠すために南側から侵入してきた。だからオレたちはトカゲのいない北側に身をひそめ機を窺い、準備は整った。
「小春」
ごちゃごちゃとした指示を飛ばす必要はない。ただ名前を呼ぶだけで意図は伝わる。
「弓を撃て」
いつもながらほれぼれとする一斉射撃。今にもヒトモドキが固まっている建物に攻め入ろうとしていたトカゲに不意を撃った。何匹かは気付いていたようだけど集団はそんな簡単に向きを変えられない。
バタバタと倒れていくトカゲ。オレが動員できる蟻の半数以上を戦力としてそちらに送り込んでいるので、数は余っているほどだ。
いや、さらに恐ろしいのはそれだけの兵隊の六割ほどに弓矢を供給できる蟻の産業力かな。大きくなったもんだ。
やられてばかりいるわけにもいかないトカゲは全員で突進してくる。
多分こいつらはオレが取り逃がした連中だな。弓矢に対しては距離を潰すべきだとわかってる。
しかし、オレが対策の対策を練っているとは予想できなかったようだな。
「ふぁらんくす部隊前に出て」
小春が予定通りに兵隊を前進させる。
石の鎧に取り付け型の長槍を背中にしょっており、両手には盾を装備してある。完全防備のファランクス部隊。
おおよそ30m、そこからでは弓兵にトカゲの魔法が届かない距離まで前進させ、壁のように、長槍を突き出す。
こいつらは完全に弓隊を守る壁だ。<影縫い>は優秀な魔法だけど、そもそも動く必要がない相手に対しては何ら影響を与えない。ファランクスの壁に手をこまねいているうちに弓隊が次々にトカゲを撃ち殺していく。
石槍衾に突っ込めるほどの防御力はトカゲにはない。ここでやつらがこの陣形を破る方法は一つ。全員でファランクスを迂回して弓隊を攻撃することだ。
ただしそれをするには全力疾走しても息切れしない体力とその間の攻撃に耐えきる防御力、何より一糸乱れない統率力が必要になる。ありがたいことに、トカゲにそこまでの力はなかったらしい。
トカゲの誰かが一声吠えると一目散に撤退、いや敗走していった。残りはねぐらにいる奴も併せて十数匹ってとこか。
さあそれでは楽しい楽しいマッチポンプのお時……ん? 建物からヒトモドキが出てきた? 何やら血相を変えて、他の奴らの制止を振り切ってこちらに向かってくる。
しかも何やら叫んでるみたいだけど……なんだありゃ? 何言ってるかわかんねえよ。テレパシー使えよ。
しかも一人で突っ込んでるし……馬鹿なのか? 死にたいのか? やっぱりあれか? 魔物殺すべし戦闘民族なのか?
うーん。目の前で殺したらもう交渉とか無理だよな。いや、逆にこいつを説得できれば一気に進展するかもしれない。あ、テレパシー使ってないんだった。どうしよっかな。
「とりあえず捕獲」
必死の形相で迫る聖職者らしき女性にわらわらと働き蟻が群がり始める。
この女性にだけこっそりテレパシーで話しかけてみる。いや、話しかけさせる。
「我々は攻撃するつもりはありません。我々は味方で、」
あ、言い終わる前に大暴れし始めた。<剣>で切りつけ<弾>を撃ちまくり迷惑この上ない。大人しくなってもらおう。
「首をきゅっと絞めろ。殺すなよ?」
暴れまわる女を押さえつけつつ、首を絞めるのは難行だったけど、数の暴力で解決。いやホントめんどくさいなこいつ。これからこれを説得しなきゃいけないのか。……先が思いやられる。
どうやらこいつを取り戻そうとする様子はない。なら今のうちに巣に運ぶか。ここで説得してもいいけど食べ物とかで懐柔するならその方がいいかな。
それじゃあ何人かの蟻にヒトモドキを見張らせながら追撃戦に移行しようか。
追撃が上手くいけばこちらでもトカゲを捕獲するつもりだ。トカゲを上手く飼いならせば良い騎兵になってくれるはずだ。単純な速度だけじゃない。トカゲの地平走破能力は城壁や崖をものともしないだろう。
これからどんな敵が待ち受けているかはわからない以上、少しでも戦術の多様性がいる。ただ強いだけよりも手持ちの札を増やしたい。
しかしトカゲは二度もオレたちと戦ったから、素直にオレたちに従うとは思えない。千尋なんかはトカゲを味方にすることにかなり難色を示していたから、味方側にも抵抗が強い。
だから、完全に潰す。徹底的に反抗する気が無い。そう敵味方全てに見せつけることで無理矢理納得させる。
強引だからもしかすると反発もあるかもしれないけど、何事もトライ&エラーだ。
生き残ったトカゲはやはり、ねぐらに戻り、別の場所に移動するようだ。まったくもって予想通りの展開。
トカゲのねぐら近辺には連絡用の蟻と追跡役の蜘蛛が配置してある。逃げ場はないぞ?
そしてトカゲたちはぼろい工場と呼ぶには小さく、小屋と呼ぶには大きい家。までたどり着いた。……ん?
この世界では今まであまり単独の家屋を見たことがない。理由は多分魔物が強いせいで単独行動していれば襲われるからだと思っていたけど……この家は明らかに浮いた場所にぽつんと建っている。
よく見ると、これはヒトモドキが使っている家じゃないとわかる。
明らかに扉や家全体が大きい。ジャックと豆の木に出てくる巨人が住んでそうだ。普通の人間ならここまで大きな家を建てるはずはない。つまり、ここに住んでいるのはヒトモドキじゃない。
小屋から現れたのは海老だった。のそり、と今にも襲いかかりそうなトカゲと睨みあう。
トカゲの<影縫い>は硬い相手には使いづらく、海老との相性は悪い。
だからこそ襲いかかることに躊躇ってしまったのか、結果的にオレたちが追い付く時間を作ってしまった。
またも降り注ぐ矢の雨。尾行されていることに無警戒だったらしい。焦ったり、落ち込んだりしているとそんな初歩的なことでさえ忘れてしまうようだ。
ぐるり、とトカゲを取り囲む。木の陰に隠れてトカゲからは群れ全体が見えないようにする。
実はこの時トカゲを取り囲んでいる蟻の群れは多くなかった。もしもトカゲが遮二無二突撃してきたら恐らく突破されていただろう。しかし手痛い敗北を喫した直後にそんな積極策には出てこないだろうという読みだ。
その予想は正しく、トカゲは身を寄せ合って威嚇するばかりだった。
では交渉タイムだ。最近負けが多いから取り戻したいな。
「聞こえるか?」
「キコエテイル」
トカゲとは会話はできるけどちょっと片言に聞こえてしまう。
「お前らはオレの下で働くつもりはあるか?」
「コトワル」
前にもあったなこんな会話。
「何だってお前らはオレの勧誘を断るんだ? 誰かに従うくらいなら死んだ方がましってか?」
「チガウナ。オマエラデハクイモノをヨウイデキナイ」
「オレたちは農業をしているから食い物には……もしかしてお前ら完全な肉食なのか?」
「ソウダ」
なるほどな。そりゃ難しい。状況にもよるけど野菜より肉の方がコストが高い。樹液のような液体なら飲むこともできるみたいだけど、そんなもん大量にあるはずもない。トカゲみたいにでかければそれだけ大喰らいだろう。それが十数頭。蜘蛛の数を維持することでさえ難しいのにこの上トカゲも飼育するのは多分厳しい。
「ならお前だけでも働かないか? 他の奴らは見逃してやるぞ?」
反応はない。遠い、空を見上げている。遠くの誰かと会話するように。
「ソレデハ、チチハハトオマエモオナジダ」
「はい?」
「チチハ、ハ、クイモノガスクナイトキワレラヲ食った。ソノチチハはモウイナイ」
ああそういうことか。前に殲滅した親トカゲが言っていた、助かる必要がないと。オレは食い物を求めて襲いかかってきたと思っていたけど、それだけじゃなかったみたいだ。群れ全体の数を減らして食い扶持を少なくする狙いがあった。
つまり、親トカゲは子トカゲを間引いていた。その親トカゲは何らかの理由で死亡したらしい。
蜘蛛も、トカゲもドードーも、恐らくは蟻でさえ変わらない。必要なら切り捨てる。自然界の摂理だ。それを破れるとすれば――――。
「ウマク、イクトオモッタ。チチハハトハチガウト。ダガシッパイシタ。チチハハモコンナキモチダッタノカ」
群れが増えれば食い扶持も増える。食わせるためには戦う必要がある。戦い続ければ様々な敵と戦うことになる。……中には強い、奴もいる。オレも知っている。戦いを避けるためには群れの大きさを最適に保たなくてはいけない。
食い物が足りないことが貧困の最大の原因だ。食べ物の為に戦い、殺す。飽食の時代を生きたオレには理解できない……いやできなかった。今の地球では資源を巡ったりだとか宗教的な対立、あるいはテロへの報復などが戦争を行う理由の大部分だろう。
きっとこいつは後悔しているのだろう。だから群れを去ることに強い抵抗を感じている。それが例え群れを守るとしても。
「ならどうする? 従わないなら殺すぞ?」
「コンドコソ、マケナイ。ソノタメニタタカウ。オマエラヲタオス」
食うために、群れを守るために戦う。実に正しい。だからと言って譲るわけにもいかない。
わかったのはこいつらとの和解は不可能だということだけだな。いいだろう。なら殲滅だ。一匹残らず殺しつくすのみ。
そして戦いは再開された。ただし、海老はトカゲを敵とみなしていたらしく、トカゲに襲いかかり、ただでさえ少ない戦力を半減させてしまった。もしも海老がこちらの敵に回れば結果はわからなかった。
結局数分と経たないうちにトカゲは全滅した。多分食事が足りていなかったんだろう。特に今まで戦っていないはずのねぐらに残っていたトカゲたちの動きが悪かった。オレの想像よりもはるかにトカゲは困窮していたらしい。外からはそう見えなかったのは一種の戦術的欺瞞だろうか。
家畜を飼う時はその食費も考慮に入れなければいけない。勉強になったよ。
海老に対して例の私は敵ではありません宣言を読み上げてもらうと、返答が返ってきた。やっぱりテレパシーって素晴らしい。
「われわれは海老だ」
「うん知ってる」
「あなたたちは神の教えを信じますか?」
何その凄い怪しい勧誘口上。もしかして海老も謎宗教にはまってるのか?
オレは信じてないので孫に返答させる。
「私はかみをしんじています」
「あなたもセイノスの教徒か。なら、私たちの味方だ。ようこそ神の愛を語る金屋へ」
嘘みたいだろ? これ海老が言ってるんだぜ。しかもあんまりきれいじゃないでっかい小屋の前で。どこが金屋なんだ? でもセイノス関連なら間違いなくヒトモドキの味方ってことだな。
まあこいつらが何をしているのかは気になるし入れてくれるなら入ってみよう。
小屋の中に入ってすぐにわかった。ここにはオレがずっと気になっていたものの答えがある。何故かって? だってここには紙の束が積み上げられていたから。
今日知ることになる。
遂に知ることになる。
この世界の真実の一欠片を。
いっそ残ったトカゲたちを殲滅してもよかったけど、問題は一つずつ解決していこう。
今回の作戦は……あるけど、基本は数の暴力と飛び道具の力でごり押しする。
人手があるって素晴らしい。あんまりこっちの兵器を見せすぎるとマッチポンプが上手くいかなかった時手の内を晒すことになるから注意しないと。
だから作戦に直接参加するのは蟻だけ。蜘蛛は後詰として待機させておく。さて、どうなるかな。
ヒトモドキとトカゲとの戦いはほぼ一方的だった。数ならともかくサイズが違う。でかい=強い。その基本法則は有効だ。おそらくヒトモドキ十人にたいしてトカゲ一匹でも十分おつりがくるだろう。
兵は神速を貴ぶというセオリー通りの戦い方で一気に村の中心まで攻めるつもりのようだった。意外だったのは村の畑で働いている海老やゴブリンを完全に無視していることか。
ただ食料を確保するのではなく、この村の全てを手に入れるにはまずヒトモドキを全滅させないといけないと理解しているようだ。海老やゴブリンは自分たちの身を守ろうとはしているけど、村を守ろうとする素振りさえ見せないので村そのものには思い入れが無いのかもしれない。
言い換えれば説得チャンスありだな。ぐへへへ。おっと、リーダーはそんな顔しちゃいけない。
流石にヒトモドキも窮地であることを理解したのか、固まって行動しだした。特に聖職者らしき女性が檄を飛ばし、石造りの建物へと誘導している。
三匹の子豚みたいな展開になってきたな。このまま押し切られるか、それとも子豚よろしくトカゲを罠にかけるか。このまま見ててもいいけど、そろそろオレたちの出番だな。
今生きているおおよその村人が頑丈そうな建物へと避難し終えたところで戦闘行動開始。
この村は上から見ると長方形になっており、東西に細長く、村人は中心に避難している。
そしてトカゲたちは木々に身を隠すために南側から侵入してきた。だからオレたちはトカゲのいない北側に身をひそめ機を窺い、準備は整った。
「小春」
ごちゃごちゃとした指示を飛ばす必要はない。ただ名前を呼ぶだけで意図は伝わる。
「弓を撃て」
いつもながらほれぼれとする一斉射撃。今にもヒトモドキが固まっている建物に攻め入ろうとしていたトカゲに不意を撃った。何匹かは気付いていたようだけど集団はそんな簡単に向きを変えられない。
バタバタと倒れていくトカゲ。オレが動員できる蟻の半数以上を戦力としてそちらに送り込んでいるので、数は余っているほどだ。
いや、さらに恐ろしいのはそれだけの兵隊の六割ほどに弓矢を供給できる蟻の産業力かな。大きくなったもんだ。
やられてばかりいるわけにもいかないトカゲは全員で突進してくる。
多分こいつらはオレが取り逃がした連中だな。弓矢に対しては距離を潰すべきだとわかってる。
しかし、オレが対策の対策を練っているとは予想できなかったようだな。
「ふぁらんくす部隊前に出て」
小春が予定通りに兵隊を前進させる。
石の鎧に取り付け型の長槍を背中にしょっており、両手には盾を装備してある。完全防備のファランクス部隊。
おおよそ30m、そこからでは弓兵にトカゲの魔法が届かない距離まで前進させ、壁のように、長槍を突き出す。
こいつらは完全に弓隊を守る壁だ。<影縫い>は優秀な魔法だけど、そもそも動く必要がない相手に対しては何ら影響を与えない。ファランクスの壁に手をこまねいているうちに弓隊が次々にトカゲを撃ち殺していく。
石槍衾に突っ込めるほどの防御力はトカゲにはない。ここでやつらがこの陣形を破る方法は一つ。全員でファランクスを迂回して弓隊を攻撃することだ。
ただしそれをするには全力疾走しても息切れしない体力とその間の攻撃に耐えきる防御力、何より一糸乱れない統率力が必要になる。ありがたいことに、トカゲにそこまでの力はなかったらしい。
トカゲの誰かが一声吠えると一目散に撤退、いや敗走していった。残りはねぐらにいる奴も併せて十数匹ってとこか。
さあそれでは楽しい楽しいマッチポンプのお時……ん? 建物からヒトモドキが出てきた? 何やら血相を変えて、他の奴らの制止を振り切ってこちらに向かってくる。
しかも何やら叫んでるみたいだけど……なんだありゃ? 何言ってるかわかんねえよ。テレパシー使えよ。
しかも一人で突っ込んでるし……馬鹿なのか? 死にたいのか? やっぱりあれか? 魔物殺すべし戦闘民族なのか?
うーん。目の前で殺したらもう交渉とか無理だよな。いや、逆にこいつを説得できれば一気に進展するかもしれない。あ、テレパシー使ってないんだった。どうしよっかな。
「とりあえず捕獲」
必死の形相で迫る聖職者らしき女性にわらわらと働き蟻が群がり始める。
この女性にだけこっそりテレパシーで話しかけてみる。いや、話しかけさせる。
「我々は攻撃するつもりはありません。我々は味方で、」
あ、言い終わる前に大暴れし始めた。<剣>で切りつけ<弾>を撃ちまくり迷惑この上ない。大人しくなってもらおう。
「首をきゅっと絞めろ。殺すなよ?」
暴れまわる女を押さえつけつつ、首を絞めるのは難行だったけど、数の暴力で解決。いやホントめんどくさいなこいつ。これからこれを説得しなきゃいけないのか。……先が思いやられる。
どうやらこいつを取り戻そうとする様子はない。なら今のうちに巣に運ぶか。ここで説得してもいいけど食べ物とかで懐柔するならその方がいいかな。
それじゃあ何人かの蟻にヒトモドキを見張らせながら追撃戦に移行しようか。
追撃が上手くいけばこちらでもトカゲを捕獲するつもりだ。トカゲを上手く飼いならせば良い騎兵になってくれるはずだ。単純な速度だけじゃない。トカゲの地平走破能力は城壁や崖をものともしないだろう。
これからどんな敵が待ち受けているかはわからない以上、少しでも戦術の多様性がいる。ただ強いだけよりも手持ちの札を増やしたい。
しかしトカゲは二度もオレたちと戦ったから、素直にオレたちに従うとは思えない。千尋なんかはトカゲを味方にすることにかなり難色を示していたから、味方側にも抵抗が強い。
だから、完全に潰す。徹底的に反抗する気が無い。そう敵味方全てに見せつけることで無理矢理納得させる。
強引だからもしかすると反発もあるかもしれないけど、何事もトライ&エラーだ。
生き残ったトカゲはやはり、ねぐらに戻り、別の場所に移動するようだ。まったくもって予想通りの展開。
トカゲのねぐら近辺には連絡用の蟻と追跡役の蜘蛛が配置してある。逃げ場はないぞ?
そしてトカゲたちはぼろい工場と呼ぶには小さく、小屋と呼ぶには大きい家。までたどり着いた。……ん?
この世界では今まであまり単独の家屋を見たことがない。理由は多分魔物が強いせいで単独行動していれば襲われるからだと思っていたけど……この家は明らかに浮いた場所にぽつんと建っている。
よく見ると、これはヒトモドキが使っている家じゃないとわかる。
明らかに扉や家全体が大きい。ジャックと豆の木に出てくる巨人が住んでそうだ。普通の人間ならここまで大きな家を建てるはずはない。つまり、ここに住んでいるのはヒトモドキじゃない。
小屋から現れたのは海老だった。のそり、と今にも襲いかかりそうなトカゲと睨みあう。
トカゲの<影縫い>は硬い相手には使いづらく、海老との相性は悪い。
だからこそ襲いかかることに躊躇ってしまったのか、結果的にオレたちが追い付く時間を作ってしまった。
またも降り注ぐ矢の雨。尾行されていることに無警戒だったらしい。焦ったり、落ち込んだりしているとそんな初歩的なことでさえ忘れてしまうようだ。
ぐるり、とトカゲを取り囲む。木の陰に隠れてトカゲからは群れ全体が見えないようにする。
実はこの時トカゲを取り囲んでいる蟻の群れは多くなかった。もしもトカゲが遮二無二突撃してきたら恐らく突破されていただろう。しかし手痛い敗北を喫した直後にそんな積極策には出てこないだろうという読みだ。
その予想は正しく、トカゲは身を寄せ合って威嚇するばかりだった。
では交渉タイムだ。最近負けが多いから取り戻したいな。
「聞こえるか?」
「キコエテイル」
トカゲとは会話はできるけどちょっと片言に聞こえてしまう。
「お前らはオレの下で働くつもりはあるか?」
「コトワル」
前にもあったなこんな会話。
「何だってお前らはオレの勧誘を断るんだ? 誰かに従うくらいなら死んだ方がましってか?」
「チガウナ。オマエラデハクイモノをヨウイデキナイ」
「オレたちは農業をしているから食い物には……もしかしてお前ら完全な肉食なのか?」
「ソウダ」
なるほどな。そりゃ難しい。状況にもよるけど野菜より肉の方がコストが高い。樹液のような液体なら飲むこともできるみたいだけど、そんなもん大量にあるはずもない。トカゲみたいにでかければそれだけ大喰らいだろう。それが十数頭。蜘蛛の数を維持することでさえ難しいのにこの上トカゲも飼育するのは多分厳しい。
「ならお前だけでも働かないか? 他の奴らは見逃してやるぞ?」
反応はない。遠い、空を見上げている。遠くの誰かと会話するように。
「ソレデハ、チチハハトオマエモオナジダ」
「はい?」
「チチハ、ハ、クイモノガスクナイトキワレラヲ食った。ソノチチハはモウイナイ」
ああそういうことか。前に殲滅した親トカゲが言っていた、助かる必要がないと。オレは食い物を求めて襲いかかってきたと思っていたけど、それだけじゃなかったみたいだ。群れ全体の数を減らして食い扶持を少なくする狙いがあった。
つまり、親トカゲは子トカゲを間引いていた。その親トカゲは何らかの理由で死亡したらしい。
蜘蛛も、トカゲもドードーも、恐らくは蟻でさえ変わらない。必要なら切り捨てる。自然界の摂理だ。それを破れるとすれば――――。
「ウマク、イクトオモッタ。チチハハトハチガウト。ダガシッパイシタ。チチハハモコンナキモチダッタノカ」
群れが増えれば食い扶持も増える。食わせるためには戦う必要がある。戦い続ければ様々な敵と戦うことになる。……中には強い、奴もいる。オレも知っている。戦いを避けるためには群れの大きさを最適に保たなくてはいけない。
食い物が足りないことが貧困の最大の原因だ。食べ物の為に戦い、殺す。飽食の時代を生きたオレには理解できない……いやできなかった。今の地球では資源を巡ったりだとか宗教的な対立、あるいはテロへの報復などが戦争を行う理由の大部分だろう。
きっとこいつは後悔しているのだろう。だから群れを去ることに強い抵抗を感じている。それが例え群れを守るとしても。
「ならどうする? 従わないなら殺すぞ?」
「コンドコソ、マケナイ。ソノタメニタタカウ。オマエラヲタオス」
食うために、群れを守るために戦う。実に正しい。だからと言って譲るわけにもいかない。
わかったのはこいつらとの和解は不可能だということだけだな。いいだろう。なら殲滅だ。一匹残らず殺しつくすのみ。
そして戦いは再開された。ただし、海老はトカゲを敵とみなしていたらしく、トカゲに襲いかかり、ただでさえ少ない戦力を半減させてしまった。もしも海老がこちらの敵に回れば結果はわからなかった。
結局数分と経たないうちにトカゲは全滅した。多分食事が足りていなかったんだろう。特に今まで戦っていないはずのねぐらに残っていたトカゲたちの動きが悪かった。オレの想像よりもはるかにトカゲは困窮していたらしい。外からはそう見えなかったのは一種の戦術的欺瞞だろうか。
家畜を飼う時はその食費も考慮に入れなければいけない。勉強になったよ。
海老に対して例の私は敵ではありません宣言を読み上げてもらうと、返答が返ってきた。やっぱりテレパシーって素晴らしい。
「われわれは海老だ」
「うん知ってる」
「あなたたちは神の教えを信じますか?」
何その凄い怪しい勧誘口上。もしかして海老も謎宗教にはまってるのか?
オレは信じてないので孫に返答させる。
「私はかみをしんじています」
「あなたもセイノスの教徒か。なら、私たちの味方だ。ようこそ神の愛を語る金屋へ」
嘘みたいだろ? これ海老が言ってるんだぜ。しかもあんまりきれいじゃないでっかい小屋の前で。どこが金屋なんだ? でもセイノス関連なら間違いなくヒトモドキの味方ってことだな。
まあこいつらが何をしているのかは気になるし入れてくれるなら入ってみよう。
小屋の中に入ってすぐにわかった。ここにはオレがずっと気になっていたものの答えがある。何故かって? だってここには紙の束が積み上げられていたから。
今日知ることになる。
遂に知ることになる。
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記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
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シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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