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秋葉夕雲

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第二章

97 ソドムとゴモラ

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 この世で最も大事なものは何か。人によって色々あるだろう。
 オレ個人としては人手があること、それを適切に運用する能力じゃないかと思う。マンパワーが無制限にあればその社会で可能である範囲の事象は大体可能だ。
 もちろんどんな億万長者でも地球人類すべてを雇うことなんてできるわけがないし、そもそも心情的に納得しない人がほとんどだろう。少なくとも地球の人類なら。
 まあ要するに、人が多いっていいよねって話。

 この数週間でオレの活動範囲は飛躍的に向上した。
 面倒ごとになりそうなのでなるべく人里は避けていたけど、やっぱりこの辺りはヒトモドキが大量に生息しているようだ。改めて観察すると妙な文明だよな。
 魔物を育てたり、働かせたりしているから作物の収穫量はそんなに悪くなさそうなのに農業に役立ちそうなくわや、金属製品がなかったり……何だろうこの違和感。ページの抜けた本を読んでるみたいだ。
 一度神輿みたいな乗り物を見かけたけど大名行列でもあるんだろうか。宗教国家の大名行列かあ。嫌な予感しかしねえ。
 しかしそれでも鷲の巣や狩りは見なかった。空を飛べるゆえにその活動範囲もけた外れに広いらしい。
 どこに出るかわからないなら捕まえるどころじゃない。
 それでも現状足で稼ぐ以外探索方法がない。空中だと探知やテレパシーができないから余計に探すのも難しい。だからこそ鷲が欲しい。探索範囲を今以上広げるには数を増やすか移動手段を発達させるしかない。連絡手段なら女王蟻のテレパシーがあるから携帯なんていらないし。
 文明の発展には様々な資材が必要で、文明を発展させれば移動手段だってそのうち増え……あれ? なんか鶏が先か卵が先かみたいな話になってませんか?
 まあ色んなとこに行けば色んな奴がいるんだよ。

 さてここで問題です。
 目の前で同じ種族である蟻がカマキリに襲われています。助けますか? 助けませんか?
 もちろん助けますとも!

「あ、そこで勉強しているわが娘。名前はまだない娘。ちょっとこっちに来てくれ」
「何―?」
「もう字は読めるよな? オレが合図したらこいつを読んでくれ」
「わかったー」
 人材豊富って素晴らしいね! どうも小春はオレの詐欺の手口について察し始めてるようだしな。本音がバレてしまうかもしれない。ここは純粋で無垢な生後半年未満の女王蟻に手伝ってもらおう。
 もう罪悪感もあんまり感じないな。慣れって怖い。

 では働き蟻に命令しよう。カマキリに対して矢をシュート!
 哀れカマキリは虫の息に。矢があれだけ刺さってるのに生きてるのも凄いな。
「じゃあ、これ読んでくれ」
 わが娘が例の私たちは味方です宣言を読み上げる。そしてあっさりと信じる蟻。しかしまあものの見事に騙されてくれるもんだ。この調子ならまたあの練炭事故で巣の乗っ取りができそうだ。自分で言っておいて何だけど何という悪人的発想。
 こうして権力者という連中は腐敗していくのか。自分自身がそうなるとは人生何が起こるかわからんもんだな。
「ギ、オイ、オマエ」
 あれ? カマキリから話しかけられて……もしかしてこのパターンは……。
「タスケテクレ」
 どうやらカマキリは種族的によく命乞いをするらしい。
「お前はオレの言うことを聞くのか?」
「モチロンダ」
 前とほとんど同じ回答だな。実は血を分けた兄弟とかいうオチはないよな? ま、同じ親だからって同じような性格になるわけも無いけど。
 カマキリの戦闘能力は魅力だし、ひとまず飼ってみるか。鎌を<錬土>で固めてここまで連行させよう。
 ではそこの群れの女王蟻と交渉してみよう。

「うだな。れじゃあ、たけてくれた礼をねばなるまい」
 さっきからこの蟻はさ行を抜いたような喋り方をしている。聞き取りにくいことこの上ない。さ抜き蟻ってところか。しかし今となっては魔物との会話が精神をすり減らす行為だとよぉぉぉぉくわかっている。
「それじゃあこの巣で栽培してる作物を見せてもらえるか?」
 そして持ってきたのはキノコだった。見た目はちょっと大きいシイタケみたいだ。色が赤っぽいので日本で一般に流通しているキノコだと何なのかわからない。
 なるほど。こいつらは魔物であるキノコを栽培しているらしい。実は地球にもキノコを育てる蟻やシロアリは存在する。初めにキノコを食べた人間は誰か知らないけど初めにキノコを育てたのは多分蟻だ。
 それだけにキノコの栽培方法はこの世界の蟻もなかなか洗練されている。
 キノコの菌を付けるほだ木をきちんと組んで、風などを避ける壁を作ったりしている。
 面白いのはほだ木にクヌギとコナラを使い、さらにそれらを植林することもあること。一般的に椎茸の栽培ではコナラ、クヌギ、ミズナラなどをほだ木に使うと良いらしい。さ抜き蟻はそれを経験的に知っているようだ。
 見事な農業だといっていい。魔物である蟻はほだ木でさえ食料になるから無駄がない。
 キノコの栽培はあんまり詳しくないからオレが助言できることは少なさそうだ。せいぜいキノコを干しキノコにしてみるくらいか。キノコは干した方が栄養価が良くなることも多い。
 これも妙なんだけど、どうもこのキノコの魔法かなり貧弱だ。具体的にはテレパシーが使いづらくなるくらい。いくら何でも弱すぎる。そういうキノコを見つけたのかな? それとも何らかの条件を満たさないと魔法が威力を発揮しないとか? まだよくわからないか。
 今できることって何かあるかな。キノコはどうにも難しいし、植林を何か改良……できるな。
 そうだ! 渋リンの接ぎ木だ! 渋リン、正確には魔物植物を接ぎ木すると通常の植物の成長を加速できる! 上手くやれば大量の木材とほだ木をゲットできるかも! 試しにやってみよう。……やりすぎて土地の栄養が無くなって辺り一面更地にしないように注意するべきではあるけど。

 さ抜き蟻の女王は自分の巣で採れたキノコを御馳走してくれるようだ。予想通り赤っぽい、ちょっと毒がありそうなぴちぴちキノコをまるまま持ってきた。やっぱりただ丸かじりするだけかあ。
 そう思ったけど違った。
 働き蟻は赤茶けた石を取り出しそれを削ってキノコにかけ始めた。
「これをかけると、おいくなるお」
 へー。そうなんだ。この石は一体何かなー。どうも<錬土>では動かしづらいようだ。
 キノコを丸かじり。もぐもぐごっくん。
 お味は、しょっぱい。辛い。
 この味は、塩辛い。

「これ岩塩だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! うっぴゃあああああああああ、塩だあああああぁぁぁあぁぁ!!」
 I☆S☆E☆K☆A☆IのS★I★O。
 塩! 塩! NaCl! SIO!
 この感動を誰に伝えればいいのか! オレは遂に塩を見つけたぞ! SIO。オレになじみがある酸化珪素もSIOだな。SIOとはこの世で最も美しい文字列なんじゃないのか!?
「なあ! お前らこの石をどこで見つけたんだ!? 教えてくれ! 何でもさせるから!」
 オレではなく部下が何かしてくれるはずだ。その勢いにやや引きつつ答えてくれた。
「ここからひがに行ったところにある山の中で見つけた」
 ひが? ああ東か。詳しく聞くともともとそこの近くに巣を作っていたようで、巣を移る時にその場所に新たな巣を作ろうとしたらしい。しかし<錬土>で動かせない石があったので巣作りを断念したが、その石を舐めてみるととても美味かったので少し削りだして持ち運んでいたらしい。
「全員傾聴! 東にある山に探索隊を派遣する! 上手くいけば飯がものすごく美味くなるぞ!」
 おおおぉぉぉ!!!
 七色の歓声が上がる。種族は違えど想いは一つ。美味い飯を食う。三大欲求の一つ、食欲だ。
 ……こんな時だけは凄い団結力を発揮するよな。



 数日後。さ抜き蟻の女王が不慮の事故により亡くなった。
 くっ、誰がこんなひどいことを! ……オレだけどね!
 どうやらさ抜き蟻の人口はオレたちの人口よりも多いらしくまたしても大量の労働力を確保できた。
 さらにその数日後。オレは遂に大量の塩を手に入れた! どうも掘ってみればまだ塩が発掘できそうだ。マイホームからたった数十㎞の場所に塩鉱山……とまではいかないものの塩を発掘できる場所を確保できるとはやっぱオレって運がいいな!
 だがしかし問題点も浮上した。
 まず塩の産地ではテレパシーがやや通じにくい。単純に距離の問題でもあり、岩塩は主成分が塩化ナトリウムなので蟻のテレパシーを阻害するようだ。その解決策としてオレの娘の一人をそこまで派遣することにした。
 そこで指揮を執らせるつもりだったんだけど……女王蟻がその場にいると通信が安定した。どうやら女王蟻同士が通信する場合、通信可能な距離が大幅に伸びるようだ。

 長かった。一年近く塩の無い日々が続いていた。しかし! もうそんな日々とはおさらばだ! 干物や燻製などにも使える。いっそのこと渋リンの漬物でも作るか? しかし、今はその考えを置いておこう。
 食い物関連も大事だけど、もう一つ大事な使い道がある。
 ガラスの生産だ。
 今度はガラスを作る。科学実験には欠かせない道具であることはもちろんそれ以上に確かめたいことがある。
 ガラスの主成分は二酸化珪素。主成分そのものは土と同じだ。もしも<錬土>が本当に土を操る魔法ではなく、珪素を操るものなら、知識がない人間からすると土ではないガラスを操ることができるはずだ。
 それを確かめれば、魔法の法則をまた一つ明らかにできる。魔法は物質の性質を変えても適用されるという大事なルールを。
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