こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第二章

79 ブラックスパイダー

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 戦闘の勝敗は戦う前に決まっている。
 やってみるまでわからない。
 戦う前によく言われるこの対極の言葉はどちらが正しいのか?
 この世界にきてそこそこの戦いを潜り抜けたオレの実感としてはどちらも間違っていないだろう。戦いは事前準備によって大きく左右されるし、全く予想外の行動によって大きく作戦が狂わされることもある。
 ただし何の準備もなく、やってみるまで勝てるかどうかなんてわからない、などとのたまう連中は怠惰のそしりを免れないだろう。流石にそんなアホは滅多にいないと思うけど。

 まずこちらの武器。メインは弓。そして蜘蛛の罠。
 蜘蛛の巣で足止めした敵を弓で仕留める。シンプルだけど確実な方法だ。見た感じトカゲの魔法の射程は二十メートル届くか届かないかというところだ。
 糸でも弓でもそれより遠くから攻撃できるし、矢を撃ち落とすことはトカゲたちにはできないことを考えると、数と質が同じならこっちの方が有利だろう。
 数と質が同じなら。
 いったいどこから湧いて出たのかと思う程の大群だからな。多分弓で全滅させる前にこっちに接近される。
 流石に親トカゲの数は多くないとはいえ、子トカゲでも蟻とそう変わらない体格だから接近されたら勝ち目はない。
 投石機もあるけど敵がどこから侵入してくるのか……判断する方法はあるか。

 この巣は基本的に渋リンの棘によって侵入不可能になっている。しかし当然ながら出入り口は存在する。歩道橋を巣の外の土棘に覆われていない場所まで伸ばしている。
 外敵が迫っている今ならその橋は全て通行不可能にするはずだった。もしも敵が土棘を突破できなければそれだけで負けない可能性がある。
 しかし、もしも何らかの方法で移動できるとしたら?
 その場合どこから侵入してくるか判断できない。なら逆にあえて出入り口を一つだけ壊さずにそこから侵攻させる。そしてそこに火力を集中させて一気に敵の殲滅を狙う。
 割と攻撃的な作戦だ。
 トカゲはオレたちが憎いわけでも恨んでいるわけでもない。ただ単にオレたちを食べたいだけだ。オレたちが予想以上に強ければすぐに退くかもしれない。攻撃的防御って奴かな。
 蟻の場合はもしかするとこの農業に向いた土地が目当てかもしれないからそう上手くはいかないかもしれないけど。

 おおよその作戦は定まった。
 後はきちんと実行するだけ……なんだけど……
「紫水、次は何をするの?」
「紫水、これは?」
「妾はどうする?」
「紫水」
「しすい」「し」「紫」「地虫」「今こそ前にすすむのだ」「し」

 ………………一言言っていいか? お前らオレに頼りすぎぃ! や、確かにオレに逆らわないように口を酸っぱくしたのはオレなんだけどね? トップが一人だけだと、こう、いくら何でも処理できない量の仕事が舞い込んでくるわけですよ。
 無理だっつーの! オレはコールセンターのクレーム対応係か!
 人手は足りていても指示を出せる奴が少なすぎる。一応もう一人の女王蟻も手伝ってはくれているけど追い付いていない。こいつには主に働き蟻に指示を出してもらっている。正直、まだこいつに色々任せるのは能力的にも信頼的にも不安だ。
 ただ、厄介なのが蜘蛛! こいつらはオレ以外の蟻の指示を全く聞かない! 例えばオレからもう一人の女王蟻に伝言を頼んでも「紫水を出せ」と言ってくる。 というかそもそもオレ以外の蟻を完全に格下だと思っている。オレとは一応敬意を払って会話していたから全く気付かなかった。いやまあ蜘蛛と会話できるのは女王蟻だけだから気付けって方が難しいんだけどさ。
 それにさっきから蜘蛛たちの作業が遅れ始めてる。語り部に任せておけば問題ないと思ってたけど何かあったのか?
 こういう鉄火場になってから問題が発覚するのはオレの危機意識が足りていない証拠だ。
 青虫やドードーも女王蟻じゃないと会話できない都合上、指示を出せるのはオレとあと一人だけだ。
 どうする? もう一人の女王蟻の権限を拡大するか? 迷っている時間は……

「ねえ」
 今まさに思考の中枢にある人物、つまりもう一人の女王蟻に唐突に話しかけられた。
「何か悩んでるの?」
 またしても思考が漏れていたのか? こうなったらこいつに説明したほうが早いかもしれない。
「蟻以外の魔物に指示を出せるのはオレかお前だけだ。つまりどっちかが蜘蛛やドードーたちに指示を出さなきゃいけないわけだけど……お前できるか?」
「無理」
「即答かい。ホントにちゃんと考えて言ったのか?」
「うん。少なくとも蜘蛛はが話しかけても反応しないから」
 え゛。
「まじで? いつ話しかけたんだ? 学校?」
 こくりと首肯。ま、まじか。オレの学校設立数日ですでにいじめが発生していたのか? 無視はいじめ……少なくともいじめの始まりではあると思う。
 いや、あの、本当にまじで? 蟻は基本的に嘘が吐けないから間違いないはずだよな。
 やばい。めっちゃショックなんですけど。自分が受け持ってるクラスでいじめが発生していたのに気づかなかった教師がこんな気持ちなのかな。しかしそんなことホントにあるんだ。
 問題があるとは思ってたけど予想以上に問題だらけでしたよ、オレの学校。
 こいつ自身はショックを受けている様子じゃないのがせめてもの救いといえば救いだけど……。

「と、とりあえず了解した。じゃあお前はもっと蟻に指示を出してくれ。それから……おい! 誰かいるか!」
 テレパシーで一人の蟻を呼び出し、やるべきことの概要を書き出しておく。
 こいつはもうすでに多少の読み書きができる。学校は問題が多すぎだけど何もかも失敗ばかりじゃない。ちゃんと成果も出ている。
「まずこの指示に従って行動しろ。もし予定通りにいかなければ記録して、あまりにも緊急性が高ければオレに連絡しろ」
「わかった」
 返事ははきはきと。上手くいけばオレの負担は激減する。もともと女王蟻はオレの負担を軽減するために産んだんだから狙い通りといえば狙い通りだけど……なんだろう? あいつと会話していて違和感を感じた気が……?
 いや今は指示出しに集中しよう。オレの主な仕事は他の魔物との協調だ。蟻同士は女王蟻じゃなくても会話できるからある程度まとまっているけど他の魔物、特に蜘蛛とはまともに会話できるのがオレだけみたいだ。

 まずは青虫。
「wwww」
「wwくれ」
 こいつらの態度むかつく。
「わかったから草を食べたきゃオレらに協力し「wwwwwwwwwww」
 うるせえ。肯定の返事なのはよくわかった。 実は蟻以外でオレに一番従順なのはこいつらじゃないだろうか? 草さえあれば文句はないみたいだ。

 鹿……は反応すらしなかった。論外。

 次はドードー。
「いざ前に進むのだ」
「さあ、ともに行こう」
「進まねば道はない」
 普段の行いが奇妙奇天烈なドードーだけど……この非常時においてはそれほど奇妙な言葉にはならない。
 前進とか、ともに、なんて言葉は軍隊っぽい響きがあるからか出陣間近の現状には意外とマッチしている。少なくともやる気があることだけは間違いない。
 ……ただ、ちょっと心苦しいんだけど……こいつらが直接戦うことはない。
「ドードーども。お前らは実験に付き合え」
「いいとも! それが前に進むためならば!」
 こいつらには新兵器の開発に協力してもらう。もし上手くいけば極めて強力かつ安全な遠距離武器が完成する。時間は押しつつあるけど猶予はある。
「急げよ。でも焦んな。無理ならすぐに報告しろ。返事は?」
「「「いざゆかん! 前にすすめ」」」
 肯定の返事なのか? ……やっぱりドードーは変な奴かもしれない。というかはっきり言って変な奴だ。こいつらは一切戦場に赴くことに抵抗がない。
 この辺りはドードーの奇妙な精神性が関係しているのかもかもしれない。
 だんだんわかってきたけど、ドードーは集団行動が苦手だ。少し慌てただけでてんでバラバラな方向に進んだりする。
 しかし、その一方で仲間意識が非常に強く、仲間の為に苦労を惜しまない。
 人間で例えるなら一列に並ぶことさえ苦手な集団が、剣林弾雨から仲間同士で庇いあうようなもんだ。仲が悪いのか良いのかさっぱりわからない。
 しかしそれもまた人間での話。オレなりの仮説をたててみた。
 多分だけど、ドードーは緊急時において集団行動をとらない方が良いと本能で理解しているのかもしれない。いざという時はバラバラに逃げた方が一網打尽になるリスクを避けることができるんじゃないだろうか。
 つまり、連携しない方が生存できる個体は多くなる。結果として、お互いを大事に思っていても協調しない生物が誕生した。……全部推測だけどな。
 管理する側としては厄介なんだよなあ。慌てれば慌てるほどコントロールできなくなるから。普段ならそこまで乱暴でもないんだけどさ。
 なのでドードーはできるだけ安全な後方から戦う方法を考えないと、むしろ味方に被害を出しかねない。何しろこいつの魔法は同族以外なら敵味方関係なく発動してしまうからな。かと言って遊ばせてる余裕はない。
 魔法そのものはかなり強力だから使いこなせればドードーだって役には立つはず……いや役立たせてみせる。

 最後に蜘蛛なんだけど……先にあのことについて聞かなければならない。特に語り部。
「おい語り部。お前もう一人の女王蟻を無視したって本当か?」
 何だろうこの小学生の教師感。異世界にまできてこんなことやってるオレって一体……。
「それの何が悪い?」
 あれ? 若干不機嫌気味? 口調も腹減りモードだし。作業が遅れてるのは空腹が原因か? いや、食べ物はちゃんと渡しているはずだ。
「あー、まー、あれだ仲良くしてくれるとオレも助かるけど」
「ユウジンでもない奴と仲良くなる必要はなかろう?」
 う、ううむ。身に覚えがありすぎる思考方法だ。前世のオレもそんな感じで他人とあんまり仲良くしなかったしそれが悪いとは思わないけど……今思えばオレって教師からするとやりづらい生徒だったのかも。
「あいつだって悪い奴じゃないし、今もちゃんと蟻たちに指示を出してるから能力はあると思うんだ」
「ずいぶんあ奴のことを買っておるのう」
「は? いや、単にオレ以外の女王蟻が他にいないから頼らざるを得ないだけだけど」
「じゃが妾よりも頼っておるじゃろう?」
 んんんん? 会話が怪しい方向に行ってないか? ええと、今までの語り部の言動を思い起こすと………………。

 あの
 もしかして
 こいつ
 ……嫉妬してね?

 はあ!? 痴情のもつれで無視してたのか!?
 あーあれだ! もう一人の女王蟻を最近頼りにしていたから面白くないのか!? あ! そういえば一回失敗しただけで怯えてたのはオレに嫌われるのがいやだったからか!?
 いやいやいやあんまりオレは接点がなかったぞ今回の語り部とは!? せいぜい飢え死にしそうなところを助けてやって、学校で授業したくらい……人によってはそれで充分なのか? しかしちょっと助けられたくらいで惚れたりするもんか? 恋愛経験ほぼゼロだからわかんねえっつううの!
 ちょい待ち、ちょい待ち! そもそも蜘蛛に恋愛感情があるのか!? 仮にあったとして蜘蛛って蟻を好きになったりするもんなのか? 性癖ってのは人によってそれぞれだけど……少なくとも交尾は不可能なはずだぞ? 生物学的に。それとも性欲の対象ではなくプラトニックな感情なのか? 
 いやそれにしたって相手は女王蟻、つまりオレとオレの娘だぞ!? そんな相手に嫉妬やら恋なんかするか普通!?  0歳児と一歳児だぞ!?
 でもシロアリみたいな真社会性の昆虫の中には近親交配を繰り返した結果、あるいはその逆で真社会性を取得した結果として近親交配を繰り返した種類があるらしい。つまり血縁が近いことはつがいとしてなんら障害には成り得ない……生物学的には。
 え? 何そのオレの娘がそんなに可愛いわけがない状態。そんなつもり全くないんですけど。いや蜘蛛に至っては完全に別生物だぞ? そんな相手に欲情できるか普通? 流石に今更虫がキモイとか思っては……まあ、ちょっと思ってるけど……でも恋愛対象として見れるかどうかはべつの問題だろ!?
 つうかいい加減もう一人の女王蟻とかいう回りくどい言い方はダメだな。認知しよう。認知。元人間の男だから蟻を娘っていうのは抵抗がまだあったけどもう認めるしかない。はーい。この群れの大半の蟻はオレの娘でーす。認知したので法律上の義務が発生しまーす。
 現実逃避終わり。
 やっべえ、めっちゃ混乱してきた。いかんいかん。今はまずこの状況を何とかして蜘蛛のテンションを上げなければ。最悪嫉妬でオレの娘を襲いかねない気がする。蜘蛛って自分の交尾相手を食うことも珍しくないはずだし……他人の修羅場は見ていて楽しいかもしれないけどいざ自分がその立場に置かれると笑い事じゃない。
 ん? 待てよ? つまり語り部はオレに少なからず好意を抱いているのか? なら、それを利用すればいい。
 スッと頭が冷える。少し間をおいて語り部に話しかけた。

「うーん。もしもお前がきちんとオレたちのいうことを聞いてくれたらご褒美をやるつもりだったんだけどな」
 ビクリっと目に見えるほど蜘蛛は体を震わせた。押し黙っているけど明らかに動揺しており、この方向性で間違いないことが窺える。
「残念だなー。この調子ならご褒美はなしになるなー」
 ビクンビクンと動揺が広がる。よしあと一押し。
「お前は頼りになると思ってたのになー。一緒に戦ってほしいなー」
「そ、そこまで言うのなら仕方があるまい。手伝ってやろう」
 ふ、落ちたな。こんな幼稚園児にやる気を出させるための説得にあっさり引っかかるとは。まあ嘘はついてないし、ホントにご褒美はくれてやるつもりだ。
「そうかそうか手伝ってくれるのか。ならお前には"名前"をやろう」
「? 名前とはなんじゃ?」
 蜘蛛にも固有名詞の概念が薄いことは確認済みだ。だからこそ意味がある。
 例えばある靴を履く習慣がない島に靴を売りに来た商人がいたとしよう。
 間抜けならそんな島で靴が売れるはずないといってさっさと帰るけど、頭の切れる商人なら誰も靴を履いていない現状こそが最大の商売時だと確信して島の全員に靴を売りつけるはずだ。
 空白であるからこそ、そこに何かを入れる余地がある。
「物や人を区別するための記号みたいなものだ。つまり特別だという証だな」
 特別、という言葉に目を輝かせる。特別や限定という言葉に弱いのは何も日本人だけじゃないらしい。
 くくくく、もしかしたらオレはキャッチセールスの世界でも王になれたかもしれない。
「協力してくれるよな? オレ以外の蟻の指示もちゃんと聞いてくれるよな?」
「しょ、しょうがあるまい。協力してやろう」
 今まで作業が滞っていたことが嘘のように蜘蛛たちは働き始めた。
 よし、これで蜘蛛はもう問題ないな。
 良くも悪くも蜘蛛も蟻もトップが明確だ。だからこそトップのコンディションによって群れ全体が左右されてしまう。つまりちゃんと一番上を抑えてさえいれば蜘蛛が反逆する可能性は低い。その逆も然りだけど。

 全体的に見て魔物たちの士気は高い。普段だらけてはいるけど今は全員ピシっとしている気がする。
 いや、むしろ普段から礼儀や作法などを気にしている人間の方が野生動物からしてみれば奇妙なのかもしれないな。でも文明を築きたいなら非常時以外でも規律は無いと困る。悩ましい。
 ああ、それにしても――――。
「名前、どうするかなあ」
 何か考えがあるわけじゃなく、口から出まかせに近い。とはいえ一度名前を付けると決めたからにはちゃんとした名前を付けなければならない。変な名前を付けるのはちょっとかわいそうだしな。指示を出す傍らうんうんとうなっていた。
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