こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第二章

77 蟻が出るなり

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 遂に同族と邂逅したオレ。ただその……。

「やんのかコラァ」
「ぶちかますぞクォラァ!」
「突き飛ばすぞ! アア!?」

 ガラ悪っ!?
 不良、いやヤンキーかよお前ら。なんでそんなに言葉遣いが荒いわけ!?
 多分それだけ攻撃的な意思をテレパシーで伝えているはずだけど、今までで一番攻撃的なのが同族ってどうなの? 説得とか交渉とかそれ以前の問題だ。
 向こうは襲う気しかない。
 ならこちらのやることは一つ。

「逃げろ」
 命令は何の疑問も持たずに実行された。少しだけ親鹿の肉が残っていたようだけどそれよりも身の安全を優先するべきだ。
 蜘蛛はターザン式ブランコで、蟻はひたすら地面を駆け抜けて、逃走を開始した。
 あいつらの目的が親鹿の肉ならこれでもう追ってこないはずだっだが――――
「何で追ってきてんだよ!」
 予想に反して敵蟻はこちらを追跡してくる。数はこっちが上だから最終的に勝つのはこっちだぞ?
 もしかすると追跡してこちらの巣の位置を明らかにするつもりなのかもしれない。それはまずい。敵戦力を全く把握していない状態で巣の位置がバレたら一方的にボコられる。
 この人数なら撒くのは難しい。なら、やるしかない。

 蜘蛛は蟻よりも早く移動できる。ただし中継役である蟻が近くにいないと遠距離テレパシーができなくなるので蜘蛛単独の作戦行動は難しい。なるほど軍隊の移動速度は遅い兵種に合わせなければならないというのは正しいみたいだ。
 とはいえ今回のように移動力の差が勝敗を決する要因になることは戦史をひも解くまでもなくわかることだ。
「蜘蛛ども。退却中止。罠を張れ」
「構わぬがのう。後で褒美を所望する」
 腹減りモードになってやがる。まあ無理もないか。お預けを喰らったわけだし。
「何か作っといてやるから働け」
 返答を受け取ると蜘蛛たちはせっせと糸を出し始めた。後はここに敵を誘導するだけだ。
 ……何気なくやってるけど、異なる魔物動物同士が協力して敵と戦うのはこれが初めて……いや二回目だ。負けるわけにはいかないよな。

 そして疑うということを知らないのか敵はあっさり罠が張られた木々に突撃した。糸にからめとられ身動きできなくなり、宙づりにされ、挙句の果てに弓矢の掃射を受けてあっさり全滅させることができた。
 こういう木々が密集している場所での蜘蛛の戦闘力は群を抜く。飛び道具がなければ近づいて噛みつくしかないけど、糸によって木を跳び回れば木登りが得意な蟻といえどもとても追いつけない
 完全勝利というやつだ。
 やっぱりオレ以外の蟻は武器を開発できていないな。あんなに頭がいいくせに何故道具を開発できないのかよくわからん。
 でもこのくらいの戦闘力しか持たないならそれこそ十倍以上の戦力差があっても返り討ちにできる。
「よーし。全員ごくろうさま。帰還していいぞ」
「わ~い」
「ご飯は?」
「褒美をよこせ」
 口々に要求を突き付けてくるけど、そのくらいの働きはしたかな。
 ちょっと面倒だけどまた料理を作るとしよう。



 その後数日間何度かガラの悪い蟻と遭遇することはあったけどいずれも問題なく撃退できた。少しずつ巣に近づいていることは気がかりだったけどこの程度ならはねのけることが可能だと確信していた。
 もちろんこっちも黙っていない。敵を尾行したりして何とか敵の巣を見つけられないかと苦心している。
 蟻同士だから探知能力がお互いに最大限に発揮されてしまうため、中世以前の戦ではまずありえない森の中でもお互いの位置がバレバレという奇妙な戦争になってしまった。それでも巣の位置を特定されることはお互い恐れているらしくあえて巣に帰らない敵も多かった。
 しかしオレたちが圧倒的に優位に立てたのは弓の性能、そして蜘蛛の魔法は蟻と非常に相性が良いことだ。オレも散々苦戦させられたし。
 蜘蛛を戦闘に参加させるのは信用面で不安もあったけど意外と素直に指示を聞いてくれる。ここの生活は蜘蛛にとっても守るに足るものだと判断したのかもしれない。特にリーダーである語り部の熱意は強かった。
 それに思いのほか語り部の蜘蛛の指示を他の蜘蛛が聞いているみたいだ。もうちょっと蜘蛛は自由主義というか個人主義みたいに思っていたけど、認識を改めないといけないかもしれない。欲求には忠実だけど、上からの命令に対しては絶対遵守。その点はある意味蟻と変わらない。違うのはトップの命令が浸透するまでにやや時間がかかるところかな。
 やっぱりこいつらも真社会性生物なのかな?
 ……まあつまり、前の蜘蛛があんなにフリーダムだったのはオレを舐め切っていたからかもしれない。それともリーダー格の蜘蛛は簡単に他人の言うことを聞こうとしないのか? 今の語り部は割と素直だけどな。オレの命令にも、自分の欲求にも。
 蜘蛛と武器の活躍で蟻との戦いは優勢に進んでいた。そのせいか敵の蟻、口調から名付けてやくざ蟻、は単純な力押しではなくゲリラ戦、あるいは情報戦の様相を呈してしまっていた。
 ある時は木の上から奇襲を仕掛け、またある時はこちらを包囲するような動きを見せた。そのくせ自分たちが不利になるとあっさり逃げる。今までの魔物ではありえなかった現象だ。それでも探知能力のおかげで致命的な事態には陥らなかった。もう一人の女王蟻も敵の見張りを手伝ってくれたのもありがたかった。オレ一人だともう手が、いや触角が足りなかっただろう。
 心の中で長引くかもしれないな。そう思っていたが、状況は動いてしまった。



「蜘蛛が負傷した」
 その報告を受け取ったオレは別に慌てはしなかった。戦いにはイレギュラーがつきものだ。ちょっとした拍子に怪我することもあるだろう。しかし一匹や二匹ではなくまとまった数の蜘蛛と蟻が負傷したことによって事態の緊急性にようやく気付いた。
 戦場にいる蟻の視界を共有する。そこに移っていたのは弓矢を構える蟻だった。
 味方ではない。敵の蟻が作れないはずの弓矢を作っていた。

 戦争において最も恐れることは何か。
 味方の死? 敵が強大すぎる? 間違いじゃない。
 しかし本当に恐れるべきことは自分たちの何かが敵に奪われること。
 食料を、土地を、武器を、技術を、そして知識を。
 オレは一体蟻という魔物に何をもたらしてしまったのか。答えは目の前にあった。
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