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秋葉夕雲

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第二章

74 白い大角

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 ヒトモドキの集落を前以上にしっかり見張るために例の高台に何日か眠れるスペースをこっそり確保させる。さらに他の村にも偵察を出して地図のようなものを作ることにした。
 とはいえヒトモドキの村はどこも似たり寄ったりで一つ見張っていれば気にする必要はないかもしれない。
 前は偵察一つで大騒ぎをしていたのにずいぶんと手馴れてきたもんだ。いくつかの村を巡ってみたけどやはりこの付近はヒトモドキが完全に支配している地域らしく、他の魔物が文明を築いている様子はない。
 もちろん森の奥深くにひっそりと暮らしている可能性は否定できないけど。



 ペンギンの散歩をご存じだろうか。
 よちよちと歩く姿はかわいらしく、動物園や水族館などで人気のあるイベントの一つだろう。
 ただまあ、何だ。それをドードーでやると、可愛さよりも滑稽さが優先される気がする。何しろ謎ポエム連発しながら行進してるし。
 でも実際地球でこんなことができたら大儲け間違いなしだろうな。なにしろ絶滅動物だし。あくまでも地球ならな。
 でもオレが今いるのは異世界。これが現実。

 では思考を目の前の現実に戻そう。
 目の前には大型の鹿。ニホンジカよりもむしろヘラジカに似ているかもしれない。ただし毛は白く山羊のようにも見える。大きな角があるから多分雄かな? でも鹿の仲間の中には雌でも角がある種類もいるんだっけ。
 現在我らがドードーの群れとその引率である蟻三人と絶賛睨みあっています。
 なぜこんなことになったか?
 ドードーの放牧中にいきなり野生の鹿が飛び出した。以上回想終わり。

 まあ言葉にすれば一文で終わるけどかなり不思議な現象だと言っていい。ドードーに手を出すどころか近づこうとする魔物さえ少ないにも拘わらず、この白鹿はオレたちの前に立ちふさがっている。
  鹿が草食性だとすると食べるために襲おうとしているわけではない。
 うん? どうもあいつ一匹じゃないな。探知能力に反応がある。大きな体の陰に隠れて見えなかったけど子供がいるようだ。四匹はいるな。子供がいるなら雌かな? 必ずしも雄が子育てをするとは限らないから断定はできないけど。
 事情が呑み込めたぞ。どうやらこいつは親鹿で子供を守ろうとしているらしい。
 しかも子供の内一匹が足を負傷している。まるで棘付きの落とし穴にでも落ちたようだ! 
 いったい誰がそんなことを!
 ……オレだよ!
 適当に魔物が通りそうな場所に落とし穴を作ったんだけど……引っかかるとは思わなかったんだよ。
 魔物は賢いからなかなか罠に引っかからないし、魔法の種類によっては脱出したりダメージを受けなかったりすることもあるようだ。ネズミは割とよく引っかかっているけど。
 だけどそれはあくまでも相手が大人だったらで、未熟な子供なら簡単に罠にかかるのかな。
 そしてそれはこちらにとってもチャンスだ。
 ドードーとは負傷した子供を手当てすることで一気に関係が良くなった。ならこいつともこの機会に仲良くなれるかもしれない。
 ではまず会話してみよう! 探知能力が効くなら会話もできるはずだ。

「こんにちは、白「グォァァァァァ!!」
 ……OK。どうやら彼女……いや彼かもしれないけど鹿は怒っているようだ。言葉にならない怒りが伝わってくる。
「なあ落ち着い「ギァァァァ!!」
 鹿の鳴き声じゃない気がする。まあ実際に鳴いてるわけじゃなく、テレパシーで伝わっているだけだけど。
「オレたちならその子供のけがを治療できるかもしれ「ガァァァァァァァ!」
 会話になりません。
 頭が良くないのか? それとも我が子を傷つけられた怒りで我を忘れているのか? 確かに子供を守ろうとする獣には近づいてはいけないと言うけどな。
 確かなことは向こうに会話する気がないこと。もはや交渉以前の問題だ。しょうがないな。殺そう。鹿肉ってそれなりに美味いらしいから、ちゃんと調理できればいい食材になってくれるはず。

 思わぬ形で戦闘が始まってしまった。でも時間はある。白鹿は今のところ動く気配はない。
 じっくり戦術を練ろう。こっちの戦力はドードーと三人の弓矢で武装した蟻。敵は親鹿と小鹿。総合的な戦力ならこっちの方が上だけどまともに戦えば未知数の力を持つ白鹿と戦うのは厳しい。
 ならまともに戦わなければいい。よし、戦術は思いついた。早速蟻達に――――待てよ?
 これは蟻達の戦闘センスを見るいい機会だし、実戦演習にはもってこいのシチュエーションだ。オレが命令するだけじゃなく、蟻たち自身で考えた結果が見てみたい。
 多分それが教育に繋がるはずだ。

「よし。女王蟻。お前ならこの状況でどう戦う?」
 こいつにはゆくゆくは幹部になってオレの右腕として働いてもらいたい。そのためにはまず経験を積んでもらわないと。
「逃げるよ」
 即答かい。
 間違いじゃないな。確かに白鹿は明らかに強そうだし、まだどんな魔法を使うかはわかっていない。この状況なら逃げる判断は外れじゃない。ただもうちょっと全体的な判断を持ってほしい。
「逃げてもいいけど白鹿は今まともに動けない状況だからな。勝ち目は十分あると思うぞ? ちょっと質問を変えるか。お前たちならまずどいつを狙う?」
「弱っていて小さい奴」
 うむ。正解だ。
 獲物を仕留めるにはまず誰を狙うかが重要だ。敵のトップを狙う方法もあるけどそれは一発逆転を狙う弱者の発想だ。
 戦力的に優位なら足元から崩せばいい。反対に向こうの方が戦力が上ならそもそも戦うべきじゃない。弱い者いじめをしてはいけないのは味方にだけで、敵なら積極的に弱い奴から狩るべきだ。
 ただし、この場合それは必ずしも満点じゃない。
「今親鹿は子鹿を守っている状態だろ? そんな状態で子鹿を殺せばどうなると思う?」
「逃げるか、こっちを襲いに来る」
「はい正解。ならお前たちのやるべきことはなんだ?」
 ややあって女王蟻は答えを口にした。
「子鹿を殺さないように攻撃して、親鹿に子供を守らせる」
「満点だ。ではそれができるやり方で攻撃しろ」
 ちょっと露骨に誘導しすぎた気もするけど……人にものを教えるのはあんまり得意じゃないんだよな。かてきょのバイトでもするべきだったかな?

 蟻達は鹿を取り囲むように移動し始めた。囲んでから念のために持たせていた弓で射るつもりらしい。
 この辺の戦術的な動きは学ばなくても理解しているようだ。生物は基本的に多角的な攻撃に弱い。FPSとかプレイしたことがある人ならわかるけど、背後から襲われたり複数人に攻撃されれば防ぐのは難しい。蟻がまず取り囲もうとするのは当然だな。
 足手まといが大量にいるおかげで一匹だけ咥えて逃げたり、こちら側を各個撃破したりもできない。子供は一匹ではないけど、こっちが一人殺される間に向こうは四匹死ぬ。
 その未来がわかっているならさっさと一匹くらい見捨てればいいと思うんだけど……ま、こっちには関係ないことだな。

 やがて三人の蟻が位置につくと辺りは一瞬静まり返った。
 鹿もすぐに攻撃が始まるとわかっているはずだ。蟻達は一斉に弓矢を構えた。
 当然だけど全て蜘蛛糸複合弓だ。ただしその弦には小さいけど改良が施してある。弦に油を塗ってみた。
 以前放置したり、衝撃を加えると粘着性が復活したけど、あれの原因の一つは水分を吸収することだったようだ。油を塗ることで粘着性の復活を防止できたみたいだ。……まあそれでも粘着するようになることはあるし、油でつかみにくくなったりもするけどまあしゃあない。
 そして三つの矢は全く同時に放たれた。
 タイムラグを全く見せない射撃はまさしく一糸乱れぬ統率の賜物だろう。

 しかし、と言うべきか。やはり、と言うべきか。
 白鹿は改良された弓矢からの矢を二つ防いで見せた。その白い角はより白く光っている。あれが白鹿の魔法のようだ。角の近くにある物を破壊する魔法。
 恐らくヒトモドキやヤシガニに近い魔法で、矢が折れたことを考えると単純な防御魔法とも考えづらいので攻防両方に有効な魔法かもしれない。
 さらに白鹿の視野はとても広く三方に散った蟻たちの全てを捕えているようだ。そうでなければ矢を防げた理由が見当たらない。
 だけど残念ながら白鹿の体は一つしかない。その左後ろ足には一本だけ防ぎ切れなかった矢が深々と突き刺さっていた。あくまでも主観だけど哺乳類はあまり硬化能力が高くないのかもしれない。それとも改良された弓矢なら多少の防御力なら貫通できるということかな。

 はっきり言えばもう勝負はついた。
 碌に動けない白鹿とその気になれば土から無尽蔵に矢を補充できる蟻。さらにドードーがいることが白鹿の逃走経路の妨害に役立っている。
 ほとんど選択肢の残されていない白鹿は威嚇の叫びを続けるばかりでやがて重い音を響かせてその身を横たえた。
 おおよそ十五回の射撃に耐えきった白鹿の耐久力は称賛されるべきだろう。満身創痍でありながらその眼光は全く衰えていない。

「最後に聞くぞ。オレたちの下につくつもりはないか?」
「アァァァァァアァ!!!!」
 ひときわ大きな叫びを上げた。それが返答だ。
 矢は、放たれた。
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