こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
74 / 509
第二章

72 多様「性」

しおりを挟む
 ではまず発情期とは何かをおさらいしておこう。
 生物が交尾を行う期間であり、何らかの発情を示す兆候を出す生物が大多数を占める。ではなぜ発情期が存在するのか?
 生物には栄養を蓄えることに向く時期、子育てをすることに向く時期。それらのタイミングを逃さないために発情期が存在する。動物に限らず植物にも当然存在する。有性生殖を行わない生物なら話は別だけど。
 もちろん有性生殖を行うけど発情期がない生物もいる。我らが人間だ。後はネズミとかウサギとからしい。
 人間の場合知識によって環境をコントロールできるようになったから発情期が失われたとか。
 ネズウサはとにかく子供をたくさん産んだ方がいいので発情期がなくなったらしい。
 ボノボなんかは疑似発情といって発情期じゃないのに発情した様子になることがあるらしい。
 ではなぜ十分に環境をコントロールする能力――つまりは文明が存在するにも拘わらずこの世界の人間であるヒトモドキは発情期が存在するのか?

 あくまでも推測だけど冬眠するからじゃないかなあ。流石に妊娠中に冬眠はできないだろう。魔物の冬眠能力が高すぎるがゆえに文明がそこそこ発達しても冬眠をやめなかった。
 結果として発情期も受け継がれ続けた。そんなところかな?
 でもまあ、これくらいなら驚かなかったかもしれない。困惑したのはむしろここから。

 さっきも言ったけどヒトモドキは別に行為を隠さない。なのでオレがその様子を逐一観察することも可能だ。
 で、だ。
 ここでは仮にA太さん、B子さんC太さんと表記しよう。
 A太さんとB子さんがいたしていたわけだけど……行為が終わった後B子さんはC太さんと行為を始めてしまった。

 ゔん????

 いやいやいやちょっと待って?
 B子さん! あなたA太さんと結婚してたんじゃないのか!? あっさりC太さんと逢引していいのか!? A太さんめっちゃこっち見てるよ!?
 もはや貞操観念とかそういう問題じゃない!
 地球だったら空振り三振どころかトリプルプレーの後にレッドカードで退場をくらうくらい法律に違反してますよ!?
 これさあ敬虔なクリスチャンとかムスリムが見たら卒倒して発狂して石でも投げるんじゃないか?
 うーむ。なかなかの衝撃だったけどここは冷静に分析しよう。

 別にこいつらだけじゃない。他の村人も色々な人たちとまあ、お楽しみしているようだ。何故かいたす前には必ず魔法の白い剣を作っているけど儀式か何かなのか? この世界では昨夜はお楽しみでしたねなんて表現は奥ゆかしすぎる。
 昨日は朝も昼も晩もとっかえひっかえお楽しみでしたね。くらいでも笑って許されるだろう。
 つまりこの村のヒトモドキは一夫一妻制じゃない。多夫多妻制だと推測できる。そもそも結婚という概念がない。そう考えた方がいいのか?
 結婚の様式は生物によってさまざまだ。一夫一妻は鳥類や哺乳類に多いんだっけ。チンパンジーなどの猿は多夫多妻もいるからその辺から進化した生物なのかな?
 蟻……正確にはこの世界の蟻は単為生殖可能かつ有性生殖も可能だからな。そもそも地球上の結婚観に当てはめるほうが間違ってる。
 別に地球の人間は全て一夫一妻ってわけじゃない。
 昔なら一夫多妻なんてごく普通に存在していたし、チベットなんかでは一妻多夫なんて結婚制度もあるそうだ。子供は家族という一つのコミュニティで育てられるらしい。誰が父親なのかは気にしない。
 ヒトモドキもそんな感じなのかな? でも国がどうとか言ってたからな国王はいると思うんだけど……誰が父親かわからなかったら後継者争いとかでもめたりしないのか?

 ん?
 あれ?
 ああ、そういうことか!
 だから女系国家なんだ!

 多夫多妻制では誰が父親かはまずわからない。わからないなら気にしなければいい! 逆に母親の血統のみを考慮すればいい。
 父親が誰かはわからなくても母親ならごまかしようがない。後継者を全て女性にしてしまえば十分封建制は維持できるはずだ。
 おおお! すげーすっきりした。そう考えると結構論理的だな。多夫多妻なら何らかの場合で伴侶が死んでも替わりがいるからかえって血筋みたいなものを維持するのも楽かもしれない。発情期があるなら発情期以外なら繁殖に割くエネルギーを抑えられるだろうし、性犯罪みたいなトラブルも少ないかもな。
 そう考えると地球の結婚方式って意外と論理的じゃないのか? ま、本能や伝統に文句言ってもしょうがないなし、こういうのは一概にこれが正解というものはないだろう。
 他にも何か違いとかがあるかなあ。気になるから情報収集だ。何日か見張って探るとしよう。



 そして数日がたち、なかなか面白いものを発見した。
 こいつらは行為を隠さない。畑仕事の最中にやらかしてる人もいた。しかも異性ではなく同性同士でいたしてる人もいた。その辺もおおらかなのかもしれない。
 しかし、なぜかこっそりと行為を行っている二人組を見つけた。恐らく探知能力がなければ見つけることは困難だったな。
 ではなぜそんなことをしているのか?
 それを突き止めることは容易かった。どうも女性側がこの村の人間ではないようだった。男の方はこの村の他の人ともやることやっていたので男自身に何か咎がある様子ではない。
 女性はある建物にいて、日中は出歩かないようにしていたみたいだけど夜にこっそり密会していたようだ。
 数日がたつと何事もなかったかのように村を去っていった。
 ……どう見ても初犯じゃねえな。ふてぶてしすぎる。

 見えてきたぞ。こいつらの家族や家庭といった概念のとらえ方が。
 まずヒトモドキは多夫多妻だ。それは間違いない。では誰とでも行為を行っていいかというとそうじゃない。
 同一のコミュニティに属さない人間とはそういうことをしてはいけないに違いない。こそこそ行動していたのはそういう理由があるはずだ。
 要するに村全体で一つの家族だと捉えているようだ。逆に他所の村は敵ではないけどご近所さんだと認識している。
 もしかしたらもっと大きな町では、町の中に様々なコミュニティが存在し、そこ以外では行為ができないというルールがあるかもしれない。貴族とか王族のコミュニティもあるかな?

 間違いなく浮気や不倫などの概念は存在する。もちろん地球とは大きく異なるけど。
 精神構造が大きく異なるよりも単に文化が違うだけなのかな?
 つーかこいつらにハムレットとかロミジュリとか読ませたらどういう反応するんだろう。やべえめっちゃ気になる。
 ロミジュリで思い出したけど昔バラエティー番組か何かでハイエナの恋物語を放映していたことがあったっけ。たしか群れの外からやってきた序列最下位の雄とリーダーの娘がくっつく話だったっけ。
 番組ではいかにも身分違いの恋みたいな口調だったけど、オレは別の見方をしていた。リーダーの娘が外からやってきた雄を選んだのは何らかの理由があり、必然だったのかもしれない。そう考えていた。
 その理由とは近交弱勢を避けるためだ。生物には近親交配を繰り返すと生存に不利益な形質が発現することがある。それが近交弱勢だ。もちろん例外もある。シロアリなんかは近親交配を繰り返した結果真社会性を獲得したともいわれる。
 近交弱勢を避けるためにもっとも手っ取り早い方法は他の群れのメンバーと交尾することだ。それを本能的に理解していたハイエナの雌は外から来た雄をつがいとして選んだ。オレはそういう仮説を立てた。もちろん根拠の薄い妄想の類だけどな。
 もしこの仮説が正しいなら新しい物好きな性質が性的嗜好に直結することは生存にとって有利に働く可能性は十分にあるはず。そういえば好奇心や冒険心が強い人は浮気とかしやすいらしいな。
 つまりいかにも運命的な出会いをしただけであっさり恋に落ちるような人間は浮気などをしやすいはず?
 ……オレ何の話をしてたんだっけ。ああヒトモドキがシェイクスピアを見たらどうなるかだっけ。

 ハムレットは王弟と王妃ができちゃったことが発端なんだっけ。あれ? 多夫多妻だと何の問題もなくね? あ、でも女系国家だから王様が男ってことにはツッコミが入るかも。論点がずれてないか?
 ロミジュリはえーと、他のコミュニティの男女がくっつくのはアウト。……浮気扱いになるのか?
 ……すんません、ウィルおじさん。貴方の作品は多分この世界では受け入れられません。どんどん話が不味い方向に向かってる気がする。いや別に文学をディスりたいわけじゃないですよ?
 ま、まあ村を一つ見ただけだからな。この国の全てがこの村と同じだとは限らないよな。

 ちなみに村を出ていった女性を尾行して他の村を発見することにも成功したけど……大体どの村も同じ感じだった。
 できれば浮気がバレた奴がどんな目に遭うのか見たかったけどそんな修羅場には出くわさなかった。単なる好奇心じゃなくてこいつらの間で浮気というものがどの程度の罪なのか知りたかっただけだ。
 一般的に宗教だと浮気に対して不寛容な気がする。でも多夫多妻制なら浮気に対してはやや寛容かもしれない。つまり生物の本能を優先しているか文化や信仰を優先しているかが判断する指標になるかな、と思ったけどまあ現実は上手くいかない。
 改めて考えると結婚とか交尾とか動物によって違うよなあ。
 ついでに言うと浮気する動物は結構いる。一部の鳥の中には浮気しないように見張っている鳥もいるとか。だからと言ってそれが浮気していい理由にはならないけどな。
 やっぱり生物によって婚姻や性は多様極まる。もし地球の人間がヒトモドキに転生したらとても苦労……しないかな?
 よく考えたらたかが結婚やら家族やらの形が違うだけだし。そんなもん慣れさえすればどうでもいいだろう。
 少なくともオレよりはましだ。逆にオレでもこの状況に順応できたんだから普通ならたいして時間もかからずに適応できるかもしれない。でもヒトモドキは変な宗教の信奉者らしいからなあ。その辺りでつまずく奴も多いだろう。
 やっぱりオレ以外の転生者も探しておくべきだな。ヒトモドキ以外に転生してる可能性のほうが高いかもしれないけどな。

 観察しているうちに気付いたことだけど子供の姿は見当たらない。どうもどこかの家に集められているようで、まかり間違って子供に強いることはないようにしているみたいだ。たまに外出する時も男女別に固められている。
 どこの世界でもロリコンやショタコンには厳しいみたいだな。もちろん非難するつもりはない。子供は基本的に守られるべきだろう。
 でもできれば中の様子が見たい。子供が集められているならそこでは教育を行っているはずだ。学校が上手くいっているとは言い難いオレにとって参考にしたいけど……感覚共有は蟻以外とはできないし、これ以上近づくわけにはいかないのでお預け状態だ。
 家の中、観察できないかなあ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...