62 / 509
第一章
60 動き出す春
しおりを挟む
穏やかな風と温かい日差しが降り注ぎ、新しい草花が芽吹く季節。セイノス教徒にとって最も神聖な季節、春が来た。
熊に襲われたのち誰一人として欠けることなく春を迎えたのは、アグルの無私の心と、銀の聖女という心の支えがあったことが大きい。誰もが満面の笑みを湛えている。
そしてトゥーハ村は新たな住人を迎えることになった。
「新しい村長さん。どんな人なんでしょうか」
ファティは期待半分不安半分といった面持ちで彼方を見やる。
「サリが隣村まで迎えに行っている。もうすぐ着くころだ。御子様が紹介してくださった方だ。きっと素晴らしい人だよ」
アグルは今見える景色ではなく、はるか未来を見据えている。村長の座を譲り渡したことは痛手ではない。彼には権力の座に固執する意思はなく、あくまでも兄の理想だと信じる物が叶えばいい。そのためにのし上がる必要があるだけだ。
新しい村長などルファイ家までのつなぎにすぎない。適度にこちらの要望を叶える傀儡であることが理想的だ。もっとも銀髪と御子の口添えがあればそれは恐らく叶うだろう。
「あ、サリが帰ってきました。横にいる人が新しい村長でしょうか」
季節は春。新しい風がもたらすのは平穏か、騒乱か。今はまだ誰も知らない。
季節は春。それは誰にでも等しく訪れる。
だがしかし、地中に存在する蟻たちに動きはない。誰も彼も死んだように眠っている。この巣に一人しかいない女王蟻でさえも。彼は生き残れなかったのだろうか?
そうではない。
蟻達に太陽が、その体に備わる鼓動が、春を告げた時、その心臓は再び力強く鼓動を響かせる。
思いっきり伸びをする。体は動く。そして全力ダッシュ!
「ゲホッゲホッ」
いかん。いきなりすぎてむせた。少しペースを落としてから小屋の扉を開けてこう叫んだ。
「春だ――! あったけ――! いよっしゃ――! 生き延びたぞ――――!」
死んだかと思った? 残念! 生きてます!
冬が始まった時点では冬眠できなかったけど、冬の間に成長したおかげで冬眠可能になったのだ! 冬眠に必要なエネルギーは部下の死体と食料を食い漁って脂肪として蓄えることができた。しかし冬の間にほとんど空になってしまった。
全国の皆さん! ダイエットしたければ冬眠することをお勧めするぜ!
「よーし、起きろ起きろ! さあこっからまた始めるぞ! 忙しくなるぞ!」
安心するのはまだ早い。襲ってくる魔物はいるし、人口だって少なすぎる。それでもラーテルから、冬の寒さから生き延びた喜びは何物にも代え難い。失ったものも忘れてはいけないけど。
喜びを噛みしめ、悔しさをばねにして、もっと強くもっとたくましくなってみせる! ま、オレは戦わないけどね! 怖いから! それに弱いし! やるのはオレの部下たちです。
残念ながらオレは一人で生きられるほど強くない。だからこそオレの身を守る部下が、組織が必要だ。この重要性を再認識した。
やってやる! ビビりでも最弱一歩手前でも生き抜いてみせる!
天界のミスにより蟻に転生してしまった青年。魔物、人、神、同じ転生者、そして大自然。ありとあらゆるものを敵に回してしまった彼の受難はまだ終わらない。
否。
まだ始まったばかりでしかない。それでも彼は、この世界で生きていく。
熊に襲われたのち誰一人として欠けることなく春を迎えたのは、アグルの無私の心と、銀の聖女という心の支えがあったことが大きい。誰もが満面の笑みを湛えている。
そしてトゥーハ村は新たな住人を迎えることになった。
「新しい村長さん。どんな人なんでしょうか」
ファティは期待半分不安半分といった面持ちで彼方を見やる。
「サリが隣村まで迎えに行っている。もうすぐ着くころだ。御子様が紹介してくださった方だ。きっと素晴らしい人だよ」
アグルは今見える景色ではなく、はるか未来を見据えている。村長の座を譲り渡したことは痛手ではない。彼には権力の座に固執する意思はなく、あくまでも兄の理想だと信じる物が叶えばいい。そのためにのし上がる必要があるだけだ。
新しい村長などルファイ家までのつなぎにすぎない。適度にこちらの要望を叶える傀儡であることが理想的だ。もっとも銀髪と御子の口添えがあればそれは恐らく叶うだろう。
「あ、サリが帰ってきました。横にいる人が新しい村長でしょうか」
季節は春。新しい風がもたらすのは平穏か、騒乱か。今はまだ誰も知らない。
季節は春。それは誰にでも等しく訪れる。
だがしかし、地中に存在する蟻たちに動きはない。誰も彼も死んだように眠っている。この巣に一人しかいない女王蟻でさえも。彼は生き残れなかったのだろうか?
そうではない。
蟻達に太陽が、その体に備わる鼓動が、春を告げた時、その心臓は再び力強く鼓動を響かせる。
思いっきり伸びをする。体は動く。そして全力ダッシュ!
「ゲホッゲホッ」
いかん。いきなりすぎてむせた。少しペースを落としてから小屋の扉を開けてこう叫んだ。
「春だ――! あったけ――! いよっしゃ――! 生き延びたぞ――――!」
死んだかと思った? 残念! 生きてます!
冬が始まった時点では冬眠できなかったけど、冬の間に成長したおかげで冬眠可能になったのだ! 冬眠に必要なエネルギーは部下の死体と食料を食い漁って脂肪として蓄えることができた。しかし冬の間にほとんど空になってしまった。
全国の皆さん! ダイエットしたければ冬眠することをお勧めするぜ!
「よーし、起きろ起きろ! さあこっからまた始めるぞ! 忙しくなるぞ!」
安心するのはまだ早い。襲ってくる魔物はいるし、人口だって少なすぎる。それでもラーテルから、冬の寒さから生き延びた喜びは何物にも代え難い。失ったものも忘れてはいけないけど。
喜びを噛みしめ、悔しさをばねにして、もっと強くもっとたくましくなってみせる! ま、オレは戦わないけどね! 怖いから! それに弱いし! やるのはオレの部下たちです。
残念ながらオレは一人で生きられるほど強くない。だからこそオレの身を守る部下が、組織が必要だ。この重要性を再認識した。
やってやる! ビビりでも最弱一歩手前でも生き抜いてみせる!
天界のミスにより蟻に転生してしまった青年。魔物、人、神、同じ転生者、そして大自然。ありとあらゆるものを敵に回してしまった彼の受難はまだ終わらない。
否。
まだ始まったばかりでしかない。それでも彼は、この世界で生きていく。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春乞いの国
綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。
ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。
一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。
ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~
Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。
彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。
「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」
そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。
「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」
正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。
いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる