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秋葉夕雲

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第一章

60 動き出す春

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 穏やかな風と温かい日差しが降り注ぎ、新しい草花が芽吹く季節。セイノス教徒にとって最も神聖な季節、春が来た。
 熊に襲われたのち誰一人として欠けることなく春を迎えたのは、アグルの無私の心と、銀の聖女という心の支えがあったことが大きい。誰もが満面の笑みを湛えている。
 そしてトゥーハ村は新たな住人を迎えることになった。
「新しい村長さん。どんな人なんでしょうか」
 ファティは期待半分不安半分といった面持ちで彼方を見やる。
「サリが隣村まで迎えに行っている。もうすぐ着くころだ。御子様が紹介してくださった方だ。きっと素晴らしい人だよ」
 アグルは今見える景色ではなく、はるか未来を見据えている。村長の座を譲り渡したことは痛手ではない。彼には権力の座に固執する意思はなく、あくまでも兄の理想だと信じる物が叶えばいい。そのためにのし上がる必要があるだけだ。
 新しい村長などルファイ家までのつなぎにすぎない。適度にこちらの要望を叶える傀儡であることが理想的だ。もっとも銀髪と御子の口添えがあればそれは恐らく叶うだろう。
「あ、サリが帰ってきました。横にいる人が新しい村長でしょうか」
 季節は春。新しい風がもたらすのは平穏か、騒乱か。今はまだ誰も知らない。



 季節は春。それは誰にでも等しく訪れる。
 だがしかし、地中に存在する蟻たちに動きはない。誰も彼も死んだように眠っている。この巣に一人しかいない女王蟻でさえも。彼は生き残れなかったのだろうか?
 そうではない。
 蟻達に太陽が、その体に備わる鼓動が、春を告げた時、その心臓は再び力強く鼓動を響かせる。

 思いっきり伸びをする。体は動く。そして全力ダッシュ!
「ゲホッゲホッ」
 いかん。いきなりすぎてむせた。少しペースを落としてから小屋の扉を開けてこう叫んだ。
「春だ――! あったけ――! いよっしゃ――! 生き延びたぞ――――!」
 死んだかと思った? 残念! 生きてます!
 冬が始まった時点では冬眠できなかったけど、冬の間に成長したおかげで冬眠可能になったのだ! 冬眠に必要なエネルギーは部下の死体と食料を食い漁って脂肪として蓄えることができた。しかし冬の間にほとんど空になってしまった。
 全国の皆さん! ダイエットしたければ冬眠することをお勧めするぜ!
「よーし、起きろ起きろ! さあこっからまた始めるぞ! 忙しくなるぞ!」
 安心するのはまだ早い。襲ってくる魔物はいるし、人口だって少なすぎる。それでもラーテルから、冬の寒さから生き延びた喜びは何物にも代え難い。失ったものも忘れてはいけないけど。
 喜びを噛みしめ、悔しさをばねにして、もっと強くもっとたくましくなってみせる! ま、オレは戦わないけどね! 怖いから! それに弱いし! やるのはオレの部下たちです。
 残念ながらオレは一人で生きられるほど強くない。だからこそオレの身を守る部下が、組織が必要だ。この重要性を再認識した。
 やってやる! ビビりでも最弱一歩手前でも生き抜いてみせる!



 天界のミスにより蟻に転生してしまった青年。魔物、人、神、同じ転生者、そして大自然。ありとあらゆるものを敵に回してしまった彼の受難はまだ終わらない。
 否。
 まだ始まったばかりでしかない。それでも彼は、この世界で生きていく。
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