こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
50 / 509
第一章

49 灯火を掲げろ

しおりを挟む
 太陽を背にラーテルは悠々と歩を進める。足取りはゆったりと余裕に満ちていた。
 凶悪な外見と時折のぞかせる犬歯は怪物と呼ぶに相応しい。夕日のせいだろうか。背中が燃えているように見える。これからそれを現実にしなければならない。
 幸いにも奴には辛生姜の魔法は有効だ。最初に襲われたときに放った辛生姜の矢が当たったのだろう。右肩辺りにピンク色の光がうっすらと見える。
 ただしラーテルのサイズが大きすぎるせいでごく一部しか硬化を解除できていないようだ。ないよりましだと思うしかない。

「遂に来たか」
 そしてラーテルは果樹園に辿り着いた。当然ながら渋リンの土棘など何の役にも立っていない。鼻を鳴らし、臭いを嗅いだ後、樹に生っている渋リンを一飲みにした。
 だがすぐに毒でも食べたかのように渋リンを吐き出した。
 そうだろうな。渋リンは生じゃ食えたもんじゃない。でもな、必死で育てた果実で、ちゃんと加工すれば美味くなる食べ物なんだ。
 そいつを土足で上がり込んだ挙句に不味いから吐き出すだと!?
「盗人猛々しいにも程があるだろう! 投石機、撃て!」
 放たれるいくつもの大岩。ラーテルがどの方角から来るかはおおよそわかっていたためその進路上に投石機を設置するのはそれほど難しいことじゃなかった。間に合ったのは蟻たちの努力の賜物だし、一定の距離しか飛ばせない投石機が当たるかどうかはほぼ運しだいだった。
 ……運はあった。足りなかったのは威力だ。
 偶然一つだけ当たった投石はラーテルの背中に命中したが、傷一つついた様子はない。これが最強。これが暴力。
 それでもプライドを傷つけられたのか投石機へと突進を始めた。土の棘も歩道橋も何もかもを消し飛ばし、土石流のように全てを呑み込んでいく。
「まだ攻撃するなよ」
 蟻にも、蜘蛛にも、最後の念押しをする。ここで伏兵がバレれば作戦が全て水泡に帰す。まず最初にラーテルに攻撃させなければならない。
 時間としては一瞬、けれどずっと永くに感じられる。ラーテルは望み通り投石機、そして周囲に存在した蟻、そのすべてを薙ぎ払った。――――シードルが入った壺も含めて。
 ぶちまけられる酒。それによってラーテルの毛はぐっしょりと濡れた。
 さっきも言った通り、ラーテルにただ火矢を射掛けても燃えるかどうかはわからない。だが予め引火性のアルコールで毛を濡らしておけばどうなるか。わずかでも火に触れれば一気に引火する。
 後は火を点けるだけだ!
「火矢を射ろ!」
 今ある弓でありったけの矢を放つ。ラーテルが陽動にのったおかげで両翼包囲という絶好の陣形で攻撃できた。
 それでも――奴を捉えることはできない。ほとんどの矢は空を切り、当たった火矢も
 燃え移りはしなかった。矢は知っていてもアルコールの引火性を知りはしないだろう。だが自分が誘い込まれたことと、シードルが何か危険な液体であると予測したのかもしれない。信じがたい速度で飛び退いた。
 いや――それだけじゃない。ラーテルは真後ろには向かわず、つまり逃げ出さずに包囲の右端へと向かっている。端から順に殺すつもりだろう。ただ単に強いだけなら目の前にいる敵を闇雲に屠るだけだ。そうはせずに敵をもっとも効率よく皆殺しにする方法を冷静に着実に選択する。あれほどの力を持ちながら驚くべき知性だ。
 だが運勝負ならオレの勝ちだ。そこには今回限りの助っ人がいる。右翼か左翼に襲撃、あるいは中央突破を図るとは思っていた。でも、本気で走っているラーテルに追いつくのは不可能な以上、蜘蛛はどこかに配置するしかない。右翼に配置した理由は強いていうのなら、今右肩は辛生姜の魔法によって動かしづらいなら、左手で攻撃するから右翼からの方が攻めやすいかと思っただけ。
 要するに大した根拠はない。そして後は蜘蛛次第だ。
「頼むぞ!」

 予め張り巡らされた糸を利用して樹と橋の隙間を縫うように音も無く駆ける。矢や投石といった弧を描く飛び道具に慣れていたこともあるのだろう。ラーテルは蜘蛛に気付くことができなかった。
 蜘蛛の糸に括りつけられた火を、
「我が同胞の無念―――受け取れ」
 報いの炎を解き放った。
 希望の火は灯った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...