こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
45 / 509
第一章

44 ある日森の中で

しおりを挟む
 さてと、どうやってヒトモドキを全滅させるべきか。時間はないからシンプルな作戦がいい。捕まった蟻を尾行するつもりだと仮定するなら、逆に誘導できると考えるべきだ。
 巣にはまっすぐ返さずに伏兵を伏せた場所に誘導して一気に殲滅。雑だけど、あいつらよりも多くの弓兵を用意できるなら問題はない。大軍に奇策はいらないというやつだ。
 問題はそんなにホイホイ誘導されるかどうかだけど……そこは敵次第だから何とも言えない。
 上手くいけば捕虜として捕まえたい。情報が欲しい。より理想的には味方にしたいけど無理だろうな。

 弓や備品のチェックは迅速かつ効率的に行われている。そういえば最適化問題に蟻の行動アルゴリズムを応用できるって聞いたことがあるけど、確かに蟻は作業を効率化させるのは得意なようだ。反対にイレギュラーに対応する能力や今までとは違うことを始めるのは苦手のようだ。
 どことなく日本人っぽい気がする。オレもそっち側だし。蟻よりはましだよな……多分。

 では手早く準備が済んだので出発しようか……なんだあれ? 鳥か?
 上空には鷲ではなく、もっと小さい鳥が飛んでいる。
「撃ち落とそうか?」
 どうやら落とせる自信があるらしい。まさに飛ぶ鳥を落とす一矢。実際には集団で射掛けるつもりだろうけど。だが今は必要ない。
「ほっとけ。それよりも待ち伏せ予定地点まで急げ」

 でもどっかで見たことある気がするな。
 赤っぽい嘴に黒い顔。からすよりは大きい。もしも魔物なら地球よりも巨大化しているかもしれないからあまり参考にはならない。
 それでも鳥としてはそこそこでかいよな? 飛行向きの魔法でも使ってるのかな?
 うーん。まだ思い出せない。ま、そのうち思い出すか。

 後に、この時この鳥の正体を思い出せなかったことを心の底から後悔することになる。



 先ほど捕まった蟻はもうすでに解放されている。ならばまず予定地点までゆっくりと歩いてもらおう。人間は疑うこともせずに隠れながら尾行している。
 あれ? 何でわざわざ隠れてるんだ? 探知能力があるからバレバレだぞ?
 探知能力について知らないのか? ありえるのかそんなこと。んーありえるな。さっきも言ったけど蟻は応用が苦手だ。探知能力や広域テレパシー能力をあくまでも遠く離れた蟻にこちらの要望を伝える道具としてしか認識しておらず、戦うための兵器としては利用しなかったのかもしれない。
 でもそれならテレパシーの使用を制限しているのは変だな。テレパシーを使うとそれを探知する魔物でもいるのか? 逆に蟻の探知能力は詳しく知らないのか?
 もしそうならこちらが既にそっちの位置を把握していることも、すでに準備が整っていることも気づいていないかもしれない。端的に言えば油断している。
 ありがたい。これなら笛吹き男を雇わなくてもあっさりこいつらを嵌められる。

 幸運というべきだろうか。まったく魔物に遭遇せずに順調に進んでいる。伏兵も配置し終わった。
 と思ったらまたあの鳥かよ。さっき巣にいた鳥は人間の方へ行ったらしい。邪魔なんだよ、お前。あっちいけ、しっしっ。

 突然白い光が鳥を貫いた。赤い髪の女が鳥を撃ち殺してくれました。あのさあ、今隠密行動中だってわかってる? いくら魔物を殺すのが大好きだからって時と場合をわきまえろよ。
 まあでもうっとおしい鳥を殺してくれてありがとう! 後でキスしてやろう。オレの部下が。
 鳥は一撃では死ななかったようで、かすかに息がある。近寄ってとどめを刺すその寸前に耳をつんざかんばかりの絶叫がこだました。
 否。それは決して耳をつんざくこともなければ、こだまもしない叫びだった。つまりこの頭に直接届く叫びはテレパシーだ。
 どうやら女王蟻以外にも広域テレパシー能力を持った魔物がいたようだ。まさか仲間を呼んだのか? 蟻たちに周囲を探らせてみたが特に何もない。単なる断末魔か?
 二重尾行させている蟻に人間の様子を探らせてみたが特に慌てた様子はない。単に聞こえなかったのかそれとも別に気にすることでもないのか。
 ただ周りの態度から、あの赤い髪の女性がリーダーであるように感じる。あいつを捕らえると色々都合がよさそうだ。目的地まであと少し。気を抜かないようにしなければ。

 もしもここが西方に位置するスーサン領ならば今の声を聴いた時点でありとあらゆる魔物は心臓が破けるまで走り続けるか、茂みに見つからぬよう隠れるか、あるいは全てを諦めて神に祈ったことだろう。
 だが本来あの鳥はこの辺りにはいないはずであり、それゆえに誰も知らなかった。あの鳥が他の魔物を呼び寄せる性質を持つことを。特にある獣を。





 この森のある場所に蛇はいた。かつて蟻と戦い唯一生き延びた蛇である。
 彼は力を蓄え一回り大きく成長した。ある時は力で、ある時は知で仲間を増やすことにも成功した。今こそ復讐を遂げる時。そう確信した彼は仲間とともにかつての巣へと進軍を開始した。
 彼は幸運に恵まれていた。しかしそれ以上に彼は不運だった。

 彼らにはあの鳥の声が聞こえず、偶然にもそれの近くにいてしまった。
 それは眠っていたが、鳥の叫びにより微睡の淵から目覚め、蛇の一群を見つけた。
 そして蛇もまた獣を見た。今まで丘だと思っていたものが崩れ、動き出すのを見た。
 目覚めた獣は巨体を走らせ、一直線に蛇へと向かう。その勢いはあまりにも速く、逃げ切れるものではない。
 蛇もまた目の前に迫る死の未来を変えるべく、毒弾を放つが――効かない。それらは何一つとして意味をなさずに一撃のもとに蛇の頭は潰された――否、消失した。
 頭目を失った蛇達は恐怖に駆られて一目散に森の陰に消えていった。
 黒い目が森を見据える。ここに、森にいる全ての生物の命運は決定した。森に潜む魔物はこの獣にとっては単なるエサでしかない。

 獣は目覚めた。嵐は来た。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ヒトナードラゴンじゃありません!~人間が好きって言ったら変竜扱いされたのでドラゴン辞めて人間のフリして生きていこうと思います~

Mikura
ファンタジー
冒険者「スイラ」の正体は竜(ドラゴン)である。 彼女は前世で人間の記憶を持つ、転生者だ。前世の人間の価値観を持っているために同族の竜と価値観が合わず、ヒトの世界へやってきた。 「ヒトとならきっと仲良くなれるはず!」 そう思っていたスイラだがヒトの世界での竜の評判は最悪。コンビを組むことになったエルフの青年リュカも竜を心底嫌っている様子だ。 「どうしよう……絶対に正体が知られないようにしなきゃ」 正体を隠しきると決意するも、竜である彼女の力は規格外過ぎて、ヒトの域を軽く超えていた。バレないよねと内心ヒヤヒヤの竜は、有名な冒険者となっていく。 いつか本当の姿のまま、受け入れてくれる誰かを、居場所を探して。竜呼んで「ヒトナードラゴン」の彼女は今日も人間の冒険者として働くのであった。

春乞いの国

綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。 ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。 一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

処理中です...