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秋葉夕雲

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第一章

34 入れ食い

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 時刻は昼過ぎ。蛇たちはまだまどろんでいる頃合いだ。あれから様々な準備を済ませたオレは蛇との戦いに向けた最終確認を行っていた。
「弁当はもったか?」
「持った」
「弓矢はチェックしたか?」
「した」
 弓は色々試行錯誤した結果、よく伸びよく戻り粘着性のある蜘蛛糸シートに灰汁でセリシンを抜いたシートをかぶせることにした。これならべたべたすることもなく、乾燥しづらい。
 問題なのは弦だ。流石にこれは何かをかぶせるわけにはいかないので、少しだけセリシンを抜いた糸を袋に入れて使う時だけ取り出すようにした。ちなみに袋はネズミの内臓を縛ったものだ。流石に蜘蛛一匹だけでは必要なものすべてを賄えない。内臓は比較的硬化能力が解除されにくい部位なのも幸運だった。
 その性質上管理に手間がかかるのが異世界版複合弓の最大の欠点だ。しかしそれだけの価値はある。
「酒と生姜は持ってるな?」
「「持ってる」」
「ネズミはちゃんと生きてるな?」
「「生きてる」」
 運よく捕らえたネズミは<錬土>で拘束してある。こいつをどう使うかは後のお楽しみ。
「丸太は持ったか?」
「「「持ってない」」」
 よろしい。いらないものは持ってないな。
 ちなみに生姜の魔法が二番目の巣まで届くことは確認済み。あれがあるとないとでは勝率がまるで違う。
 罠もきちんと仕掛けたが上手くいくかどうか確証はない。いずれにせよ大事なのは、
「やばいと判断すれば逃げること。例え負けても生きてればまた戦える」
 こいつらを使いつぶすことには躊躇いを感じないが無闇に死なせるわけにはいかない。

 作戦が上手くいけばこれで終わりだが上手くいかなければ今以上に長期戦になる。一人一殺くらいならいいが十人一殺ならこの先生きのこれない。蛇だけがこの森の強敵じゃないからだ。
「じゃあ出発だ。道中他の魔物に出くわしてもなるべく手は出すな」
 灰色の行列はそれこそ葬列のように静かに動き出した。



 黄昏時。またの名を逢魔が時。昼から夜へ移る時刻。魔と巡り合うという言葉はこの世界の真理を衝いている。昼と夜の魔物、その両方が蠢く時間なのだから。

 音も無く地を這う魔物は言うまでもなく蛇。彼からすれば蟻は単なる獲物であり、反撃されることなど想像すらしていない。その若さゆえの過ちがもたらす喜劇をまだ知らない。

「蛇発見。一番小さい蛇」
 よしよし。狙い通り。最悪三日くらい待つつもりだったが、幸先のいいスタートだ。
 蛇を観察するうちに気付いたことだけど、蛇にはそれぞれ個性や性格がある。当然もっとも警戒心が強いのは親蛇だ。
 反対にもっとも小さい蛇は警戒心も薄く、好奇心旺盛だ。それゆえか辺りが暗くなり始めるとすぐに巣を飛び出すことが多い。罠にかけやすいのは誰かなど考えるまでもない。

 罠まで誘導するために火を点けた炭をいくつか置いてある。前にも言ったが蛇には熱を感じるピット器官がある。なら逆にピット器官を利用して敵を引き付けられないか? そう考えた結果この炭だ。思った通り好奇心旺盛な蛇はあっさりと引っかかってくれた。

 点々と置いてある炭を次々に見つけていく。さながらヘンゼルとグレーテルのようだ。行きつく先が魔女の家なのは皮肉にしてはできすぎている。
 それほど時間をかけずに蟻たちが掘った、地面にぽっかり空いた穴へとたどり着いた。けど流石に警戒しているらしく中に入ろうとはしない。いくら何でも露骨すぎるからな。それでも入らせるための策はある。

 穴になかにいる蟻に話しかける。
「ネズミの猿ぐつわを外してから咬みつけ」
 指示は素早く実行され、あたりにネズミの悲鳴が轟いた。チューチュー鳴くなんて可愛いものじゃない。嫌に甲高く不快な声がテレパシーと生の音の両方によってネズミの存在を明らかにさせた。
 多少警戒したところで獲物がいることがわかれば突っ込みたくなるのが人情というもの。宝箱があれば開けたくなる心理と一緒だ。人間じゃないけどさ。
 悲鳴を聞いた蛇の速度は尋常ではなく、影すら置き去りにするほどの速度で穴に滑り込み、穴の奥にいたネズミを一呑みにした。危なかった。すぐに隠れなければ蟻まで食われていただろう。

 だがこれで罠を作動できる。

 鈍く重い音が穴の中で響き渡る。穴の途中に設置した石格子を落としたのだ。もう蛇はこの穴から逃げられない。
 最初は蜘蛛の糸を引っかけて蛇が穴の奥に入ると格子が落ちるという箱罠に近い構造にしたかったけど罠には詳しくなかったので断念。なので物凄く原始的な方法で対処させてもらった。
 この穴は地下二階建てになっており蛇がいるのは地下二階。地下一階には蟻たちが待機しており、覗き穴により状況を確認しつつ、そこから各種の罠を作動させる。今の場合引き戸のようにして地下一階に隠していた格子を落としたのだ。
 ピット器官でバレないか不安だったが土の壁に遮られて見つけられなかったようだ。

 尻尾を振ってからからと乾いた音を立てる。ガラガラ蛇のように尻尾から音を出すらしい。基本的に地球の蛇は発声器官をもたないが体の各部から音を出すことはある。
 くくく、いい声で、いや音で鳴いてくれよ?
 さらに石格子に体当たりや咬みつきを仕掛けるがびくともしない。怪獣映画ならコンクリのビルはあっさり砕かれているが、十分に固まった岩を生物が砕くのは無謀に近い。人間なら瓦を割っただけで驚かれるくらいだからな。
 魔法なら可能性はあるかもしれないが、蛇の魔法は毒弾であり対生物に特化しており、単純な破壊には向かない。もう一度言うぞ。もう逃げられない。

「紫水。他の蛇も出てきたよ」
 巣から三匹の蛇がこれまた凄まじい速度で飛び出した。やはり多少遠距離でも会話できるらしい。ここまでくればもうオレが何を狙っているかお分かりだろう。
 スナイパーと一緒だ。ここは偉大なるシートン先輩に学んだというべきか?
 捕まえた蛇を囮にして他の蛇を罠にはめる作戦だ。蛇のチームワークが優秀なら逆に利用してやればいい。
 えっ、卑怯? 卑劣? ははは何をおっしゃる。地球にも疑似餌や声まねで獲物をおびき寄せる生き物はいるんですよ? 不意打ちや罠を卑怯だというのは人間くらいだ。

 三匹の蛇は穴の周囲をうろうろ動き回り注意深く周囲を観察している。どうやらオレが罠を張っていることはバレているらしい。その吐息やまなざしから怒りを感じるのも気のせいではないだろう。
 ひとしきり周囲を警戒した後、一匹だけが穴の中に入っていった。そんなに警戒しなくても取って食うわけでは……あるか。慎重になるのも当然だ。
 残りの二匹、内一匹は親蛇、はなおも周囲を警戒している。穴の中にいる二匹は必至で石格子を壊そうとしている。ここまではほぼ満点と言っていい。
「では第二段階だ。投石機、撃て。そして投網、投げろ」
 指示は迅速かつ的確に実施された。蜘蛛の糸によって改良された投石機から大岩が蛇の頭上に降り注ぎ穴の入り口を塞ぐように投網が放たれた。石が砕け、蛇の尻尾がけたたましい音を立てる様子はさながら戦争のようだ。
 準備に時間が必要な投石機を利用できた理由は二つ。蛇が外出するタイミングはほぼ決まっていること。投石機に対して何ら興味を示さないことだ。
 当たり前だが蛇には腕がない。投石機など使ったことどころか、見たことすらないはずだ。故に投石機の本体がそのまま置かれていても、なんか変な木があるなあ、くらいの認識でしかない。
 だがもしもこの攻撃を生き延びれば投石機を兵器だと認識するかもしれない。だからこそ今回で仕留めてしまいたい。
 投網は樹上からたまたま見つけた木のうろから放り投げた。もしかしたら他の生き物が使っていたのかもしれない。蛇などからは見つかりにくい位置に作られていたからな。
「仕上げだ。石木を切り落とせ」
 とどめとばかりに木に見せかけられた石が倒される。穴を掘るときどうしても大量の土砂が発生する。何か利用できないかと考えて木に偽装することを思いついた。
 蟻の魔法なら石でできた木を倒すことなど容易い。ある程度バランスを調整すれば穴の入り口に倒れるよう工夫することもまた難しくない。投網だけでは逃げられるかもしれないので重石として、あるいは逃げようとする蛇を押しつぶす目的で設置した。
 問題は倒す蟻をどうやって隠れさせるかだったが、これも石木の中に蟻を隠すことにした。高度なテレパシー能力と生存能力を持つ蟻だからこそできた芸当だ。

「……やりすぎたかな?」
 再び静寂が戻った森に独白する。蛇の尻尾すら鳴っていない。諦めたのだろうか。他にも罠は用意してたが必要なさそうだ。穴の中に入った蛇も外に出られず、外にいた蛇もピクリともしない。
 まあいい。それじゃ仕上げにかかろうか。
 ひとまず蛇の死体を確認し

 そこに――いた。

 巨大な蛇が一匹の蟻に咬みつきその鎧を砕けないと悟ったのか猛烈な勢いで地面に叩きつけた。

 満身創痍だが、爛々と輝く瞳はその心情を明確に語っている。即ち、オマエを殺す、と。そう言っている。
 だが動いているのは親蛇だけのようだ。
「お子様を殺されて怒り心頭ってか? こっちだってオレの貴重な労働力を殺されて気分はよくないぞ?」

 これは生存競争。お互いに殺す権利がある。故に味方を殺されたぐらいで怒るのは理不尽かもしれない。ま、その理不尽さこそが人間の証かもな。

「ここからは敵も攻撃してくるぞ! 正面からは戦わず罠と弓矢で削っていけ!」
 オレの鼓舞に応じたわけでもないだろうに、蛇は頭部のフードを広げ、地獄の底から響くような音を立てた。
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