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第一章
33 99%の準備と1%の着想
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灰色の蜥蜴が森を走る。追いすがるのは黒い蛇。
身をくねらせ、まさしく蛇行する蛇が蜥蜴に迫るが、突如としてその動きを止めた。蜥蜴の魔法、<影縫い>によって地面に縫い付けられたのだ。
逃がすものかと毒液を放つが木々に阻まれ当たることはなかった。うっそうと茂る森の中では飛び道具の強みは半減する。ある程度整備された果樹園に居を構えるのはそういった理由もあるのだろう。
蜥蜴は闘争にも逃走にも使える便利な魔法を持っているらしい。それでも蛇から逃げるためには力不足だ。敵は一匹ではないのだから。
待ち伏せしていた蛇がほとんど蜥蜴の正面から毒液を放った。当然よけられるはずもなく毒によって力を失った蜥蜴はあっさり蛇に丸呑みにされた。
「偵察御苦労。引き続き見つからないように慎重に監視を続けろ」
蛇たちに動きがあるという報告を受け取り、感覚共有によって一部始終を見届けた。どうやら蛇は夕方から活動を開始することが多い。夜行性ならピット器官はあると思った方がよい。
「了解」
蛇の偵察を続ける蟻たちは疲労の色さえ窺わせずに任務を続行する。蟻は精神的にも肉体的にも極めてサバイバル能力が高いとはいえ、無理をさせられない。見張りは交代制にしたほうがいいかもしれない。
「あ、そうだ。蓑の着心地はどうだ?」
「まずまず快適」
ふむ。思いのほか評価は悪くないようだ。
生活の基盤は衣食住だと言われている。現在食は改善中。住に関しては<錬土>の性能上ほぼ心配しなくていい。意外にも衣を整えることに難航している。
一つの理由として獣の皮が明らかに地球のそれとは異なることだ。つまり魔物には硬化能力がある。その影響なのか上手くなめすことができない。もちろんオレの知識が乏しいせいもあるけど。
なので今現在植物から衣類を作るしかない。とりあえずイネ科植物を乾燥させたり、燻したりしてから編んだ縄で、蓑を作ってみた。幸いなことに蜘蛛糸を接着剤代わりに、<錬土>で作った石を留め具にすればそれほど苦労せずに作れた。時間はかかるから量産するのは面倒だけど。
雨具や日除け、あとは森に入る場合のカモフラージュとしての効果を期待している。
蜘蛛糸を上手く衣服として利用できるようになるまではこれで凌ぐつもりだ。
でもまあ、あんまり衣服に関しては重要視していない。地下は気温が変動しにくいから大した防寒具が必要ないし、外での作業も必死で涼しい服装をしなくてもよさそうだ。というのも蟻はかなり体温調節能力が高いらしく、そこまで汗をかかなくても体温が上がりにくいようだ。どうやってるのかはさっぱりわからん。汗をかかずに体温を下げるなんてできるもんかね?
目下の課題である蛇の戦力調査に戻るか。
遠距離からの毒液、近距離での咬みつきや締め付け。さらにチームワークまである。地の利も敵に味方している。せめてこっちのホームで戦えれば勝機があるけど。
やはり向こうの巣の中で戦うのは得策じゃない。偵察を続けてわかったことだが蛇は合計で4匹いる。内一匹は大人の蛇らしい。全部同時に戦ったら間違いなく全滅する。
各個撃破するか罠で一気に仕留めるか、いずれにせよ蛇をこちらが戦いたい場所に誘導したい。ただ蛇は連携を取れるほど頭がいい。そんな奴をあっさり罠にかけられるか?
「紫水。蟷螂がきたよ」
おっとまた来たか。前の警報はうるさすぎたので明らかに攻め込まれるか、こちらに被害が出ない限り小さめの声にさせておいた。
ふむ。ちょうどいいオレたちがどれくらい強くなったか試すとしよう。
蟻たちと蟷螂が睨みあう。以前と全く同じ構図だ。だがオレたちは武器を発展させた。お前はどうだ? 蟷螂!
数匹の蟻が弓を引き絞る。蟷螂は弓という兵器が理解できないらしくただ棒立ちし続けている。どれほど頭が良くても知識がなければ"その先"を予測することはできない。
一斉に放たれた矢は蟷螂の体に突き刺さった。この距離なら動いてない相手に外すわけはない。しかも生姜付きの毒矢だ。もはやろくに動くことすらできない。
「ギ、ギ。オイ、オマエ」
あん? そういえば蟷螂も会話できる魔物だったな。どうやら何か言いたいことがあるらしい。
「何か用か?」
「タスケテクレ」
ほお。いっちょ前に命乞いとは。蟷螂は戦闘向きの魔法を使う。もし仲間になるならかなりの戦力増強につながる。
「助けたらオレの言うことを何でも聞くか?」
「キクカラ、タスケロ」
はい、言質とったー。
ちょっと偉そうなのが腹立つが目をつぶろう。生姜の魔法は水で洗い流せば解けることが多い。今すぐ治療すれば十分間に合う。
「ごめんやっぱ無理」
そう言うと蟷螂は全力で暴れだした。あーまあそうだよな。そりゃ怒るよな。
死刑宣告なんて受けたくないよな。
でもな、運悪く喉に生姜の矢が刺さったんだよねー。そうなると喉あたりの硬化が解除されて呼吸すらままならなくなるみたいだ。まあそんなところに矢が当たったら普通死ぬけどね! てへ!
蟷螂が余計暴れだした。やはり男のてへぺろではだめだったか。オレも想像したらキモくなってきた。いかんな、やはり女王蟻に精神を侵食されているのか?
* 注 されてません
あ、動かなくなった。南無阿弥陀仏。でもえぐいな生姜。下手すると一発即死じゃん。ヤシガニみたいに防御が売りの魔物にはよく効くかもしれない。
今の戦いは蛇との戦いにおいて参考になるだろうか。生姜が有効なのは間違いない。
意外といえば意外だったのは弓に対して全く警戒していなかったことだ。蛇のように飛び道具を使う魔物がいることは知っていてもおかしくないはずだけど、蟻は飛び道具を使わないという思い込みがあったのか? 頭が良いのと予測ができるのは根本的に違うのかな? IQが高いからと言ってテストで必ずしも点を取れるわけではないはず。罠も仕掛けによっては引っかかるかも。
後は命乞いか。魔物=バーサーカーみたいな思い込みは厳禁だ。でも蛇とは全く会話ができないから交渉は不可能だし、そもそも一匹を拘束したところで他の蛇が助けに来るはずだ。交渉にはならない。
……でも、うん? そっか、奴らはチームなんだ。ならそれを逆手にとることもできるはず。あれをこうしてそれから補強して……。
基本的な罠の構想はできた。実現可能かどうか、改良の必要はあるか。事前準備を整えよう。そして大事なのは上手くいかなかった場合ちゃんと逃げれるかどうかだな。
戦場では基本的にイレギュラーが起こる。そのためにいざという時の備えは必要だ。一個ずつクリアしていこう。
ついでに蟷螂も硬化能力が解除される前に解剖してみたが、いくつかよくわからない内臓があった。でも心臓や肺らしきものは哺乳類に近い構造だったのは間違いない。昆虫なら背側に心臓があるはずだが、そうではなかった。魔物になったことで哺乳類に近づいたのか、元々そういう生物なのか、あるいは哺乳類などが昆虫の姿になったのか。わからんな。じっくり解き明かすしかないか。
実のところ、彼はあまり指揮官に向かない。とっさの機転が効かないうえに決断力に欠ける。さらにやや抜けているところがある。
この辺りは自分でも自覚しており、それゆえ自分の知性を過小評価する節がある。
彼の頭の良さは粘り強さと好奇心の強さにある。はっきり言うならやや地味な方向性だ。だからこそ自分の長所を認識できず、他人にも自分と同じかそれ以上にできるはずだと思い込む。
そして自分がこの世界でも地球でも異質であることに気付かない。
身をくねらせ、まさしく蛇行する蛇が蜥蜴に迫るが、突如としてその動きを止めた。蜥蜴の魔法、<影縫い>によって地面に縫い付けられたのだ。
逃がすものかと毒液を放つが木々に阻まれ当たることはなかった。うっそうと茂る森の中では飛び道具の強みは半減する。ある程度整備された果樹園に居を構えるのはそういった理由もあるのだろう。
蜥蜴は闘争にも逃走にも使える便利な魔法を持っているらしい。それでも蛇から逃げるためには力不足だ。敵は一匹ではないのだから。
待ち伏せしていた蛇がほとんど蜥蜴の正面から毒液を放った。当然よけられるはずもなく毒によって力を失った蜥蜴はあっさり蛇に丸呑みにされた。
「偵察御苦労。引き続き見つからないように慎重に監視を続けろ」
蛇たちに動きがあるという報告を受け取り、感覚共有によって一部始終を見届けた。どうやら蛇は夕方から活動を開始することが多い。夜行性ならピット器官はあると思った方がよい。
「了解」
蛇の偵察を続ける蟻たちは疲労の色さえ窺わせずに任務を続行する。蟻は精神的にも肉体的にも極めてサバイバル能力が高いとはいえ、無理をさせられない。見張りは交代制にしたほうがいいかもしれない。
「あ、そうだ。蓑の着心地はどうだ?」
「まずまず快適」
ふむ。思いのほか評価は悪くないようだ。
生活の基盤は衣食住だと言われている。現在食は改善中。住に関しては<錬土>の性能上ほぼ心配しなくていい。意外にも衣を整えることに難航している。
一つの理由として獣の皮が明らかに地球のそれとは異なることだ。つまり魔物には硬化能力がある。その影響なのか上手くなめすことができない。もちろんオレの知識が乏しいせいもあるけど。
なので今現在植物から衣類を作るしかない。とりあえずイネ科植物を乾燥させたり、燻したりしてから編んだ縄で、蓑を作ってみた。幸いなことに蜘蛛糸を接着剤代わりに、<錬土>で作った石を留め具にすればそれほど苦労せずに作れた。時間はかかるから量産するのは面倒だけど。
雨具や日除け、あとは森に入る場合のカモフラージュとしての効果を期待している。
蜘蛛糸を上手く衣服として利用できるようになるまではこれで凌ぐつもりだ。
でもまあ、あんまり衣服に関しては重要視していない。地下は気温が変動しにくいから大した防寒具が必要ないし、外での作業も必死で涼しい服装をしなくてもよさそうだ。というのも蟻はかなり体温調節能力が高いらしく、そこまで汗をかかなくても体温が上がりにくいようだ。どうやってるのかはさっぱりわからん。汗をかかずに体温を下げるなんてできるもんかね?
目下の課題である蛇の戦力調査に戻るか。
遠距離からの毒液、近距離での咬みつきや締め付け。さらにチームワークまである。地の利も敵に味方している。せめてこっちのホームで戦えれば勝機があるけど。
やはり向こうの巣の中で戦うのは得策じゃない。偵察を続けてわかったことだが蛇は合計で4匹いる。内一匹は大人の蛇らしい。全部同時に戦ったら間違いなく全滅する。
各個撃破するか罠で一気に仕留めるか、いずれにせよ蛇をこちらが戦いたい場所に誘導したい。ただ蛇は連携を取れるほど頭がいい。そんな奴をあっさり罠にかけられるか?
「紫水。蟷螂がきたよ」
おっとまた来たか。前の警報はうるさすぎたので明らかに攻め込まれるか、こちらに被害が出ない限り小さめの声にさせておいた。
ふむ。ちょうどいいオレたちがどれくらい強くなったか試すとしよう。
蟻たちと蟷螂が睨みあう。以前と全く同じ構図だ。だがオレたちは武器を発展させた。お前はどうだ? 蟷螂!
数匹の蟻が弓を引き絞る。蟷螂は弓という兵器が理解できないらしくただ棒立ちし続けている。どれほど頭が良くても知識がなければ"その先"を予測することはできない。
一斉に放たれた矢は蟷螂の体に突き刺さった。この距離なら動いてない相手に外すわけはない。しかも生姜付きの毒矢だ。もはやろくに動くことすらできない。
「ギ、ギ。オイ、オマエ」
あん? そういえば蟷螂も会話できる魔物だったな。どうやら何か言いたいことがあるらしい。
「何か用か?」
「タスケテクレ」
ほお。いっちょ前に命乞いとは。蟷螂は戦闘向きの魔法を使う。もし仲間になるならかなりの戦力増強につながる。
「助けたらオレの言うことを何でも聞くか?」
「キクカラ、タスケロ」
はい、言質とったー。
ちょっと偉そうなのが腹立つが目をつぶろう。生姜の魔法は水で洗い流せば解けることが多い。今すぐ治療すれば十分間に合う。
「ごめんやっぱ無理」
そう言うと蟷螂は全力で暴れだした。あーまあそうだよな。そりゃ怒るよな。
死刑宣告なんて受けたくないよな。
でもな、運悪く喉に生姜の矢が刺さったんだよねー。そうなると喉あたりの硬化が解除されて呼吸すらままならなくなるみたいだ。まあそんなところに矢が当たったら普通死ぬけどね! てへ!
蟷螂が余計暴れだした。やはり男のてへぺろではだめだったか。オレも想像したらキモくなってきた。いかんな、やはり女王蟻に精神を侵食されているのか?
* 注 されてません
あ、動かなくなった。南無阿弥陀仏。でもえぐいな生姜。下手すると一発即死じゃん。ヤシガニみたいに防御が売りの魔物にはよく効くかもしれない。
今の戦いは蛇との戦いにおいて参考になるだろうか。生姜が有効なのは間違いない。
意外といえば意外だったのは弓に対して全く警戒していなかったことだ。蛇のように飛び道具を使う魔物がいることは知っていてもおかしくないはずだけど、蟻は飛び道具を使わないという思い込みがあったのか? 頭が良いのと予測ができるのは根本的に違うのかな? IQが高いからと言ってテストで必ずしも点を取れるわけではないはず。罠も仕掛けによっては引っかかるかも。
後は命乞いか。魔物=バーサーカーみたいな思い込みは厳禁だ。でも蛇とは全く会話ができないから交渉は不可能だし、そもそも一匹を拘束したところで他の蛇が助けに来るはずだ。交渉にはならない。
……でも、うん? そっか、奴らはチームなんだ。ならそれを逆手にとることもできるはず。あれをこうしてそれから補強して……。
基本的な罠の構想はできた。実現可能かどうか、改良の必要はあるか。事前準備を整えよう。そして大事なのは上手くいかなかった場合ちゃんと逃げれるかどうかだな。
戦場では基本的にイレギュラーが起こる。そのためにいざという時の備えは必要だ。一個ずつクリアしていこう。
ついでに蟷螂も硬化能力が解除される前に解剖してみたが、いくつかよくわからない内臓があった。でも心臓や肺らしきものは哺乳類に近い構造だったのは間違いない。昆虫なら背側に心臓があるはずだが、そうではなかった。魔物になったことで哺乳類に近づいたのか、元々そういう生物なのか、あるいは哺乳類などが昆虫の姿になったのか。わからんな。じっくり解き明かすしかないか。
実のところ、彼はあまり指揮官に向かない。とっさの機転が効かないうえに決断力に欠ける。さらにやや抜けているところがある。
この辺りは自分でも自覚しており、それゆえ自分の知性を過小評価する節がある。
彼の頭の良さは粘り強さと好奇心の強さにある。はっきり言うならやや地味な方向性だ。だからこそ自分の長所を認識できず、他人にも自分と同じかそれ以上にできるはずだと思い込む。
そして自分がこの世界でも地球でも異質であることに気付かない。
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