こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
34 / 509
第一章

33 99%の準備と1%の着想

しおりを挟む
 灰色の蜥蜴が森を走る。追いすがるのは黒い蛇。
 身をくねらせ、まさしく蛇行する蛇が蜥蜴に迫るが、突如としてその動きを止めた。蜥蜴の魔法、<影縫い>によって地面に縫い付けられたのだ。
 逃がすものかと毒液を放つが木々に阻まれ当たることはなかった。うっそうと茂る森の中では飛び道具の強みは半減する。ある程度整備された果樹園に居を構えるのはそういった理由もあるのだろう。
 蜥蜴は闘争にも逃走にも使える便利な魔法を持っているらしい。それでも蛇から逃げるためには力不足だ。敵は一匹ではないのだから。
 待ち伏せしていた蛇がほとんど蜥蜴の正面から毒液を放った。当然よけられるはずもなく毒によって力を失った蜥蜴はあっさり蛇に丸呑みにされた。



「偵察御苦労。引き続き見つからないように慎重に監視を続けろ」
 蛇たちに動きがあるという報告を受け取り、感覚共有によって一部始終を見届けた。どうやら蛇は夕方から活動を開始することが多い。夜行性ならピット器官はあると思った方がよい。
「了解」
 蛇の偵察を続ける蟻たちは疲労の色さえ窺わせずに任務を続行する。蟻は精神的にも肉体的にも極めてサバイバル能力が高いとはいえ、無理をさせられない。見張りは交代制にしたほうがいいかもしれない。
「あ、そうだ。蓑の着心地はどうだ?」
「まずまず快適」
 ふむ。思いのほか評価は悪くないようだ。
 生活の基盤は衣食住だと言われている。現在食は改善中。住に関しては<錬土>の性能上ほぼ心配しなくていい。意外にも衣を整えることに難航している。
 一つの理由として獣の皮が明らかに地球のそれとは異なることだ。つまり魔物には硬化能力がある。その影響なのか上手くなめすことができない。もちろんオレの知識が乏しいせいもあるけど。
 なので今現在植物から衣類を作るしかない。とりあえずイネ科植物を乾燥させたり、燻したりしてから編んだ縄で、蓑を作ってみた。幸いなことに蜘蛛糸を接着剤代わりに、<錬土>で作った石を留め具にすればそれほど苦労せずに作れた。時間はかかるから量産するのは面倒だけど。
 雨具や日除け、あとは森に入る場合のカモフラージュとしての効果を期待している。
 蜘蛛糸を上手く衣服として利用できるようになるまではこれで凌ぐつもりだ。
 でもまあ、あんまり衣服に関しては重要視していない。地下は気温が変動しにくいから大した防寒具が必要ないし、外での作業も必死で涼しい服装をしなくてもよさそうだ。というのも蟻はかなり体温調節能力が高いらしく、そこまで汗をかかなくても体温が上がりにくいようだ。どうやってるのかはさっぱりわからん。汗をかかずに体温を下げるなんてできるもんかね?

 目下の課題である蛇の戦力調査に戻るか。
 遠距離からの毒液、近距離での咬みつきや締め付け。さらにチームワークまである。地の利も敵に味方している。せめてこっちのホームで戦えれば勝機があるけど。
 やはり向こうの巣の中で戦うのは得策じゃない。偵察を続けてわかったことだが蛇は合計で4匹いる。内一匹は大人の蛇らしい。全部同時に戦ったら間違いなく全滅する。
 各個撃破するか罠で一気に仕留めるか、いずれにせよ蛇をこちらが戦いたい場所に誘導したい。ただ蛇は連携を取れるほど頭がいい。そんな奴をあっさり罠にかけられるか?

「紫水。蟷螂がきたよ」
 おっとまた来たか。前の警報はうるさすぎたので明らかに攻め込まれるか、こちらに被害が出ない限り小さめの声にさせておいた。
 ふむ。ちょうどいいオレたちがどれくらい強くなったか試すとしよう。

 蟻たちと蟷螂が睨みあう。以前と全く同じ構図だ。だがオレたちは武器を発展させた。お前はどうだ? 蟷螂!

 数匹の蟻が弓を引き絞る。蟷螂は弓という兵器が理解できないらしくただ棒立ちし続けている。どれほど頭が良くても知識がなければ"その先"を予測することはできない。
 一斉に放たれた矢は蟷螂の体に突き刺さった。この距離なら動いてない相手に外すわけはない。しかも生姜付きの毒矢だ。もはやろくに動くことすらできない。

「ギ、ギ。オイ、オマエ」
 あん? そういえば蟷螂も会話できる魔物だったな。どうやら何か言いたいことがあるらしい。
「何か用か?」
「タスケテクレ」
 ほお。いっちょ前に命乞いとは。蟷螂は戦闘向きの魔法を使う。もし仲間になるならかなりの戦力増強につながる。
「助けたらオレの言うことを何でも聞くか?」
「キクカラ、タスケロ」
 はい、言質とったー。
 ちょっと偉そうなのが腹立つが目をつぶろう。生姜の魔法は水で洗い流せば解けることが多い。今すぐ治療すれば十分間に合う。

「ごめんやっぱ無理」
 そう言うと蟷螂は全力で暴れだした。あーまあそうだよな。そりゃ怒るよな。
 死刑宣告なんて受けたくないよな。
 でもな、運悪く喉に生姜の矢が刺さったんだよねー。そうなると喉あたりの硬化が解除されて呼吸すらままならなくなるみたいだ。まあそんなところに矢が当たったら普通死ぬけどね! てへ!
 蟷螂が余計暴れだした。やはり男のてへぺろではだめだったか。オレも想像したらキモくなってきた。いかんな、やはり女王蟻に精神を侵食されているのか?
 * 注 されてません

 あ、動かなくなった。南無阿弥陀仏。でもえぐいな生姜。下手すると一発即死じゃん。ヤシガニみたいに防御が売りの魔物にはよく効くかもしれない。
 今の戦いは蛇との戦いにおいて参考になるだろうか。生姜が有効なのは間違いない。
 意外といえば意外だったのは弓に対して全く警戒していなかったことだ。蛇のように飛び道具を使う魔物がいることは知っていてもおかしくないはずだけど、蟻は飛び道具を使わないという思い込みがあったのか? 頭が良いのと予測ができるのは根本的に違うのかな? IQが高いからと言ってテストで必ずしも点を取れるわけではないはず。罠も仕掛けによっては引っかかるかも。
 後は命乞いか。魔物=バーサーカーみたいな思い込みは厳禁だ。でも蛇とは全く会話ができないから交渉は不可能だし、そもそも一匹を拘束したところで他の蛇が助けに来るはずだ。交渉にはならない。

 ……でも、うん? そっか、奴らはチームなんだ。ならそれを逆手にとることもできるはず。あれをこうしてそれから補強して……。
 基本的な罠の構想はできた。実現可能かどうか、改良の必要はあるか。事前準備を整えよう。そして大事なのは上手くいかなかった場合ちゃんと逃げれるかどうかだな。
 戦場では基本的にイレギュラーが起こる。そのためにいざという時の備えは必要だ。一個ずつクリアしていこう。
 ついでに蟷螂も硬化能力が解除される前に解剖してみたが、いくつかよくわからない内臓があった。でも心臓や肺らしきものは哺乳類に近い構造だったのは間違いない。昆虫なら背側に心臓があるはずだが、そうではなかった。魔物になったことで哺乳類に近づいたのか、元々そういう生物なのか、あるいは哺乳類などが昆虫の姿になったのか。わからんな。じっくり解き明かすしかないか。



 実のところ、彼はあまり指揮官に向かない。とっさの機転が効かないうえに決断力に欠ける。さらにやや抜けているところがある。
 この辺りは自分でも自覚しており、それゆえ自分の知性を過小評価する節がある。
 彼の頭の良さは粘り強さと好奇心の強さにある。はっきり言うならやや地味な方向性だ。だからこそ自分の長所を認識できず、他人にも自分と同じかそれ以上にできるはずだと思い込む。

 そして自分がこの世界でも地球でも異質であることに気付かない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...