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秋葉夕雲

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第一章

31 トライ&エラー

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 敵を知り己を知れば百戦危うからず。孫さんの非常に有名な格言に従い蛇の戦力調査を始めた。
 ほんっとーに突っ込まなくて正解だった。巣にいる蛇は少なく見ても3匹。
 1匹だけ大きい個体がいることを考えるとこいつらは親子なのかもしれない。子育てをする蛇なんか聞いたことはないけど……。
 探知能力が効かないせいで正確な数がわからない。一応試してみたがテレパシーもできなかった。でも蛇同士で何らかの方法による会話は行われているようなんだよな。蛇と蟻の間にはテレパシーができないのかそれともテレパシー以外のコミュニケーション能力があるのか。

 蛇の感覚といえば赤外線を感じるピット器官だな。ちなみに地球のコブラでやアナコンダであれば昼行性であり、ピット器官は持たないはずだが他の蛇の性質が混じっているかもしれない。持っていると思った方がいい。
 蟻にも体温があるため夜間でも隠れることは難しい。くそ、探査能力で負けると不意打ちが難しくなるな。今のところ奴らを倒す糸口は見つからない。



「よーし。炭の調子はどうだ?」
 あれから数日かけて炭窯をいくつか作った。と言ってもバスタブ程度のこじんまりとしたものだ。まずこれで試して上手くいけばもっと大きな窯を作るつもりだ。
 ざっくりとした炭の作り方は、楕円形の窯を作って排水溝と排煙口を設置する。その窯の中に木を隙間なく積み、入り口に燃やしていい木を置く。そして雨除けの屋根を設置する。
 もし純粋な人力でこれを作っていたらそれだけで一月以上かかったはずだ。何しろ粘土をこねることから始めなければならないからだ。蟻の魔法、<錬土>が便利でよかった。ちなみに蟻の魔法は<錬土>と呼ぶことにした。一々何々の魔法とか言いづらいし。
 これらの準備が整ったら火をつける。火が消えそうになると空気を送り込まないといけないため徹夜の蟻もいる。煙も思ったよりは立たない。前は生木をがんがん燃やしたから目立ちすぎた。
 良質な炭を作るには窯の入り口や排煙口の大きさをコントロールして空気の出入りを調節することが大事らしい。残念ながらそこまで正確な知識がないため徐々に口を狭めるくらいしか思いつかない。上手くいくといいな。
「窯にひびが入ってる」
 まあ当然ながら問題は起こるわけだ。とはいえ蟻の魔法なら補修することは容易……? ひびが広がってないか? ぴしぴしと何かが割れるような音が聞こえる。
 猛烈に嫌な予感がしてきた。
「離れろ。何かおかし―――」

 ぼか――ん。

 窯が吹き飛んだ。冗談でも夢でもなくこんな現象が起こってしまった。
「げ、芸術は爆発だ――――!?」
 言ってる場合か!?
 何? いったい何が起こった!? わけわからん! ああいや、それよりも優先させるべきことがある。
「今の爆発で被害にあった奴はいるか?」
 こんな戦闘でも何でもない事故で部下を死なせるわけにはいかない。奴らにはまだまだ働いてもらわなくては。
「全員無事」
 ひとまず安心した。音のわりに窯の破片などはあまり飛び散らなかったようだ。どこぞのボンバーマンじゃあるまいし、世界初の爆死で歴史に名を残したくない。
 落ち着いたところで原因の究明に取り掛かろう。
 まず原因の一つは通気口だろう。徐々に狭めたわけだが煙の逃げ道を塞いでしまった。その結果空気を入れすぎた風船のように破裂してしまった。
 だがオレはできる男(?)。同じ失敗は二度も繰り返さない! ……はず!
「排煙口を少し大きくしろ。火傷しないようにな!」
 近場にいた蟻がささっと排煙口を大きくする。素早い対応で顧客満足度ナンバーワン! そんなキャッチコピーが頭をよぎる。
 助かるよまじで。人間ならグダグダ文句を言うやつもいるだろうに。
 他に原因はあるだろうか。炭焼き体験学習の記憶を呼び覚まして、えーと、何か注意されたような? なんだっけ? んんんん?
 あ! あれだ! 水分だ! 窯の中に水分を残しちゃダメだって言われたんだ。たしか爆発するとも言われた気がする。
 まさか本当に爆発するとはな。一応木は乾燥させたつもりだったんだけど。もしかして窯そのものにも水分が含まれていたのか? 蟻は土を固めることができるけどそれが具体的にどのような現象なのかは深く考察しなかった。ここは調べるべきだな。

「それじゃまずは水分を抜いてくれ」
 泥状になった土が紫色の光に包まれる。数十秒後にはからからになった土が蟻の手に握られていた。
 蟻たちが語るところによると土を固める場合ある程度の水分を抜くらしい。イメージとしては雑巾絞りに近い。水を掴むことはできなくても水以外の物を動かすことで水を排出しているらしい。
 さらに土の質を変化させることもできる。土の粒子の目をコントロールして通気性や排水性をよくできる。上手くやれば砂漠を植物が生育可能な土壌に改良できるかもしれない。一億人くらいいれば地球の砂漠化問題は一気に解決するだろう。その逆も可能であるはずだけど。
 ただしその土に存在しないものを作ることはできない。哲学者と科学者の言う通り無から有は生まれない。栄養は外部から補充する必要がある。

 いや、まあ何と言うか――
 ぶっちゃけこれ、チートじゃね?
 地味だけど、土の質を良くすることは農家さんにとって至上命題の一つだ。それをこうもあっさり成し遂げる蟻は農業においてまさしく"反則"だ。しかもこいつら木の根を齧るだけでも数日なら健康的に生きていけるから、コスパもいい。
 改めて蟻の凄さがよく分かった。
 では本題の窯に水分が含まれているかどうかについてはどうだろうか。どうもある程度の水分は含まれているらしい。蟻の魔法では完全に水分を抜くのは難しいようだ。窯を作ってから少し時間を置くか、木を入れる前にいぶして乾かす方がいいだろう。木材もそうしたほうがいいかもしれない。乾かすと上手く炭になりそうな気がする。
 それにしてもオレは新しいことを始めるたびに一つか二つくらい失敗してるな。机上の空論を現実にすることは簡単じゃない。ましてや正確でない知識ならなおさらだ。
 とはいえ、もうちょっとビシッと決めたいな。ピンチをチャンスに変える的なあれをやってみたい。発想の転換か。
 それならこの窯を武器に変えるのはどうだろうか。何しろ爆発だ。敵の近くでならそこそこの威力がある。
 うん無理だ(即答)。まずいつ爆発するかわからない。次にどうやって敵をおびき寄せればいいのかわからない。最後に蛇にはピット器官がある可能性がある。明らかに熱い炭焼きの窯に近づくはずはない。
 なんてこった。自分の馬鹿さ加減をまた晒してしまった。
 ああもう、炭の話はここまでだ。次は改良された弓と蜘蛛糸の話をしよう。



 蜘蛛の糸についてわかったことをいくつか述べよう。
 まず乾燥に弱い。火で乾かすと極端に強度が落ちる。日光にはなぜか強いらしい。
 そして圧力や水分など特定の条件を満たすと粘性が復活する。むしろ厄介なのはこっちだ。弓を引いている途中でべたべたしたら死活問題だ。
 しかーし。この問題を解決する方法は既に考えている。
 蜘蛛糸の成分は地球と同じならフィブロンとセリシンというタンパク質だ。そしてセリシンは蚕が出す糸にも使われている。前に少し話したお湯や灰汁に糸をつける方法は蚕の糸を加工する場合に行われる作業でセリシンを糸から抜くために行われる。
 蜘蛛糸にも影響があるのではないかと思って試したところあら不思議!
 乾燥にも強く粘性も復活しないスーパー蜘蛛糸が完成した!
 ……まあその代わり蜘蛛糸の伸縮性が大幅に下がって普通の絹糸より多少頑丈かな?という程度になってしまった。あっちを立てればこっちが立たない。人生の虚しさよな。
 面白いのはこれらの処理を行った蜘蛛糸は蜘蛛の魔法によって干渉することができないことだ。つまり特定の物質を操るタイプの魔法は化学的に物質を変化させると無効にできる。生姜の魔法が蜘蛛の魔法に有効だったのはこの辺りが理由だろうか。
 蜘蛛糸の使い道はまだまだありそうだ。どこぞの預言者は蜘蛛糸は織物にならないと言ったそうだが工夫する余地はある。そのうち衣服も作れるようになるかもしれない。



 次に複合弓の訓練を行っている蟻を見てみよう。
 弓の作り方は知っていても使い方は詳しく知らないため、訓練方法は蟻たちに任せてある。人間と蟻ではかなり骨格が違うため弓道の達人でも蟻に弓の引き方を教えられるかはわからないけどな。さらに訓練と並行してちょっとした実験を行っている。
「訓練は上手くいっているか?」
「グループAは上手くいってる。グループBは上手くいってない」
 予想通りの実験結果になったか。
 時間があったので簡単な対照実験を行った。完全な素人である蟻に前回の蜘蛛戦に参加した蟻から弓の引き方を教えさせた。 
 ただしグループAはテレパシー能力を使って教え、グループBはテレパシー能力を一切使わずに教えさせた。結果は見ての通りだ。蟻はテレパシー能力によって自分の経験や知識を迅速に共有できる。
 地球人類には絶対に不可能な速度でありとあらゆる行為を学習可能だ。もっとも恐ろしいのはこれがなんら特別な現象ではないことだ。この世界の大半の魔物は恐らく優劣の差はあれど、テレパシー能力を持っている。肉体的な成長の早い魔物では精神的にも素早く成長することが証明された。
 そしてオレには女王蟻の広域テレパシー能力がある。サイバーパンクな世界観でよくある人間同士がネットワークでつながる、という社会が実現可能かもしれない。



 後は生姜の栽培も始めた。ちなみに生姜は種から育てるのではなく根茎を分割する栄養繁殖で増やすのが一般的だ。適当に生姜を割って地面に埋めるというずさん極まりないやり方でもちゃんと増えるあたり生命の強靭さを感じずにはいられない。
 最初は柵か何かで囲んでこの巣の中で育てようかとも思ったが、やたら厄介な魔法を使い、美味くもない生姜に手を出す魔物は少ないだろうということで、川付近の土地を整備して畑にし、そこで栽培してみることにした。一応二つだけ実験用に巣の中でも栽培はしている。
 湿気の管理が大事な生姜にとっては水を簡単に調達できることが一番のメリットだ。前よりすこし小さいヤシガニを見かけたときはガチでビビったのは内緒だが襲ってこなかったことをみると奴ですら生姜には手を出さないらしい。ある意味最強だ。
 畑が巣から離れてしまったけどしょうがない。……ダジャレじゃないぞ。

「ねーねー」
 さて今度は何を作ろうか?
 いっそのこと大型のバリスタを作るのもありかもな。投石機はあるけど小回りが利かないし。
「無ー視ーしーなーいーでーよー」
 そう言えばシードルの様子も見ないとな。新しく作ったやつもあるし。
「聞ーこーえーてーるーでーしょー?」
 う・ざ・い。
 オレに対してこの巣でこんな口を利くのは蜘蛛しかいない。しかとしたい。はあ。
 へそを曲げられても困るし、蜘蛛糸にはお世話になっている。めんどくさいけど対応するか。
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