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第一章
26 天空の城
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さて、オレはでかい=強いという公式を打ち建てたわけだがもちろん例外がある。小さい生き物が大きな生き物を殺すことは地球において珍しくはない。
例えば数の力。グンタイアリの群れが蟷螂を食いつくすこともある。
あるいは毒。蛇や蠍があれほど恐れられているのは毒を持つ種が多いからだ。
最後に罠。そして地球において最も見かけられる罠はやはり蜘蛛の巣だ。時には蝙蝠さえ捕らえることさえあるという。つまるところオレが対峙するのは地球の陸上において生物が積み上げてきた最も有効な罠の先をいく"巣"に他ならない。まともに戦えば苦戦必至だ。
だがオレは何も初めからけんか腰というわけじゃない。できる限り穏便にことを運ぶつもりだ。相手に知性があるなら交渉によって糸を分けてもらうことは可能なはずだ。土産に山吹色の菓子(渋リン)とネズミ肉を持っていかせた。交渉材料としては原始的だが、だからこそ有効なはず。テレパシー能力が通じるかどうかだが、経験的に探知能力が効きやすい魔物は会話しやすい気がする。
問題があるとすれば……オレの交渉能力か。自慢じゃないがオレのコミュ力は低い。高校時代はゲームか勉強ばっかりしていたし、中学の頃から友達はあまり多い方じゃなかった。そんなオレにネゴシェイター役が務まるとでも?
蟻たちに任せるようかとも思ったけどこいつらは基本的に他の生物=食料もしくは敵くらいにしか思っていない。流石にオレが交渉した方がましだと信じたい。
さてもう八本足の蜘蛛が見える位置に辿り着いた。向こうもオレたちに気付いているだろう。テレパシーも届くはずだ。
それにしても、何て話しかけるべきなんだ? 片思い中の女子に話しかけようとする男子中学生でもあるまいし何故こんなにも緊張する? ええいままよ!
「えー、糸をくれたらこの食い物やるから交換しないか?」
うん……自分でもわかってる。こんな言い方で頷く奴なんかいないくらい。でもな、会話の弾ませ方なんてわからないんだよ! てかよく考えたら異世界初会話じゃないか? 蟻は機械の自動音声みたいで会話してる気にならないし、他の魔物は一言二言で会話が終わったし、ヒトモドキは盗み聞きしてただけだし。
「話ができる地虫とは珍しい。じゃがお主馬鹿か? 何故妾がそのような戯言を聞かねばならぬ」
お、おう。ちゃんと会話はできるようだ。ただ物凄く偉そうだなこの蜘蛛。この会話もテレパシーで行っているから、高圧的な意思を脳内でこういうセリフに変換しているんだろう。
「えーと、あれだ。オレは糸が欲しいけど自力で糸が作れない。お前はエサが欲しくてこの巣を作ったんだろ? オレが食い物を持ってくればこの巣はいらないだろ? つまりお互いの利害は一致できると思うんだ」
「ふむ。つまり妾は何もせずとも肉が手に入るということか?」
おっと意外にも好感触。肉を欲しがっているから地球の蜘蛛と同じく肉食のようだ。
「そうそう。ひとまず肉を食べてみないか? 糸はその後でいいから」
ふっ、どうやらオレには交渉人の才能が――――
「じゃが困ったのう。それだけの地虫、妾一人では食べきれんかもしれんな」
ありませんでした。
「いやそうじゃなくてね。オレらが獲ったネズミの肉をね? 糸と交換するっていう――」
「エサが目の前をうろついていて襲わぬ奴はおらん」
ごもっとも。しかし魔物ってのはどいつもこいつも食い意地が張りすぎだ! 少しくらい慎みを覚えろ!
流石にこいつら全員を失うと生活が苦しくなるし、この調子だと糸をくれそうもない。仕方ない。プランBだ。できれば生け捕り、無理なら殺して糸と肉を回収。戦闘開始だ!
「では行くぞ地虫ども!」
そのセリフとともに灰色の光を纏った8本の糸がふわりと浮き上がる。まるで鎌首をもたげる蛇のようだ。
予想通り蜘蛛の魔法は自分の糸を操る魔法らしい。他の可能性としては毒や瞬発力強化の魔法だと思っていたが、一番無難で厄介な魔法を使ってきた。糸で拘束されると防御力あんまり関係ないから蟻の魔法と相性良くなさそうだからな。
だが予想に反して糸の動きはあまり鋭くない。動き回っていればそう当たらないだろう。今回の前衛の蟻の装備は腕にくっつけた土の小盾のみ。糸の魔法には全身を鎧で覆ってもあまり意味はないという判断からだ。盾は当然向こうの攻撃と罠を警戒しての装備だ。比較的身軽なためか蜘蛛の糸にはかすりもせずスイスイ進んでいく。
どうも魔法には距離が離れると威力や精度等が下がる性質があるらしい。ヤシガニも鋏を伸ばすと魔法が一時的に使えなくなっていたし可能性は高い。
故にこの距離では蜘蛛の"魔法"による攻撃は大した効果がない。"魔法"には。
前衛の蟻の内一匹の体が突如として宙を舞う。まるで見えない力に捕らえられてしまったかのようだ。当然のように蜘蛛に操られた糸が殺到する。しかしこっちも無策でここに来たわけじゃない。
「盾を放せ!」
腕に備え付けた盾は蟻の魔法によってすぐに外せるように工夫してある。この盾は攻撃を防ぐというより敵の糸にあえて絡めてから捨てるための防具だ。トカゲの尻尾と似たようなもんだ。
蜘蛛の糸が盾をぐるぐると簀巻きにする。間に合わなければすでに犠牲者が出ていただろう。やはり蜘蛛の糸には触れてはならない。
ちなみに今の蟻が宙を舞った原因は蜘蛛の巣による罠だ。蜘蛛の巣というといわゆる蛾や蝶などの飛行性昆虫を捕えるための蜘蛛の巣状の円を思い浮かべる人が多いだろう。だが蜘蛛の巣は驚くほどバリエーションに富んでおり多種多様な生物を捕らえるために様々な形が存在する。
これもその一つ。地上生昆虫を捕獲するための罠。人間がつくった道具で説明すると吊り上げ式くくり罠に近い。上から垂らした糸を地面に粘着させ、獲物がそれに触れると糸が地面から切れ、獲物に粘着する。そうすることによって獲物は宙づりになり、その隙に襲いかかる。
一体どうなったらこんな罠を思いつくのかさっぱりわからないが現実として実行している以上対処するしかない。恐らくこの蜘蛛は多種多様な蜘蛛の巣と魔法を組み合わせて戦っている。流石に自分の体から切り離した糸は操れないようだが、木々の至る所に罠が満載のこの状況は数で優っていても圧倒的不利とさえ言える。それでも勝ち目があると判断したからここに来た!
「突撃しろ!」
今蜘蛛が操っていた糸は全て絡まっている。すぐに別の糸を操るだろうがそれまでは予め仕掛けてある罠以外警戒せずに進める!
「足りぬ頭でよく考えたのう。意味はさしてないがな」
盾に絡まっていた糸が解けた――いや途中で糸を切って分離したのか? それらの糸は何故か空中で静止し、今までの倍の数、16本の糸となって蟻たちに襲いかかった!
「なんじゃそりゃ!」
糸を分割したのか予め設置しておいた糸を再利用したのか、いずれにせよ手数を大幅に増やしてきた。それに糸もさっきより見づらくなった。木に囲まれた薄暗い森の中ではなおさら見づらい。
このまま近づくのは難しいな。もう少し近づいてからにしたかったが、しょうがない。
「弓撃て!」
号令とともに後衛に控えていた弓兵が一斉に矢を放つ。改良と練習を重ねた矢は当たりこそしなかったが蜘蛛のいる場所まで届いてくれた。
「貴様何をした!」
「何って聞かれて教える馬鹿がいるか!」
蜘蛛は蟻が飛び道具を使ってくるとは思わなかったらしい。いいぞ、これで注意が逸れれば前衛が近づきやすくなるし、オレの本当の狙いも気づかれないかもしれない。
今回のネックはできる限り殺してはならないこと。手段を選ばなくていいならもっと別の方法がある。例えば森に火をかけるとか。それをすると被害が大きすぎるからやりたくないけど。
戦い方に制限を付けられるのは思ったより面倒だ。捕獲には3倍の戦力が必要だという話も今なら頷ける。
そこを少しでも楽にするための切り札が辛生姜だ。あれはこの戦いのキーマンだがそれだけに慎重に使わなければならない。できれば確実に仕留められるタイミングで。
「貴様らにはもったいないが喰らえ!」
矢の雨に業を煮やしたのか叫びながら自分の糸の先端に石を付けてカウボーイが投げ縄を投げるようにぐるぐると回している。
あれはフレイルか? ハエトリグモの狩猟スタイルまで使えるのか?
ハエトリグモとはその名の通り自分の糸と虫にくっつく粘球によって巣を作らずに虫を捕まえる蜘蛛だ。だがこれだけ木が密集している森では糸が木に絡まりやすいため、糸を伸ばせない。こちらがある程度近づかなくては意味がないはずで、むしろそれはこちらの狙い通りの展開だが……?
おかしい。糸の先端にある石が一つじゃない。三つの石が三本の糸にくっついている。あれはフレイルじゃない。あれは―――――ボーラだ!
「動き回れ! あの攻撃には絶対に当たるな!」
糸から切り離されたボーラは恐ろしい速度で蟻に迫り、わずかに狙いを外したそれは一本の木に絡みついた。
ボーラとは複数の錘と紐で作る狩猟道具の一種で獲物を捕獲または殺傷するための武器だ。錘のついた紐が空中で回転するため絡まりやすく単純に錘が体にぶつかっただけでも打撃を与える。単純な投石やカウボーイの投げ縄よりも当てやすいかもしれない。
そしてボーラは一つではない。見えているだけでも四つのボーラが獲物を探すように回転している。一斉に投げるのではなく三段撃ちよろしく絶え間なく投げ続けるつもりらしい。
なんてこった。オレは地球においてボーラを使ってくる蜘蛛を知らない。色々な蜘蛛の狩猟スタイルを使って攻撃してくることは予想できていた。だが蜘蛛はその上をいく。自分の糸を本能だけでは恐らく辿り着かないであろう武器と呼べるものにまで昇華してみせた。あの数のボーラをたった今作ったと考えるのは無理がある。予め準備しておいたはずだ。これもまた糸を道具として扱う知性がある証拠だ。
やはりオレの推測は間違っていない。この糸は、いやあの蜘蛛は使える。オレの知識と蟻の魔法そして蜘蛛の糸と魔法。それがあれば今までよりもはるかに強力な兵器が作れる。蛇を倒す道しるべになり得る。
いいね。とてもいい。敵なんざ弱い方がいいに決まっているけどもしも敵が味方になってくれるなら優秀な方がいい。是が非でも奴を捕らえる。
さあ、ここからだ!
例えば数の力。グンタイアリの群れが蟷螂を食いつくすこともある。
あるいは毒。蛇や蠍があれほど恐れられているのは毒を持つ種が多いからだ。
最後に罠。そして地球において最も見かけられる罠はやはり蜘蛛の巣だ。時には蝙蝠さえ捕らえることさえあるという。つまるところオレが対峙するのは地球の陸上において生物が積み上げてきた最も有効な罠の先をいく"巣"に他ならない。まともに戦えば苦戦必至だ。
だがオレは何も初めからけんか腰というわけじゃない。できる限り穏便にことを運ぶつもりだ。相手に知性があるなら交渉によって糸を分けてもらうことは可能なはずだ。土産に山吹色の菓子(渋リン)とネズミ肉を持っていかせた。交渉材料としては原始的だが、だからこそ有効なはず。テレパシー能力が通じるかどうかだが、経験的に探知能力が効きやすい魔物は会話しやすい気がする。
問題があるとすれば……オレの交渉能力か。自慢じゃないがオレのコミュ力は低い。高校時代はゲームか勉強ばっかりしていたし、中学の頃から友達はあまり多い方じゃなかった。そんなオレにネゴシェイター役が務まるとでも?
蟻たちに任せるようかとも思ったけどこいつらは基本的に他の生物=食料もしくは敵くらいにしか思っていない。流石にオレが交渉した方がましだと信じたい。
さてもう八本足の蜘蛛が見える位置に辿り着いた。向こうもオレたちに気付いているだろう。テレパシーも届くはずだ。
それにしても、何て話しかけるべきなんだ? 片思い中の女子に話しかけようとする男子中学生でもあるまいし何故こんなにも緊張する? ええいままよ!
「えー、糸をくれたらこの食い物やるから交換しないか?」
うん……自分でもわかってる。こんな言い方で頷く奴なんかいないくらい。でもな、会話の弾ませ方なんてわからないんだよ! てかよく考えたら異世界初会話じゃないか? 蟻は機械の自動音声みたいで会話してる気にならないし、他の魔物は一言二言で会話が終わったし、ヒトモドキは盗み聞きしてただけだし。
「話ができる地虫とは珍しい。じゃがお主馬鹿か? 何故妾がそのような戯言を聞かねばならぬ」
お、おう。ちゃんと会話はできるようだ。ただ物凄く偉そうだなこの蜘蛛。この会話もテレパシーで行っているから、高圧的な意思を脳内でこういうセリフに変換しているんだろう。
「えーと、あれだ。オレは糸が欲しいけど自力で糸が作れない。お前はエサが欲しくてこの巣を作ったんだろ? オレが食い物を持ってくればこの巣はいらないだろ? つまりお互いの利害は一致できると思うんだ」
「ふむ。つまり妾は何もせずとも肉が手に入るということか?」
おっと意外にも好感触。肉を欲しがっているから地球の蜘蛛と同じく肉食のようだ。
「そうそう。ひとまず肉を食べてみないか? 糸はその後でいいから」
ふっ、どうやらオレには交渉人の才能が――――
「じゃが困ったのう。それだけの地虫、妾一人では食べきれんかもしれんな」
ありませんでした。
「いやそうじゃなくてね。オレらが獲ったネズミの肉をね? 糸と交換するっていう――」
「エサが目の前をうろついていて襲わぬ奴はおらん」
ごもっとも。しかし魔物ってのはどいつもこいつも食い意地が張りすぎだ! 少しくらい慎みを覚えろ!
流石にこいつら全員を失うと生活が苦しくなるし、この調子だと糸をくれそうもない。仕方ない。プランBだ。できれば生け捕り、無理なら殺して糸と肉を回収。戦闘開始だ!
「では行くぞ地虫ども!」
そのセリフとともに灰色の光を纏った8本の糸がふわりと浮き上がる。まるで鎌首をもたげる蛇のようだ。
予想通り蜘蛛の魔法は自分の糸を操る魔法らしい。他の可能性としては毒や瞬発力強化の魔法だと思っていたが、一番無難で厄介な魔法を使ってきた。糸で拘束されると防御力あんまり関係ないから蟻の魔法と相性良くなさそうだからな。
だが予想に反して糸の動きはあまり鋭くない。動き回っていればそう当たらないだろう。今回の前衛の蟻の装備は腕にくっつけた土の小盾のみ。糸の魔法には全身を鎧で覆ってもあまり意味はないという判断からだ。盾は当然向こうの攻撃と罠を警戒しての装備だ。比較的身軽なためか蜘蛛の糸にはかすりもせずスイスイ進んでいく。
どうも魔法には距離が離れると威力や精度等が下がる性質があるらしい。ヤシガニも鋏を伸ばすと魔法が一時的に使えなくなっていたし可能性は高い。
故にこの距離では蜘蛛の"魔法"による攻撃は大した効果がない。"魔法"には。
前衛の蟻の内一匹の体が突如として宙を舞う。まるで見えない力に捕らえられてしまったかのようだ。当然のように蜘蛛に操られた糸が殺到する。しかしこっちも無策でここに来たわけじゃない。
「盾を放せ!」
腕に備え付けた盾は蟻の魔法によってすぐに外せるように工夫してある。この盾は攻撃を防ぐというより敵の糸にあえて絡めてから捨てるための防具だ。トカゲの尻尾と似たようなもんだ。
蜘蛛の糸が盾をぐるぐると簀巻きにする。間に合わなければすでに犠牲者が出ていただろう。やはり蜘蛛の糸には触れてはならない。
ちなみに今の蟻が宙を舞った原因は蜘蛛の巣による罠だ。蜘蛛の巣というといわゆる蛾や蝶などの飛行性昆虫を捕えるための蜘蛛の巣状の円を思い浮かべる人が多いだろう。だが蜘蛛の巣は驚くほどバリエーションに富んでおり多種多様な生物を捕らえるために様々な形が存在する。
これもその一つ。地上生昆虫を捕獲するための罠。人間がつくった道具で説明すると吊り上げ式くくり罠に近い。上から垂らした糸を地面に粘着させ、獲物がそれに触れると糸が地面から切れ、獲物に粘着する。そうすることによって獲物は宙づりになり、その隙に襲いかかる。
一体どうなったらこんな罠を思いつくのかさっぱりわからないが現実として実行している以上対処するしかない。恐らくこの蜘蛛は多種多様な蜘蛛の巣と魔法を組み合わせて戦っている。流石に自分の体から切り離した糸は操れないようだが、木々の至る所に罠が満載のこの状況は数で優っていても圧倒的不利とさえ言える。それでも勝ち目があると判断したからここに来た!
「突撃しろ!」
今蜘蛛が操っていた糸は全て絡まっている。すぐに別の糸を操るだろうがそれまでは予め仕掛けてある罠以外警戒せずに進める!
「足りぬ頭でよく考えたのう。意味はさしてないがな」
盾に絡まっていた糸が解けた――いや途中で糸を切って分離したのか? それらの糸は何故か空中で静止し、今までの倍の数、16本の糸となって蟻たちに襲いかかった!
「なんじゃそりゃ!」
糸を分割したのか予め設置しておいた糸を再利用したのか、いずれにせよ手数を大幅に増やしてきた。それに糸もさっきより見づらくなった。木に囲まれた薄暗い森の中ではなおさら見づらい。
このまま近づくのは難しいな。もう少し近づいてからにしたかったが、しょうがない。
「弓撃て!」
号令とともに後衛に控えていた弓兵が一斉に矢を放つ。改良と練習を重ねた矢は当たりこそしなかったが蜘蛛のいる場所まで届いてくれた。
「貴様何をした!」
「何って聞かれて教える馬鹿がいるか!」
蜘蛛は蟻が飛び道具を使ってくるとは思わなかったらしい。いいぞ、これで注意が逸れれば前衛が近づきやすくなるし、オレの本当の狙いも気づかれないかもしれない。
今回のネックはできる限り殺してはならないこと。手段を選ばなくていいならもっと別の方法がある。例えば森に火をかけるとか。それをすると被害が大きすぎるからやりたくないけど。
戦い方に制限を付けられるのは思ったより面倒だ。捕獲には3倍の戦力が必要だという話も今なら頷ける。
そこを少しでも楽にするための切り札が辛生姜だ。あれはこの戦いのキーマンだがそれだけに慎重に使わなければならない。できれば確実に仕留められるタイミングで。
「貴様らにはもったいないが喰らえ!」
矢の雨に業を煮やしたのか叫びながら自分の糸の先端に石を付けてカウボーイが投げ縄を投げるようにぐるぐると回している。
あれはフレイルか? ハエトリグモの狩猟スタイルまで使えるのか?
ハエトリグモとはその名の通り自分の糸と虫にくっつく粘球によって巣を作らずに虫を捕まえる蜘蛛だ。だがこれだけ木が密集している森では糸が木に絡まりやすいため、糸を伸ばせない。こちらがある程度近づかなくては意味がないはずで、むしろそれはこちらの狙い通りの展開だが……?
おかしい。糸の先端にある石が一つじゃない。三つの石が三本の糸にくっついている。あれはフレイルじゃない。あれは―――――ボーラだ!
「動き回れ! あの攻撃には絶対に当たるな!」
糸から切り離されたボーラは恐ろしい速度で蟻に迫り、わずかに狙いを外したそれは一本の木に絡みついた。
ボーラとは複数の錘と紐で作る狩猟道具の一種で獲物を捕獲または殺傷するための武器だ。錘のついた紐が空中で回転するため絡まりやすく単純に錘が体にぶつかっただけでも打撃を与える。単純な投石やカウボーイの投げ縄よりも当てやすいかもしれない。
そしてボーラは一つではない。見えているだけでも四つのボーラが獲物を探すように回転している。一斉に投げるのではなく三段撃ちよろしく絶え間なく投げ続けるつもりらしい。
なんてこった。オレは地球においてボーラを使ってくる蜘蛛を知らない。色々な蜘蛛の狩猟スタイルを使って攻撃してくることは予想できていた。だが蜘蛛はその上をいく。自分の糸を本能だけでは恐らく辿り着かないであろう武器と呼べるものにまで昇華してみせた。あの数のボーラをたった今作ったと考えるのは無理がある。予め準備しておいたはずだ。これもまた糸を道具として扱う知性がある証拠だ。
やはりオレの推測は間違っていない。この糸は、いやあの蜘蛛は使える。オレの知識と蟻の魔法そして蜘蛛の糸と魔法。それがあれば今までよりもはるかに強力な兵器が作れる。蛇を倒す道しるべになり得る。
いいね。とてもいい。敵なんざ弱い方がいいに決まっているけどもしも敵が味方になってくれるなら優秀な方がいい。是が非でも奴を捕らえる。
さあ、ここからだ!
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