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秋葉夕雲

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第一章

24 夕食のおかず

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 巣に帰る前に寄っておくべき場所がいくつかある。まずあの糸の持ち主を調べたいが……かなり厳しい。探知能力によっておおよその位置は掴めるが地面ではなく樹上にいるらしく、あたりの木に糸を張り巡らせている。ちらっと見えた姿は想像通りの生物だったので見つかる前に退散しよう。
 そして魔物植物。こいつの正体は恐らく"生姜"だ。生姜が巨大になった魔物だ。
 辺りを見回すが、怪しいものはない。巨大な生姜の草はいくつか存在しているが一番でかいのはこいつらしい。とりあえず採取してみよう。この大きさなら持ち運ぶのは苦労しそうだが……。
 そして先頭の一人が生姜の葉に触った途端地面に崩れ落ちた。
「おい! どうしたおーい!」
「体が動かない」
 やばい。よく見るとうっすらピンク色の光が蟻の体を覆っている。これが生姜の魔法か。触れたものの動きを止める。力が入らないようだから相手を麻痺させる魔法かもしれない。徐々に呼吸すらままならなくなっているようだ。
「そいつを草から離せ。自分たちは草に触るなよ」
「「イー!」」
 ……どこでそんな挨拶を覚えてくるんだこいつらは。
 生姜から引き離すとすぐに動けるようになった。体に異常はないらしい。3人で組ませておいてよかった。一人ならこれで詰んでいた。
 それにしても生姜に体を麻痺させる成分なんてあったっけ? それともこれは別の植物なのか?素手で触らなければ魔法は発動しないらしく、蟻が作ったスコップを触れさせても何も起こらなかった。仕方ない。でかいやつはあきらめて小さい生姜を持って帰ろう。
 生姜かぁ。辛味で味付けしたり、肉の臭みを消したり、肉を柔らかくする脇役といえるポジションだ。でもネズミ肉の臭みを抜けるのはありがたい。それにショウガ科のウコンは乾燥させればターメリックというスパイスにもなる。生姜でも似たようなことはできるはず。スパイスがあればみんな大好きカレーが作れる! 他に必要なのは最低でも人参、玉ねぎ、ジャガイモ、お米か。……ほとんど全部じゃねーか。
 問題は生姜の魔法が調理しても作用するかだな。食った瞬間麻痺したらシャレにならん。下手をすると呼吸困難で死ぬ。そんなのは嫌すぎる。



「別の巣を見つけた」
 今度は引っ越し予定だった巣を見つけた奴がいるらしい。大体の見当はついていたとはいえ思ったより早く見つかった。川の上流で見つかったらしい。恐らく水が今以上に豊富に使える場所へ引っ越したかったのだろう。水か。やっぱりあの海老欲しいなぁ。ゴブリンの土の魔法は若干蟻と被ってるからいらないし。人間の魔法は農業には向いてないからどうでもいい。
 ……正直戦うことより食糧生産に重点を置いている辺りオレも大分順応してきた気がする。



 新たな巣を見た感想を一言で述べるなら、荒れている、だろうか。
 地球の女王蟻は単独で新しい巣に移り最初は自分だけで子育てなどをすることが多いらしい。ここの蟻は逆でできうる限り準備を整えてから女王が新しい巣に移る。その証拠に渋リンが大量に植えられている。
 だがその樹は十全に育ってはいない。それどころか完全に枯れている樹すらある。そのせいなのか土棘は一つも存在しない。
 適切に育てられていない作物が弱ることはおかしくない。だが気になるのは土の荒れ方だ。蟻曰くこの土は農業に適さないとのこと。特に樹の周りの土はオレから見てもパサパサしていかにも植物が育ちにくそうだ。
 蟻の魔法は土の質も見分けるらしい。そんな蟻がわざわざ土の質が悪いところに引っ越すだろうか? そんなはずはない。ならここは何らかの原因によって土の質が悪化したと見るべきだ。
 原因は恐らく渋リンだろう。魔物である渋リンは急激に成長するが無から有は生まれない。つまり魔物が成長するためには大量の栄養が必要だ。動物なら他の生物を食べて成長するが、植物なら空気と光合成そして土から栄養を吸収する。要するに渋リンが土の栄養を大量に吸いとってしまった結果土が痩せてしまった。そう考えると辻褄が合う。
 これはちょっと問題だ。魔物を育てることは一歩間違えれば土地や他の生物を食いつくすことにも繋がる。科学技術も似た所があると言えなくもないか。取り扱いには十分注意しなければ。
 となるとこの土地をもう一度使えるようにするには渋リンの数を管理して土壌を改善しなければ。うーん。新しく巣を作ったほうが早いか? 
 でも地下に巣を作るのは重労働みたいだし、ひとまず巣の中身がどうなっているか見よう。道すがら土壌を改善する方法が他にも無いか考えるのも悪くない。そしてその方法は既に存在する。
 蟻たちは基本的に幼虫の糞を肥料としているが、調べてみるとこいつがすごい。

 ミミズの糞に似ている!!!!!

 だからどうしたと言いたい人もいるかもしれないがミミズの糞は販売されているほど上質な肥料だ。いちど授業で触った……と言うか触らされたミミズの糞によく似ている。さらに魔物である幼虫は落ち葉や枯れ木を非常によく食べる。これはミミズが食べるものに近い。やや成長すると、肉なども食べる。さらに成虫の糞まで食べてくれる。
 これは非常によくできたサイクルだ。成虫が食物を育てる、あるいは採ってきて、幼虫を育てる。幼虫は食物を大量に作るための肥料を与える。これぞ食物環。増えれば増えるだけ食糧生産可能だ。逆を言えばそれだけ増えた蟻を倒しうる魔物が存在するはずだ。生態系とはそういうこと。
 化学肥料でもあればさらにわけのわからない速度で増殖して圧倒できるかもしれない。正直に言うと化学肥料使いたいんだよ。幼虫の糞を肥料にしてるってことはオレが幼虫だった時も……。
 全国の化学肥料嫌いの皆さん! これが現実です。私は農薬や肥料、遺伝子組み換え技術を使いたい! いや正直生物の糞を使った肥料は寄生虫が繁殖する可能性もあるから。でもコンポストみたいに発酵させれば問題ないのか。
 あーでもコンポストって生ごみを肥料にするのか。蟻たちはほとんど生ごみ出さないんだけど。大抵の物は食えるし、魔物も骨がないからゴミは少ない。エコすぎるのも考え物だな。



 さっきの村を見た時にも思ったけど魔物はやたら成長速度が早い。何故そうなっているのか。
 一番シンプルな可能性としては細胞分裂が起こる速度が速いということだ。生物は基本的に細胞分裂によって成長する。その速度が速ければ当然ながら成長は早くなる。あくまでも肉体的な成長に関しては。精神や頭脳に関してはそれだけでは説明がつかない。
 知っての通り知性が発達した生物は成長が遅い傾向にある。どこぞの万物の霊長とかがそうだし。つまり十分な知性を獲得するためには時間がかかる。普通の生物なら。
 これはもうほとんど勘に近い仮説だがテレパシー能力が関わってるんじゃないだろうか。テレパシーで知識や行動を直接頭に叩き込んでいるのかもしれない。オレ自身もそうやって知識を身に着けたはずだ。
 んー? まだ何か……頭の中で何かが……引っかかる? なんだ? あとちょっとで重大な事実に気づきそうな気が……。


 よく考えれば――――ちゃんと警戒しておくべきだった。人里への偵察が上手くいったおかげで調子に乗っていたし、何より探知能力があればそうそう簡単に不意打ちは受けないと思っていた。少なくとも以前は蟻がいた場所だ。ここが他の魔物にとって程度暮らしやすい場所だったことは、明らかだった。

 ヒュンっという風切り音が聞こえた瞬間腰辺りに強い衝撃を感じた後、液体が辺りに飛び散り、わずかに蟻の体を濡らした。蟻が辺りを見渡すと――そこにいた。一匹の蛇がいた。
 アナコンダをも上回る巨体。威圧感のある黒い鱗に時折混じる白。チロリと飛び出す舌は獲物の活きのよさを確かめているようにも見える。そして何より頭に丸みを帯びたフードがある。
 間違いない、毒蛇のコブラだ。
「にげろ!」
 オレが言うまでもなく逃げ始めていたが、果たして間に合うか。後ろを振り返ると巨体からは想像できないスピードで木々の隙間をすり抜けており、時折毒液をこちらに飛ばしてくる。これがあの蛇の魔法だ。つまりこいつは魔物だ。なのに、
「なんで探知能力が効かないんだ!?」
 焦るオレの問いに答える者はいない。
 今まで集中すればほとんどの魔物を探知できた。空中でも水中でもないのに奴の光は一切見えない。それが不意を衝かれた最大の理由だ。
 だからこそ不意を衝かれ続けてしまうこともまた必然だった。
 横合いから放たれた毒弾は運悪く土の鎧がない足に着弾した。敵が一匹である保証などどこにもない。むしろ今まであまり群れる魔物に出会わなかったことが僥倖だったのだ。
  蛇は二匹いた。
「痛ってぇな!」
 毒液に当たった場所から激痛が走るが所詮は液体だ。骨を砕く威力があるわけではない。蛇の毒は血管に注入されなければ意味はない。目に入れば失明するかもしれないが、皮膚に当たっただけなら問題ない。
 そのはずだった。

 あれ? 苦しい? 力が入らない? 視界が……赤い? 今度は暗くなった?
「おい。目を開けろ」
 ああそうか。蛇は生きたまま獲物を丸呑みする。もうすでにこいつは食われていた。
 それを理解した瞬間プツンと感覚共有が途切れた。
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