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秋葉夕雲

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第一章

16 サーチアンドクラフト

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 時刻は夕方。夏を象徴するかの如く照りつけていた太陽は徐々にその力を弱めていく。この時を待っていたかのように活動を始める魔物は多い。真昼ほど暑くはなく、夜の闇に閉ざされているわけでもない。狩りをするにも草を食むにも都合がよい時間なのだろう。

 この世界の蟷螂もそんな生物の一つ。彼ないしは彼女の狩りは基本的に待ち伏せ型だ。巨体でありながら器用に身を隠し、獲物を待ち、その鎌で獲物に襲いかかる。だが全く獲物が取れなかった場合獲物を求めて徘徊することもある。その獲物の中には蟻も含まれる。蟷螂の鎌にとっては蟻の鎧など無いも同然である。つまり蟻と蟷螂には絶対的な力の差が存在する。

 だが、その力の差を覆すものは存在する。

 静寂の森に突如として響く轟音。巨大な蟷螂の顔ほどもある岩が蟷螂のほど近い地面に凄まじい速度で降ってきたのだ。しかもそれは、それらは一つではない。それらすべては蟷螂に当たることはなかったが、もしもそのうちの一つでも当たれば絶命していただろう。命の危機を明確に感じた蟷螂は脱兎の如き勢いで森へと引き返していった。



「フハハハハ。大成功! 100m以上飛んだな! 間違いなく!」
 ヤシガニ襲撃事件から3日。オレは思いっきり高笑いしていた。今の岩はもちろん蟻が投げつけたものではない。古代から中世で攻城兵器として活躍していた投石器だ。正式名称は平衡式投石器だっけ。トレビュシットとも言うらしい。てこの原理を利用しており、片方の端が下がると片方の端が上がるというシンプルな造りだ。
 たまたま蟷螂を発見したから新兵器を試してみたけど上手くいった。まあ脅しにしか使えないけどな! 何しろ攻城兵器だ。いくらでかくても生物に当てるのは無理だ。でもそれでいい。蟷螂の頭がよくても投石器の原理は簡単にはわからないはずだ。蟷螂からしてみれば巨人が大岩を放り投げたようにしか感じなかっただろう。恐らくそう簡単に攻めてこられないはず。
 石と木だけで作るのはやはり苦労したけど、その途中で蟻の魔法の性質がいくつかわかった。以前も言ったが、蟻は土を動かす速度が遅い。だが一度に動かせる土の量は結構多い。要するにパワーはあるけどスピードが出せないらしい。1メートルくらい離れれば動かせないし、土を動かすためにはその土がつながっていなくてはならない。土の質を把握することもできるが、やっぱり戦闘には向いてないよなあ。

 でも重要なのはむしろここから。こいつらの土を動かす精度や腕の器用さはものすごく高い。例えば土で蟻の模型を作らせてから、別の蟻にそれと同じものを作るように命令すると、見た目にはほとんど同じものを作ることができる。もちろん戦いの役には立たないだろう。でも物づくりにはとても重要な能力だ。この能力とテレパシーがあるからこそオレの適当な説明で投石器を作れたとも言える。

 実を言うとちょっと不安だったんだよ。一応知識としては知っているけど実践ができるかどうか。ちなみに古代の兵器に関する知識を知っている理由は主に二つある。そのうちの一つは大学での講義だ。うちの大学では1年の時に教授と数人の学生で論文発表の練習みたいなものをする。一人一人テーマを決めて調べたりするわけだ。大抵は学部に沿った内容である、世界の農業、発酵食品製造法、なんかになるわけだが、オレの場合何故か古代の兵器を調べることになっていた。おのれ教授。
 まあ世界の風俗史なんかよりはだいぶましだったけどな。けど調べてる本人はノリノリだったなあ。……今から大学に入る人たち!まじで変な人多いぞ!気をつけろよ!

 ちょっと脱線しちゃったな。何はともあれこれで巣の防衛に関する不安は少なくなった。では次のステップに進もう。つまりこの巣の外に出る。オレが、ではなく蟻たちが、だけど。目的は二つ。人間の集落を見つけて可能であればコンタクトを取る。もう一つは新しい巣を見つけることだ。この巣だけで人口を賄うにはそのうち限界が来る。何しろこの巣にはもうすでに新しい幼虫がいるのだから。
 初産卵からたった6日。蟻の卵は地球では2週間ほどで孵化するはずだが、知性や体格の差などを鑑みれば、どう考えても早すぎる。
 蟻は成虫になるために蛹になる完全変態の昆虫。シロアリは蛹にならない不完全変態らしい。こいつらはどうもその両方が可能だ。女王蟻は蛹になって、働き蟻は蛹にならないらしい。……わけわからん。オレたちが何者なのか一旦おいておこう。確か蟻が成虫になるのは孵化する期間と同じくらいだったはず。だとすると二週間たたずに働き蟻が増えるわけだ。

 今のオレが卵を産む速度は1日に3、4個。1か月あれば最大120人。食料は余っているけどそのうち余裕はなくなるかもしれない。なので余裕があるうちに生産手段を増やす。ただまあそこまで焦る必要はない。渋リンは恐ろしい速度で果実を実らせている。どうもこの果物は地球とは違い収穫時期なら新しい実が成り続けるようだ。結論としては、魔物はとんでもない速度で成長するということ。植物であれ、動物であれ。

 ちなみにオレ以外に産卵を行える個体はいないらしい。というかそもそもオレのことは女王と呼んだくせに蟻たちは性別という概念を理解していない。これは多分巣の個体は全て遺伝子的に同一であるクローンだからじゃないだろうか。地球の蟻の多くは雌の働き蟻、生殖用の女王蟻、生殖用の雄蟻に大別できるはずだけどここでは女王とそれ以外の蟻という区分けらしい。ただそれだと新しい女王がどういう条件で産まれるのかわからないんだけど……。まあいい。わからないことはいったん置いておこう。

 なんにせよ、新しい巣はあって損することはない。しかもすでに新しい巣は完成している。オレが造ったんじゃなく先代女王が引っ越そうとしていた巣があるらしい。その場所は誰も知らなかったが大体の方角くらいはわかるので、そのあたりを重点的に調べさせよう。いやいや、子供のために棲み処を残しておくなんてなかなかいいところがあるじゃないか。

「紫水、川見つけた」
 おっと、連絡きたな。何匹かの蟻に周辺の探索をさせていたが、連絡があった。ヤシガニの成体は陸上生活に適応しているけど水場は必要なはずだ。そう思っていたけど当たりだったらしい。
「貝や小さい蟹なんかがいたら取ってこい。でも他の魔物がいたら逃げろ」
 魚を捕らえるには技術か道具が必要だが。貝ならそれほど苦労はしない……いやいやここは魔物が跋扈する異世界。人を丸のみにする貝がいてもおかしくない。慎重に行動するように念を押しておこう。
 そう言えばいつの間にかテレパシーを使っても筋肉痛になることはなくなっていた。普通の筋肉と一緒で鍛えれば強くなるのかもしれない。

 
 そんなに深くはなさそうだから向こう岸に渡れなくはないだろうけど今は川沿いに進んでみよう。説明するまでもないけど、近代以前の文明なら川の近くに村や町を作るのがセオリーだ。黄河文明にせよエジプト文明にせよ水があることは文明の発展必須条件だ。多分そのうち人工物に行き当たるだろう。

 それにしてもこの川きれいだよな。日が傾いてきた影響もあるとはいえわずかに涼しげな風が吹いている。余裕があれば縁側でお茶でも飲みたいな。ただ、何だろう? 何か違和感がある。何かが欠けている? うーん?
 ちょっと周りを観察してみるか。あたりの木は常緑または落葉広葉樹が多い。ブナに近いかな? 魔法も使ってこないし、探知能力にも反応はないから地球に存在する樹木と同じだろう。植生や今までの気温なんかから考えると気候帯は温暖湿潤気候かな。
 ……台風とかこないよな。来るなよ。まじで。渋リン全滅とかやだよ、ホント。

 そろそろ時間かな。これ以上先へ進むと危険な気がする。蟻たちは夜目が効くけど夜に外出したがらない。夜には夜の危険があるってことなんだろう。そう思っていると連絡がきた。
「紫水、これ何?」
 ほう。複数の丸太が連なって川に架かっている。明らかに人工物だ。
「丸太橋だな。川を通行しやすくするものだ」
 ああ少し訂正しておこう。人工物にしか見えないけど 「人」工物ではない可能性がある。つまりこれを作ったものが知性を持った何者かであって人とは限らないということだ。なにはともあれ集落には確実に近づいている。
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