こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第一章

10 木と鉄と

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 さて、腹も膨れたところで今まで棚上げにしていた問題に取り掛かろう。すなわち人間さんをどうするか。食うか? と聞かれれば流石に食えない、と答えざるをえない。いくらなんでも人間を食べるのは倫理的にアウト。腹減ってたら食うけど。

 じゃあ他の蟻が食べるのは……まあいいかな。せっかくの獲物を腐らせるのももったいないし。

 やっぱあれかな。蟻になったせいで蟻の精神に近づいてるってやつか?いくらなんでも人間だった頃なら人間を食うなんて考えは思い浮かばなかっただろうし。とりあえず持ち物でも調べるか。





 ちなみに―――天界による転生は仮に何らかのイレギュラーが起こったとしてもその精神は完全に保持される仕組みになっている。つまり人間だったとしても同じ状況、同じ経験を積めば蟻である現在と同じ行動を行うのだが―――この時点の彼では知りようがないことだった。





 蟻達の話によると周囲に人間の所持品らしきものはないとのこと。ならまず服装を確認しよう。緑を基調とした外套を羽織っている。程よく暗いその色はさぞ森の影に良く馴染んだだろう。それ以上に鮮烈な血の赤色によって台無しになっていたが。本来の色合いを考えるとこれは狩人装束だと思って間違いない。おそらく森に獲物を狩りに来て返り討ちにあった、そんなところだろう。



 見たところがりっがりにやせてはいない。栄養状態は生きていく分には問題ないだろう。内側に着ている服は上着と袴がセットになった服だ。偏見かもしれないけど古代中国とか東南アジアっぽい気がする。右胸に縫いつけられている紋章はシンプルで、二重の円があるだけだ。所属組織をあらわしているのか?



 そして驚くべき、あまりにも意外な、まさしく驚天動地の代物は腰に下げている袋から発見された。それはなんと―――



 おにぎりだ。



「はい?」

 もう一度よくみる。お米らしきものを丸めたそれはどうみてもおにぎりだ。

「うひょおおおおおおい。おおおおおみ、おにぎりだあああ」

 思わず噛んじゃったじゃないか馬鹿野郎! 驚きと喜びが入り混じったもの凄い奇矯な声を上げちまった。おにぎりだぞ? 絶対美味いだろこれ!

 ふーふー。よし落ち着いた。いまは昼飯食べたばっかだから夕飯はこれだな。よし決定。



 にしてもおにぎりか。この人の顔立ちは洋風っぽいからちょっと違和感あるんだけど……いやそれは偏見だな。和食大好きな西洋人だっているだろうから、コーカソイドだけど食文化が和風な世界もあるはず。



 で、ちょっとよくわからないものをまたしても発見した。

 上着の内ポケットから切符くらいの葉っぱが描かれた紙と、人物画が描かれたスマホくらいの大きさの紙が発見された。ちなみに大きいほうの紙には漢字に似た文字、あるいは数字のようなものが書かれている。ぱっとこの紙を見て思いついた使い方は―――金、つまり紙幣だ。現代人の感覚からするとそうとしか思えない。

 内ポケットに隠すほどには価値があり、文字は少ししか書いていないことから書類や身分証明書のようなものでないとなるとそれくらいしか思いつかない。



 だが待って欲しい。紙幣が流通し始めたのはせいぜい数百年位前からだ。

 武器などを持っていないことから、お世辞にも文明レベルが高そうとは思えないこの世界の住人がそれなりに上質な紙を生産できるとは思えない。紙の歴史は古いが、紙を大量に生産できるようになったのは2000年くらい前の中国が発祥だったはず。お金としては硬貨のほうがよっぽど歴史がある。ん?硬貨?

「おい、こいつら金属、いや物凄く硬い物質を持ってなかったか?」

「ない」

 調べてみたが、こいつらは一切金属製品をもっていない。こんな危険な場所をうろつくなら、武器の一本くらい持っておくべきだろう。単に落としてしまった可能性もあるにはある。

 地球の歴史的に考えれば紙を紙幣として扱えるだけの文明があるならそこらへんの狩人にだって多少の武器を持たせる余裕はあるはずだ。だがもしも金属製品そのものがないとしたら?

 なんてこった。コレで説明がつく。ついてしまう。



 この世界、少なくともこの人間が暮らしている国では製鉄技術よりも先に製紙技術が発達した可能性がある。



 製鉄技術が人類に普及し始めたのは3000年くらい前で、青銅の冶金技術が発見されたのは5000年ほど前だと聞いたことがある。つまり地球では紙を大量に作る技術より、金属製品を取り扱う技術が先に発達したため、硬貨をお金にする「文化」が紙幣をお金として扱う「文化」より素早く浸透した。

 この世界では逆に、製紙技術がなんらかの理由で先に広まったため紙幣をお金として扱う「文化」が歴史的に早く浸透したんじゃないか? 現状ではほぼ妄想に近い推測だが、考えてみればおかしなことじゃない。文明が発達する順番なんて決められてるわけじゃない。地球でも国によって得意不得意があるんだし。もしかしたら地球とはまったく別の魔法文明みたいなものがあって金属を扱うのが苦手で紙を作るのが得意なのかもしれない。



 んー、じゃあもしかしてオレが製鉄技術を発達させることができたら何らかの交渉材料になるかもしれない。うんちょっと希望がでてきた。それじゃあこいつの死体はあまり無碍には扱えないな。かと言ってこの世界の埋葬方法なんてわかるわけないし……。ほっといたら腐るだけだし……。うーんまずこいつが魔物であるかどうかを確認しよう。魔物じゃなかったら骨はあるはずだし。



 片腕を解体した結果。きれいさっぱり骨抜きされてましたとさ。白っぽい透明の宝石のようなものもありましたよ! 内臓は地球の人間などとはそれほど違わないようだが、断言はできない。この世界では人・間・も・魔・物・の一種ってことだ。

 だめじゃん。骨がないなら火葬や土葬じゃ何も残らない。あーいやあの宝石みたいなのは残るのか?

 よし! 丁寧に埋葬するとか無理! 今日ここに人間はこなかった。これで完全犯罪成立だ! でも体内の宝石は回収しておこう。もしかしたら何か使えるかもしれないし、これは食べられないみたいだし。

 お肉はまあ蟻たちの好きにさせよう。オレは何も命令していない。全部蟻達が勝手にやったことです。全責任は私にありません。



 うむ。君のおかげで色々わかったことは忘れない。この後どうなったのかはまるでわからないけど。

 死人に口はない、けれど死体は雄弁に世界を物語る、か。あとおそらく人里はそんなに遠くない。おにぎりは何十日も保つ食料じゃないから、1日で行って帰れる距離にあるはず。一度行ってみるべきかな。

「当然だけどおにぎりはオレの晩御飯だから食べたら死刑だぞ? (ニッコリ)」

 周りで物欲しそうにしている奴らに釘を刺しておく。なんて意地汚い奴らだ。まったく、いったい誰に似たんだ。
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