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第一章
2 魔法赤子(仮)になりました
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朝目覚めると私は蟻になっていた!
笑い事じゃない。
しばらくして落ち着いたが――死にそう。サスペンスドラマに出てくる断崖絶壁とかわっかのついたロープなんかがあれば恐らく自殺していただろう。いつのまにか元いた部屋に戻っていたらしい。さっき産んだ卵も大事そうに置かれてある。
「夢じゃねーよな」
頬をつねろうとしたが顔が妙に固かったので引っ掻いてみる。あんまり痛くない。
やったあ夢なんだあ。
なわけねーよ。いい加減現実を直視しないと。
ふとやけに小さな蟻の幼虫が目に入った。ただし全く動いていない。
「そいつは?」
「産まれたけどすぐいなくなった」
孵化できたがすぐに息絶えてしまったらしい。何処も見ていないはずの瞳がこちらを見ている気がした。こいつは必死で努力して卵から出ようとしたんだろうか。それともただ本能に従っただけで、何も考えてはいなかったのか。
何にせよ死んでしまえばこうなる。全て無意味になる。努力も、才能も、苦難も、幸福も。それは嫌だ。
少し自分の人生を思い出してみよう。
中学生前半までは何の変哲もない人生を歩んできたが、そこからは地獄のような日々だった。両親がカルト宗教に引っかかったのだ。神の愛だとか救いの時はいずれくるとかオレにわけのわからない教義を押し付けてきた。しかも自分たちの財産は全て教祖様のためにあるなんて言って貯金も全部差し出した。馬鹿かお前ら。
自分たちが破滅するのは勝手だけどオレを巻き込むな! 思い出したらいらいらしてきた。
努力の甲斐あって縁を切ることに成功し、大学にも奨学金によって入学できた。自分ではかなり努力したと思ってる。ちょいちょいソシャゲとかで遊んでたから必死とは言えないけど。
うーんあいつらは果たしてオレがいなくなったことを悲しんでいるだろうか?
ないな! むしろ罰当たりが死んだぜヒャッホウなんて言って喜んでるな! 親子だ何だと言ったところで所詮血が繋がっているだけの赤の他人。そんなもんだろう。
あーでもこの状況が天罰なんてことはありえるだろうか。……んーいやそれもないな。ここは地獄というにはぬるすぎる。金棒を持った鬼も翼の生えた悪魔もいないんだから。精神ダメージは受けたけど所詮は精神攻撃。あの元親共が笑っている姿を思い起こせば耐える意思が湧いてくる……はずだ。
さてなんとか立て直したところで状況確認を再開しよう。
まずここはどこだ。恐らく地下の蟻の巣の中だろう。やたら暗いし大体の蟻は巣の中で産卵する。樹木をくりぬいたり、蟻塚である可能性もなくはないか。
……こいつらが普通の蟻なら。思いっきり息を吸う。
息苦しさは感じず、地下特有の淀んだ空気もない。蟻の巣は優秀な換気システムを備えているというのは事実なんだろう。念のために聞いてみるか。
「ここって巣の中か?」
「うん」
返事はそっけない。蟻の声は女子のように高いが、無機質あるいは棒読みのように聞こえる。女王なんだからもうちょっと敬ってもいいんじゃないか? まあいい質問を続けよう。
「今いつ?」
「?」「?」「?」
質問が曖昧すぎたか?
「今何月? 何日? 何曜日?」
「?」「?」「?」
あれ? これでもだめか? 他の言い方を考えよう。
「今の季節は? 今は朝? 昼? 夜?」
「昼、夏」
おおう。これが異種族コミュニケーションって奴か。いやそもそもなんで蟻語を話せるんだ?寝てる時に話しかけられた気がするから睡眠学習みたいなもんか?わからん。
次に目の前の蟻自身を観察する。体色は灰色。全体的な体型はシュッとした蟻なんだけど触角が数珠状になっている。これはシロアリの特徴で蟻の触角は「く」の字に折れ曲がっている。蟻は蜂に近いハチ目で、シロアリはゴキブリに近いゴキブリ目に分類される。
要するに完全に違う生物だ。……オレがどっちかは考えないことにする。体の大きさは明らかにオレのほうが大きい。女王蟻のほうが、体がでかいのは当然か。
うーん。頭使ったせいか腹減ってきたな。
「何か食い物ない?」
「持ってくる」
「いやオレが直接行くから案内してよ」
「わかった」
少しでも情報を得るためには自分で見て回ったほうがいい。そう考えて蟻たちに案内を頼むことにした。
1匹の蟻が先導し、2匹の蟻が後ろからついてきている。案内兼護衛ってところか。よっぽどオレに死なれると困るらしい。
こうして歩いていると土でできた壁に部屋に通じる穴があるだけでほとんど変わり映えのしない風景で、目で見ているだけなら確実に迷うだろう。「目」で見るだけなら。
巣の中は多様な匂いで満ちており、その匂いによってこの部屋がどんな部屋なのか識別できる。これは恐らく蟻のフェロモンだ。蟻は食べ物の場所や危険を伝えるためにフェロモンを分泌する。それを部屋の表札代わりに使っているらしい。
問題なのは何故オレにもそれがおおよそわかるのかということ。睡眠学習の成果か? 無理矢理知識を植えつけられたみたいで気味が悪い。
いまさらだけどオレって元に戻れるのかな? 人間に戻る、または日本に帰る。それこそ魔法でもないとできないだろうから、あまり期待しないでおこう。どう考えても蟻の感覚とかが植えつけられてるし。もともと友人や知人が少ないから日本にそこまで未練はないけどな。
色々と考えている間に食糧庫に到着。
……入口狭くないか? 蟻たちは通れるけどオレは通れない。ああだから持ってくるって言ったのか。確かに子供を産むのが仕事の女王蟻が巣の全てを歩き回れる必要はない。じゃあここで待ってるから持ってきてくれ。そう言おうと思ったら蟻たちが入口に集まりだした。
「何すんの?」
「穴を広げる」
???広げる? この壁そんな簡単に崩せるのか? つるはしでもあるのか?
だが蟻たちは何一つ道具を使わなかった。それどころか体を動かしすらしなかった。
目の前に現れたのは紫色の光。壁が光っている。ゆっくりとだが動いている。明らかに通常の物理法則では起こりえない現象だ。そうこれは―――
「ちょっ、お前らなにしてんの!?」
「穴を広げてる」
いやいやいやこれはどうみても魔法だ。魔法ですよね。魔法だろ!
暗い土に囲まれた中でただ紫色の光だけがオレの眼球を支配していた。
ものの数十秒もしないうちに入口は十分オレが通れる大きさに広がっていた。少しの間呆然としていたが正気を取り戻してから聞いた。
「さっきの魔法だよな!?」
「何それ?」
上手く伝わらない。言い方を変えよう。
「さっきのどうやった?」
「土を動かした」
「いやだからどうやって……」
「動かした」
「……………………」
なんだろうこの不毛な会話。どうも蟻たちは土を動かせること、オレから見れば魔法にしか見えない行為を不思議な力だと認識していないらしい。生まれたときから魔法を使える生物にとっては手足を動かすことと同じようにできてあたりまえの動作ってことか。
しかーしオレにとってはそうではない。もうこの蟻が真っ当な生物ではないことは確定してしまったしここが異世界であることも間違いなくなったがそんなことはどうだっていい。魔法を使うチャンスだ! 働き蟻でこれなら女王蟻はさぞかし凄い魔法が使えるに違いない!
「無理」
いやいやいやいや。
「お前らが使えるんだからオレにだってできるだろう?」
「無理」
ショック。何故こいつらにはできてオレにはできないのか。
「杖とか呪文なんかが必要なのか」
「なにそれ」
こいつらもそんなもん使ってなかったしな。いやもしかしたら別の魔法が使えるのかもしれない。
「じゃあオレに使える魔法……じゃないオレにできてお前らにできないことってあるか」
「卵産む」
「悪いそれ以外で」
卵を産むのがものすごく大事なのはわかったから!聞きたいのはそうじゃない。
「いっぱい話せる」
頭がいいってことか? ん? さっきも疑問に思ったけど何でオレは蟻語を話せているのか。話しているのではなく発声以外の方法でコミュニケーションをとっているとしたら?
口を塞いで手足も全く動かさずに「喋って」みる。
「右手挙げて」
3匹とも右手を挙げた。
「次は左足を上げて」
ちなみにオレは6本の手足のうち後ろの4本を足だと認識しているが……。4匹ともオレのイメージした左足2本を上に上げた。自分で言っといてなんだけど器用だな。ちょっとぷるぷるしてるからしんどいんだろうけど。
けどこれではっきりした。オレは会話しているんじゃなくイメージそのものを相手に送っているらしい。つまりこれはテレパシーだ!
「ふふふ」
思わず笑みが零れる。魔法って言うより超能力だけど超常の力が使えるという夢にまで見たシチュエーションはおいしすぎる。正直地味だけど、今はこれしか使えない。訓練すれば他にも使えるはずだ……多分。
笑い事じゃない。
しばらくして落ち着いたが――死にそう。サスペンスドラマに出てくる断崖絶壁とかわっかのついたロープなんかがあれば恐らく自殺していただろう。いつのまにか元いた部屋に戻っていたらしい。さっき産んだ卵も大事そうに置かれてある。
「夢じゃねーよな」
頬をつねろうとしたが顔が妙に固かったので引っ掻いてみる。あんまり痛くない。
やったあ夢なんだあ。
なわけねーよ。いい加減現実を直視しないと。
ふとやけに小さな蟻の幼虫が目に入った。ただし全く動いていない。
「そいつは?」
「産まれたけどすぐいなくなった」
孵化できたがすぐに息絶えてしまったらしい。何処も見ていないはずの瞳がこちらを見ている気がした。こいつは必死で努力して卵から出ようとしたんだろうか。それともただ本能に従っただけで、何も考えてはいなかったのか。
何にせよ死んでしまえばこうなる。全て無意味になる。努力も、才能も、苦難も、幸福も。それは嫌だ。
少し自分の人生を思い出してみよう。
中学生前半までは何の変哲もない人生を歩んできたが、そこからは地獄のような日々だった。両親がカルト宗教に引っかかったのだ。神の愛だとか救いの時はいずれくるとかオレにわけのわからない教義を押し付けてきた。しかも自分たちの財産は全て教祖様のためにあるなんて言って貯金も全部差し出した。馬鹿かお前ら。
自分たちが破滅するのは勝手だけどオレを巻き込むな! 思い出したらいらいらしてきた。
努力の甲斐あって縁を切ることに成功し、大学にも奨学金によって入学できた。自分ではかなり努力したと思ってる。ちょいちょいソシャゲとかで遊んでたから必死とは言えないけど。
うーんあいつらは果たしてオレがいなくなったことを悲しんでいるだろうか?
ないな! むしろ罰当たりが死んだぜヒャッホウなんて言って喜んでるな! 親子だ何だと言ったところで所詮血が繋がっているだけの赤の他人。そんなもんだろう。
あーでもこの状況が天罰なんてことはありえるだろうか。……んーいやそれもないな。ここは地獄というにはぬるすぎる。金棒を持った鬼も翼の生えた悪魔もいないんだから。精神ダメージは受けたけど所詮は精神攻撃。あの元親共が笑っている姿を思い起こせば耐える意思が湧いてくる……はずだ。
さてなんとか立て直したところで状況確認を再開しよう。
まずここはどこだ。恐らく地下の蟻の巣の中だろう。やたら暗いし大体の蟻は巣の中で産卵する。樹木をくりぬいたり、蟻塚である可能性もなくはないか。
……こいつらが普通の蟻なら。思いっきり息を吸う。
息苦しさは感じず、地下特有の淀んだ空気もない。蟻の巣は優秀な換気システムを備えているというのは事実なんだろう。念のために聞いてみるか。
「ここって巣の中か?」
「うん」
返事はそっけない。蟻の声は女子のように高いが、無機質あるいは棒読みのように聞こえる。女王なんだからもうちょっと敬ってもいいんじゃないか? まあいい質問を続けよう。
「今いつ?」
「?」「?」「?」
質問が曖昧すぎたか?
「今何月? 何日? 何曜日?」
「?」「?」「?」
あれ? これでもだめか? 他の言い方を考えよう。
「今の季節は? 今は朝? 昼? 夜?」
「昼、夏」
おおう。これが異種族コミュニケーションって奴か。いやそもそもなんで蟻語を話せるんだ?寝てる時に話しかけられた気がするから睡眠学習みたいなもんか?わからん。
次に目の前の蟻自身を観察する。体色は灰色。全体的な体型はシュッとした蟻なんだけど触角が数珠状になっている。これはシロアリの特徴で蟻の触角は「く」の字に折れ曲がっている。蟻は蜂に近いハチ目で、シロアリはゴキブリに近いゴキブリ目に分類される。
要するに完全に違う生物だ。……オレがどっちかは考えないことにする。体の大きさは明らかにオレのほうが大きい。女王蟻のほうが、体がでかいのは当然か。
うーん。頭使ったせいか腹減ってきたな。
「何か食い物ない?」
「持ってくる」
「いやオレが直接行くから案内してよ」
「わかった」
少しでも情報を得るためには自分で見て回ったほうがいい。そう考えて蟻たちに案内を頼むことにした。
1匹の蟻が先導し、2匹の蟻が後ろからついてきている。案内兼護衛ってところか。よっぽどオレに死なれると困るらしい。
こうして歩いていると土でできた壁に部屋に通じる穴があるだけでほとんど変わり映えのしない風景で、目で見ているだけなら確実に迷うだろう。「目」で見るだけなら。
巣の中は多様な匂いで満ちており、その匂いによってこの部屋がどんな部屋なのか識別できる。これは恐らく蟻のフェロモンだ。蟻は食べ物の場所や危険を伝えるためにフェロモンを分泌する。それを部屋の表札代わりに使っているらしい。
問題なのは何故オレにもそれがおおよそわかるのかということ。睡眠学習の成果か? 無理矢理知識を植えつけられたみたいで気味が悪い。
いまさらだけどオレって元に戻れるのかな? 人間に戻る、または日本に帰る。それこそ魔法でもないとできないだろうから、あまり期待しないでおこう。どう考えても蟻の感覚とかが植えつけられてるし。もともと友人や知人が少ないから日本にそこまで未練はないけどな。
色々と考えている間に食糧庫に到着。
……入口狭くないか? 蟻たちは通れるけどオレは通れない。ああだから持ってくるって言ったのか。確かに子供を産むのが仕事の女王蟻が巣の全てを歩き回れる必要はない。じゃあここで待ってるから持ってきてくれ。そう言おうと思ったら蟻たちが入口に集まりだした。
「何すんの?」
「穴を広げる」
???広げる? この壁そんな簡単に崩せるのか? つるはしでもあるのか?
だが蟻たちは何一つ道具を使わなかった。それどころか体を動かしすらしなかった。
目の前に現れたのは紫色の光。壁が光っている。ゆっくりとだが動いている。明らかに通常の物理法則では起こりえない現象だ。そうこれは―――
「ちょっ、お前らなにしてんの!?」
「穴を広げてる」
いやいやいやこれはどうみても魔法だ。魔法ですよね。魔法だろ!
暗い土に囲まれた中でただ紫色の光だけがオレの眼球を支配していた。
ものの数十秒もしないうちに入口は十分オレが通れる大きさに広がっていた。少しの間呆然としていたが正気を取り戻してから聞いた。
「さっきの魔法だよな!?」
「何それ?」
上手く伝わらない。言い方を変えよう。
「さっきのどうやった?」
「土を動かした」
「いやだからどうやって……」
「動かした」
「……………………」
なんだろうこの不毛な会話。どうも蟻たちは土を動かせること、オレから見れば魔法にしか見えない行為を不思議な力だと認識していないらしい。生まれたときから魔法を使える生物にとっては手足を動かすことと同じようにできてあたりまえの動作ってことか。
しかーしオレにとってはそうではない。もうこの蟻が真っ当な生物ではないことは確定してしまったしここが異世界であることも間違いなくなったがそんなことはどうだっていい。魔法を使うチャンスだ! 働き蟻でこれなら女王蟻はさぞかし凄い魔法が使えるに違いない!
「無理」
いやいやいやいや。
「お前らが使えるんだからオレにだってできるだろう?」
「無理」
ショック。何故こいつらにはできてオレにはできないのか。
「杖とか呪文なんかが必要なのか」
「なにそれ」
こいつらもそんなもん使ってなかったしな。いやもしかしたら別の魔法が使えるのかもしれない。
「じゃあオレに使える魔法……じゃないオレにできてお前らにできないことってあるか」
「卵産む」
「悪いそれ以外で」
卵を産むのがものすごく大事なのはわかったから!聞きたいのはそうじゃない。
「いっぱい話せる」
頭がいいってことか? ん? さっきも疑問に思ったけど何でオレは蟻語を話せているのか。話しているのではなく発声以外の方法でコミュニケーションをとっているとしたら?
口を塞いで手足も全く動かさずに「喋って」みる。
「右手挙げて」
3匹とも右手を挙げた。
「次は左足を上げて」
ちなみにオレは6本の手足のうち後ろの4本を足だと認識しているが……。4匹ともオレのイメージした左足2本を上に上げた。自分で言っといてなんだけど器用だな。ちょっとぷるぷるしてるからしんどいんだろうけど。
けどこれではっきりした。オレは会話しているんじゃなくイメージそのものを相手に送っているらしい。つまりこれはテレパシーだ!
「ふふふ」
思わず笑みが零れる。魔法って言うより超能力だけど超常の力が使えるという夢にまで見たシチュエーションはおいしすぎる。正直地味だけど、今はこれしか使えない。訓練すれば他にも使えるはずだ……多分。
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