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「一年のユアン・ケイリー。きみ、ずっと俺のこと見ていたね」
咄嗟に弁解も浮かばなかった。ユアンは喉を引きつらせ、身を縮こめる。返答もできずに顔を顰めているユアンのくちびるに、柔らかいものが触れた。
キスをされている。そう気づくまでに時間がかかった。何を、と暴れて文句を言おうとした瞬間に、ぬるりと柔らかいものが潜り込んでくる。その感触に驚き、息が止まった。見開いたユアンの目に、面白そうに顔を歪めているゼシーの顔が映る。
「ん、ん、んー!」
ゼシーの力は強く、押しつけられた手首が痛いくらいだった。悔しい。暴れようにも、まったく身じろぎが取れない。上顎を舐められ
びくっと身体が揺れる。噛んでやる、と思ったときにはユアンの下唇を食むようにしてゼシーは離れていた。
「な、んで……こんなことするんですか……」
ゼシーはきょとん、とユアンを見返した。なぜ問われているのかわからないという顔をしていた。そうしてそのまま、そうしてほしかったんでしょ? と当然のように言った。
「みんな、俺が笑いかけた奴らは全員、俺にこういうことをしたかったみたいだし」
「まさか、したのか!?」
目の前の人間はゼシーではない。
だがこの顔で、この身体で、ゼシーの評判を貶めるようなことをしたのか。高潔なゼシーの、その誇りを汚すような真似をしたのか。
「するわけないじゃん。気持ち悪い」
「……だったら僕のことも離してください」
「きみは別。ずっと必死で見てくるのが、かわいかったからね」
頭がぐしゃぐしゃになる。焦る。こいつは誰だ? なんで僕のことを拘束しているんだ?
怖い。
ゼシーは酷く楽しそうな顔をしていた。ユアンの知っているゼシーともちがう、改心したなんて言われていたゼシーともちがう、もっと歪んだ表情だ。
だからつい、ぽろ、と言葉が漏れた。
「おまえ、誰だ」
はっと口を閉じたときには遅かった。それでももう違和感を抑えきれなかった。ずっと、ずっとずっと、ユアンは誰かに訊きたかった。ゼシーのふりをしたこいつは誰なのか。ゼシーのふりをして何を企んでいるのか。
本当のゼシーはどこへ行ってしまったのか。
誰にも訊けずにいた。誰もそのことに疑問を抱いていないことに、ユアンは静かに絶望していた。頭がおかしくなりそうだった。自分の頭がおかしいのかもしれないとも思った。自分が見ていたゼシーという人間が、本当にいたのか。本当はすべて自分の妄想なんじゃないか。 だって誰も、誰もあのひとのことを口にしない。
怒りと悔しさがあるのに、それでもユアンは目の前の男の返答に縋るしかなかった。ゼシーの行方を知っているのは、この男しかいないのだろうから。
咄嗟に弁解も浮かばなかった。ユアンは喉を引きつらせ、身を縮こめる。返答もできずに顔を顰めているユアンのくちびるに、柔らかいものが触れた。
キスをされている。そう気づくまでに時間がかかった。何を、と暴れて文句を言おうとした瞬間に、ぬるりと柔らかいものが潜り込んでくる。その感触に驚き、息が止まった。見開いたユアンの目に、面白そうに顔を歪めているゼシーの顔が映る。
「ん、ん、んー!」
ゼシーの力は強く、押しつけられた手首が痛いくらいだった。悔しい。暴れようにも、まったく身じろぎが取れない。上顎を舐められ
びくっと身体が揺れる。噛んでやる、と思ったときにはユアンの下唇を食むようにしてゼシーは離れていた。
「な、んで……こんなことするんですか……」
ゼシーはきょとん、とユアンを見返した。なぜ問われているのかわからないという顔をしていた。そうしてそのまま、そうしてほしかったんでしょ? と当然のように言った。
「みんな、俺が笑いかけた奴らは全員、俺にこういうことをしたかったみたいだし」
「まさか、したのか!?」
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だがこの顔で、この身体で、ゼシーの評判を貶めるようなことをしたのか。高潔なゼシーの、その誇りを汚すような真似をしたのか。
「するわけないじゃん。気持ち悪い」
「……だったら僕のことも離してください」
「きみは別。ずっと必死で見てくるのが、かわいかったからね」
頭がぐしゃぐしゃになる。焦る。こいつは誰だ? なんで僕のことを拘束しているんだ?
怖い。
ゼシーは酷く楽しそうな顔をしていた。ユアンの知っているゼシーともちがう、改心したなんて言われていたゼシーともちがう、もっと歪んだ表情だ。
だからつい、ぽろ、と言葉が漏れた。
「おまえ、誰だ」
はっと口を閉じたときには遅かった。それでももう違和感を抑えきれなかった。ずっと、ずっとずっと、ユアンは誰かに訊きたかった。ゼシーのふりをしたこいつは誰なのか。ゼシーのふりをして何を企んでいるのか。
本当のゼシーはどこへ行ってしまったのか。
誰にも訊けずにいた。誰もそのことに疑問を抱いていないことに、ユアンは静かに絶望していた。頭がおかしくなりそうだった。自分の頭がおかしいのかもしれないとも思った。自分が見ていたゼシーという人間が、本当にいたのか。本当はすべて自分の妄想なんじゃないか。 だって誰も、誰もあのひとのことを口にしない。
怒りと悔しさがあるのに、それでもユアンは目の前の男の返答に縋るしかなかった。ゼシーの行方を知っているのは、この男しかいないのだろうから。
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