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 そう思っていたある日、ゼシーとすれ違ったのでユアンは酷くびくついてしまった。思考が読まれたわけではないだろうが、後ろめたさに視線を合わせることもできない。だというのに、ゼシーは足が止めた。明らかにユアンの方へと身体を向けている。ゼシーの靴のつま先が、こちらを向いているのだ。
 なにを考えているのか、ゼシーはユアンを覗き込み、にっこりと笑った。ユアンはなんとか顔を逸らし、ゼシーの横を駆け抜けた。
 そうしてからふと気づく。
 ゼシーはいま、一人きりだった。
 珍しいことだった。以前ならばともかく、いまのゼシーはまるで学園の中心というくらいに人に好かれ囲まれている。友人も多くできたのだろう。肩を抱かれていたり、笑い合っているときがないくらい、常に誰かと一緒にいた。

 もしかしたら、いまなら。ひとりきりのいまなら、何かぼろを出す可能性があるのかもしれない。ユアンは足を止め、ばくばくとなる心臓を押さえながら振り返る。
 ユアンの不審な行動を気にしたそぶりはなく、ゼシーはこちらに背を向けたまま廊下を歩いている。
 そっとその背中を見ながら、ユアンは足を踏み出す。少しだけ。ちょっとだけだ。ここは学園の廊下なのだから、歩いていたって不思議ではない。たまたまゼシーと同じ方向に進むだけ。
 それで、もし、ゼシーのなんらかの秘密が見られれば。

 ゼシーはどこへ向かっているのか。もう校舎には人が少ない。寮へ帰る方向ではない。まだ陽は落ちきってはいないが、雲が多いのか廊下は薄暗かった。ユアンは最初こそ距離を保っていたが、暗さのせいで徐々に距離が詰まっていく。角を曲がると見失いそうで、そのたびに小走りもした。
 人が少ない区画ではない。職員室も近い場所だ。それなのに不思議と、誰にも会わなかった。だがゼシーの背を追うことに必死なユアンは、その不自然さには気づかない。ゼシーはずっと歩いている。ぐるぐる回っているようにも感じられ、ユアンは自分の目も回るような心地がした。目的地はどこなのだろうか。そうしてあれ、とユアンはようやく気がついた。いま歩いている廊下は、最初にゼシーと出くわした場所だ。
 戻ってきた?
 なぜ。そう考えるよりも先に、視線の先でゼシーが廊下の角を曲がるのが見える。見失ってしまう。とユアンが角まで走り寄り、その先を覗き込むと、ふっと暗い影に包まれた。

「やあ」

 ユアンはその影を見上げて、ひっと息を飲んだ。ゼシーだ。気づかれていた? なぜ? 疑問は口から出ず、ひくひくと喉が上下しただけだった。ゼシーはユアンを見下ろし、にっこりと笑うとユアンの腕を思いっきり引いた。

「わっ」

 転ぶ、と思うくらいにつんのめったが、そうはならなかった。腕を引かれたことでなんとかバランスを保ったユアンの後ろで、かちっ、と音がする。振り返ると、ドアの鍵が閉められたところだった。ユアンは目を瞬かせ、辺りを見回す。保健室だ。中に人はいない。大きな窓からは、オレンジの光が差している。

「な、なんですか」
「今日は先生も来ないし、ドアの前に入室禁止の札もしたから誰も来ないよ」

 ユアンは足を踏ん張り、ゼシーの手から腕を引き戻そうとしたができなかった。それどころか、逆に強く引かれ、奥にあるベッドへと放り投げられた。マットはあるものの硬いベッドに背中を打ち、ユアンは顔を顰める。
 だがそれどころではない。逃げないと。何が起きているかわからないが、怖い。ユアンは慌てて起ち上がろうとしたが、それよりも先にゼシーに覆い被さられた。遠くから見ていれば硝子細工のようなはかなささえ感じられるはずの彼は、ユアンよりも背が高く、どのパーツも大きい。押さえつけられてしまえば、僅かな身じろぎしかできなかった。

「な、なんなんですか!」
「それはこっちの台詞じゃないかな」

 ゼシーはユアンの両手を頭上にひとまとめにして押さえつけた。そうしてもう片方の手で、ぐっとユアンの顎を上げ、その目の中を覗き込む。

「一年のユアン・ケイリー。きみ、ずっと俺のこと見ていたね」
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