憧れの先輩の性格が変わってしまった

わさん

文字の大きさ
上 下
3 / 10

しおりを挟む
 ユアンはずっとゼシーを見ていた。とはいえ、学園で見かけられる場所は限られている。ゼシーは食堂を使わないとか、この時間は講義室を移動するからあの廊下を通るだろうとか、図書室だとどのあたりに座っていることが多いとか。そんなことを、少しずつ知っていった。ゼシーはいつでも一人で、常に前を向いて背筋を伸ばしていた。広いけれど、薄い背中は寒々しく、痛みさえ覚えるくらいに高潔だった。
 ゼシーは近くでも遠くでも、誰のことも認識していないようだった。どんなにユアンが見つめていても、ユアン以外の人間が近くで睨んでいようとも、誰のことも見ているようで見ていない。だからユアンは、ある意味安心してゼシーを見ていることができた。それにゼシーはどんどんやつれていっているように見えた。背筋の伸ばし方は変わらない。前を見る瞳の強さも変わらない。なのに身体はますます薄くなっているように見えた。病的な儚さに、ますます目が離せなくなっていった。

 だからおかしいと気づいたのは、ユアンが一番初めだったはずだ。

 いつでもしわの寄っていた眉間はなだらかになり、微笑んでさえ見せる。いや、微笑みというにはもっと豪快で、年相応のもの。友人たちとふざけて口を開けて笑うようになったのだ。
 あれは誰だ。
 ユアンは震えが止まらなかった。
 誰だ、と思った相手がその友人だったのか。ゼシーに対してだったのか。
 ユアンの知る限りゼシーには友人はいなかったが、その変化が見られた日にはもう大勢の友人ができていた。ユアンは知っている。本当は、ゼシーと親しくなりたい人間は多い。あの美しさと、公爵家令息の肩書き。皆がゼシーを嫌っていたのは、そもそもが恋情で近づいて手酷くあしらわれたからだ。手に入らない葡萄を酸っぱいものだと思い込み、自分の感情から目を逸らしていた。だからふいに目の前に甘く差し出されれば、あっという間に陥落してしまう。
 ユアンは、まるでゼシーのしわが移ったように、眉間に不穏をにじませ思い悩んだ。
 あれはゼシーではない。
 ユアンはずっとゼシーを見ていた。ゼシーの癖や行動を、ある程度把握していた。褒められたことではないが、そうすることをやめられなかった。
 ずっと見ていた。あんなふうになりたいとひどく憧れていた。
 だからわかる。
 あれはゼシーではない。

 ならゼシーはどこへ行ったのか。

 あのゼシーが、今成り代わっているゼシーと呼ばれている誰かが、何か危害を加えたのではないだろうか。だからいま、こんなことになっている。ユアンは疑いはしたが、誰かにそれを相談することはできなかった。
 もともとゼシーは嫌われていた。性格が変わったことを行為的に受けとめられているくらいだ。改心したんだろう、なんていう人も少なくない。
 ちがう。ユアンは歯噛みする。ゼシーは改心なんて必要なかった。いまのゼシーは、あれは、ゼシーじゃない。
 だがどうやってそれを、誰に訴えればいいのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

待てって言われたから…

ふみ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

処理中です...