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40(最終話)

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「理仁」

 真尋は理仁の頬を両手で挟み、顔をのぞき込む。

「俺のうなじ噛んでいいぞ」
「何言ってる」
「違うな。えっと、理仁」

 理仁の困惑に、真尋は笑う。もう決めていた。こんなことがなくても、理仁が思い悩まなくても、真尋のなかで答えは出ていた。覚悟がなくて待たせていただけだ。
 だが理仁のことを真正面から見て、真尋はそうか、と思った。
 こいつはこんなことしないと迷いなく思える相手に、何も躊躇う必要はない。

「俺はお前につがいになってほしい」

 つがいになったら、もっと理仁のことがわかるかもしれない。つがいというものに幻想を抱いているところもあるが、いまより、おそらくもっと近いところにいけるだろう。

「そしたら、理仁ひとりで悩むことはなくなるだろ」

 理仁は呆然として目を瞬かせた。それから苦笑し、真尋のプロテクターを人差し指で軽く擦る。

「噛まない」
「なんでだよ」
「真尋のことが好きだ」
「うん」

 だったら噛むだろう。真尋が膨れると、理仁は今度は人差し指の背で頬を撫でる。

「だから許されるために噛みたくないんだ。求められて噛みたい」
「ばかだな。許すとか許さないとかじゃないだろ」

 こちらとすれば結構な勇気で言ったことだ。もっとしっかりよく吟味してほしい。真尋はそんな心情を隠すように理仁の膝から降り、テーブルに放置したコーヒーを飲んだ。すっかり冷めている。

「好きだから噛んでくれって言ってんだよ」

 早口で言い捨てて、真尋はサイドチェストをごそごそと漁り、鍵を取り出した。ほら、と理仁の手のひらに乗せて、顎をそらせる。

「えっどこだ?」
「このへん」

 真尋のプロテクターはディンプルキーと暗証番号、指紋認証で取り外せるようになっている。普段は自分で外しているので、人に鍵穴を見せるのがむずかしい。くすぐったくてごそごそ動いてしまった。

「ほら」

 頭を下げて、理仁の目の前にうなじを差し出して見せる。すうすうと落ち着かない。視線を感じているだけで、妙に変な気分だった。

「触ってもいいか? キスしてみたい」
「だから噛んでくれって……ひうっ」

 真尋が言い募るのに、理仁はちゅ、と音を鳴らして髪の生え際にキスを落とした。温かく柔らかなものが撫でるように触れる。舌だろうか。
 頭のてっぺんから電流が駆け抜けたようで、真尋は一瞬の硬直の後、くたりと理仁に倒れかかった。

「噛みたいけど、もっとちゃんと、俺にも告白させてくれ」
「はあ? もう何度もしてるだろ……」
「そうだな」

 噛まないと言いつつ、理仁はいつまでもうなじにくちびるを当てる。軽く吸われると、それだけで達しそうになってしまい、真尋はぶるぶると震えるしかできなかった。もっと文句を言ってやりたいのに。

「ふっ、んく、り、理仁……!」

 もうキスどころかほとんど舐められている。振り返って見つめると、理仁の目がすう、と細まり真尋を捕らえた。
 うなじを隠したいのに、すぐに理仁に手を外されてしまう。だがそうやって手を握られると、隠したかったのか、もっと舐めてほしかったのかわからなくなる。
 こんなに陰茎が張り詰めているのに、それとは別のところがひどく切ない。理仁、と名前を呼んだ。服の裾から潜り込んだ手が、真尋の望んだところを探る。濡れた音がして、ああ、そこだ、と真尋は思った。
 理仁は真尋の服から手を引き抜き、抱き上げてベッドに下ろす。下着ごと服が抜き取られていくのに真尋は協力した。

「する?」
「うん」

 理仁は服を脱ぎながら、あ、と声を出して自身を見下ろした。

「どうした?」
「ゴムがない」
「ゴム」

 真尋もついその臨戦態勢になっている同じところを見てしまった。当たり前だと思いつつも、いるよな、とつい訊いてしまった。

「いるだろ」
「えーと、そのチェストの一番上」

 買ったのはつい最近だ。言ってしまえば、理仁が来るとなってから買った。そういうこともあるだろうと思っていた。理仁がちょっと顔を緩ませているので、そっちはどうなんだと訊いてしまう。

「そういえば荷物に入れてた」
「ふは」

 昨日から放置されている荷物のほうへ理仁と一緒に視線を投げる。それなりにお互いにそのつもりだったということだ。ようやく日常に戻ってきたような気さえする。だがもう理仁がベッドから降りてしまう時間さえもったいない。真尋はチェストからコンドームを取り出した。

「いまさらだけど、手は大丈夫か?」
「……本当はひびが入ってる」
「はあ!?」

 ああ、うう、と真尋はしばらく呻いて、無茶するなよ、と顔をしかめた。本当は、安静にするべきだろう。わかってても、止まれなかった。とにかく手を使わせないように、と真尋が理仁のものに、ゴムをくるくると着けていく。へんなかんじだ。なんだかもったいないなと真尋はつい零してしまった。
 理仁とこうやって触れあうのは初めてではない。それでもいままで自分でさえ、しっかり触れたことのない場所を明け渡すことになる。緊張はする。でも怖くはなかった。
 内部を探られても、そこはすでに潤み、指で拡げられるのももどかしい。それでもひどくきもちがいいのは確かで、腰が揺れた。早く、早く、と真尋のほうばかり気が急いた。理仁が真尋の大腿を押し上げたときには、ようやく、とほっと息を吐いてしまった。

「もう入れる?」
「いいか?」
「ん。入れてくれ」

 待つのがつらいくらい馴らされたはずなのに、やはり指とは違い、ひどい圧迫感だった。それでも理仁に触れられるだけで、真尋の身体は熱くなる。においに包まれて、くにゃりと溶けてしまう錯覚さえあった。
 真尋もなんとか息を吐いて力を抜こうとしているが、理仁は理仁で辛いのだろう。額からぽた、と汗が落ちた。その汗さえ愛しいと思うのだからどうしようもない。噛んでほしい。真尋がまた訴えるのに、理仁は困ったような嬉しいような、複雑な笑みを浮かべている。

「大丈夫か? つらいか?」
「つらくない」

 確かに呼吸もうまくできないし、身体は普段しないような態勢で押し広げられて関節が軋みそうだ。それでも真尋はつらいとは思わなかった。
 あたたかい。
 身体中を満たされていると感じた。
 噛まれたわけではない。真尋はまだ、つがいになるということがわからない。けれど、きっと、つがいになるというのは、こういうことなのだろう。
 満たされて、同じように自分が理仁を満たせているといい。
 きもちが高揚してたまらず、真尋はぎゅう、と理仁を抱きしめた。同時に態勢がずれたせいか、自分の予期しないところを抉られ、中まで締めてしまった。自分の意図しないタイミングで上り詰めてしまい、頭がふわふわとする。ぐっと腰を掴まれたかと思うと、理仁も吐精したようだった。
 なんだかしまらないのに、顔を合わせて笑ってしまう。よかった。真尋は思う。まぶしくて、やさしい、真尋の知っている笑顔だった。
こんな状態で、すきだと言われて真尋は笑った。笑ったのに、どうしてか目が潤む。真尋。理仁の呼び声に、うん、と相槌を打つのが精一杯だ。目元に理仁のくちびるが当たる。

「真尋、つがいになってほしい」
「うん」
「いまは噛まないけど、俺に噛ませてほしい」

 いまでいいのに。
 真尋は身体を伸ばして、理仁の首元をあまく噛んだ。そのことに、機能を変えるような意味はないが、挿入されたのと同じような充足感があった。理仁のにおいが深く、身体の底まで届いている。
 理仁のくちびるが同じように、真尋のうなじに触れた。宣言通り噛まれることはないが、主張するように跡を残され跡を残されていく。

 理仁はちっとも真尋の思い通りにならない。だがこうしてさらけ出す相手が理仁でよかったと真尋は笑う。
 いまだったら、理仁の運命という言葉に頷いてしまうかも知れない。そんなことを、うなじに当たるくちびるに思った。
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みんなの感想(6件)

ののの
2024.10.29 ののの


コチラに続きが有ったら良いなと思い
ムーンさんから来ました。

ふだん感想など書かないのですが、
思ってるだけじゃ伝わらないんだよって妹から言われたので勇気を出して書いています。
ふたりの続きが読みたいです♡
台風が発生しているのに気温も低く体調崩さないようにどうぞお身体お大事にしてください。
楽しみにしています。

解除
おこめ
2023.01.31 おこめ

すごく…すごくよかったです…めちゃめちゃ好きでした…いまとても感動しています…。
ほかの方もおっしゃっていますが、わたしもぜひ後日談やほかの人視点など、番外編いつか読みたいです。
ご無理のないペースで、またこのお話のみんなに会えたら嬉しいです☺️

本当に、素敵なお話ありがとうございました✨✨

わさん
2023.02.04 わさん

感想をありがとうございます!!
好きと言っていただけると、本当に最後まで書くことができてよかったなとしみじみします。とっても嬉しいです!
お気遣いありがとうございます。私もこの二人や周りのことをもうちょっと書きたいと思っているので、少しずつでも番外編を更新していきたいと思います。
こちらこそ、読んでくださってありがとうございました!

解除
miel
2022.12.22 miel

すごく面白かったです!!後日談とかリクエストしたいのですが。理仁の紳士さに惚れました。。

わさん
2022.12.25 わさん

感想ありがとうございます〜!!
理仁を紳士と言っていただけて嬉しいです!
ちょっと日にちが空いてしまっているんですが、後日談など書きたいところがまだあるので、今後足していきたいなと思います。ありがとうございます。

解除

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