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33 モブ注意※

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 どうしてこんなことになったのか分からない。
 町田はなかなか帰ってこなかった。袖にはずいぶん醤油が跳ねていたし、落ちにくかったのかも知れない。橋岡も静かで、そうなると会話も少なくなってしまう。いつもなら無駄に愛想よく話を振る木下が静かなのも不気味だった。真尋は知らず、どんどん手にあるグラスのものを飲んだ。

 飲んでいた。

 異様にふわふわすると途中で思った。妙に眠い。室温なのか自分なのか分からないが、熱くて、額を拭った。手にしているグラスが重くて、落としてしまいそうだった。

「大丈夫~?」

 木下が苦笑しながらグラスを取り上げ、テーブルの上に置き直す。大丈夫です、と言いかけた真尋は、うまく口が回らないことに気づく。ぐらつく頭を手で押さえながら瞬きをしていたはずなのに、次の瞬間には橋岡の肩に頭をもたれさせていた。意識が飛んだのか。なんで。目を擦っている真尋を芝が無表情で見ていた。

「なんか……すみません……」

 口が重い。じわじわと手から力が抜けて、橋岡から身体が起こせない。大丈夫だよ、と前髪を弄ってくる木下を振り払いたいのに叶わない。
 芝はすっと立ち上がり、荷物を取った。町田がおいていったはずのショッピングバッグも手にしている。

「町田ちゃん見てくる」
「そうだね~。戻ってきちゃうと困るし」
「今日はこのまま町田ちゃん連れて帰っていいんでしょう」

 芝の声は硬く、訊ねながらも懇願しているようだった。木下はなかなか応えない。芝は小さく足踏みをして、ねえ、と悲鳴に近い声を上げた。

「ごめんごめん。いいよ~」
「……じゃあもう行くからっ」
「よかったねえ芝ちゃん。町田ちゃんと仲良くなれてさ」

 真尋は狭い視界のなかに、ようやくふたりを捉える。芝はおびえたように鞄のひもを握りしめ、木下を睨んでいた。
「今回は真尋くんだし、次があったら町田ちゃんがいるもんね?」

「あんたがっ……」
「ごめんごめん冗談だよ~」

 芝は言葉を呑み込み、木下を睨み付けると畳を蹴りつけるように部屋を出て行った。勢いよく締められた襖は、それでも大した音は鳴らない。

 あれ。真尋は思う。芝は帰ったのか? 町田は? あれ?

 なんで木下と橋岡の顔が上にあるんだろう。天井が、ふたりの間からぼやけて視界に映っている。畳に背中が付いていることに、ようやく気づく。横になって、ますます眠気が強くなる。それと同時に、ぐらぐらと頭を揺らす、ひどいめまいのような重さがあった。

「じゃあ真尋くんは、とりあえず脱ごっか」
「は……?」
「あんまり時間もないからね~」

 木下の手がなんの躊躇いもなく、すばやくベルトを剥ぎ、下着ごと真尋の服を引き下ろした。ひやりと外気が触れ、真尋は混乱する。起き上がろうとしても、橋岡の手が真尋の肩を押さえていて動けない。押さえられていなくても動けなかっただろう。力が入らない。

「なん……なんで……」
「あの、先輩これほんとに大丈夫なんですか……」
「橋岡先日もやったじゃん。大丈夫だよ。真尋くんこーんなふにゃふにゃでさ」
「先日はもっと人が多かったから……」

 橋岡はびくびくとしながら、それでも木下が楽しげに真尋の脚を拡げるのを熱の籠もった目で見下ろしていた。ごく、と喉が鳴った音が聞こえるようだった。真尋が橋岡を必死に見上げるが、視線は合わない。橋岡の目は、真尋の露出したところを舐めるように捉えている。

「触っても?」
「いいよ~。場所変わる?」

 先程まで不安がっていたのが嘘のように、橋岡はいそいそと木下と場所を変わった。橋岡は真尋の脚の間に腰を下ろし、腿の裏を両手で押し上げ、間近から陰部を覗き込む。

「オメガってちんぽの色まで俺と違うんすね」
「あっは! そうだね! かわいいよね」

 ちっちゃくてさ。どうあがいても良い意味には取れない言葉を含み笑いで吐きながら、木下はその先端の小さな穴をゆっくりと撫でた。陰茎は橋岡の手に握られて、かたちを確かめるように握られ擦られる。

「あぁっ……あっ、あはっ……」
「かわいい声……きもちい?」
「真尋くんもこんな顔するんだねえ」

 口の中に無遠慮に指が突き込まれる。嘔吐きそうになっているのにも構わず、太い指が舌を挟み揉む。くるしい。くるしいのに握られた性器にジン、と痺れが走る。

「カウパーすげ」
「もう濡れてきた? きもちいいんだ?」
「あー! やっ!」

 ぐっと鈴口に爪を立てられ、真尋は頭を振った。なんでこんなことになっているのか。考えようとしても下腹部からの刺激で頭が回らない。くらくらする。熱い。眠い。眠いのに、むりやり引き起こされているように意識が引っ張られる。

「そろそろ後ろも濡れてるんじゃない?」
「オメガってマジで尻濡れるんすか?」
「オメガの子初めて? 濡れるよ~。すごい子だと漏らしたみたいになるよ」

 ごく、と橋岡の喉が鳴る。恐る恐る指が真尋の尻の狭間を探った。濡れてる、と震える声で呟く。

「結構水分取ってるし、ちょっと飛んでるから真尋くんマジで漏らすかもね」
「それは……見たいっすね……」
「いい性格してんね~」
「だってこれ、かわいくて」
「ふああっ」

 きゅっきゅっと、橋岡は手の中のペニスを愛おしそうに揉む。先端から絶えず溢れるカウパーは白いものが滲んでいて、おそらくもっと刺激すればあっけなく果てるだろう。それが分かっているのか、橋岡は決定的な刺激は与えずにもてあそぶ。陰嚢までも揉まれ、真尋は手足をばたつかせた。それでも男二人には、抵抗にもならない。

「ま、さすがに店でびちゃびちゃにしちゃったら後が大変だから。それはホテルでね」
「はい……」
「まあ、でも。ちょっとくらいはいいか」

 木下は真尋の後ろに回り込み、自分の胸に寄りかからせると大腿を
がばりと大きく開き、真尋の中心を橋岡に向かって差し出すようにしてみせた。
 幼児を排泄させるような態勢だ。気づいても、真尋の腕も足もがっちりと木下に抱え込まれ、身動きが取れない。はー、はー、と獣のように荒い息が室内に響く。血走った目で、橋岡が真尋のそこを覗き込んでいた。

「すごい……」

 思わずと言ったように漏れた言葉に、涎も一緒に零れたらしい。木下に指摘され、橋岡は手の甲で慌ててくちもとを拭った。それから思いついたように、その指をじっくり眺めた箇所に押し当てた。

「すっごいひくひくしてる」
「や、やだああ」

 くすぐるように表面を撫でていた指が、ぐっと力を持って押し込まれてくる。たどたどしく内壁をなぞる指は真尋の望んだものではない。いやだ、と叫ぼうとした瞬間に、頬に指がめり込むほどに後ろから強く顎を掴まれた。

「静かにしてね~。店の人来たら困るのは真尋くんだよ?」
「んぐぅ!」

 何を言われているのか分からない。ただ頬や顎にかかる力が痛くて固まった真尋の口に、布がむりやり押し込まれてくる。ハンカチかタオルか何かだろうか。喉のほうまで呑み込まされ、真尋は嘔吐くが、手が使えず取り除くことはできなかった。

「来たら見られちゃうね~。真尋くんがお店で、犯されながらこーんなおっ立てて気持ちよさそうに漏らしてるとこ」
「ああ……本当にきもちよさそ……」
「橋岡もそう思う~? 店員さん呼んでみてもらおっか? ねえ?」

 木下は後ろから真尋の眼前に手を見せた。その手のなかには店員を呼ぶためのコールボタンが入っている。唐突に、他の個室から聞こえてくる人の声が気になり始める。ここが、いつ誰かが入ってきてもおかしくない、ただの居酒屋だということを思い出す。真尋は鳥肌を立て、首を振った。呼ばれるはずがない、ということは頭になかった。目の前のことがすべてが怖い。

 真尋がひるんだのが分かったのか、大人しくなったことで木下はずいぶん機嫌がよくなったらしい。褒めるように頭を撫でる。かわいい、かわいいと言いながら橋岡は真尋の脚をなで回している。この異常な空間のせいなのか、酒のせいなのか、橋岡は顔をひどく赤くして普段とは違った様相だった。はあっ、と息を吐いて木下の名前を呼ぶ。

「ここで入いれたらだめッスか?」
「いいわけないでしょ~」
「でも、こんな」
「んんー!」

 ずぶっと無遠慮に指を突き入れられ、真尋は背中を反らせる。そこに快感があるとは思えなかった。この酔っているのかなんなのか、加減の利かない橋岡に壊される恐怖がある。

「ま、ホテル行ったら橋岡順番回らないかもね」
「嘘でしょ!? せっかく協力したのに!」
「えー……う~ん。彼氏いるなら処女ってわけでもないしいっか?」

 ねえ、と木下が真尋を覗き込んでくる。真尋は首を振った。嫌な先輩だと思っていた。近寄りたくない、近寄らないでほしいと思っていた。だが恐怖を感じたのは、夏祭りでのことくらいだ。それ以外は、いやに絡んでくるがどうにでもできると過信していた。

 だがいまはこの目の前の人間が、何を考えているのか理解ができなくて真尋は震える。真尋に対してこんなことをしているときでも、表情が変わらない。橋岡のように不安になっても、興奮してもいない。それどころか、手を伸ばしてビールを飲んだりもする。家でゲームでもしているような気楽さしか感じられない。

「それにこんな場所でっていうのが案外写真として映えるかもね」
「写真撮るんすか」
「写真撮っておけば逃げらんないからね。動画も撮るんじゃない? 今回泰良張り切ってたから」

 聞き捨てならないことを話しているのに、どうもがいても逃れられない。それどころか意識が落ちそうで、真尋は必死に手を握り爪を立てようとした。それさえも力が入らず叶わない。

 ぬかるみで必死に泥をかいているようだった。異常な眠気と倦怠感、光が眩しくて、橋岡と木下の顔がまともに視界に映らない。夢を見ているんじゃないのか。悪い夢を。

 今日はこのあと理仁に会う予定だったはずだ。帰りにちょっと足を伸ばしてスーパーに行くのもいいよな、と言っていた。夏の間に鍛えられた理仁の料理の腕をみせろと笑って催促した。きゃべつの千切りは苦手だけれど、少しくらいなら手伝ってもいいって。そう思っていた。そんな話をしたのは、本当に、ほんの、数時間くらいのことだった。

 理仁。

 いやだ、と強く思った。尻に硬い何かが押し当てられる。ぬるりとした感触に血の気が一気に引いた。真尋は力を振り絞り、身体を捻り橋岡の手から離れる。ずりずりと畳を這うと、楽しげに木下が笑う声が聞こえた。

「真尋くんも無駄なことするね~。どうせ逃げらんないのにさ」
「入れていいってさっき言いましたよね!?」
「いやあ、ほら、真尋くんががんばってるからさあ」

 無駄だとは思いたくない。真尋は懸命に身体を逃し、手を伸ばした。追い詰められた真尋がもがくのが心底楽しいというように木下は、真尋の動きを見守っている。それでもようやく真尋が脱がされた服を掴むと、これかな、と木下は目の前でその服のポケットからスマートフォンを抜き取った。それから橋岡に襖の前にいるように指示する。

「真尋くんのスマホで写真撮ってあげよっか。彼氏に送る? 理仁くんだっけ?」

 真尋が脱がされたズボンを抱きしめていると、木下が笑う。穿く力もないでしょ、と囁かれ、殴ろうと真尋は手を振り上げた。だがバランスを崩して畳に崩れ落ちる。

「眠くて辛くない? 無駄に動き回ると余計に回るしさあ。吐いてる子とはあんまりやりたくないんだよね」

 尻をぴしゃ、と平手で叩かれ撫でられる。ひどい屈辱感に真尋は目の前が赤く染まる。こんなやつに。頭が痛くなるくらいの怒りを覚えた。だがいまこの状態だからこそ、木下は笑っている。真尋は指を動かし畳をひっかき、意識を保とうとした。
 考える先から思考が溶けそうになる。知らない人間は怖い。いまの状況が怖い。だが理仁は怖くない。働かない思考で真尋が分かるのはそれだけだ。

 理仁を呼ぶにはどうしたらいいか。ずいぶん前から、理仁に鍛えられてきた。手に触れた装置は、そうして馴染んだものだ。真尋はふたりに気づかれないように、もがいて逃げるようにしながら、装置を発動させた。

「チッ」

 木下が素早く反応し、真尋の手首を軋むほど強く握りブザーを取り上げる。木下のここまで歪んだ顔を見たのは初めてかも知れない。殺されるかもしれないと真尋は本気で思った。
 防犯ブザーの音に、店内がざわつき始める。お客様、とどこかで叫ぶ声がした。木下は立ち上がり、橋岡に対し真尋に服を着させるように指示する。

 店員を誤魔化すためか、木下が襖の前に立つ。だがその手が把手にかかる前に、壊れそうな勢いで襖が開いた。途端に真尋は、その襖の先しか、目に入らなくなった。理仁だ。理仁がきた。どうしてとも思わなかった。目が合って、理仁が自分を認識した。

 もう大丈夫だと理仁に向かい、知らず真尋は微笑んでいた。どっと目から熱いものが零れ、息が詰まる。そのまま真尋は意識を失った。
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