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 親睦会という名の飲み会は現地集合だった。駅前にある和食系の居酒屋だ。人の出入りが多く、まだ早い時間なのに店員は忙しそうに立ち回っている。名前を告げると奥のほうにある個室に案内された。ふすまを開くと、座敷に長机と座布団が用意されている。すでに町田と芝が並んで座り、話が盛り上がっているようだった。ふたりとも同じショッピングバッグを持っている。

「買い物か?」
「そー。今日休みだし。一緒に駅ビル回ってたんだ」

 町田が、ね、とばかりに芝に首を傾げて見せると、芝は控えめな笑みを浮かべて頷く。相変わらずこの二人は仲がいい。真尋はつられて笑いながら、ふと用意された箸の数に違和感を覚え眉根を寄せた。あと来ていないのは橋岡だけのはずだが、五人分用意されている。

「箸ひとつ多くないか?」
「多くないよ」
「あと橋岡だけだろ?」
「あれ? 言ってなかったっけ」

 町田がきょとん、と真尋を見返してから、芝へと視線を投げる。芝は困ったようにやはり微かな笑みを浮かべたまま首を振っている。あのね、と町田がテーブル越しに真尋の方へ身を乗り出したと同時に、シャッと襖が勢いよく開いた。

「遅れてごめん!」

 飛び込んできたのは橋岡だったが、真尋はその後ろにいる人物に目を見開いた。木下だ。なんで、と知らず零したが、それは誰にも聞き取られることはなかった。

「あっ真尋くん。なんだか久しぶりだね~」
「……なんで木下先輩がいるんですか?」
「どうした? 南野。俺が誘ったんだよ。先輩ならいつも来てもらってるし、いいかなって」

 南野とも仲いいんだろ。橋岡はてらいもなく言い放つ。いいわけがない。真尋としては吐き捨てたかったが、向かいに座る町田や芝がはらはらと心配そうにこちらを窺っていることに気づき、呑み込んだ。
 木下は真尋と橋岡のやりとりに眉尻を下げ、なんかごめんね、と肩を竦めてみせる。

「俺邪魔だったら今回は抜けるよ?」
「そんな! 俺が誘ったんですから! いいだろ? 南野。なんか問題あんのか?」

 橋岡に勢いよく凄まれ、真尋は顔を顰めるのさけられなかった。それでも自分が、この場の雰囲気を悪くしていることは理解できる。ゆっくりと首を振った。

「……ない。ちょっと驚いただけだ。悪かった」
「も~。俺も伝え忘れてて悪かったよ。せっかくの親睦会だから楽しくやろうぜ。ほら、何飲む?」

 町田も芝もほっとした様子で、ぎこちなく笑いながらメニューを覗き込んでいる。橋岡と木下も上着を脱ぐと、さっさと座りおしぼりで手を拭いた。
 真尋は思い悩むのをやめた。あのときのように、威圧的な先輩がいるわけではない。木下は木下で不穏なところがあるが、最近は大人しいものだ。それにここにいるのは知らない面々というわけでもない。何かあったら助けを求めることができるだろうし、襖をあけてしまえばいい。特に問題が起きたりはしないだろう。
 芝と町田の向かいに真尋と橋岡が座り、芝と真尋の間の一辺に木下が座る。メニューを覗き込みながら、橋岡は店員へのコール用のボタンに手をかけている。

「町田ちゃんは何飲む? お酒は?」
「未成年なんでやめときます。ジュースかな」
「ノンアルカクテルとかもあるよ。一緒に頼まない?」

 芝が指先で示すノンアルコールの欄を見て、町田はにこにこと頷いている。橋岡は今度は木下を窺った。

「木下先輩は?」
「ビール」
「俺もビールにします」
「お前未成年だろ」
「俺実は先月成人した!」

 橋岡は車の免許証を取り出し、真尋に突きつけてくる。同学年だったのでてっきり同い年かと思っていた。真尋はそれなら、と肩を竦めた。

「飲み過ぎるなよ」
「そこまで飲まねえって! 南野も飲んでみたら?」
「俺は未成年なんだよ」
「二十歳までになれといた方がいいんだぞ!」
「橋岡もう酔ってんのか?」

 いつもよりもテンションが高い。そもそも普段真尋が橋岡と顔を合わせるのはアルバイトのときくらいだ。同じ学年、学科だが、そこまで親しいわけでもない。

「飲み会楽しいからねえ~」
「ですよね!」

 真尋は座る場所に失敗した、と密かに思った。橋岡と木下が並んで座ればよかったのに。助けるつもりでもないだろうが、芝がそっとメニューを真尋の方へと差し出した。

「南野くんもノンアルカクテル飲んでみる?」
「はあ。じゃあ、それで」

 芝が指し示すところを、町田と一緒に真尋も覗き込む。名前が付いているようだがよく分からない。中身が分からないねと町田と言い合っていると、芝がこれはこういう味といくつか説明してくれた。

「芝先輩ここよく来るんですか?」
「……たまにね」

 駅前の店はそれほど多くない。大学近くで飲み会をするなら選択肢は限られる。三年生ともなれば、利用回数が多くても不思議ではないだろう。真尋は相槌を打つ。
 全員の飲み物メニューが決まったところで、橋岡がコール用のボタンを押した。





 飲み慣れないものなので真尋は不安だったが、ノンアルコールカクテルは思っていたよりも甘く、ジュースのようでおいしかった。町田はグラスに刺さっているオレンジを手に取り、満足げに笑っている。

「カクテルっておもしろいですね」
「アルコール入ってても味はそんなに変わらないんだよ」

 町田と芝は互いの飲み物を一口ずつ交換し笑い合っている。町田がいるからか、芝はいつも真尋とシフトに入っているときよりも笑顔が多い。
 心配していた木下は、真尋と角を挟んで隣にいるが、変に言い寄ってきたりもしない。むしろ酒が入ってからが大人しく、時々スマートフォンを操作して誰かと連絡を取っているようだった。
 逆に橋岡が妙にべたべたと真尋にくっついては、うるさい。理仁と付き合っていることを知らなかったと非難する。別に橋岡に言う義理はないと思っているが、それを口にすれば更に面倒なことになりそうだ。真尋は黙って、飲み物を飲んで橋岡の話を受け流す。時々木下がスマートフォンから顔を上げ、橋岡を窘めている。

 気にしすぎだっただろうか。真尋が木下を窺うと、目が合う。にっこりと笑みを返されて、つい視線を逸らした。

「お待たせしました~」

 シャッと襖が開き、店員が色とりどりの飲み物を乗せたトレーを手に入ってくる。曜日の都合か、注文してからの待ち時間が長い。人手が足りないのだろう、トレーから飲み物を置く手つきも若干雑だ。
 飲み物のなかで、ひときわ大きなグラスが目に付いた。高さが短く、横に広い。果物がやたらと盛られているが、しっかりと飲み物も入っている。乳白色に青い色素を落としたような色だった。
 名前を言いながら飲み物を置くなり、店員はさっさと部屋を出て行く。みんななんとなくその飲み物に圧倒されたように眺めていた。

「えっと、これは」
「私が頼んだやつだと思う」

 目の前にあるので真尋が皆を見渡すと、芝が手を上げる。じゃあそちらに、と差しだそうとしたら、橋岡が身を乗り出した。

「すごいですねこれ! 何が入ってんですか?」
「あっバカ! 何してんだ!」

 橋岡がその飲み物とは別のグラスを肘で倒してしまう。幸いにも橋岡が自分で頼んでいたビールだ。おいてあったおしぼりを真尋と町田が慌てて手に取り、テーブルを拭く。畳の方も水気を取ろうとおしぼりで叩いた。

「悪い悪い」

 橋岡は身体を揺らしながら、へらへらと笑っている。真尋は顔をしかめて溜息を吐いた。明らかに調子がおかしい。

「おまえ酔ってんじゃないか? ウーロン茶でも頼むか?」

 とりあえずと自分のところにあった水を渡して飲ませる。向かいにいる町田もまだ飲んでいないからと、自分が頼んでいたウーロン茶を橋岡に差し出した。

「ごめんね町田ちゃん。ありがと」

 テーブルを拭き終わり、橋岡が大人しくなったことで室内の空気がほっと緩む。その中で、芝があっ、と声を上げた。

「町田ちゃん、そでのとこ汚れてるよ」
「あっ。やば、醤油付いたかも」

 町田の服装は袖にフリルとリボンが付いている白いブラウスだ。ちょうどひらひらとした袖のところの広い範囲に茶色くシミが滲んでいた。頼んだ刺身盛り合わせの醤油のせいだろう。おしぼりで拭いても間に合わないと判断したのか、町田はバッグを手に取り、さっと立ち上がる。

「ちょっとお手洗い行ってきます」

 町田が部屋を出て襖を閉めると、何か決まっていたことのように木下が顔を上げた。

「芝ちゃんどうかした?」

 真尋はつられるように芝の方へと顔を向けた。飲み物を前にして、困っている、とばかりに眉尻を下げている。

「私、マンゴーはアレルギーがあって……」
「あ~。そしたらそれは無理だね」

 マンゴーが角切りにされてごろごろと入っている。真尋もつい、ああ、それは、と相槌を打った。

「南野もらったら」
「えっ」
「マンゴー好きって言ってたじゃん」

 橋岡はまだ酔っているのか、テーブルになつくように頬をつけている。

「まあ好きだけど……」
「よかったらもらってくれない?」

 芝から差し出されて、真尋は躊躇した。芝の様子が、なんだかおかしいような気がしたからだ。何がとは分からない。町田が席を外したせいか、いつもの、同じシフトに入っているときのようにこわばった顔を真尋に向けている。

「俺はいま飲みもの飲めない」
「俺は甘いのだめなんだよね~」

 橋岡と木下は揃って首を振る。芝はお願い、と言いながらとうとう真尋にグラスを押しつけた。

「はあ……じゃあ、いただきます」

 ちょうど自分の分の飲みものが切れたところだ。実際色や味が気になる飲みものではある。真尋が受け取ると、橋岡が身体を起こした。その勢いに、また何か零すぞ、真尋が注意するとまあまあ、と悪びれずに笑う。

「味どんなんなん? 飲んで飲んで」
「はあ?」

 橋岡が急かすのに、真尋は呆れながらグラスに口を付けた。ストローがないのに、果物が多く盛られていて飲みづらい。思ったより甘みががつんとくる。真尋はつい青い色からかき氷のブルーハワイを思い浮かべていたが、マンゴーを主体としたミックスジュースの風味だった。
 とにかく甘みが強い。いまだってそれほど飲んでいないのに目の前が揺れるようだった。真尋はグラスから口を離すと、眉間に指を当て、一度だけ目をぎゅっと瞑り開く。

「甘い」
「へえ? おいしい?」

 木下が何気なく問いかけてくる。別にうまいというほどでもまずいというほどでもない。ただ木下の質問に正しく答えるのも癪で、真尋は雑に頷いた。

 急に室内が静かになる。町田が帰ってこないからか芝は黙っているし、橋岡はまだテンションがおかしいようだった。木下
は木下で、またスマートフォンをタップしている。

 もうこの親睦会やらが始まって二時間くらいは経つだろうか。町田や橋岡には申し訳ないが、真尋はそろそろ帰りたいと思っていた。手持ち無沙汰で、また飲みものを口に含む。飲みづらい。
 さっきまで頼んだものにはストローが刺さっていたのに。これこそさすべきじゃないのかと真尋は今度は上に乗っているマンゴーを口に放り込んだ。
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