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恋人
眩しい ※R18
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連絡が取れないことに不安を覚えた小鳥が飛び込んできたのは、薄羽の服が脱がされる直前だった。ドアはレールから外れ、軋んでしまった。小鳥は構わずそのまま大股で講義室を横切ると、薄羽に乗りかかっていた二人を蹴り飛ばし昏倒させた。そうして薄羽の意識を確かめると、すぐに保健室へと抱えて走っていく。薄羽は小鳥の腕の中で、立ち尽くしている葉山、警備員の男性と葉山に向き合う井野川、それから足を引きずっている河名と井野川を見た。
全員に何が起きているのか。わからないまま保健室に連れて行かれ、そのまま病院で検査を受けた。目を白黒させているうちに全てが終わり、気付いたときにはタクシーで自宅へと戻っていた。全てが小鳥の手によって済まされていた。
もちろんタクシーを降りてからも、小鳥はしっかりとついてきて、ほとんど薄羽は抱きかかえられて移動した。部屋に帰ってからも、すぐにベッドに連れいかれる。
「薄羽。怪我は? 痛いところは?」
小鳥の大きな手が、不安げにあちこちを触れていく。くすぐったいほどの力加減だ。
「大丈夫だよ」
どう言ったら小鳥が安心するだろうか。薄羽は咄嗟には思いつかずに、サムズアップしてみせる。そして、それよりも、と頭を下げた。
「ごめんな、小鳥。心配してくれてたのに、ちょっとおれ、いろいろ甘く考えてた」
「違うよ。薄羽。薄羽が謝ることじゃないんだよ」
小鳥は、薄羽をぎゅうっと胸の中に押し込めるように腕を回した。小鳥は、見た目のせいか、華奢なイメージがある。だがそうではないことを薄羽は知っていたし、抱きしめられるとより体つきがしっかりしていることがわかる。だからか、安定感のあるその胸の中で、薄羽はほっとした。
「俺が離れれば、薄羽は狙われないんだと思う」
「小鳥」
それは薄羽も望んでいないことだ。首を振る。しかし強く抱きしめられているせいか、かすかに動くだけ終わった。
「でも、ごめん、俺薄羽が好きなんだ」
理由なんてわからない。小鳥は言う。
「些細なきっかけだったけど、一緒にいると楽しくて、時々、薄羽がキラキラ輝いて見えて」
薄羽は小鳥の鼓動の音を聞きながら、小鳥の告白を聞いていた。その感情を、自分も知っていると思った。
「俺は、薄羽にずっとそばにいてほしいんだ」
きらきらして見えるのは自分ではなかったのか。そう思うと、薄羽は笑ってしまう。結局はふたり、同じものを向け合っていたのか。
「おれも」
薄羽はどうしたらこの気持ちが小鳥に届くのだろうと額で、胸の中をぐいぐいと押した。どれだけ言っても言っても、伝わらない気がしてならない。
「おれも、小鳥がきらきらして見えて、ときどき眩しいくらいで」
慰め方が不器用で、人付き合いが極端で、放っておけない。
まだ一年も経っていないのに、いろんな小鳥の顔を知った。それは薄羽が小鳥をずっと見ていたからだ。きらきらして美しくて、眩しいのに目が離せない。薄羽はつい笑ってしまう。きっかけなんてわからない。綺麗な先輩と思ったときから、もう好きだったかもしれないから。
「すきだよ」
「薄羽」
ありがとう。小鳥がつぶやくように口にする。少し声が明るくなったことに、薄羽は胸をなでおろした。ぽふぽふと背中を叩くと、小鳥は少し顔を離し、薄羽の額にくちびるを当てる。そのまま髪にもキスをされ、薄羽は慌てた。床に倒れた上、葉山には足で踏まれたのだ。きっと汚いだろう。シャワーを浴びたほうがいい。だが小鳥は大丈夫だよ、とキスを繰り返す。
「でも」
「痛みは?」
「ないよ」
まだ腕は痛いが、動かせる。明日には回復するだろう。薄羽は首を振った。だが小鳥は不満そうに、本当に、と尋ねる。
確かめるようにあちこちに触れていく。その触れ方は、小鳥のキスに似ていてひっそりとしていて優しい。痛みがあるところに触れても、痛みを感じないくらいだ。薄羽はつい笑ってしまった。
だが腹に触れられると、急に冷や水を浴びせられたように感じて、びくりと思いっきり身体を震わせてしまった。触り心地がいい、そう言いながら、あの男たちに、触られた。思い出してしまった。
「薄羽? お腹痛い?」
「あ、えーっと違くって」
小鳥以外に触られたからだと口にするには、抵抗があった。男だ。触られただけだ。気持ちが悪かったけれど、それだけ。
「あの、やっぱりシャワー浴びてこようかな。気になるし……」
ね。薄羽は小鳥の手を止めようとした。だが小鳥は逆に薄羽のその手を掴む。腕をうまく引いたり押したりされると、薄羽はその場にころん、と転がってしまう。薄羽の足元に、小鳥は陣取った。
「じゃあ俺が全部舐めるよ」
「ぜんぶって……」
どういう意味。薄羽の問いかけに答えずに、小鳥は薄羽の足を掲げ持つ。足の裏に指がかかってくすぐったい。そう思っているうちに、靴下を脱がされ、足の爪先にキスをされる。
薄羽は思わず足をはね上げそうになったが、がっちりと掴まれていて話せない。
「こっ、小鳥! 小鳥! まだおれ、シャワー浴びてない!」
「知ってるよ」
言いながら、ねろりと親指の爪を舐められる。ぞわぞわっと薄羽のふくらはぎが痺れた。
そのまま親指を口に含まれて転がされる。だめ、だめ、と言いながら、自分が何を拒否しているのか薄羽はわからない。小鳥は丁寧に足の指を順繰りに舐めながら、薄羽の中心を刺激する。自分のペニスが小鳥の手で勃起したのか、それとも足の指を舐られて興奮したのか、わからない。こんなところまで舐められたら、本当に、どこも小鳥に舐められていないところなんてないのではないか。薄羽は思う。全てさらけ出して、何も隠せない。怖い。怖いのに、暴かれて快感を得ている。そういう自分に気づいて、薄羽は震えた。そのことさえも、小鳥に知られているように思う。
小鳥が十本の指を丁寧に舐め終わる頃には、薄羽はすっかり絞りきられ、出すものもなくペニスが縮こまっているような姿になってしまった。どろりと尻の狭間をこぼれ落ちる粘液を、小鳥の指が塗り広げるようにしながら穴へと挿入していく。いつものように、焦らされているのかと思うくらいに、丁寧な愛撫だった。
「小鳥」
「うん」
入れてほしい。薄羽の訴えに、小鳥はゆっくりと入り込んでくる。いつものように大きな質量が自分に埋め込まれていく。苦しい。薄羽はシーツを掴みながら息を吐く。苦しいのに、あられもないところを全て見られているのに、どうしてこんなに苦しいくらいに気持ちいいのだろう。
そうして小鳥のペニスがしっかりと収まりきり、薄羽はほっとした。小鳥だ。小鳥がいま、自分を抱いて、抱きしめている。おかしな話だが、そこで初めて薄羽は安心した。誰にも何も奪われなかった。自分は小鳥に差し出したものを、小鳥と大事にすることができる。そう思うと、じわじわと涙が溢れてきた。何もなかった。何も置きずに帰ってこられた。
「薄羽」
「うん」
大丈夫だよ。薄羽は言いながら、小鳥の背中に腕を回す。指先に触れる肩甲骨の骨は、いつもの小鳥のものだ。そういうひとつひとつを薄羽は確かめる。
小鳥は激しく動くことはなく、抜き差しというよりも、薄羽の中をゆっくりたゆたうようにとどまった。もどかしい感覚だったが、薄羽にはそれがよかった。
そうやって、その日はふたり、ふわふわした優しい快感ばかりを追っていた。
新聞紙を折りたたみ、リュックにしまうと、薄羽は立ち上がる。もう秋も深まり、ベンチに座っているのも少し厳しい季節になってきた。
「薄羽!」
小鳥が手を振りながらやってくるのを、薄羽は上着のポケットに手を突っ込みながら待つ。周囲の学生たちがちらちらと小鳥を見て頬を染めている。
「待った?」
「ぜんぜん。寒いから早く帰ろ」
薄羽の言葉に嬉しそうに頷くと、小鳥は薄羽のポケットに手を突っ込み、薄羽の指に自分の指を絡めた。きゃあ、と高い声が上がるが、薄羽もそろそろ慣れてきた。
「さっき読んでたのは新聞?」
「そう。ちょっとだけだけど、記事になってたな」
記事になっていたのは、大学の助教だ。葉山と交際関係にあったらしい。パパ活と呼ばれる類いのもので、葉山の指示で講義室を変更したり、部外者を構内に入れたり、問題のある行動を起こしたことでクビになったということが簡潔に書かれている。葉山のことはあまり触れられていなかった。
葉山はあのときスタンガンを持っていたことから言い逃れができず親の呼び出しとなり、退学となった。学校側の都合ではなく、親側の都合だったようだが、薄羽は詳しいことは聞いてはいない。カナミもなぜか休学するらしい。葉山、井野川、カナミの三人は父親が同じ会社で働いており、そこでの上下関係が彼女たちにも影響していたのだとあとから教えられた。
河名はカナミと揉み合って、階段から落ちたらしい。足の捻挫で済んで何よりだった。最近は会員でもないのにラーメン開拓同好会に顔を出している。
「体調は大丈夫?」
「ほんと大丈夫大丈夫。結構頑丈だからさ」
薄羽は改造スタンガンで攻撃されたことから、検査も受けたが特に身体に問題はないようだった。後遺症もないが、小鳥が心配するので定期的に検査を受けることになっている。
身体も精神も問題ない、と思われたが、それなりにトラウマも残った。真正面から男に肩を組まれると、思わず手が出てしまう。猫パンチくらいだから痛くはないよ、とは秋川の弁だ。それでも最近は落ち着いてきた。小鳥に抱きしめられているのが効くのかもしれない。
「今度さあ、やっぱり新しいベッド買ったほうがいいと思うんだ。冬になる前に」
「何か不都合ある? 寒いとか?」
「小鳥が寒いだろ」
小鳥は首を傾げている。薄羽は伝わらないかな、とちょっと笑った。そもそも、いまのベッドはほとんどもう使っていないのだった。セックスするには音が鳴りすぎて壊れそうだし、ふたりで一緒に転がるのは難しい。
この部屋にはちょうどいいサイズではあるのだが。
「布団にしたら」
「えー」
「俺、布団好きだよ。しっかり薄羽のこと抱きしめられるし」
「じゃあ布団にしようかな……」
薄羽はふかふかの布団ならありかな。とあっさり意見を曲げる。小鳥に抱きしめられるのは、自分としても好ましい。
いまだに噂は残っているようで、小鳥がいなくても薄羽はじろじろ見られることもある。いまも自称カノジョたちはいるし、薄羽を睨んでいる人もいる。だがそればかりでなく、好意的な人もいる。
まだ一年目でこれなら、この先はどうなるのだろうかと薄羽は途方に暮れる。
けれど今日も小鳥が眩しく感じられるから、がんばってみたいところだ。とりあえず、そろそろ一緒に住んでみるのはどうだろうか。薄羽はそれをどう伝えたものかと思いながら、小鳥を見上げる。そうしてきらきらとした美しさに、目を細めて笑った。
完結です。
お付き合いくださってありがとうございました!
連絡が取れないことに不安を覚えた小鳥が飛び込んできたのは、薄羽の服が脱がされる直前だった。ドアはレールから外れ、軋んでしまった。小鳥は構わずそのまま大股で講義室を横切ると、薄羽に乗りかかっていた二人を蹴り飛ばし昏倒させた。そうして薄羽の意識を確かめると、すぐに保健室へと抱えて走っていく。薄羽は小鳥の腕の中で、立ち尽くしている葉山、警備員の男性と葉山に向き合う井野川、それから足を引きずっている河名と井野川を見た。
全員に何が起きているのか。わからないまま保健室に連れて行かれ、そのまま病院で検査を受けた。目を白黒させているうちに全てが終わり、気付いたときにはタクシーで自宅へと戻っていた。全てが小鳥の手によって済まされていた。
もちろんタクシーを降りてからも、小鳥はしっかりとついてきて、ほとんど薄羽は抱きかかえられて移動した。部屋に帰ってからも、すぐにベッドに連れいかれる。
「薄羽。怪我は? 痛いところは?」
小鳥の大きな手が、不安げにあちこちを触れていく。くすぐったいほどの力加減だ。
「大丈夫だよ」
どう言ったら小鳥が安心するだろうか。薄羽は咄嗟には思いつかずに、サムズアップしてみせる。そして、それよりも、と頭を下げた。
「ごめんな、小鳥。心配してくれてたのに、ちょっとおれ、いろいろ甘く考えてた」
「違うよ。薄羽。薄羽が謝ることじゃないんだよ」
小鳥は、薄羽をぎゅうっと胸の中に押し込めるように腕を回した。小鳥は、見た目のせいか、華奢なイメージがある。だがそうではないことを薄羽は知っていたし、抱きしめられるとより体つきがしっかりしていることがわかる。だからか、安定感のあるその胸の中で、薄羽はほっとした。
「俺が離れれば、薄羽は狙われないんだと思う」
「小鳥」
それは薄羽も望んでいないことだ。首を振る。しかし強く抱きしめられているせいか、かすかに動くだけ終わった。
「でも、ごめん、俺薄羽が好きなんだ」
理由なんてわからない。小鳥は言う。
「些細なきっかけだったけど、一緒にいると楽しくて、時々、薄羽がキラキラ輝いて見えて」
薄羽は小鳥の鼓動の音を聞きながら、小鳥の告白を聞いていた。その感情を、自分も知っていると思った。
「俺は、薄羽にずっとそばにいてほしいんだ」
きらきらして見えるのは自分ではなかったのか。そう思うと、薄羽は笑ってしまう。結局はふたり、同じものを向け合っていたのか。
「おれも」
薄羽はどうしたらこの気持ちが小鳥に届くのだろうと額で、胸の中をぐいぐいと押した。どれだけ言っても言っても、伝わらない気がしてならない。
「おれも、小鳥がきらきらして見えて、ときどき眩しいくらいで」
慰め方が不器用で、人付き合いが極端で、放っておけない。
まだ一年も経っていないのに、いろんな小鳥の顔を知った。それは薄羽が小鳥をずっと見ていたからだ。きらきらして美しくて、眩しいのに目が離せない。薄羽はつい笑ってしまう。きっかけなんてわからない。綺麗な先輩と思ったときから、もう好きだったかもしれないから。
「すきだよ」
「薄羽」
ありがとう。小鳥がつぶやくように口にする。少し声が明るくなったことに、薄羽は胸をなでおろした。ぽふぽふと背中を叩くと、小鳥は少し顔を離し、薄羽の額にくちびるを当てる。そのまま髪にもキスをされ、薄羽は慌てた。床に倒れた上、葉山には足で踏まれたのだ。きっと汚いだろう。シャワーを浴びたほうがいい。だが小鳥は大丈夫だよ、とキスを繰り返す。
「でも」
「痛みは?」
「ないよ」
まだ腕は痛いが、動かせる。明日には回復するだろう。薄羽は首を振った。だが小鳥は不満そうに、本当に、と尋ねる。
確かめるようにあちこちに触れていく。その触れ方は、小鳥のキスに似ていてひっそりとしていて優しい。痛みがあるところに触れても、痛みを感じないくらいだ。薄羽はつい笑ってしまった。
だが腹に触れられると、急に冷や水を浴びせられたように感じて、びくりと思いっきり身体を震わせてしまった。触り心地がいい、そう言いながら、あの男たちに、触られた。思い出してしまった。
「薄羽? お腹痛い?」
「あ、えーっと違くって」
小鳥以外に触られたからだと口にするには、抵抗があった。男だ。触られただけだ。気持ちが悪かったけれど、それだけ。
「あの、やっぱりシャワー浴びてこようかな。気になるし……」
ね。薄羽は小鳥の手を止めようとした。だが小鳥は逆に薄羽のその手を掴む。腕をうまく引いたり押したりされると、薄羽はその場にころん、と転がってしまう。薄羽の足元に、小鳥は陣取った。
「じゃあ俺が全部舐めるよ」
「ぜんぶって……」
どういう意味。薄羽の問いかけに答えずに、小鳥は薄羽の足を掲げ持つ。足の裏に指がかかってくすぐったい。そう思っているうちに、靴下を脱がされ、足の爪先にキスをされる。
薄羽は思わず足をはね上げそうになったが、がっちりと掴まれていて話せない。
「こっ、小鳥! 小鳥! まだおれ、シャワー浴びてない!」
「知ってるよ」
言いながら、ねろりと親指の爪を舐められる。ぞわぞわっと薄羽のふくらはぎが痺れた。
そのまま親指を口に含まれて転がされる。だめ、だめ、と言いながら、自分が何を拒否しているのか薄羽はわからない。小鳥は丁寧に足の指を順繰りに舐めながら、薄羽の中心を刺激する。自分のペニスが小鳥の手で勃起したのか、それとも足の指を舐られて興奮したのか、わからない。こんなところまで舐められたら、本当に、どこも小鳥に舐められていないところなんてないのではないか。薄羽は思う。全てさらけ出して、何も隠せない。怖い。怖いのに、暴かれて快感を得ている。そういう自分に気づいて、薄羽は震えた。そのことさえも、小鳥に知られているように思う。
小鳥が十本の指を丁寧に舐め終わる頃には、薄羽はすっかり絞りきられ、出すものもなくペニスが縮こまっているような姿になってしまった。どろりと尻の狭間をこぼれ落ちる粘液を、小鳥の指が塗り広げるようにしながら穴へと挿入していく。いつものように、焦らされているのかと思うくらいに、丁寧な愛撫だった。
「小鳥」
「うん」
入れてほしい。薄羽の訴えに、小鳥はゆっくりと入り込んでくる。いつものように大きな質量が自分に埋め込まれていく。苦しい。薄羽はシーツを掴みながら息を吐く。苦しいのに、あられもないところを全て見られているのに、どうしてこんなに苦しいくらいに気持ちいいのだろう。
そうして小鳥のペニスがしっかりと収まりきり、薄羽はほっとした。小鳥だ。小鳥がいま、自分を抱いて、抱きしめている。おかしな話だが、そこで初めて薄羽は安心した。誰にも何も奪われなかった。自分は小鳥に差し出したものを、小鳥と大事にすることができる。そう思うと、じわじわと涙が溢れてきた。何もなかった。何も置きずに帰ってこられた。
「薄羽」
「うん」
大丈夫だよ。薄羽は言いながら、小鳥の背中に腕を回す。指先に触れる肩甲骨の骨は、いつもの小鳥のものだ。そういうひとつひとつを薄羽は確かめる。
小鳥は激しく動くことはなく、抜き差しというよりも、薄羽の中をゆっくりたゆたうようにとどまった。もどかしい感覚だったが、薄羽にはそれがよかった。
そうやって、その日はふたり、ふわふわした優しい快感ばかりを追っていた。
新聞紙を折りたたみ、リュックにしまうと、薄羽は立ち上がる。もう秋も深まり、ベンチに座っているのも少し厳しい季節になってきた。
「薄羽!」
小鳥が手を振りながらやってくるのを、薄羽は上着のポケットに手を突っ込みながら待つ。周囲の学生たちがちらちらと小鳥を見て頬を染めている。
「待った?」
「ぜんぜん。寒いから早く帰ろ」
薄羽の言葉に嬉しそうに頷くと、小鳥は薄羽のポケットに手を突っ込み、薄羽の指に自分の指を絡めた。きゃあ、と高い声が上がるが、薄羽もそろそろ慣れてきた。
「さっき読んでたのは新聞?」
「そう。ちょっとだけだけど、記事になってたな」
記事になっていたのは、大学の助教だ。葉山と交際関係にあったらしい。パパ活と呼ばれる類いのもので、葉山の指示で講義室を変更したり、部外者を構内に入れたり、問題のある行動を起こしたことでクビになったということが簡潔に書かれている。葉山のことはあまり触れられていなかった。
葉山はあのときスタンガンを持っていたことから言い逃れができず親の呼び出しとなり、退学となった。学校側の都合ではなく、親側の都合だったようだが、薄羽は詳しいことは聞いてはいない。カナミもなぜか休学するらしい。葉山、井野川、カナミの三人は父親が同じ会社で働いており、そこでの上下関係が彼女たちにも影響していたのだとあとから教えられた。
河名はカナミと揉み合って、階段から落ちたらしい。足の捻挫で済んで何よりだった。最近は会員でもないのにラーメン開拓同好会に顔を出している。
「体調は大丈夫?」
「ほんと大丈夫大丈夫。結構頑丈だからさ」
薄羽は改造スタンガンで攻撃されたことから、検査も受けたが特に身体に問題はないようだった。後遺症もないが、小鳥が心配するので定期的に検査を受けることになっている。
身体も精神も問題ない、と思われたが、それなりにトラウマも残った。真正面から男に肩を組まれると、思わず手が出てしまう。猫パンチくらいだから痛くはないよ、とは秋川の弁だ。それでも最近は落ち着いてきた。小鳥に抱きしめられているのが効くのかもしれない。
「今度さあ、やっぱり新しいベッド買ったほうがいいと思うんだ。冬になる前に」
「何か不都合ある? 寒いとか?」
「小鳥が寒いだろ」
小鳥は首を傾げている。薄羽は伝わらないかな、とちょっと笑った。そもそも、いまのベッドはほとんどもう使っていないのだった。セックスするには音が鳴りすぎて壊れそうだし、ふたりで一緒に転がるのは難しい。
この部屋にはちょうどいいサイズではあるのだが。
「布団にしたら」
「えー」
「俺、布団好きだよ。しっかり薄羽のこと抱きしめられるし」
「じゃあ布団にしようかな……」
薄羽はふかふかの布団ならありかな。とあっさり意見を曲げる。小鳥に抱きしめられるのは、自分としても好ましい。
いまだに噂は残っているようで、小鳥がいなくても薄羽はじろじろ見られることもある。いまも自称カノジョたちはいるし、薄羽を睨んでいる人もいる。だがそればかりでなく、好意的な人もいる。
まだ一年目でこれなら、この先はどうなるのだろうかと薄羽は途方に暮れる。
けれど今日も小鳥が眩しく感じられるから、がんばってみたいところだ。とりあえず、そろそろ一緒に住んでみるのはどうだろうか。薄羽はそれをどう伝えたものかと思いながら、小鳥を見上げる。そうしてきらきらとした美しさに、目を細めて笑った。
完結です。
お付き合いくださってありがとうございました!
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