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特別なプレゼント、就職先は…

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 チャリチャリとか、カラカラとか、どういう擬音を使っていいものか、ともかく太い金属のこすれ合う低い音が、俺が部屋をうろつく度に響き渡る。

「今日帰って来るのが20時だから遅くとも16時には仕込みをして、それから…あでっ!」

 うっかり長い鎖を右足で踏んでしまい、左足を前に出せずつんのめって転ぶ。
 もう数週間以上になるのにいまだにこの感覚に慣れずにいる。

 あの後、病院で検査をして幸運にも特に大事がなかった俺は、メイウェイの家に帰ることになった。元々住んでいた四畳半のアパートは、森に行く何日か前に解約しており、解約後の数日間はネカフェに寝泊まりしていて俺には帰る家がなかったからだ。

 あの日俺はメイウェイから家政夫としての仕事を続けることを提案され、というかやや強引にエリートの家に就職することが決まり、新しい生活が始まった。

 俺たちは、その後も少しずつお互いの距離を縮めていった。二人しかいない日常の中、些細な出来事や言葉が、俺たちの心をより深く結びつけていくようだった。

 特筆すべきことがあるとすれば、“あれ”と“あれ”かな。

 まず一つ目、俺の左足首には重くてごつい頑丈な造りの革のベルトが巻かれ、そこから伸びるのはこのタワマンの一室全体を歩き回れる程の長さの太い鎖があること。
 ギリギリ玄関には行けない絶妙な長さに調整されており、しかも革のベルトには小さな南京錠がかけられていて、鍵を持つメイウェイ以外の者が勝手に外せないようになっている。これが外されるのは、俺が着替えるときと、メイウェイと共に風呂に入るときのみになっている。

 一般的に言って明らかに“監禁”状態なのだが、例の一件でメイウェイにとんでもない迷惑をかけてしまった俺はただ雇い主サマの『またどこかに行っちゃいそうで怖いんです。繋いでおかないと…。これで安心ですね。』という発言の言うがままになっている。例の一件が失敗に終わり、メイウェイの本音を聞いてしまった今、俺としてはもう自分で実行する気持ちはゼロになってしまったのだが。まあ、俺に今のところそれを実行する気持ちがなくても、やはりメイウェイからしてみれば俺には信用がないので彼の言い分も理解できる。

 他人から見れば異常なのだろうが、食材は週に二回、メイウェイが在宅のときに生協の宅配サービスで買っているから買い物に出かける必要はなくなったし、自分的には特に不便さは感じていないので不思議とこの生活も自分の性に合っているのかもしれない。

 ただ、元気になって思うことは、またいつかの自分の夢を追いかけたいこと。あの日ビンチリンさんに持ち掛けられた仕事の話を最近は何度も思い返している。
 
 仕込みが終わって数時間後、玄関の方からドアが開く音がして、パタパタと駆け足でリビングに来る足音が聞こえる。あらかたの工程を終わらせていた俺はのんびりとテレビで見ていたYou〇ubeを停止させ、鎖の音を響かせながら家主を迎える。

「遅くなっちゃってごめんなさい、ただいま戻りました。」
「おつかれ、おかえり。」

 痛いくらいにメイウェイに強く抱きしめられる。骨が折れそうなほど。
 これくらいが良い。これくらいが生きてるって感じがするのだ。
 俺もできる限り強く抱きしめ返す。
 背中に回されたメイウェイの指がやがて俺の首の裏側まで延び、色濃く痣になったそこをそっとなぞるせいで俺のうなじがゾクゾクと泡立つ。
 “おかえりのハグ”の儀式を済ませ、俺は出来上がった晩ご飯を皿によそいでいく。

 ご飯を食べ、歯磨きを終えると、俺たちは連れ立って風呂場に行く。大の男が二人で風呂に入るなど口が裂けても他人には言えないが、あいにく俺にはその“他人”が一人もいないので心配には及ばない。
 メイウェイが南京錠を外し、俺はようやく鎖から解放される。むしろ左足首がスースーして心もとないまである。

 特筆すべきことの二つ目はこれだ。風呂の時間。
 甲斐甲斐しく体を清められる。文字通り頭のてっぺんから足のつま先まで。
 俺の体なのに、俺には何もさせてくれない。
 俺は浴室専用の椅子に腰かけるメイウェイの上に向かい合わせで座らされ、腰のあたりをスポンジで洗われている。最初は素肌同士がくっつくのがこそばゆくて、何より裸体を他人に晒すのがめちゃくちゃ恥ずかしくて身じろいだが、あの一件でメイウェイには多大なる迷惑をかけてしまったという負い目があるため、『これも罪滅ぼしの一環だ』と自分に言い聞かせて心を無にして言う通りに従っている。今はもう慣れたもので、何をされようが自分の感情を水に流している。

 ただ最近は―…。

「んッ…、は。…く、ふ。そこ、汚い、から、…ぁ!」

「だからこそしっかり洗わないと。リャオさん、じっとしてて。もっと体の力抜いてて。」

 最近は新しく増えた工程のせいで、一緒にお風呂に入る際に心を無にするのが難しくなっている。
 メイウェイめ。力を抜いてと言われても、ソコは本来“出す”ための器官であって、なのにメイウェイが指を“入れて”るんだから体が反射で締め付けてしまうのだ、どうしようもない。
 それでも何とかメイウェイの願いに応えようとふぅふぅと息を吐いて力を抜こうと試みる。が、体全体の力が抜けて、顎を目の前の男の肩に預けたまましなだれかかってしまった。

「そうそう、上手です。ホラ、これだと二本目も入りそうですね。よくできました。」

 これだけのことなのに、そう言ってメイウェイは幼子をあやすようにあいている左手で俺の頭をポンポンと優しく撫でる。

「ま、…に、二本目はむり…、はいらないっ…てぇ。や、ぁ、ま…ッああッ!」

 ツプリと男のゴツゴツと節くれだった長い指が、本数を増やして元気に動く。
 そうして彼の指がある一点をかすめると、しなだれかかっていた体は一気に背筋に力が入り、弓なりに反り返る。

 実は一日のルーティーンの中で俺が唯一まだまだ平常心でいられないのがこの時間だ。

 メイウェイはただ、俺の体を丁寧に洗ってくれているだけだ。
 なのに俺の体は、前は、……反応し始めている。
 なんて浅ましい体なんだろう。善意の相手に対してあまりにもふしだらだ。

「リャオさん、気持ちいですか?ココ。」

「あ、ヘンっ、そこ、へんになるから、と、とめてッ、とめ、ひッ!」

 完全に勃ち上がったそこから、全く前に触れてもいないのに、とろとろと勢いのない白濁の液体が流れる。

「あらら、洗いすぎちゃいましたね。すみません、リャオさんが気持ちよさそうだったので、つい。だって大好きですもんね?ココ。」

 はぁはぁと荒く息をつく俺は、メイウェイの言っていることが半分も耳に入っていなかったが、意味も分からずとりあえずコクコクと頷くので精いっぱいだった。

 風呂から出ると、あとは寝るだけだ。
 厳密に言えば、一週間のうち寝る「だけ」で済む日がある方が少ないのだが。

『死ぬって言うなら、その命、僕に下さい。』
『僕を救ってから死んで下さい。』
『僕が死ぬまで死なないで下さい。』

 きつくきつく抱きしめられた後にそう告げられ巻かれたくるぶしの首輪。
 長い鎖に繋がれたそれは、メイウェイ曰く『僕からの指輪です。』だそうだ。
 ちなみに指輪ですとか言いながら本物の指輪は別でくれた。

 こんな狂気じみた告白があるだろうか?

 それでも俺はこの鎖に繋がることを選んだ。
 ずっと心の中で助けて欲しいと叫んでいた。
 誰かに必要として欲しかった。
 俺が作った料理が誰かに求められている限りは、自分は生きてていいんだと思えたから。

「っぁ、…ひっ!も、そこばっか、やだぁ…っ!」

 ベッドの上で、犬みたいに四つん這いになって、バックで挿れてくるメイウェイの強い刺激から少しでも逃れようと、這って前に移動しようとする。が、それを見逃さないメイウェイの大きな手にがっしりと腰を掴まれ、押さえつけられ、俺が逃げて抜けかけていた分をその太くて熱いモノで一気に貫かれる。

 気持ち良すぎる快楽はやがて苦痛になり、もう無理だと首を振って泣いて、許しを乞い、そしてヨがる。自分が何をしているのか記憶もあやふやになっている俺を執拗に攻め立て、メイウェイはその美しい顔を嬉しそうに歪ませる。

 これが最近のナイトルーティーンになりつつある。

       ▽

 翌朝のいつもの決まった時刻に目が覚める。メイウェイが介抱してくれたのだろういつの間にか綺麗になっている体を起こそうとすると、腰に筋肉痛のような違和感を覚える。この鈍い痛みにももう慣れっこだ。
 朝寝坊なメイウェイは隣でぐっすりと眠っている。この顔立ちの良い寝顔を見られるのも早起きの特権なのだ。

 顔を洗って歯磨きをし、キッチンに立つ。
 今日の朝ご飯は昨日の晩に仕込んでおいたフレンチトーストを焼いて、卵にサラダであっさりと仕上げよう。

 料理は俺の分身だ。いや、むしろ俺自身だ。俺の作品たちをメイウェイが本当に幸せそうに食べてくれるのを見ていると幸福を感じる。“幸福”って目に見えないものだけど、もし可視化するならきっとメイウェイの笑顔のような形だろう。

『ありがとう、リャオさん!』

 メイウェイのいつもの顔を思い返す。
 “ありがとう”を言いたいのはむしろ俺の方。

 朝食の席にて、「おいしい、おいしい」と涙ぐむ男の方を見やる。

「ねぇ、メイウェイ」

 そうして今では“さん”なしで呼ぶようにと指導されている愛しい人の名前を呼ぶ。

「…?どうしました?」

 口の中に入ってるものを飲み込むメイウェイ。急に呼び止めた俺を不思議そうに見つめるトルコキキョウのような、灰色がかった緑色の瞳が俺を捉える。

「ありがと。」

 俺に居場所を、与えてくれて。
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