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アルコールの魔の手にご用心

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 週3回の勤務のうち、休日の夜はメイウェイが残業せずに帰宅する。そのため、以前共に食卓を囲って以降、週末の夜は二人で食事を摂ることがお決まりの習慣となった。

 その日は、夕食が終わって歯磨きを済ませたあと、メイウェイがワインを注いでくれた。ソファー前のローテーブルにグラスが二つ並ぶ。なんでも実家から数百年モノの超高級ワインが送られてきたとかで、「一人で開けるのももったいないから」と誘ってくれたのだ。そんな高級な代物、俺と呑む方がもったいない気がするが。

 今までの食事の席でも料理に日本酒やワインを使うことはあったが、過熱によってアルコールが飛んでしまうため、特に意識したことはなかった。しかし、今回は違った。料理を完成させるためにワインを使用するのではなく、ワインそれ自体を楽しむ機会だったからだ。

 成人して2回目の飲酒となるこのとき、俺は初めて地元の友達と成人式の夜に呑んだ酒のことを思い出そうとしたが、おぼろげな記憶の中からは何も浮かんでこなかった。
 ただ翌朝友達に、『お前はもう酒吞まない方がいいぞ』と言われたことだけは強く印象に残っている。
 正直不安だったので、メイウェイにはあらかじめ「どうやら自分は過去に酒で失敗したらしい」ということは伝えておいた。するとメイウェイは「無理しないで下さい!」と慌てて撤回しようとしてくれたが、期待に満ちた誘いを無駄にしたくなかった俺は「せっかくなので1杯だけ頂いてもよろしいですか?」と尋ねた。
 あの時のメイウェイの嬉しそうな顔といったら。それを思い出すと、こっちも自然と胸が温かくなってくる。

 ダイニングからリビングに移動し、メイウェイが座り心地の良いふかふかのソファーに座ると同時に、俺の座面も沈む。何だか物理的に距離が近い気がするが、こんなもん?俺が横並びで座ることに慣れていないからだろうか?
 ローテーブルに置いた背の高いワイングラスにそれぞれの量を注ぎ終わり、メイウェイは微笑みながらグラスを持ち上げ、「乾杯、リャオリイさん」と言った。俺も彼に応じてグラスを持ち上げ、「乾杯、メイウェイさん」と返し、二つのグラスがチンという小気味良い音を立てた。

 呑んだ感触はと言うと、“物凄い高級品のワイン”の噂に違わず、その香りは芳醇で、鼻孔を心地よく刺激した。
 しかし味は苦い。

「苦かったですか?」
「少しだけ。でもおいしいです。」

 葡萄酒独特の渋味と苦味に思わず顔をしかめた俺に、クスクスと笑いを堪えながらメイウェイが尋ねるので、酒の美味しさなんてよく分かっていないくせに思わず強がってしまった。

 お互いに他愛もない会話をしつつ、二人の間に穏やかな時間が流れる。
 
 アルコールの影響で頭がジンジンするせいで、脳内に麻酔を打たれたような、痺れるような感覚が広がっていく。ワインの効果が現れてきたのだ。次第に酔いがまわってくると、頭の奥から湧き上がってくるような、温かくもじんわりと思考を遮る熱に自意識が浸食される。前回の酔いの経験が思い出せない不安な気持ちも、この穏やかな酔いの中、どこかへ流れていってしまっていた。
 体が熱い。メイウェイに「脱いでもいいか」と許可をとって身につけていた長袖シャツを脱ぐ。上は肌着のタンクトップのみになるが、まあ、男同士なのできっと許容範囲だろう。

「リャオリイさん、ちょっと酔ってきてますね?顔が赤いです。耳も。」

 隣に座るメイウェイが微笑みながら尋ねてくる。そして俺の耳に指を滑らせる。メイウェイの温かな指が気持ちいい。彼の声はどこか柔らかく、耳元でささやかれるような、それでいて膜を通して声をかけられているような不思議な感覚だ。まるでメイウェイの声が俺を包み込んでいくようだ。
 そんな感覚が強くなるにつれて、俺の体、特に瞼がどんどん重たくなってくる。

「う~ん、たぶん…?えへへ」

 酔いも手伝って、語彙が抜け落ちていく。簡単な単語しか思い浮かばない。メイウェイとの会話もどこか抽象的になり、彼の笑顔を向けられる度に、下腹部がヒクヒクと攣るような感じがする。そして目の前の男が、メイウェイの瞳が、リビングの照明に照らされ、まるで夜空いっぱいに広がる星々の柔らかな輝きで満たされているように映る。

「リャオさん、もうちょっとこっちに寄って下さいね?」

 そう言って、メイウェイが俺の腰を抱き俺の体を自身の方へと引き寄せる。近づくメイウェイの何気ない言葉遣いや仕草が、なぜかどんどん艶っぽいものに変わり、酒のせいで血液がドクドクと脈打っているからだろうか、俺の中で弾けんばかりの興奮が広がっていく。彼の視線や触れる手に、まるで魔法がかかったような感覚が生まれていた。

「僕から目を逸らさないで、こっちを向いて。ふふ、目がとろんとして、かわいい。眠いなら寝ていいですよ。ほら、頭を貸して下さい。」

 メイウェイが優しく誘う声に、自分の胸へと導く大きな手の平に、俺は無意識に従った。彼の方に体をもたせ掛けながら、腹の下から湧き上がる熱い得体の知れないモノが蠢き出すのを感じた。

「リャオリイさん、僕ね…、リャオさんのこと―…」

 メイウェイが低い声で、耳元で囁く。何を言うのか、その言葉の続きを聞かねばならないと思うのに意識が混濁していく。意識も視界も感覚も、全てがジンジンととろけていく中、気づけば俺は眠気に襲われ、メイウェイの言葉もどんどん遠くなっていった。

 そして、目を閉じる前に感じたのは、メイウェイの唇が俺の頬に触れる感触だった。
[newpage]
        ▽

 頭がボーっとする。体は動かない。
 自分の腹のナカに温かな感触があるのが分かる。

 ナカに入って来るソレは、時には三本同時に、時にはバラバラに、くちゅくちゅと俺のナカを出たり入ったり押し広げたりと忙しないが、力の抜けた体では特に痛みも感じなかった。
 時たま下腹部のある一点を刺激しては、ビクビクと反応する俺を面白がるように体を蹂躙する。あまりの快感に体を痙攣させて射精する。

 気持ちいい。
 ふわふわする。
 もっと触って欲しい。もっと、もっと…。

 気遣わし気にそっと俺の頬に触れる手の平に自ら頬を寄せると、持ち上げられた俺の足、腿の裏辺りにゴツリと硬いものが触れた気がした。


       ▽


「うぅっ…」

 ガンガンと頭部全体に響く頭の痛みにより覚醒する。
 重い瞼を開けると目の前には雇い主サマの目鼻立ちの整った顔。

「え………?」

 静かに寝息を立てる男のその奥に見える窓からは月明かりが差し込んでいる。酒を飲んだせいか眠りが浅かったらしく、時刻はまだ深夜のようだ。

「は?!」

 ガバッと勢いよく上体を起こしたせいで、頭がさらにズキズキと痛んだが、それどころではない。よく見ると俺が着ている服もバイト用の服ではなく、全く見慣れない寝巻だ。しかもサイズが合っておらず、大きすぎて袖をまくらないと手が出せない。

 なんだなんだ?どういうことだ?何がどうなってこうなった?
 どうして俺は雇い主であるメイウェイの広いベッドの上で、しかもそいつと同じ布団で寝てるっていうんだ?!

「ちょっと待て。落ち着け俺。し、しんこきゅ、深呼吸しよう。」
「…ん。ああ、リャオさん。まだ寝てていいですよ?目覚ましは…かけてます…ので…。」

 状況を整理しようと俺がブツブツ独り言を呟いたせいで起きたのだろう、メイウェイが少しだけ目を開け、すぐにまた閉じ眠りにつこうとする。俺は布団から伸びた手によって、意外と強い力でまた元通りベッドに引きずり込まれ、毛布を被せられた。ついでに布団の中でメイウェイに正面からぎゅっと抱きしめられる。

 メイウェイの腕の中にすっぽりと包まれ、混乱する頭で俺は必死に考える。たしか昨日は仕事が終わって帰ろうとして、でもメイウェイに実家から送られたっていうワインを呑もうと誘われて、そして、そして…―。
 目が覚めたら服を着替えさせられていた。布団の中でパンツを見る。パンツも知らないものに変わってる。

「はっ!」

 ある仮説に思い至ったとき、あまりの恐ろしさに俺の体はガクガクと震え出した。

 そしてブルブルと震える手で何とか目の前で横になっている男の肩を掴み、真偽を確かめるため口を開く。肩を掴まれた男は何事かとその美しい目を再び開けて俺を見る。





「もしかして俺!昨日酒吞んでゲロ…、いや!…まさか漏らしちゃったんじゃないですか?!」

 そうだ、絶対そうに違いない!だってそうでもないとこの恥ずかしすぎる状況の説明がつかんのだもの!

 布団の中から叫ぶ俺を、枕元からメイウェイの灰がかった緑の瞳が見下ろす。長い睫毛に縁どられたその目はパチパチと数回瞬いたかと思うと固まってしまった。

「やっぱりそうなんだ…!」

 相手の無言を肯定と受け取った俺は、頭の中で一人合点がいくや否や即座に温かいベッドの上から飛び起き、床に座り込んで土下座する。

「ほ、本当に申し訳ッ!ございませんでしたッ!」

「へ?」

「許してもらおうだなんてそんなお願いすらできません!被用者としてあるまじき失態…ッ!どうかこのまま俺を解雇して下さい!!!」

「え?え?…リャオさん?」

「どうか!」

 メイウェイはきょとんとした様子で俺の慌てふためく様子を見つめていたかと思うと、口元に手を当ててクスクスと穏やかに笑いだした。布団の中から身を起こし、床に座り込んでいる俺の手を優しく引き寄せ、ベッドの上に引き上げる。

「リャオリイさん、僕があなたを解雇するだなんて冗談じゃありません。」

「だって、俺、昨日の晩、ここで何かやらかしてしまったんじゃないですか?は、吐いたり、も、漏らしたりとか…?!服も違うし、ましてやこれは…!」

 俺の視線が指し示す先は、ベッドに座り込んでいる俺の下半身。俺は着せられた着心地抜群の紺色の寝巻きのズボンを勢いよく下げる。普段の仕事をする服装では見せることのないそこには、見慣れぬパンツに包まれた股間が露わになっていた。

「わ!ちょ!リャオさん?!そんないきなり…!!…あ、そっか。」

 笑顔だったメイウェイの瞳が急に大きくなり、手で俺の股間を隠そうとしながら驚きの表情で俺を見つめる。
 しかし、次第に理解が追いついていったようで、やがてその丹精な顔に笑みが浮かんだ。

「リャオリイさん、大丈夫ですよ。服のことは気にしないで。そんなことで解雇するわけありません。それに、本当に、リャオさんが心配しているようなこと、昨日は何もなかったんですから。」

「あ、あの、何かご迷惑とか、とんでもない粗相とか…!」

「本当です。リャオさん、落ち着いてください。仮にリャオさんの想像してることが起こったとして、僕はそんなことでリャオリイさんを解雇なんてしません。」

 メイウェイの優しさに包まれながらも、俺の緊張はまだ収まりきらない。一体何が起こったのか、どうしてこんな状況になったのかがまだ理解できていない。

「でも、でもこれって……。」

「昨夜はつい、二人で呑むのが楽しくて僕がリャオさんを酔い潰しちゃったんです。えへ、すみません…。起こそうかなとも思ったんですけど、あの状態で一人で帰るなんて危ないですし、ベッドまで運ばせて頂きました。着替えないと寝る時気持ち悪いかなと思って勝手ながら服も替えさせて頂きました。リャオさんが仰る『粗相』だとか『迷惑』だとかは、何も起きなかったですよ。」

 メイウェイの言葉に少しずつ安心が入り込んでくる。しかし、まだ頭の整理がついていない。

「ね、眠ってしまってごめんなさい!このお貸し頂いたパジャマはきちんと洗って返します!あ、し、下着はその、弁償!弁償しますので!」

 メイウェイはにっこりと微笑み、俺の肩を軽く叩いた。

「それは僕からのプレゼント、ということで。」
「え?」
「リャオさんの私物として、またこうして一緒にお泊り会した時用に僕の家に置いておきましょう。」
「え、あ、…。あ…ありがとうございま、す…?」

 また一緒に?お泊り会?など正直頭で処理できない部分はあった。
 しかしメイウェイの説明に戸惑いながらも、自分が何か粗相をしたわけではないことだけは本当のようだ、自分の思い過ごしによる誤解だったのだと理解すると、驚きと緊張が解け、俺の心はようやくほっと一息ついた。

「ふふ、リャオリイさん、昨日は楽しかったですね。」
「……?」
「仕事での呑み会は上司に気を遣わないといけないですから、実は苦手で。でもリャオさんと吞んだ時のように、自宅でのんびりリラックスしながら楽しむのは良いなって思えました。リャオリイさんが酔ってとろんとしながら笑っている様子が嬉しかったです。またいつか、リャオさんがご迷惑でなければ一緒に呑んで頂けませんか?」

 捨てられた子犬のような目で見つめられると非常に断りづらいのだが。
 メイウェイのお願いに、俺はなぜだか顔に熱が集まるのを感じつつも、小さく小さく頷いた。

目標金額まであと:10万円
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