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病院へ行こう
しおりを挟む冬、12月も終わろうとするこの季節には雪がお似合いだが、最近の東京は暖冬だからか積雪はない。
「おいし…。はあ~、おいしい。しあわせ…」
温かな部屋でしみじみと、しかし目にはしっかりと涙を溜めながら、目の前の男は育ちの良さそうな綺麗な箸捌きで豆料理を口に運ぶ。
彼はかなり感情表現が豊かだ。初めて両親に食事を振舞ったときももちろん喜んではくれたが、俺の料理を食べて泣いた人間はメイウェイが初めてだ。
「僕、誕生日がクリスマスと被っているせいでいつもナアナアな感じで一緒にされてて…!こんなに目一杯祝ってもらえたことなくて、それで、…。あの、こんなに嬉しいの人生で初めてです!」
雇ってもらう前、面接の際に聞いていた誕生日を覚えていたので、今日はクリスマスっぽくない、メイウェイの誕生日用に特別腕によりをかけた料理と甘さ控えめで大人な雰囲気の創作誕生日ケーキを用意してみた結果がこれだ。
「メイウェイさんは、ほんと、褒め上手なんだから。」
と言いつつ、照れのせいで顔が熱くなる。まさかこんなに喜んでもらえるとは全く予想していなかったのだ。というかメイウェイのようなお金持ちでさえ、大きなイベントと被ると子どもの誕生日もナアナアにされるのは意外だ。
「毎回言ってますけど、大袈裟に言ってるんじゃないです!本当に本当に美味しいんですから!」
俺の実家は宿も営む料理屋なので、誕生日のちょっとしたサプライズ料理などは料理人の心構えとして親から教わっていた。当時は子供だったので包丁すら握らせてもらえなかったが、料理を運んだ先で客が喜ぶ姿を目の当たりにした光景がまぶたの裏に焼き付いていた。
「リャオさんの“心遣い”、惚れちゃうな…。」
頬っぺたがこぼれ落ちそう、と言いながら左手で頬を押さえるメイウェイが、顔を赤らめながら冗談めかして呟く。
「料理人にとってこれ以上ないくらいの誉め言葉ですよ。ありがとうございます。」
雇い主である三ノ宮メイウェイは豪華なタワマンの上層部に住むエリート人種なもんで、俺はてっきり金持ちっていうのはもっと偉そうな人種だと思っていたのだが、この人に関して言えば当初の想像と全く違った。
端的に言ってめちゃくちゃイイ奴なのだ。
メイウェイの俺に対する接し方は“こき使える召使い”ではなく、あくまで俺を人として尊重する、ごくごく丁寧なものだった。
素直で気さくで思慮深く、感謝ができて、決して驕らない。
最初は戸惑いながらも、彼の温かい言葉と優しい態度に触れるうちに、俺の心が少しずつメイウェイという男に絆されていくのを感じた。
『これすごくおいしいです!リャオさん』
『最高!こんなに栄養のあるもの食べられるなんて僕は幸せ者です!』
『リャオさん、僕、リャオさんの料理が世界で一番好きです』
メイウェイの笑顔が、言葉が、俺の心に久しぶりに芽生える何かをもたらしてくれているような気がした。
「…オさん、リャオさん!」
「…あ、はい!」
いつの間にか、俺は何度も呼びかけられていたらしい。メイウェイが発する俺の名前にハッとする。
「大丈夫ですか?ぼんやんやりして…。もしかして体調が優れないとか…?」
「いえ、ただ、考え事をしていて。」
「そうでしたか。あの、もし調子悪ければ早く上がって病院行っていいですからね。」
病院に行く、か。それは思っても見なかったことだった。
「体調に関しては本当に大丈夫です。仕事中なのに、ぼーっとしちゃってすみません。ご心配頂きありがとうございます。」
ここ1年ほどずっと感じている体の倦怠感や、空回りばかり続けている焦燥感、ずっと失敗をし続けているこの嫌な感じの正体は一体何なのか。
病院に行って調べてもらうのもいいかもしれない。
▽
「適応障害…?ですか。」
「はい。簡単に言うと鬱病の軽いバージョンですね。お薬飲んでゆっくり休まれてください。といっても今はもう別のお仕事再開されてるんですよね。適応障害はずっと続く病気ではないですから、全く異なる環境に身をおけてるのでその内よくなって行くでしょう。働けているだけ幸いでしたね。」
「は、はあ。そういうもんでしょうか。」
内科に行っても検査をしても悪い所は見当たらなかったため、精神科に回された。現在の体の不調のおそらくの原因であろう前職でのできごとや、今の困りごとを説明すること約10分少々でこの診断が下りた。
「いちおうお薬出しておきますんで、忘れずに飲んで下さい。ではお大事に。次の方~!」
「なんで俺が」とか、「どれくらいで治るのか」とか、色々と聞きたいことはあったものの、これでお終いだとばかりにパソコンに向き直られればそのまますごすごと退散するしかない。
「…はい、ありがとうございました。」
一礼をしてその場を後にし、会計に呼ばれるのを待つ。
初診、高いなあ。
五千円札と千円札を何枚か取り出しながら思った。
目標金額まであと:40万円
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