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土砂降りの雨
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こうなったら、なんとしてでも『勇者』という肩書きを捨てようとラウレルは躍起になった。
何度となくオルテンシア城へ向かっては王に話をつけようとするのだが、あちら側は相変わらずラウレルの意向を聞き入れることはない。
オルテンシアへの不満が溜まりに溜まっていたある日。
その日は朝から土砂降りの雨だった。
「ラウレル様いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
ラウレルの行き先はクエバの工房だ。以前依頼しておいた指輪の進み具合を確認してきてくれるらしい。彼いわく、ピノの腕だとそろそろ出来上がる頃だという。
ビオレッタもクエバへ行きたい気持ちはあったが、今日はあいにく定休日ではない。道具屋に留守番だ。
ラウレルは風と共にまばゆい光に包まれると、道具屋からクエバの町へ旅立った。
(転移魔法って本当にすごいな……)
彼が発った後の静かな道具屋に、ザアザアと雨音が響く。
ラウレルはもうクエバの工房へ到着したことだろう。幾らか寂しさの残るカウンターで、ビオレッタはまた店番に戻った。
雨も降っているため、いつも以上に暇である。今日はお客を諦めて、備えつけたイスに座ると窓をぼんやり眺めた。
すると、雨が打付けるその窓を黒い人影が通り過ぎた。
謎の人物は物音も立てず、道具屋のドアを開ける。
「いらっしゃいませ……?」
ずぶ濡れのまま入ってきた男は、漆黒のローブを羽織っていた。間違いなく、グリシナ村の人間では無い。
ローブには、見覚えのある紋章が刻まれている。あれは確か……オルテンシア王国の紋章ではなかっただろうか。
となると、この男は間違いなくオルテンシア城からの遣いかだ。
ラウレルになにか仕掛けようとしているのかもしれない。
ビオレッタは、男の異様な雰囲気に思わず身構えた。そんな彼女を見て、ローブの男は口の端をわずかに上げる。
「勇者が贈ったとかいう、その指輪……貴女ですね。勇者をそそのかした女は」
「え……?」
「貴女が一人になるのを待っていました。一緒に来て貰いますよ」
身の危険を感じたビオレッタは、急いで店の裏口へと走った。しかしそこにもオルテンシアの兵が待ち構えているではないか。
ローブの男の後ろからも、控えていたであろう兵士が数人現れた。
もう、逃げ道が無い。
道具屋の娘に、なぜここまで……?
「勇者が選んだ女というから警戒していましたが……本当にただの道具屋のようですね。さあ、行きましょう」
「いや、離して……」
両側から兵士に捕らえられ、ビオレッタには逃げようが無かった。村の入り口には簡素な馬車が停められてあり、無理矢理押し込むように乗せられる。
「ビオレッタちゃん!」
「おまえら! ビオレッタをどこ連れてくつもりだ!」
雨のなか駆けつけたオリバやシリオ達も、必死になってビオレッタを助けようとしてくれた。けれど、ただの村民達は兵に押さえられれば身動きが取れない。
土砂降りの中を、シリオが羽交い締めにされている。泥々になった地面に、オリバが倒れ込んでいる――
「やめて! 村の人に乱暴しないで!」
「それでは素直についてきて貰えますか? 私共は、貴女さえ来てくれれば良いのですから」
なんて卑劣なやり方をするのだろう。
村の皆を人質に取るようなことを。
(ああ……ラウレル様、ごめんなさい……)
ビオレッタはローブの男に言われるがままに、ずぶ濡れの馬車へ乗り込んだ。
雨に打たれたまま取り残された皆のことが、心配でならない。シリオにオリバ、どうか怪我などしていないといいが。
ガタゴトと馬車が揺れる。
村が、海が、どんどん遠くなっていく。
次第に強くなる雨が、ビオレッタの不安を募らせていった。
何度となくオルテンシア城へ向かっては王に話をつけようとするのだが、あちら側は相変わらずラウレルの意向を聞き入れることはない。
オルテンシアへの不満が溜まりに溜まっていたある日。
その日は朝から土砂降りの雨だった。
「ラウレル様いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
ラウレルの行き先はクエバの工房だ。以前依頼しておいた指輪の進み具合を確認してきてくれるらしい。彼いわく、ピノの腕だとそろそろ出来上がる頃だという。
ビオレッタもクエバへ行きたい気持ちはあったが、今日はあいにく定休日ではない。道具屋に留守番だ。
ラウレルは風と共にまばゆい光に包まれると、道具屋からクエバの町へ旅立った。
(転移魔法って本当にすごいな……)
彼が発った後の静かな道具屋に、ザアザアと雨音が響く。
ラウレルはもうクエバの工房へ到着したことだろう。幾らか寂しさの残るカウンターで、ビオレッタはまた店番に戻った。
雨も降っているため、いつも以上に暇である。今日はお客を諦めて、備えつけたイスに座ると窓をぼんやり眺めた。
すると、雨が打付けるその窓を黒い人影が通り過ぎた。
謎の人物は物音も立てず、道具屋のドアを開ける。
「いらっしゃいませ……?」
ずぶ濡れのまま入ってきた男は、漆黒のローブを羽織っていた。間違いなく、グリシナ村の人間では無い。
ローブには、見覚えのある紋章が刻まれている。あれは確か……オルテンシア王国の紋章ではなかっただろうか。
となると、この男は間違いなくオルテンシア城からの遣いかだ。
ラウレルになにか仕掛けようとしているのかもしれない。
ビオレッタは、男の異様な雰囲気に思わず身構えた。そんな彼女を見て、ローブの男は口の端をわずかに上げる。
「勇者が贈ったとかいう、その指輪……貴女ですね。勇者をそそのかした女は」
「え……?」
「貴女が一人になるのを待っていました。一緒に来て貰いますよ」
身の危険を感じたビオレッタは、急いで店の裏口へと走った。しかしそこにもオルテンシアの兵が待ち構えているではないか。
ローブの男の後ろからも、控えていたであろう兵士が数人現れた。
もう、逃げ道が無い。
道具屋の娘に、なぜここまで……?
「勇者が選んだ女というから警戒していましたが……本当にただの道具屋のようですね。さあ、行きましょう」
「いや、離して……」
両側から兵士に捕らえられ、ビオレッタには逃げようが無かった。村の入り口には簡素な馬車が停められてあり、無理矢理押し込むように乗せられる。
「ビオレッタちゃん!」
「おまえら! ビオレッタをどこ連れてくつもりだ!」
雨のなか駆けつけたオリバやシリオ達も、必死になってビオレッタを助けようとしてくれた。けれど、ただの村民達は兵に押さえられれば身動きが取れない。
土砂降りの中を、シリオが羽交い締めにされている。泥々になった地面に、オリバが倒れ込んでいる――
「やめて! 村の人に乱暴しないで!」
「それでは素直についてきて貰えますか? 私共は、貴女さえ来てくれれば良いのですから」
なんて卑劣なやり方をするのだろう。
村の皆を人質に取るようなことを。
(ああ……ラウレル様、ごめんなさい……)
ビオレッタはローブの男に言われるがままに、ずぶ濡れの馬車へ乗り込んだ。
雨に打たれたまま取り残された皆のことが、心配でならない。シリオにオリバ、どうか怪我などしていないといいが。
ガタゴトと馬車が揺れる。
村が、海が、どんどん遠くなっていく。
次第に強くなる雨が、ビオレッタの不安を募らせていった。
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