上 下
36 / 44

土砂降りの雨

しおりを挟む
 こうなったら、なんとしてでも『勇者』という肩書きを捨てようとラウレルは躍起になった。

 何度となくオルテンシア城へ向かっては王に話をつけようとするのだが、あちら側は相変わらずラウレルの意向を聞き入れることはない。


 オルテンシアへの不満が溜まりに溜まっていたある日。
 その日は朝から土砂降りの雨だった。
 
「ラウレル様いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」

 ラウレルの行き先はクエバの工房だ。以前依頼しておいた指輪の進み具合を確認してきてくれるらしい。彼いわく、ピノの腕だとそろそろ出来上がる頃だという。

 ビオレッタもクエバへ行きたい気持ちはあったが、今日はあいにく定休日ではない。道具屋に留守番だ。
 ラウレルは風と共にまばゆい光に包まれると、道具屋からクエバの町へ旅立った。

 (転移魔法って本当にすごいな……)

 彼が発った後の静かな道具屋に、ザアザアと雨音が響く。

 ラウレルはもうクエバの工房へ到着したことだろう。幾らか寂しさの残るカウンターで、ビオレッタはまた店番に戻った。
 雨も降っているため、いつも以上に暇である。今日はお客を諦めて、備えつけたイスに座ると窓をぼんやり眺めた。

 すると、雨が打付けるその窓を黒い人影が通り過ぎた。
 謎の人物は物音も立てず、道具屋のドアを開ける。


「いらっしゃいませ……?」

 ずぶ濡れのまま入ってきた男は、漆黒のローブを羽織っていた。間違いなく、グリシナ村の人間では無い。
 ローブには、見覚えのある紋章が刻まれている。あれは確か……オルテンシア王国の紋章ではなかっただろうか。

 となると、この男は間違いなくオルテンシア城からの遣いかだ。
 ラウレルになにか仕掛けようとしているのかもしれない。


 ビオレッタは、男の異様な雰囲気に思わず身構えた。そんな彼女を見て、ローブの男は口の端をわずかに上げる。

「勇者が贈ったとかいう、その指輪……貴女ですね。勇者をそそのかした女は」
「え……?」
「貴女が一人になるのを待っていました。一緒に来て貰いますよ」

 身の危険を感じたビオレッタは、急いで店の裏口へと走った。しかしそこにもオルテンシアの兵が待ち構えているではないか。

 ローブの男の後ろからも、控えていたであろう兵士が数人現れた。
 もう、逃げ道が無い。
 道具屋の娘に、なぜここまで……?

「勇者が選んだ女というから警戒していましたが……本当にただの道具屋のようですね。さあ、行きましょう」
「いや、離して……」

 両側から兵士に捕らえられ、ビオレッタには逃げようが無かった。村の入り口には簡素な馬車が停められてあり、無理矢理押し込むように乗せられる。

「ビオレッタちゃん!」
「おまえら! ビオレッタをどこ連れてくつもりだ!」

 雨のなか駆けつけたオリバやシリオ達も、必死になってビオレッタを助けようとしてくれた。けれど、ただの村民達は兵に押さえられれば身動きが取れない。

 土砂降りの中を、シリオが羽交い締めにされている。泥々になった地面に、オリバが倒れ込んでいる――

「やめて! 村の人に乱暴しないで!」
「それでは素直についてきて貰えますか? 私共は、貴女さえ来てくれれば良いのですから」

 なんて卑劣なやり方をするのだろう。
 村の皆を人質に取るようなことを。

 (ああ……ラウレル様、ごめんなさい……)

 ビオレッタはローブの男に言われるがままに、ずぶ濡れの馬車へ乗り込んだ。
 雨に打たれたまま取り残された皆のことが、心配でならない。シリオにオリバ、どうか怪我などしていないといいが。
 

 ガタゴトと馬車が揺れる。
 村が、海が、どんどん遠くなっていく。

 次第に強くなる雨が、ビオレッタの不安を募らせていった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ネトゲの夫の中身がクラスのイケメンとか聞いていない

Crosis
恋愛
ネトゲの夫は他人だと思った?残念!同じクラスのイケメン同級生でしたっ! 約四年近くプレイしていたVRMMOのゲーム内で結婚していた夫がクラスのヒエラルキーの頂点にいるイケメンだと知った事により、私の日常は静かに、しかし確実に変わり始めていくのであった。 砂糖マシマシな内容にしたいと思っておりますっ!!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠 結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

処理中です...