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確執
しおりを挟むそうと決まれば行動の早い彼は、朝食を平らげるとすぐ転移魔法を使い、オルテンシア城まで向かってしまった。
「あの……オルテンシア王と、どうかケンカしないでくださいね」
「ビオレッタがそう言うなら気をつけます。けど、向こうの出方次第ですね」
(ふ、不安だわ……)
ビオレッタはというと、彼のことが心配で気が気ではない。無意味に店内をぐるぐると歩き回ったり、窓を何度も何度も拭いてみたりと、何をしても落ち着けなかった。
何せ、ラウレルはオルテンシア王相手に「勇者辞めます」と言いに行っているのだ。今更ながら、事の大きさに不安は募った。
その後、何度目かの窓掃除をしていると、意外と早くラウレルが帰ってきた。
時間にして、一時間もかかっていないだろうか。
「おかえりなさい、早かったですね?」
オルテンシアでのことが気になって、話を聞きたいけれど……ラウレルのその顔は、不満でいっぱいという具合だった。どうやら満足のいく結果ではなかったらしい。
「あの王は、話にならない」
つまりは『勇者』を返上できなかったそうなのだ。
『勇者』と名乗ることを辞めたいと申し出たラウレルを、王は「辞められては困る」と有無を言わさず退けたという。
『なぜ? 魔王がいなくなった今、勇者の役目は終わったはずでしょう』
『オルテンシアの勇者ラウレルよ。それはそなたの一存で決められぬことだ。魔王を倒したとて、まだ役目は終わっていない』
王は食い下がるラウレルへそのように言い捨て、さっさと姿を消したという。
「ある意味、魔王よりあの王のほうが憎い」
「ラウレル様、そんなこと仰らず……でもオルテンシア王の言う『役目』とは、まだ何かあるというのでしょうか……」
「あいつは、『勇者』の力で他国を屈服させたいのですよ」
ラウレルが言うにはこうだ。
王は、外交面において『この世界を救ったのはオルテンシア王国の勇者だ』という強力なカードを持っておきたい。これからもその立場を利用して、他国へ恩を売り続けたいのだ。
出来ることなら勇者と姫を結婚させ、王族の威を確固たるものにして。
「もう俺は王に期待しない」
「ラウレル様……」
「俺は絶っ対、オルテンシアとの縁を切ってやります」
ラウレルはとうとう意固地になってしまった。よっぽど、オルテンシア王とは相容れないのだろう。
確かに彼から聞いた話だけでは、あまりにもラウレル側の意思を無視している気がする。
「でもラウレル様、王を相手とするのですから……くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」
「……ねえビオレッタ、抱きしめてもいい?」
ラウレルはビオレッタの返事を待たず、彼女をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「ありがとう……いつも心配してくれて」
その体温に安心するような、恥ずかしくて逃げたいようなラウレルの腕の中。
ビオレッタは本心に抗うのを諦めて、彼の胸に顔を寄せたのだった。
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