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放っておけるはずがない
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「やっぱり。君は絶対、無茶すると思ってた」
エドゥアルドはフランシーナのバッグを拾い上げると、深い深いため息をつく。
呆れているようだ。徒歩で、王城まで行こうとしたフランシーナに。
「エ……エドゥアルド様……なぜ、ここに」
朝の鐘は鳴ったものの、まだ時間は早朝と言える。
この時間、寮生達といえばまだ朝食をとっているし、人によってはまだ身支度すら終わっていないのではないろうか。こんな所にいること自体が、まずおかしい。
しかも今朝はこんな雪景色。用事もないのに外を出歩こうなど、普通なら考えない。
なのに、あのエドゥアルドが、目の前に立っている。
髪を振り乱して、息を切らして――
「朝起きたら雪で、まさかと思って来てみたら……ほんっとうに、フランシーナは事務官になることしか頭にないんだね」
「だ、だって、後悔したくないじゃないですか」
「無謀だよ。こんな雪道で、君の足で……一体どれだけ歩けばいいと思うの」
呆れ顔のエドゥアルドは、久しぶりにいつものエドゥアルドだった。
優等生モードなら絶対に言わないようなことを、はっきりと口にする。
キツいことを言われていると分かってはいるのに、遠慮のないその口ぶりが、なんだかとてもホッとして……気が緩んだのか、凍るような体の奥からじわじわと熱いものがせり上がってくる。
「どうしても、諦めきれなくて……」
彼の言っていることは正論過ぎるほど正論で、勢いのみで行動しようとしている自分が恥ずかしい。
けれど――こればっかりは譲れなかった。
今日、諦めてしまったら絶対に後悔してしまうと分かるのだ。
「意外とわがままなんだね。君は」
「全部、無駄にしたくないのです。勉強してきた時間も、皆から支えられてきたことも」
たとえ無謀だと言われても、わがままだと言われても、フランシーナには諦めることができなかった。それがずっと、夢であったから。
泣きたくなんてないのに、無力で情けなくて、あと少しのところで涙は溢れそうになる。
諦められないけれど、どうにも出来ない。どうしたら良いか分からない。
「……仕方ないな」
「え?」
「学園を頼ることにしよう」
そう言うと、彼は校舎へと踵を返した。
雪の中をざくざくと歩くその姿には、一切の迷いがないように見える。
フランシーナは、慌ててエドゥアルドのあとをついて歩いた。
「……え? エドゥアルド様、一体なにをお考えで……?」
「学園の厩舎に、馬がいただろう。学園に事情を伝えれば、学園長が使ってる連絡用の馬くらい貸してくれるかもしれない」
「学園長の馬!?」
「乗り合い馬車はダメでも、あの馬ならこのくらいの雪――大丈夫でしょ。言うだけ言ってみようよ。こういう交渉は得意だから」
戸惑うフランシーナに向かって、エドゥアルドは平然とそう告げる。
混乱した。とてもじゃないけれど頭がついていけない。
昨日『一緒にいると駄目なんだ』とこちらを拒絶していたエドゥアルドが、今朝になって突然目の前に現れて。
そのうえ雪の中、フランシーナのために学校に掛け合うなどと言い出したのだ。困惑しても仕方ないように思う。
けれどエドゥアルドの言うように、馬であれば馬車より身軽でなんとかなるかもしれない。
フランシーナ個人の事情に学園を巻き込むなんて、自分だけでは考えもしなかったが。ましてや学園長の馬――恐れ多くて気が引ける。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「何言ってるの。諦めきれないんでしょ」
「はい。それはもう」
「だったら、利用できるものは利用すれば良いんだよ。学園だって、僕のことだって」
まっすぐに校舎へ向かうエドゥアルドの後ろを、ただただ黙ってついて行く。
頼もしすぎる背中に、フランシーナの胸は熱いもので埋め尽くされた。
「ほら。すぐ貸してもらえたでしょ」
「すごいです、すごすぎます、エドゥアルド様……」
早朝にも関わらず、エドゥアルドは学園長を叩き起こすと「非常事態」として危機迫る演技を見せた。
情に訴える彼の語り口調はじつに見事で、話は流れるように進んで――なんと、ものの数分で馬を借りることができたのだ。
その間、フランシーナはというと……彼の後ろで、ただ圧倒されていただけ。
「まさか、本当に貸してもらえるなんて……」
「学園側としても優秀な人材を育てた実績が欲しいんだから、フランシーナに馬を貸し出すのは妥当だよ。君が無事に試験を受けて合格したら、ここは今年度も事務官排出校として箔がつくし――持ちつ持たれつというわけ」
「な、なるほど」
(エドゥアルド様は、こちらに分があるとわかっていて掛け合ってくれたのね……)
学園長に話を持ち込む前から、彼には勝算があったようだ。空いた口が塞がらない。
「でも私、馬には乗れないのです。どなたか先生を呼ばないと……」
「僕は乗れる。僕が王城まで連れて行こう」
「え?」
「なに。僕じゃ不満っていうの?」
「いえっ……そういう訳ではなくて!」
(いやいやいや……? そりゃエドゥアルド様は何でも出来てしまうし、馬だってきっと操れるでしょうけど……!?)
「なにを仰っているんですか……! エドゥアルド様には今日、新年祭の代表挨拶があるでしょう!」
「あれは昼からだよ。大丈夫」
「駄目です! それ以外にも、エドゥアルド様のお役目があるのでしょう?」
安心してボーッとしている場合ではなかった。
危うく、今日の主役とも言える彼を王城まで付き合わせるところであった。
多くの時間をかけて新年祭準備を指揮してきたエドゥアルドであるが、今日はいよいよその新年祭だ。
彼には今日一日を成功させるという目標があるだろうし、何より新年祭本番では代表挨拶が待っている。穴をあける訳にはいかない。
試験会場となる王城へは馬なら一時間もかからない距離であるが、それにしたって彼は駄目だ。それこそ無謀だ。
「ずっとこの日のために頑張ってきたのではないですか。私のために、ここまでして下さって……放っておいたとしても、誰もエドゥアルド様のことを責めません。恋人役だからといって――」
「――放っておけるわけない」
「エドゥアルド様」
「僕は今、やりたくてやっている。……君を助けたかったから」
そう言って手綱を持つ彼は、やっぱり頑固で。「何を言っても無駄」であると、彼の顔が物語っている。
いつの間にか雪はやんで、雲間から光が刺していて――フランシーナは思わず、目を細める。
眩しいのは雪のせいか、それとも彼の姿だろうか。
冷たい頬には、いつの間にか生ぬるい涙がつたっていた。
エドゥアルドはフランシーナのバッグを拾い上げると、深い深いため息をつく。
呆れているようだ。徒歩で、王城まで行こうとしたフランシーナに。
「エ……エドゥアルド様……なぜ、ここに」
朝の鐘は鳴ったものの、まだ時間は早朝と言える。
この時間、寮生達といえばまだ朝食をとっているし、人によってはまだ身支度すら終わっていないのではないろうか。こんな所にいること自体が、まずおかしい。
しかも今朝はこんな雪景色。用事もないのに外を出歩こうなど、普通なら考えない。
なのに、あのエドゥアルドが、目の前に立っている。
髪を振り乱して、息を切らして――
「朝起きたら雪で、まさかと思って来てみたら……ほんっとうに、フランシーナは事務官になることしか頭にないんだね」
「だ、だって、後悔したくないじゃないですか」
「無謀だよ。こんな雪道で、君の足で……一体どれだけ歩けばいいと思うの」
呆れ顔のエドゥアルドは、久しぶりにいつものエドゥアルドだった。
優等生モードなら絶対に言わないようなことを、はっきりと口にする。
キツいことを言われていると分かってはいるのに、遠慮のないその口ぶりが、なんだかとてもホッとして……気が緩んだのか、凍るような体の奥からじわじわと熱いものがせり上がってくる。
「どうしても、諦めきれなくて……」
彼の言っていることは正論過ぎるほど正論で、勢いのみで行動しようとしている自分が恥ずかしい。
けれど――こればっかりは譲れなかった。
今日、諦めてしまったら絶対に後悔してしまうと分かるのだ。
「意外とわがままなんだね。君は」
「全部、無駄にしたくないのです。勉強してきた時間も、皆から支えられてきたことも」
たとえ無謀だと言われても、わがままだと言われても、フランシーナには諦めることができなかった。それがずっと、夢であったから。
泣きたくなんてないのに、無力で情けなくて、あと少しのところで涙は溢れそうになる。
諦められないけれど、どうにも出来ない。どうしたら良いか分からない。
「……仕方ないな」
「え?」
「学園を頼ることにしよう」
そう言うと、彼は校舎へと踵を返した。
雪の中をざくざくと歩くその姿には、一切の迷いがないように見える。
フランシーナは、慌ててエドゥアルドのあとをついて歩いた。
「……え? エドゥアルド様、一体なにをお考えで……?」
「学園の厩舎に、馬がいただろう。学園に事情を伝えれば、学園長が使ってる連絡用の馬くらい貸してくれるかもしれない」
「学園長の馬!?」
「乗り合い馬車はダメでも、あの馬ならこのくらいの雪――大丈夫でしょ。言うだけ言ってみようよ。こういう交渉は得意だから」
戸惑うフランシーナに向かって、エドゥアルドは平然とそう告げる。
混乱した。とてもじゃないけれど頭がついていけない。
昨日『一緒にいると駄目なんだ』とこちらを拒絶していたエドゥアルドが、今朝になって突然目の前に現れて。
そのうえ雪の中、フランシーナのために学校に掛け合うなどと言い出したのだ。困惑しても仕方ないように思う。
けれどエドゥアルドの言うように、馬であれば馬車より身軽でなんとかなるかもしれない。
フランシーナ個人の事情に学園を巻き込むなんて、自分だけでは考えもしなかったが。ましてや学園長の馬――恐れ多くて気が引ける。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「何言ってるの。諦めきれないんでしょ」
「はい。それはもう」
「だったら、利用できるものは利用すれば良いんだよ。学園だって、僕のことだって」
まっすぐに校舎へ向かうエドゥアルドの後ろを、ただただ黙ってついて行く。
頼もしすぎる背中に、フランシーナの胸は熱いもので埋め尽くされた。
「ほら。すぐ貸してもらえたでしょ」
「すごいです、すごすぎます、エドゥアルド様……」
早朝にも関わらず、エドゥアルドは学園長を叩き起こすと「非常事態」として危機迫る演技を見せた。
情に訴える彼の語り口調はじつに見事で、話は流れるように進んで――なんと、ものの数分で馬を借りることができたのだ。
その間、フランシーナはというと……彼の後ろで、ただ圧倒されていただけ。
「まさか、本当に貸してもらえるなんて……」
「学園側としても優秀な人材を育てた実績が欲しいんだから、フランシーナに馬を貸し出すのは妥当だよ。君が無事に試験を受けて合格したら、ここは今年度も事務官排出校として箔がつくし――持ちつ持たれつというわけ」
「な、なるほど」
(エドゥアルド様は、こちらに分があるとわかっていて掛け合ってくれたのね……)
学園長に話を持ち込む前から、彼には勝算があったようだ。空いた口が塞がらない。
「でも私、馬には乗れないのです。どなたか先生を呼ばないと……」
「僕は乗れる。僕が王城まで連れて行こう」
「え?」
「なに。僕じゃ不満っていうの?」
「いえっ……そういう訳ではなくて!」
(いやいやいや……? そりゃエドゥアルド様は何でも出来てしまうし、馬だってきっと操れるでしょうけど……!?)
「なにを仰っているんですか……! エドゥアルド様には今日、新年祭の代表挨拶があるでしょう!」
「あれは昼からだよ。大丈夫」
「駄目です! それ以外にも、エドゥアルド様のお役目があるのでしょう?」
安心してボーッとしている場合ではなかった。
危うく、今日の主役とも言える彼を王城まで付き合わせるところであった。
多くの時間をかけて新年祭準備を指揮してきたエドゥアルドであるが、今日はいよいよその新年祭だ。
彼には今日一日を成功させるという目標があるだろうし、何より新年祭本番では代表挨拶が待っている。穴をあける訳にはいかない。
試験会場となる王城へは馬なら一時間もかからない距離であるが、それにしたって彼は駄目だ。それこそ無謀だ。
「ずっとこの日のために頑張ってきたのではないですか。私のために、ここまでして下さって……放っておいたとしても、誰もエドゥアルド様のことを責めません。恋人役だからといって――」
「――放っておけるわけない」
「エドゥアルド様」
「僕は今、やりたくてやっている。……君を助けたかったから」
そう言って手綱を持つ彼は、やっぱり頑固で。「何を言っても無駄」であると、彼の顔が物語っている。
いつの間にか雪はやんで、雲間から光が刺していて――フランシーナは思わず、目を細める。
眩しいのは雪のせいか、それとも彼の姿だろうか。
冷たい頬には、いつの間にか生ぬるい涙がつたっていた。
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