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36.特別な笛
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マルは首から提げているひもを引き出す。その先には、銀色に光る笛がぶら下がっている。防犯対策のためにロナウドから持たされたものだ。この笛があったから、マルはアベルに寝込みを襲われたときも冷静でいられた。
「私の使い古しではないか。これは昔訓練で使っていたものだ。記念の贈り物としては相応しくない。新しく作らせよう」
「でも、俺はこれがいいんです。ご主人様が使っていたし、名前が一文字だけ彫られているのもかっこいいです」
ここ、ここ、とロナウドの頭文字を指さした。
「……分かった。こちらを気に入っているのなら、似合う鎖を贈ろう。その細ひもではいつか切れてしまいそうだ」
ロナウドの説明によると、この笛は特殊な鳴り方をしているという。二つの音が重なるようにできていて、一つは当然人が聞こえる音、もう一つは竜が最も聞き取り易く、特にカシスへ合わせた音が出るそうだ。
「町中で迷子になったら強く吹けばいい。カシスの耳に届けば迎えに行くだろう」
吹けば竜を呼び寄せる笛。確かに緊急時や防犯用としてマルへ渡すには、最適だったわけだ。
ロナウドが持っていなくて困りはしないのかとマルが問うと、今使っているものをポケットから取り出して見せた。
マルのものは丸いかたつむり型、ロナウドのものは煙草型といったところ。どちらも銀色で、頭文字の彫りもある。
「お揃いみたいですね」
「同じ工匠だからな」
「この笛、ずっと大切にします。ご主人様もカシスも一緒に居るみたいです。俺に宝物ができるなんて、ご主人様に拾ってもらう前には考えたこともなかったです。もの凄く嬉しいです。ありがとうございます!」
マルは白い歯を見せて、とびきりの笑顔を見せる。
ワイン片手に花の収穫をしていたロナウドの手は、たった今生まれたばかりの花を摘み取った。ぬるりと光る銀色は、色とりどりの花の中でも一際目立つ。
そして天井を見上げ、難しい顔をしてそっと呟くのだった。
「後三年……か……」
翌日、マルとアベルは休暇だったので、城下へ買い物に出かけた。
マルは屋敷の者たちへ。アベルは年末の休暇で世話になる第一隊長の孫への贈り物を探すためだ。
市場が立っていなくても、年末が近くなると町中は人も多く、いつもより賑わっている。この時期は贈り物用のちょっといい品が数多く並ぶとアベルが言う。
冬の王都名物だというスパイスの効いた温かいジュースやホットワインを売っている出店がいくつかあったので、アベルの薦める店でジュースを買って、飲みながら歩く。目当ての店へは少々距離があるが、会話していると楽しくて、全く気にならなかった。
「……でさ、『後三年』ってご主人様が言ったんだけど、三年経つと、何があるんだろうね、アベル?」
「あーねぇ、マルはそのころ何歳になるんだっけ?」
「十七だよ。今十四だもん」
「違うって、もうすぐ十五歳になるっていう話したんだろ? だからそこから三年経つと?」
「十八」
「そ。あとは自分で考えなよ」
カエルム王国は、十八歳で成人を迎える。厳格ではないが、一応飲酒や賭博や風俗が解禁になる。婚姻も成人してからになっているが、こちらは身分で多少変わる。平民なら十八歳。ロナウドも男爵家の出身ではあるが、嫡男ではないので平民と同じ扱いになる。
「大人になって、お酒が飲める歳になるってことだよね! ご主人様がワインを飲んでいるから、俺も飲んでみたいな。厩舎はエール飲んでいる人も多いよね。一緒にチーズを食べるなら、どっちが合うのかな?」
「うん、そうだね。僕はロナウド隊長が少し不憫だなって思うよ。あー、もう見えてきた。あの赤い屋根の店だ」
アベルが指さした先には、赤い瓦葺きの建物。入り口には木製のブランコが置かれていた。木のおもちゃを多く取り扱うというその店は、見ている間にも客が入れ替わり立ち替わり扉を潜っていた。
その隣には、青い屋根の店が並ぶ。こちらはとても小さな店で、ハンカチやリネン類を扱う店らしい。
マルとアベルは右と左に別れて、それぞれの店に入った。
店の中は、会計台で刺繍をしている老女以外に誰もいない。一番最初に会計台の前に並ぶハンカチに目がいった。真っ白で何の変哲もないが、老女は「刺繍するとよく映えていい」と薦めたので、それにした。
贈り物をするのは楽しいとロナウドが言ったとおりだった。渡す前からこんなに楽しい。ロナウドと屋敷の三人の顔を思い浮かべると、口の端がむずむずとした。
四枚の値段は、銀貨でお釣りが少しある程度。高級品だが、マルには竜騎隊からの給与がある。
その日食べるパンにも困っていたのに、贈り物を選べるようになったのが嬉しかった。
小袋から銀貨を取り出そうとしたときだ。店の扉に下げられた鈴がチリンと鳴った。そしていかにも柄が悪そうで、場違いのような男が入ってきた。
目が合って、マルは愕然とした。
「よーう。やっぱ『痛み』じゃねぇか。そっくりな奴がこの店に入ったと思ったんだがよ、やっぱお前じゃねぇか。久しぶりだなぁ、おい」
『痛みの花生み』と何年も呼ばれていた過去が、マルの身体を瞬時に凍らせた。
カシスの背に乗って王都へ来て、それは遠い過去になったものと思っていた。目を、耳を、疑いたくなるけれど、現実が目の前に立っている。
「私の使い古しではないか。これは昔訓練で使っていたものだ。記念の贈り物としては相応しくない。新しく作らせよう」
「でも、俺はこれがいいんです。ご主人様が使っていたし、名前が一文字だけ彫られているのもかっこいいです」
ここ、ここ、とロナウドの頭文字を指さした。
「……分かった。こちらを気に入っているのなら、似合う鎖を贈ろう。その細ひもではいつか切れてしまいそうだ」
ロナウドの説明によると、この笛は特殊な鳴り方をしているという。二つの音が重なるようにできていて、一つは当然人が聞こえる音、もう一つは竜が最も聞き取り易く、特にカシスへ合わせた音が出るそうだ。
「町中で迷子になったら強く吹けばいい。カシスの耳に届けば迎えに行くだろう」
吹けば竜を呼び寄せる笛。確かに緊急時や防犯用としてマルへ渡すには、最適だったわけだ。
ロナウドが持っていなくて困りはしないのかとマルが問うと、今使っているものをポケットから取り出して見せた。
マルのものは丸いかたつむり型、ロナウドのものは煙草型といったところ。どちらも銀色で、頭文字の彫りもある。
「お揃いみたいですね」
「同じ工匠だからな」
「この笛、ずっと大切にします。ご主人様もカシスも一緒に居るみたいです。俺に宝物ができるなんて、ご主人様に拾ってもらう前には考えたこともなかったです。もの凄く嬉しいです。ありがとうございます!」
マルは白い歯を見せて、とびきりの笑顔を見せる。
ワイン片手に花の収穫をしていたロナウドの手は、たった今生まれたばかりの花を摘み取った。ぬるりと光る銀色は、色とりどりの花の中でも一際目立つ。
そして天井を見上げ、難しい顔をしてそっと呟くのだった。
「後三年……か……」
翌日、マルとアベルは休暇だったので、城下へ買い物に出かけた。
マルは屋敷の者たちへ。アベルは年末の休暇で世話になる第一隊長の孫への贈り物を探すためだ。
市場が立っていなくても、年末が近くなると町中は人も多く、いつもより賑わっている。この時期は贈り物用のちょっといい品が数多く並ぶとアベルが言う。
冬の王都名物だというスパイスの効いた温かいジュースやホットワインを売っている出店がいくつかあったので、アベルの薦める店でジュースを買って、飲みながら歩く。目当ての店へは少々距離があるが、会話していると楽しくて、全く気にならなかった。
「……でさ、『後三年』ってご主人様が言ったんだけど、三年経つと、何があるんだろうね、アベル?」
「あーねぇ、マルはそのころ何歳になるんだっけ?」
「十七だよ。今十四だもん」
「違うって、もうすぐ十五歳になるっていう話したんだろ? だからそこから三年経つと?」
「十八」
「そ。あとは自分で考えなよ」
カエルム王国は、十八歳で成人を迎える。厳格ではないが、一応飲酒や賭博や風俗が解禁になる。婚姻も成人してからになっているが、こちらは身分で多少変わる。平民なら十八歳。ロナウドも男爵家の出身ではあるが、嫡男ではないので平民と同じ扱いになる。
「大人になって、お酒が飲める歳になるってことだよね! ご主人様がワインを飲んでいるから、俺も飲んでみたいな。厩舎はエール飲んでいる人も多いよね。一緒にチーズを食べるなら、どっちが合うのかな?」
「うん、そうだね。僕はロナウド隊長が少し不憫だなって思うよ。あー、もう見えてきた。あの赤い屋根の店だ」
アベルが指さした先には、赤い瓦葺きの建物。入り口には木製のブランコが置かれていた。木のおもちゃを多く取り扱うというその店は、見ている間にも客が入れ替わり立ち替わり扉を潜っていた。
その隣には、青い屋根の店が並ぶ。こちらはとても小さな店で、ハンカチやリネン類を扱う店らしい。
マルとアベルは右と左に別れて、それぞれの店に入った。
店の中は、会計台で刺繍をしている老女以外に誰もいない。一番最初に会計台の前に並ぶハンカチに目がいった。真っ白で何の変哲もないが、老女は「刺繍するとよく映えていい」と薦めたので、それにした。
贈り物をするのは楽しいとロナウドが言ったとおりだった。渡す前からこんなに楽しい。ロナウドと屋敷の三人の顔を思い浮かべると、口の端がむずむずとした。
四枚の値段は、銀貨でお釣りが少しある程度。高級品だが、マルには竜騎隊からの給与がある。
その日食べるパンにも困っていたのに、贈り物を選べるようになったのが嬉しかった。
小袋から銀貨を取り出そうとしたときだ。店の扉に下げられた鈴がチリンと鳴った。そしていかにも柄が悪そうで、場違いのような男が入ってきた。
目が合って、マルは愕然とした。
「よーう。やっぱ『痛み』じゃねぇか。そっくりな奴がこの店に入ったと思ったんだがよ、やっぱお前じゃねぇか。久しぶりだなぁ、おい」
『痛みの花生み』と何年も呼ばれていた過去が、マルの身体を瞬時に凍らせた。
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