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19.ご挨拶
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あらかじめ連絡をされていたのか、到着するなり待ち構えていたアニムスはマルの少ない手荷物を受け取ると「運んどく」と言ってどこかへ去った。
そこから順に竜騎隊第一隊長、第二隊長、第三隊長、第四隊長と簡単な顔通しをするとロナウドに言われた。
単なる平隊員であれば不要だが、花生みという特殊な立場で、全体にも関わるかららしい。
第一隊長の部屋へロナウドに続いて入室をする。正面には重厚な木の机。それを挟んで片側には甲冑。もう一方にはカエルム国の国旗と竜が刺繍された旗の二本が立てるように飾られている。
部屋の主はその机に肘をかけ、マルへ視線を向けている。屈強の猛者というに相応しい。獅子のような肉体と気迫。マルの知っているごろつきなどとは比ぶべくもない。
いかつい顔を横切る大きな傷跡や、白い口ひげ、刻まれた深い皺が、より一層迫力を際立たせていた。
「名前と階級!」
太くビンとした声が響く。
どこかで聞いたような台詞だった。
ロナウドの家の花生みと紹介されている立場では、気圧されたままでは主人の顔に泥を塗ってしまう。
「ま、マルですっ。かっ、かい、階級はありません。花、生みです。竜の、お世話をします。あの、たくさん、花とか、葉を生めるように、が、がんばります。よろしくおねがいします!」
たどたどしいがなんとか言い終えた。ホセがするようなお辞儀を思い出し、背中を真っ直ぐにピンと伸ばして、腰から折る。先日も上手になってきたとホセから褒められていたのだ。
そして顔を上げたマルの耳元には、夕焼け色をした花が生まれていた。ちょこんとかわいらしく。
「おお、これはすまん。緊張させてしまったか。歳をとると変化に対応が遅れて良くない。……ロナウド隊長、これは儂の部屋で生まれたものだ。当然、儂の愛竜のダリアちゃんにあげても良いだろうな?」
獅子のような第一隊長から発せられていた目に見えない圧のようなものが、すうと和らぐ。
「無理ですね。マルは契約書にサインをしましたので、勤務中に生み出したものは竜騎隊が所有の権利を持ちます。どなたの竜であろうと、平等です。申し訳ありませんが次が控えてますので、失礼いたします」
「ま、待てロナ……」
伸ばされた手も、ロナウドは見えない振りをして一礼するとマルを引っ張って退室してしまった。
どう見ても強引に立ち去った感が残っていた。
「いいか、あの隊長が勤務時間内にマルに声をかけたら、『勤務時間外の花は、自分の主人が権利を持っているから渡せない』と言うんだ。襲いかかったりはしないはずだが、自分の竜を猫かわいがりしてるからな。今は花生みの花が不足している。花弁一枚でも、根の一本でもいいからくださいと頭を下げられても断れ」
「……おれ、怒られたりしませんか? 怖いですけど、あの、言ってみます……」
「……そうか、言いにくいか。まぁそうだろう。なら、『主人を通すように言われている』と言うんだ。私を盾にするといい」
「それなら言いやすいです。そうします」
「では次は第二隊長だ。第一隊長と基本は同じだから心配するな。全て躱すぞ」
ロナウドの言うとおり、どの隊長も同じ反応をした。皆が皆、花が生まれるとそわそわして欲しいと言い出すのだ。
竜騎隊の竜は、背に乗せる隊員の命を運んでいる。戦場で竜がやられれば即座に隊員の死へ繋がる。
それゆえ、竜の管理は徹底して行うし、愛情をもって大切に育てている。自分の愛竜が喜ぶのなら、頭くらいいくらでも下げる。竜と共に功績を積み重ねた隊長クラスは、特段にその思いも強い。
第四隊長は歳もロナウドに近いせいか、堂々とした懐柔作戦をとってきた。テーブルにはいくつもの焼き菓子が並び、新鮮そうで皺がどこにもないブドウが盛られて、飲んだこともない紅茶が用意されていた。マルはもりもりとそれらをいただいく。
勤務時間外の花について問われたが、覚えたばかりの「ロナウド様をとおしてください」を免罪符のように使った。どう聞かれても、答えは同じ。終始それで押し通した。
ロナウドは涼しい顔で紅茶を飲み、第四隊長は「教育に抜かりはないということか……」と苦虫をかみつぶしたような顔をして呟き、終わった。
勝敗は明らか。
「……あれで、良かったんですよね?」
「上々だ」
その後紹介されたのは、もう一人の花生みだ。
竜騎隊に残っている唯一の花生みは、マルより二つ年上の十六歳の少年だった。銀杏の葉のようにはっきりとした明るい金色のくせ毛で、その肌の白さかそれともどこか寂し気な緑色の目のせいか、薄氷のような儚さを纏っていた。
「そう。君が新しい花生みなんだね。僕はアベル・グラックスだ。よろしく」
「マルです。あの、孤児なので名字はないです。ただのマルです。よろしくお願いします」
「畏まらなくていいよ。仲良くやろうね。ロナウド隊長、お仕事に戻られても大丈夫ですよ。これからマルを案内しながら、色々教えていきますから」
隊長の中では一番若く、その分仕事量も多いらしい。ロナウドは「そうか。ではよろしく頼む」と言い残し、踵を返してその場から去った。
「おい新入り、いつまでロナウド隊長を見送ってんのさ。ばあか」
そこから順に竜騎隊第一隊長、第二隊長、第三隊長、第四隊長と簡単な顔通しをするとロナウドに言われた。
単なる平隊員であれば不要だが、花生みという特殊な立場で、全体にも関わるかららしい。
第一隊長の部屋へロナウドに続いて入室をする。正面には重厚な木の机。それを挟んで片側には甲冑。もう一方にはカエルム国の国旗と竜が刺繍された旗の二本が立てるように飾られている。
部屋の主はその机に肘をかけ、マルへ視線を向けている。屈強の猛者というに相応しい。獅子のような肉体と気迫。マルの知っているごろつきなどとは比ぶべくもない。
いかつい顔を横切る大きな傷跡や、白い口ひげ、刻まれた深い皺が、より一層迫力を際立たせていた。
「名前と階級!」
太くビンとした声が響く。
どこかで聞いたような台詞だった。
ロナウドの家の花生みと紹介されている立場では、気圧されたままでは主人の顔に泥を塗ってしまう。
「ま、マルですっ。かっ、かい、階級はありません。花、生みです。竜の、お世話をします。あの、たくさん、花とか、葉を生めるように、が、がんばります。よろしくおねがいします!」
たどたどしいがなんとか言い終えた。ホセがするようなお辞儀を思い出し、背中を真っ直ぐにピンと伸ばして、腰から折る。先日も上手になってきたとホセから褒められていたのだ。
そして顔を上げたマルの耳元には、夕焼け色をした花が生まれていた。ちょこんとかわいらしく。
「おお、これはすまん。緊張させてしまったか。歳をとると変化に対応が遅れて良くない。……ロナウド隊長、これは儂の部屋で生まれたものだ。当然、儂の愛竜のダリアちゃんにあげても良いだろうな?」
獅子のような第一隊長から発せられていた目に見えない圧のようなものが、すうと和らぐ。
「無理ですね。マルは契約書にサインをしましたので、勤務中に生み出したものは竜騎隊が所有の権利を持ちます。どなたの竜であろうと、平等です。申し訳ありませんが次が控えてますので、失礼いたします」
「ま、待てロナ……」
伸ばされた手も、ロナウドは見えない振りをして一礼するとマルを引っ張って退室してしまった。
どう見ても強引に立ち去った感が残っていた。
「いいか、あの隊長が勤務時間内にマルに声をかけたら、『勤務時間外の花は、自分の主人が権利を持っているから渡せない』と言うんだ。襲いかかったりはしないはずだが、自分の竜を猫かわいがりしてるからな。今は花生みの花が不足している。花弁一枚でも、根の一本でもいいからくださいと頭を下げられても断れ」
「……おれ、怒られたりしませんか? 怖いですけど、あの、言ってみます……」
「……そうか、言いにくいか。まぁそうだろう。なら、『主人を通すように言われている』と言うんだ。私を盾にするといい」
「それなら言いやすいです。そうします」
「では次は第二隊長だ。第一隊長と基本は同じだから心配するな。全て躱すぞ」
ロナウドの言うとおり、どの隊長も同じ反応をした。皆が皆、花が生まれるとそわそわして欲しいと言い出すのだ。
竜騎隊の竜は、背に乗せる隊員の命を運んでいる。戦場で竜がやられれば即座に隊員の死へ繋がる。
それゆえ、竜の管理は徹底して行うし、愛情をもって大切に育てている。自分の愛竜が喜ぶのなら、頭くらいいくらでも下げる。竜と共に功績を積み重ねた隊長クラスは、特段にその思いも強い。
第四隊長は歳もロナウドに近いせいか、堂々とした懐柔作戦をとってきた。テーブルにはいくつもの焼き菓子が並び、新鮮そうで皺がどこにもないブドウが盛られて、飲んだこともない紅茶が用意されていた。マルはもりもりとそれらをいただいく。
勤務時間外の花について問われたが、覚えたばかりの「ロナウド様をとおしてください」を免罪符のように使った。どう聞かれても、答えは同じ。終始それで押し通した。
ロナウドは涼しい顔で紅茶を飲み、第四隊長は「教育に抜かりはないということか……」と苦虫をかみつぶしたような顔をして呟き、終わった。
勝敗は明らか。
「……あれで、良かったんですよね?」
「上々だ」
その後紹介されたのは、もう一人の花生みだ。
竜騎隊に残っている唯一の花生みは、マルより二つ年上の十六歳の少年だった。銀杏の葉のようにはっきりとした明るい金色のくせ毛で、その肌の白さかそれともどこか寂し気な緑色の目のせいか、薄氷のような儚さを纏っていた。
「そう。君が新しい花生みなんだね。僕はアベル・グラックスだ。よろしく」
「マルです。あの、孤児なので名字はないです。ただのマルです。よろしくお願いします」
「畏まらなくていいよ。仲良くやろうね。ロナウド隊長、お仕事に戻られても大丈夫ですよ。これからマルを案内しながら、色々教えていきますから」
隊長の中では一番若く、その分仕事量も多いらしい。ロナウドは「そうか。ではよろしく頼む」と言い残し、踵を返してその場から去った。
「おい新入り、いつまでロナウド隊長を見送ってんのさ。ばあか」
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