13 / 55
13.例の子ども
しおりを挟む
マルからは見えないが、首元をなぞるとぽろりと取れた。掌に小さな花が載る。
「生まれました……ね」
「検証させてくれ。続きをするぞ」
向けられたままのチーズを口で受け取る。尚も鋭い視線で観察されるけれども、チーズはチーズだ。ごちそうチーズである。
ぽん。
今度はマルにも感覚があった。
「生まれたな」
「そうですね」
「もう一度いいだろうか」
ごちそうを前にして、断る理由もない。
「はい」
ロナウドからチーズが出されては食べて花を生む。繰り返し繰り返し、全てのチーズを平らげると、代わりに小花が残った。昨日と同じである。
その皿を見て、ロナウドが一言。
「なるほど」
「はい?」
「マル、どうやらお前はチーズを食べさせて貰うと花が生まれるようだ。確実じゃないかもしれないが、少なくとも一人で食べるよりは格段に生まれやすい。だから……」
「だから?」
「できる限りで構わない。夜は私の部屋にチーズを食べに来てくれないか」
「え、ええ⁈……」
いつかはまた食べたいと願っていたチーズをに二晩続けて口にできただけで幸せだったのに、それがこれからも続くなんて。
「そっ、そんな贅沢は……」
「業務の一環と思えばいい。こう言ってはなんだが、チーズよりも遙かにマルの生み出す花の方が価値が高い。無論、無理強いするつもりはないが、嫌でなければ協力してほしい」
「……そ、それなら、きょうりょく、します……」
「そうか、よろしく頼む」
いいのだろうかとも思うが、雇い主のロナウドが是とするなら、それでいいのだろう。
斯くして花生みであることを忌み嫌っていたマルが、花生みのおかげで毎日チーズを食べられることになったのである。
ちいず、ちいず、ごちそうちいず。
屋根裏部屋の小さな王様は、明日のチーズを夢見て眠る。
それからというもの、マルは度々ロナウドの部屋を訪ねている。誰にも代われない重要業務として。マルはチーズを食べられるし、花も順調に生まれている。
今宵も下働きのマルは雇い主の部屋を訪れていた。
「それで、どんぐりに乗ったと?」
よく磨かれた繊細な銀のフォークは、チーズを刺してマルに向けられる。慣れてはきてるが、抵抗が全くないかと言われれば嘘だ。
緊張もする。照れもある。この端正な顔をした男に見つめられて耐えられるのは、王都にどれだけいるというのか。
けれど、チーズは美味だった。
「……そうなんです。ホセさんが教えてくれました。ロバって結構速いんですね、驚きました。ロナウド様はどんぐりに乗ったことありますか?」
「ないな。私は馬と竜にしか乗ったことはない」
ロナウドはワイン、マルにはお湯。マルは湯気の立つお湯をふうふうと冷ましながら飲むのが、この時間の定番のおともになっていた。
「次からは初めから湯冷ましを用意しておこう」
「あ、いえ、熱いのが好きなんです。ごちそうですから」
「そうなのか?」
「はい。だって、そのままでも飲めるのに、薪代もかかるし、手間だって必要で、しかも作り置きできないじゃないですか。湧かしてすぐ飲めるなんて、ごちそうです。外で暮らしていたら、絶対飲めません」
マルの言う『外で暮らす』とは、家を持たない浮浪児だ。隣国に比べて少ないが、カエルム王国にもいる。
「そうか。ならばごちそうだ」
「はい。ごちそうです」
ロナウドはマルが突拍子もないことを言っても否定しない。理解しようと努めてくれる。知るほどにロナウドと巡り会えたことを幸運と思わずにはいられなかった。
ぽん、とたまにマルの頭に触れる手は心地いいし、他愛のないおしゃべりをするのも好きだった。
ロナウドは積極的に話す方ではなく、たいていマルへ、今日は何をしていたのかと訊くのが主だった。
ところが珍しく、ロナウドが話題を出した。
「急だが、明日の休日は、客人がくる。私が操竜技術を指導している子どもだ。マルとも会うことになるが、普通に接してくれて構わない。特段の気遣いは不要だ」
マルが屋敷にきて、初めての客人。マチルダが話していた子どものことだ。
「普通でいいんですか?」
「構わない。向こうもその方が楽だと言っている。いつくるのか時間は聞かされていない。そういう奴だ。まあ、おそらく朝一でやってくるだろうが」
突然の来訪、時間は未定、竜騎隊の隊長直々の指導を受けられる奔放な子ども、いや、特別なこどもなのだろう。
にゅう、と細いつるが輪を巻きながら肘の内側から生まれた。
「マルはいつも通りでいいからな」
「……はい」
マグに入ったごちそうは、ぬるくなっていた。
「生まれました……ね」
「検証させてくれ。続きをするぞ」
向けられたままのチーズを口で受け取る。尚も鋭い視線で観察されるけれども、チーズはチーズだ。ごちそうチーズである。
ぽん。
今度はマルにも感覚があった。
「生まれたな」
「そうですね」
「もう一度いいだろうか」
ごちそうを前にして、断る理由もない。
「はい」
ロナウドからチーズが出されては食べて花を生む。繰り返し繰り返し、全てのチーズを平らげると、代わりに小花が残った。昨日と同じである。
その皿を見て、ロナウドが一言。
「なるほど」
「はい?」
「マル、どうやらお前はチーズを食べさせて貰うと花が生まれるようだ。確実じゃないかもしれないが、少なくとも一人で食べるよりは格段に生まれやすい。だから……」
「だから?」
「できる限りで構わない。夜は私の部屋にチーズを食べに来てくれないか」
「え、ええ⁈……」
いつかはまた食べたいと願っていたチーズをに二晩続けて口にできただけで幸せだったのに、それがこれからも続くなんて。
「そっ、そんな贅沢は……」
「業務の一環と思えばいい。こう言ってはなんだが、チーズよりも遙かにマルの生み出す花の方が価値が高い。無論、無理強いするつもりはないが、嫌でなければ協力してほしい」
「……そ、それなら、きょうりょく、します……」
「そうか、よろしく頼む」
いいのだろうかとも思うが、雇い主のロナウドが是とするなら、それでいいのだろう。
斯くして花生みであることを忌み嫌っていたマルが、花生みのおかげで毎日チーズを食べられることになったのである。
ちいず、ちいず、ごちそうちいず。
屋根裏部屋の小さな王様は、明日のチーズを夢見て眠る。
それからというもの、マルは度々ロナウドの部屋を訪ねている。誰にも代われない重要業務として。マルはチーズを食べられるし、花も順調に生まれている。
今宵も下働きのマルは雇い主の部屋を訪れていた。
「それで、どんぐりに乗ったと?」
よく磨かれた繊細な銀のフォークは、チーズを刺してマルに向けられる。慣れてはきてるが、抵抗が全くないかと言われれば嘘だ。
緊張もする。照れもある。この端正な顔をした男に見つめられて耐えられるのは、王都にどれだけいるというのか。
けれど、チーズは美味だった。
「……そうなんです。ホセさんが教えてくれました。ロバって結構速いんですね、驚きました。ロナウド様はどんぐりに乗ったことありますか?」
「ないな。私は馬と竜にしか乗ったことはない」
ロナウドはワイン、マルにはお湯。マルは湯気の立つお湯をふうふうと冷ましながら飲むのが、この時間の定番のおともになっていた。
「次からは初めから湯冷ましを用意しておこう」
「あ、いえ、熱いのが好きなんです。ごちそうですから」
「そうなのか?」
「はい。だって、そのままでも飲めるのに、薪代もかかるし、手間だって必要で、しかも作り置きできないじゃないですか。湧かしてすぐ飲めるなんて、ごちそうです。外で暮らしていたら、絶対飲めません」
マルの言う『外で暮らす』とは、家を持たない浮浪児だ。隣国に比べて少ないが、カエルム王国にもいる。
「そうか。ならばごちそうだ」
「はい。ごちそうです」
ロナウドはマルが突拍子もないことを言っても否定しない。理解しようと努めてくれる。知るほどにロナウドと巡り会えたことを幸運と思わずにはいられなかった。
ぽん、とたまにマルの頭に触れる手は心地いいし、他愛のないおしゃべりをするのも好きだった。
ロナウドは積極的に話す方ではなく、たいていマルへ、今日は何をしていたのかと訊くのが主だった。
ところが珍しく、ロナウドが話題を出した。
「急だが、明日の休日は、客人がくる。私が操竜技術を指導している子どもだ。マルとも会うことになるが、普通に接してくれて構わない。特段の気遣いは不要だ」
マルが屋敷にきて、初めての客人。マチルダが話していた子どものことだ。
「普通でいいんですか?」
「構わない。向こうもその方が楽だと言っている。いつくるのか時間は聞かされていない。そういう奴だ。まあ、おそらく朝一でやってくるだろうが」
突然の来訪、時間は未定、竜騎隊の隊長直々の指導を受けられる奔放な子ども、いや、特別なこどもなのだろう。
にゅう、と細いつるが輪を巻きながら肘の内側から生まれた。
「マルはいつも通りでいいからな」
「……はい」
マグに入ったごちそうは、ぬるくなっていた。
37
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる