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13.例の子ども

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 マルからは見えないが、首元をなぞるとぽろりと取れた。掌に小さな花が載る。

「生まれました……ね」
「検証させてくれ。続きをするぞ」

 向けられたままのチーズを口で受け取る。尚も鋭い視線で観察されるけれども、チーズはチーズだ。ごちそうチーズである。

 ぽん。

 今度はマルにも感覚があった。

「生まれたな」
「そうですね」
「もう一度いいだろうか」

 ごちそうを前にして、断る理由もない。

「はい」

 ロナウドからチーズが出されては食べて花を生む。繰り返し繰り返し、全てのチーズを平らげると、代わりに小花が残った。昨日と同じである。
 その皿を見て、ロナウドが一言。

「なるほど」
「はい?」
「マル、どうやらお前はチーズを食べさせて貰うと花が生まれるようだ。確実じゃないかもしれないが、少なくとも一人で食べるよりは格段に生まれやすい。だから……」
「だから?」
「できる限りで構わない。夜は私の部屋にチーズを食べに来てくれないか」
「え、ええ⁈……」

 いつかはまた食べたいと願っていたチーズをに二晩続けて口にできただけで幸せだったのに、それがこれからも続くなんて。

「そっ、そんな贅沢は……」
「業務の一環と思えばいい。こう言ってはなんだが、チーズよりも遙かにマルの生み出す花の方が価値が高い。無論、無理強いするつもりはないが、嫌でなければ協力してほしい」
「……そ、それなら、きょうりょく、します……」
「そうか、よろしく頼む」

 いいのだろうかとも思うが、雇い主のロナウドが是とするなら、それでいいのだろう。
 斯くして花生みであることを忌み嫌っていたマルが、花生みのおかげで毎日チーズを食べられることになったのである。

 ちいず、ちいず、ごちそうちいず。
 屋根裏部屋の小さな王様は、明日のチーズを夢見て眠る。



 それからというもの、マルは度々ロナウドの部屋を訪ねている。誰にも代われない重要業務として。マルはチーズを食べられるし、花も順調に生まれている。
 今宵も下働きのマルは雇い主の部屋を訪れていた。

「それで、どんぐりに乗ったと?」

 よく磨かれた繊細な銀のフォークは、チーズを刺してマルに向けられる。慣れてはきてるが、抵抗が全くないかと言われれば嘘だ。
 緊張もする。照れもある。この端正な顔をした男に見つめられて耐えられるのは、王都にどれだけいるというのか。
 けれど、チーズは美味だった。

「……そうなんです。ホセさんが教えてくれました。ロバって結構速いんですね、驚きました。ロナウド様はどんぐりに乗ったことありますか?」
「ないな。私は馬と竜にしか乗ったことはない」

 ロナウドはワイン、マルにはお湯。マルは湯気の立つお湯をふうふうと冷ましながら飲むのが、この時間の定番のおともになっていた。

「次からは初めから湯冷ましを用意しておこう」
「あ、いえ、熱いのが好きなんです。ごちそうですから」
「そうなのか?」
「はい。だって、そのままでも飲めるのに、薪代もかかるし、手間だって必要で、しかも作り置きできないじゃないですか。湧かしてすぐ飲めるなんて、ごちそうです。外で暮らしていたら、絶対飲めません」

 マルの言う『外で暮らす』とは、家を持たない浮浪児だ。隣国に比べて少ないが、カエルム王国にもいる。

「そうか。ならばごちそうだ」
「はい。ごちそうです」

 ロナウドはマルが突拍子もないことを言っても否定しない。理解しようと努めてくれる。知るほどにロナウドと巡り会えたことを幸運と思わずにはいられなかった。
 ぽん、とたまにマルの頭に触れる手は心地いいし、他愛のないおしゃべりをするのも好きだった。
 ロナウドは積極的に話す方ではなく、たいていマルへ、今日は何をしていたのかと訊くのが主だった。
 ところが珍しく、ロナウドが話題を出した。

「急だが、明日の休日は、客人がくる。私が操竜技術を指導している子どもだ。マルとも会うことになるが、普通に接してくれて構わない。特段の気遣いは不要だ」

 マルが屋敷にきて、初めての客人。マチルダが話していた子どものことだ。

「普通でいいんですか?」
「構わない。向こうもその方が楽だと言っている。いつくるのか時間は聞かされていない。そういう奴だ。まあ、おそらく朝一でやってくるだろうが」

 突然の来訪、時間は未定、竜騎隊の隊長直々の指導を受けられる奔放な子ども、いや、特別なこどもなのだろう。
 にゅう、と細いつるが輪を巻きながら肘の内側から生まれた。

「マルはいつも通りでいいからな」
「……はい」

 マグに入ったごちそうは、ぬるくなっていた。
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