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11.ロナウドの強さ

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「……続けられそうなら良かった。よろしく頼む」
「は……はいっ! 続けますっ。続けられます! ありがとうございます! 俺、たくさん食べて大きくなりますっ!」

 勢いで口から出たのは、やはりおかしな答えだった。だがロナウドは気にする様子もなくいつも通りで。「期待している」と返す。
 ところで、とロナウドは続けた。マルから何か気になることや訊ねたいことはないか、と。
 昨日来たばかりの身では、疑問に思うほどこの屋敷のことを知らない。

「う……。え、えっと。そうですね、うーんと……」

 しゅる、るる、と細いつるが思案するマルの首にそって絡まる。

「ないのなら無理して考えなくてもいい」
「ま、待ってください、えーと……」

 考えようとしても、これからも屋敷にいられる喜びが先行して疑問も悩みも思いつかない。その間もつるはしゅるるると長く伸びていく。

「分かった。思いついたときに教えてくれ。……だいぶつるが伸びているが、大丈夫なのか?」

 幾重にも首を飾るネックレスのように、つるはマルを彩って腕から手首にまで絡みついている。

「あ、大丈夫です。いつもってわけじゃないんですけど、悩んだり考え事してたりすると、俺はつるが出やすいんです。……他の花生みと違って、そんなに花が生めなくて。代わりにつるとか葉っぱばっかりなんです……」
「そうか、そのつるも明日カシスにやってくれ。いや、私が朝出かける前にやろう。取ってもいいだろうか?」

 マルが承知すると、ロナウドがそうと首筋に触れた。マルが自分で摘むときは、ぶちぶちと引きちぎっている。けれどロナウドは丁寧に、つるの根元を一本一本摘まんでいく。
 こういうところだ。感情を表に出さなくても、多くを語らなくても、行いが如実に物語る。男爵家に生まれ、そこから生家とどうなったかは知らないが、先月成人したばかりなら料理長たちとの出会いはおそらく子どものころだ。
 一体いくつのときだったのか。幼い姿を想像してはみたが、どうも今と同じような気がした。

「あの……ご主人様は、どんな子どもだったんですか?」

 丁度気になることができたので、訊ねてみた。

「私か。そうだな……父や兄たちが言うには、無表情で子どもらしくなかったそうだ。父は爵位を兄へ譲って地方に住んでいるのでな、会うのは母の命日くらいだが、毎年その話を持ち出される。今の私をそのまま小さくしただけらしい」

 ロナウドの母は父男爵の愛人だったそうだ。母が亡くなって男爵家に引き取られた後にカシスと出会い、剣の腕を磨いて竜騎隊へ最年少で入隊したという。この屋敷もその際に再び移り住んだのだと、他人事のように話した。

「カシスに乗って、散々空を飛び回って遊んだのが良かった。剣よりも操竜の技術を買われたからな」

 ロナウドがカシスを大切にするのは、自分の竜としてだけでなく、深い意味があるのだろう。母が遺した可憐な屋敷で、少年と竜が寄り添って暮らしている。そんな姿を思い浮かべて、マルは鼻の奥がつんとした。
 無表情な子どもだった理由は、もしかしたらそういった事情からきているのかもしれない。
 マルだって平穏とは真逆の生活を強いられていた。花生みに生まれたことを忌々しいと恨み、他人など信用しなかった。
 けれどロナウドの小さな手は、料理長、マチルダ、ホセへと差し出され、彼らを救った。マルもそうだ。
 ロナウドの清廉さは心が痛くなるほどだ。鋼のように強くて、磨かれた剣のように美しい。
 生きる場所を与えてくれた恩に報いたい。ここにいられるのなら何でもしよう、と思った気持ちに間違いはない。今はもっと強く思っている。

「俺……いっぱい悩むことにします」

 マルに絡みついたつるは手繰られて、ロナウドの手の中へ収まっていく。全てを取り除くと、両掌から少し垂れるほどあった。

「何の話だ?」
「いっぱい悩んで、難しいこともたくさん考えます。それでつるが生まれたら、カシスにあげます。俺、カシスと友達になろうって決めたんです」

 ロナウドが大切にしているものを、自分も大切にしよう。それが正しい。

「……そうか。それは頼もしいが、悩むのはほどほどにしておくといい。あぁ、そうだ、マルはチーズが好きだっただろう。まだ手を付けてないから、よければ食べないか? ワインのつまみに用意されたのだが、もうワインは飲みきってしまったからな」

 そう薦められたのは、チーズの載った皿だ。穴の空いたもの、オレンジ色をしたもの、ナッツが混じるもの、とろけているもの。真っ白な皿に数切れずつ整列している。この全部がチーズらしい。
 どれも初めて見るチーズだ。
 マルの知っているチーズとは、孤児院がチーズ屋から廃棄寸前のものを善意で貰うものだったので、中途半端にカットした余り物や、固くなった端っこだった。それでも食べられないことはないし、口の中で長持ちするから好きだった。

「すまんな、このままは食べられなかったな」

 ロナウドがくるまったナプキンを広げて、そこから細いフォークを取り出す。チーズを射すとひょいとマルの目の前に出した。
 食べたい。けれどマルの手は、ランプの掃除をしていたので粘りつく煤で黒く汚れている。ぴかぴかに磨かれたいかにも高そうなフォークを汚したくなかった。
 だから。

 ぱくり。

 マルはフォークの先に刺さったチーズを咥えた。これならフォークを汚さずに済む。
 口の中に入ってきたのは、とんでもなく美味しいチーズだ。むっちりしていて、ミルクの香りがする。こんなに上等な食べ物、急に飲み込んだら腹が驚くに違いない。よく噛んでおかなければ、と丹念に隅から隅まですりつぶすように噛んでいると、ロナウドが額に手を当てて俯いていた。

「ごめんなさい、俺、何か間違えましたか?」
「……いや、いい。間違っていないから気にするな……。それより、味はどうだ? 好きか?」
「はい! とっても美味しかったですっ!」

 ほのかに黄身を帯びた白い小花が首元に生まれた。
 チーズ色の花だ。
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